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6✳︎竜神・前半

やはり終わりませんでした

…開き直ってもう一話続きます。

計画性のなさの露呈。


 人形ヌーベルの姿を保てず、本来の体に意識が戻ったのを、動かせない体で理解する。

 自分の体で目覚めるのは何年振りだろう。

 すっかり固まった体に辟易しながら目を開ける。


「……時が来たか」


 私の体を収めた水晶の檻の向こう側に立つ、一人の男が温度のない声音で呟く。


「グル……」


 名を呼ぼうとして、力なく喉を鳴らせただけの俺を見て、この国の皇帝は痛ましげに眉を寄せた。


 体を覆う鱗が、パキパキと音を立てて朽ちていく。

 体の下に落ちた無数の鱗。痛みはない。寧ろ痛覚すら剥ぎ取られている。

 この体に残された寿命が残り少ないことを否応なく

実感する。


人形ヌーベルの姿も保てぬか」


 返事をするのも億劫なので、目蓋をあげて返事をする。人形の分の竜気を引き戻したのに気付いて様子を見に来たのだろうから、答えはわかっているのだろう。



「竜神よ。契りを交わすに値する次代を育てられず、すまなかった。詫びにもならんが、余も其方と国と共に生を終えよう」


 頭を下げる皇帝にフン、と鼻を鳴らす。

 確かにあの馬鹿殿下の馬鹿っぷりはどうしようもないが、あえてそうなるよう仕向けたのだろう。

 本来はもっと賢い父なのだ。そしてこのルーナ帝国の皇帝たるに相応しい、傲慢で怠惰な男。

 疲弊する国土を、怠惰な民衆を、善く導くつもりもなく、息子も、自分も、帝国ごと消滅させる。

 そんな身も蓋もない手段を選ぶのか。


 千年前、父竜がこの帝都をひっくり返して以来の、過ちを正すために。



ーーーーーー




 先の世、この地にあった国の皇帝は、父竜の番を拐い、父竜を従属させようとして失敗した。

 体の弱い番は父竜の竜気によって生きながらえていたため、引き離されたことで瀕死になってしまったのだ。


 父竜は当然怒り狂い、この国全てを焼き尽くそうと暴れたが、帝都を焼いたところで、皇帝の娘ルーナによって鎮められた。

 ルーナが用いたのは竜使いの錫杖。獣神の角から作られた連輪を鳴らし、その美しく澄んだ音で幻獣の正気を取り戻す。古の秘宝で、今も代々の皇帝が受け継いでいる。


 そしてこのルーナは癒しの力を持つ女であった。

 癒しの力は番を癒し、父竜はルーナに深く感謝して、新しく国を興すことに協力を申し出たのだ。

 ルーナの伴侶である皇子を新しい国の皇帝とし、焼けた地を復活させる為、ルーナに祈りの力を与えた。初代聖女である。

 父竜が直接与えた強い力でその地に恵みをもたらすのを見届けて、父竜と番はこの地を去った。


 新たにこの地を守る竜神となる、俺の卵を残して。



 初代聖女は季節の理を無視して、力を使いまくった。正しい使い方を導くべき()が卵なのだから仕方ないのだが。

 思えば、土地の力が段違いなこの時代の聖女より、リュンヌを貶める聖女の方が力が強いわけがない。

 あれの祈りが初代を凌ぐ、というのは、祈りが奪う力だと知っている教会の者や皇族の嫌味だ。


 話を戻し、ようやく俺が卵から孵った頃のは二百年以上が過ぎてからだった。

 通常は数十年で孵るのだが、竜神となる竜はその地の気を吸収して孵化する。なのに祈りの力を大盤振る舞いして地の気を浪費するものだから、目覚めが遅くなるのは道理。


 しかも生まれた俺の体は卵の時からこの水晶の檻に封じられ、さらには俺の命と皇帝の命を繋ぐという術が施されていた。

 寝耳に水。敬意のかけらもない扱いは不快だが、命を握られた以上は仕方ない。


 祈りの力を持つ者は、俺がいる地に勝手に産まれるので、生きているだけで竜神としての役は果たせる。

 やることもなく放って置かれる内に、父竜が寿命を迎えたらしく、突如その知識が頭に流れ込んできた。

 そしてようやく人形を作ることや、それに意識を移すことができるようになったのだ。


 竜に仕える一族として数百年、作り出す人形の姿を少しずつ変えながら適当に生きてきた。皇帝が変わる時には皇家が勝手に契約者を書き換えるので、人形が竜神本人であることを知る者すら、いつの間にかいなくなっていた。



 番がこの世に産まれたことは本能で分かった。

 俺はすぐに今の皇帝と会い、竜神であることを名乗り、事情を話して近衛となった。番を養うためだ。


 数年経ち、聖女候補として出会ったリュンヌと話すうち、真面目でひたむきなリュンヌに対して溢れる母性と庇護欲に、番であることを確信する。


 故に、俺にはリュンヌの一生を守る責任がある。

 例え寿命が尽きるとしても。



ーーーーーー



 

 戻ったばかりの竜体の、重たい頭を動かして皇帝を見る。力を振り絞って口を開こうとすると、広げた手のひらに押し留められた。


「わざわざ言わずともよい。リュンヌはランドウィックに迎えに行かせた。あれは正しく聖女を崇めておる故、心配しなくてよい」


 いつも陛下の側にいる、近衛長の不在の理由に内心で頷く。自らの手で守りたいとは思うが、もはや体は朽ちる一方だ。


「其方と余が消えた後も、皇家に干渉されることなく、リュンヌが望むように生きられるように取り計っておこう」


 感謝を込めて水晶の床に頭をつけると、小さく笑う声がした。俺も番のためなら頭くらい下げる。

 リュンヌのことだ。俺の死を伝えに急いで帝都に戻ろうとするだろう。

 戻れば馬鹿殿下がなにをするか……


 

