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3✳︎皇太子

※暴力的な表現があります。撲殺注意

※差別表現あり


クズ回です。


 目の前で狂ったように嗤い続ける愛しいフルム。

 血に塗れて咽び泣きながら生首にすがりつくヌーベル。


 二人を茫然と見つめたまま、達成感に高揚した心が完全に温度を失っていくのを感じて立ち尽くす。

 一体、なにが起こっているのだろう。



ーーーーーー


「クレセントさまぁ!」


 半月に一度、聖女候補の慰労に赴く日。

 教会へ着くなり、聖女候補であるフルムが愛らしい顔に涙を流しながら駆け寄って来た。


「フルム?どうしたんだ、泣いて……」

「ヌーベルが、ヌーベルがフルムを怒った!」


 わんわん声を上げて泣くフルムの頭を撫でて慰めながら、素知らぬ顔でそっぽを向いているヌーベルを見てため息をつく。


「ヌーベルが怒るくらい悪いことをしたのか?」

「してない!」


 強くて頼もしい父上の近衛。ヌーベルはけして間違ったことで怒ったりはしないだろう。……というか、怒る?ヌーベルが?声を荒らげたところも見たことないぞ。


 間髪入れずに否定するくらいだから、フルムは悪くないのか?だがフルムはいつも我儘だ。力の強い聖女候補だし、見た目がとても可愛いから甘やかされているのだろう。

 今この時も、挨拶すらせずに自分の不満を訴えるフルムの態度は、私に対しても皇子へのそれではない。

 教会の躾がなっていないのか、まだ七歳の子供だとしても礼儀がなさすぎる。自覚なく悪いことをしていてもおかしくは……


「クレセント様は怒らないよね?」


 大きな目にうるうると涙を溜めて見上げてくるフルムにドキッとする。なんせ顔が可愛いのだ。


「……怒らないよ」

「クレセント様だいすき!」


 涙目のままにっこりと笑うフルム。愛おしさに胸が締め付けられる。我ながらチョロいと思うが、可愛いのだから仕方ない。


 

 私に髪飾りを強請ってご機嫌になったフルムを見送った後ヌーベルの元へ行き、年上の凛々しい近衛にフルムを怒った理由を尋ねた。



「リュンヌを虐めた」


 ヌーベルは珍しく憤慨した顔を隠さずそう答えた。


「リュンヌ?……ああ、あの孤児の聖女候補か」


 優秀な聖女候補が孤児を虐めていたからといって、何だというのだろう。人間としての価値が天地ほどに違うのになぜ怒る?


 疑問が顔に出ていたのだろう。ヌーベルは私のことも同じような顔で見下ろした。

 

「感情のまま人を傷つけることが間違っていないと?」

「だが、相手は孤児の」

「フルムも孤児だろう。リュンヌだけを孤児だからと蔑むのか」


 ヌーベルは皇帝を除き、皇族相手でも同位の態度で接する事が許されている。

 なぜかといえば、ヌーベルは竜の守人と呼ばれる、竜神に仕える一族だからだ。


 昔、初代皇帝は竜神を討ち、その力を従えた。

 皇帝の伴侶たる初代の聖女は、祈りによって竜神の力を使い、国に大いなる豊穣をもたらした。

 フルムはこの初代聖女を上回る祈りの力を持つ聖女と言われているのだ。やはり、リュンヌなどとは違う。


 初代によって討たれた竜神は、今となっては形代でしかないので、ヌーベルは帝国には仕えなくとも近衛として父上に侍っている。


 地位としては格下のヌーベルの態度を不敬だと責めるのは簡単だが、これはフルムのそれとは違って礼儀を失している訳ではない。

 ヌーベルは私の皇子としての資質を問うているのだ。皇帝の近衛として、私の行いを正してくれているのだ。


 私が皇太子として立った時には、私の近衛になってもらうように頼もう。そして、側で私を見定めて欲しいと思う。



ーーーーーー



 フルムが成人した。

 真の聖女たるフルムを側におくため、リュンヌを偽聖女に仕立てることにする。聖女候補としては歴代に並ぶ程度の力はあるらしい。


 聖女は自動的に皇太子の婚約者となる。

 形ばかりとはいえ、フルム以外の者を婚約者とすることには抵抗があるが、所詮孤児だ。いざとなれば始末すれば済む。


「殿下」

「ヌーベルか。どうした」


 私の近衛となってからは、側に侍る時は護衛の為であるので、さすがにヌーベルから気軽に話しかけてくることはなくなっていた。

 久しぶりの呼びかけを嬉しく思い笑みを浮かべて振り向くと、凍りつくほど冷たい目がこちらを見ていて心臓が止まりそうになる。


「リュンヌと婚約したとはどういう事だ」


 地の底から響くような不機嫌な声に思わず後退りながら、慌てて理由を説明した。


「フルムが巡礼には行きたくないと言うんだ。だが父上は国民の求心力を削ぐからと許してくれなくて。だから、代わりにリュンヌを聖女ということにして行かせようと」

「代わり……?リュンヌが、代わりだと?」


 なんだ、ヌーベルがすごく機嫌が悪い。こんなヌーベルは初めてで、ちょっと……いや、ものすごく怖い!