 がちゃりと、隣の部屋から扉が開く音がした。

 皇帝が俺の入った水晶を撫でる手を止める。

 この部屋は、皇帝の執務室から続く隠し部屋。だとすれば皇帝不在の執務室に、勝手に入った馬鹿がいることになる。



「父上!いらっしゃいませんか?」


 殿下(馬鹿)だった。

 立太子から十年、成人して三年も経つのに陛下を父上と呼ぶ馬鹿だが、隠し部屋の存在は知っているらしい。


「……あいつにも最後に話をしておかねばな。すまぬが、少し外す」


 頷く代わりに目蓋を閉じる。執務室の音はこちらに聞こえるようになっているので、最後に聞くのが馬鹿殿下の戯言にならなければいいがと口端を上げた。



「聖女が隣町まで戻ったと報告がありました」


 リュンヌの名にぴくりと鬣が揺れる。


「明日の朝には帝都に戻るでしょう」

「そうか。では労いの支度もせねばな。だが、その前に」


 皇帝が伝えようとしたのは、自らの死期だろう。リュンヌを迎えるより早く我らは死ぬだろうから、皇帝の葬儀が先になる。


「ーー」

 

 妙な間があった。

 ひゅっと体が冷たくなり、目を開ける。まさか。


「クレセント、貴様」

「父上、申し訳ありません。私はフルムを皇妃とする。もう、子供もいるのです」


 殿下の震える声。どさり、と重いなにかが床に落ちる音に続き、扉が閉まる。


 ……馬鹿息子が。



 思わず舌打ちをしようとして、竜の体であることを思い出す。執務室へ残り少ない竜気を飛ばし、子供の人形に意識を移した。



「陛下」

「……おお、随分と小さいな」

「刺されたか。……毒の匂いもする。馬鹿にしては周到なことだ」


 揶揄う陛下を無視し、腹にささった短剣に眉をひそめる。皇太子わたしがやりましたと名乗りを上げるような、豪奢な作りに呆れたのだ。

 人を呼ぼうとする俺を止め、陛下は苦い顔で笑う。


「しかしまあ、致命傷でもなく……解毒はできんが即効性のある毒でもない。馬鹿に育てて命拾いをしたわ」

「それでも両方ともギリギリ助からん仕業ではある。……最後まで素直に褒めさせてはくれんな」

「は、違い、ない」


 短剣は刺したままで傷を竜気で塞ぐ。少しはもつだろう。


「寿命を、また、縮めてしまったな」

「大差ない。気にするな」


 もって数時間。これまで生きた時間を思えば一瞬。

 むしろ、苦しんで死ぬのは辛かろうからとどめを刺してやろうかと考えていると、皇帝が震える手を差し出してきた。


「……ヌーベル。術を解くぞ」

「要らぬ。腹の足しにもならん」


 間髪入れずに拒む。命を共にしている術を解けば、俺が皇帝の死に引きずられることはない。だが、ほんの僅か生きながらえた所でどうなるのか。

 共に逝くと言ったのはそっちだろうと睨むと、ふわりとその目元が緩んだ。


「ふ、分かっておる……が、その一時で変わることもある」

「……なにを企んでいる?」

「ランドウィックに、天馬を与えた。すぐにリュンヌを連れて戻るだろう」

「っ、な……」


 天馬。竜と同じく幻獣と呼ばれる種族。

 天馬の力を使えばどこへでも一瞬で()()る。

 一生を縛られた俺とは違い、力を貸すのは一度きりの契約のはずだ。死に目に番に会わせるだけに使うなんて、馬鹿の親はやはり馬鹿か。

 睨み付けると皇帝は楽しげに体を揺らした。


「クレセントは、わかっておらぬが……竜神とも、天馬とも、余の死と共に契約は解けるのだ。構うものか」


 リュンヌと会える。

 強く胸を衝き上げる恋情に木偶のはずの体が熱くなる。

 それと同時に押し寄せるのは、生まれて初めて感じる恐怖だった。


「い、いらぬ。なにをしている早く死ね!」

「酷いな」

「リュンヌに竜の姿を見せたくない。この姿もだ、小さくて情けない」

「どちらも、可愛らしいが」

「リュンヌは人形ヌーベルの美しい顔が好きなのだ!こんな姿など見せて騙していたと嫌われたら俺は生きていけない!」

「数百年を生きる竜神の、今際の言葉とは思えぬな……」

「なんとでも言え!お前が死なぬのなら俺が死ぬ!」


 慌て過ぎたせいか、竜気が歪む。

 ぽひゅうと間の抜けた音と共に本体に意識が戻り、再び体が重くなった。

 よし。竜の姿のまま死んだふりをしよう。皇帝さえバラさなければ、竜神がヌーベルであるとは気付かないはず……


 少し落ち着きを取り戻してゆっくりと目を開けると、目の前にリュンヌがいた。


「!!!?!?」


 声にならない絶叫を上げる俺をよそに、リュンヌは共にいるランドウィックと天馬に向けて首を傾げる。


「思ったより小さいのですね」

「子竜の姿で封印されましたので」

「ヒン」


 だらだらと変な汁を流して固まる俺に、リュンヌがにこりと笑いかける。


「そのお姿では初めまして。可愛らしい竜神様」


 ……死にたい。





次話、最終話です。今度はほんとに…

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