「じゅ、巡礼の間だけだ!戻ってきたら聖女の任も解くし、婚約も解消する!フルムは真の聖女だ、祈りは帝都からでも届く!」

「チッ……」


 またなにかヌーベルの地雷を踏んでしまったのか、ゆらりと立ち昇る怒りのオーラが強くなる。顔が綺麗なだけに余計に怖い。舌打ちはさすがに咎めるべきなのだろうが怖くて無理だ。



「……俺も行く」

「へ?」

「聖女巡礼だ。リュンヌ一人では行かせられまい」

「それはそうだが……近衛は回せない。フルムにも護衛が必要だからな」

「俺一人でいい。リュンヌと二人で行く」

「え、いや。なんでそうなる?ヌーベルは私の」

「なら近衛はやめる」

「ちょ、待てヌーベル!わかったから!」


 華麗に言い逃げを決めたヌーベルの背中に慌てて了承の声をかけ、フルムにヌーベルを近衛につけて欲しいと頼まれていたことを思い出して頭を抱える。

 フルムの変わらない……むしろ悪化している我儘を諭してもらいたかったのだが仕方ない。



ーーーーーー



「フルムを次期皇妃にすることは許さぬ」

「なっ」


 父上の言葉に絶句する。

 皇帝である父は、偽聖女の巡礼を見送った私を呼び出して断じながらも、執務机の上の書類の山を崩していく手を止めない。片手間にフルムを否定され、顔が引きつるのを感じた。


 この十年近く、フルムが聖女となり妻となることを疑わずに生きてきたのだ。我儘で高飛車ではあるが愛らしい少女が、成長し極上の美女となるまでを側で見守ってきた。

 だからこそ彼女の純潔を散らすことも躊躇わなかったのだ。



「あれは皇妃の器ではない。聖女の務めを自ら投げ出すとは、呆れてものも言えぬわ」


 父上がフルムを否定するようになったのは、フルムが巡礼を拒んでからだ。


「ですから、フルムは巡礼など行かずとも、帝都で祈れば役目を果たせる真の聖女なのです!フルムの他にできる者など」

「だからこそだ。力を持つからこそ、その力を正しく使わんとする意志を持たねばならない。

 お前は、行きたくないと任務を放棄した部下を赦すのか?

 これから先、自覚のないあの我儘娘の機嫌をとり続けるのか?」

「っ、それは……」


 言葉に詰まる。今でもフルムの我儘をうまくかわせず、癇癪を起こされる毎日に疲れを感じてはいる。

 だが、今更フルム以外の者を娶ることなどできない。

 なぜなら、フルムは既に私の子を身篭っているのだから。



「男に媚を売り、祈りだけ捧げる皇妃など無用というに、浪費が過ぎて側妃にすら出来ぬわ」

「媚っ!?なんて侮辱を……!父上は聖女を愚弄するというのですか!」

「偽物など仕立てて聖女を愚弄したのはお前だろう」

「は?あれは孤児です。使い道のない者を有益に使ったのですよ」

「……もうよい。時間の無駄だ」

 

 父上は大きくため息をつき、ひらりと手を振って退室を促す仕草をする。


「父上、話はまだ」

「もうよいと言ったであろう。お前がフルムを娶るなら皇帝は継がせぬ」

「なっ……、では他に誰が!」

「君主制は絶対ではない。余が最後の皇帝となろう」

「な、にを、馬鹿な」


 あまりの言葉にそれ以上言葉が出ない息子を、父がじろりと睨め付けて断ずる。


「フルムの聖女教育以上に、お前の帝王教育は実を結んでおらぬようだ。お前は本当に帝史を学んできたのか」

「ま、学びました!だから帝史に則り聖女と婚姻を結ぶと申しておるのです!」

「話にならんな」


 父はふん、と鼻を鳴らして、最後通告を突きつける。


「我が国の聖女はリュンヌだ。リュンヌの身に何かあれば、お前を廃嫡し君主制を廃止とする」



ーーーーーー



 リュンヌは孤児の偽聖女。

 フルムは稀代の聖女。


 何が不要で、何が重要か。

 誰が不当で、誰が至当か。

 そんなわかりきった事をなぜ否定される。


 聖女が孤児だと。正妃が孤児だと。

 フルムも孤児だ。ああ、そうだった。

 だから父上はフルムを娶れば廃嫡だと言ったのか。

 尊い皇帝の血が穢れるから。

 


「誰でもいいわ!あの男の首も刎ねて!」


 フルムが髪を振り乱して叫ぶ。

 美しい顔が見る影もなく憎しみに歪んでいる。


「二つ並べて晒してやるわ!!腐って、蛆に集られて、鳥につつかれて、干からびるまで!!」

「フルム様!落ち着いてください!」


 狂ったように喚くフルムに、ヌーベルを連れて来た近衛が近付いて諫めようと必死に声を掛け、宥めるように顔を覗き込みながらフルムの肩に触れ、出鱈目に暴れる腕に振り払われた。

 近衛の兜が落ちる。

 見えた顔に思わず息を呑んだ。


 二年前にフルムが産んだ子はフルムによく似た可愛らしい娘だったが、成長するにつれてその金色の髪ははしばみに変わり、くすんだ緑青の瞳はフルムの翠玉とは異なる色味であった。


「貴様か」

「殿下!?なに、をっ」


 荒く息を吐くフルムに寄り添う近衛の榛の頭に、手にしていた皇帝の錫杖を思い切り振り下ろした。

 ぐしゃりーー鈍い音と共に、驚愕に見開かれた緑青の瞳に表情を失くした私の顔が映る。

 もう一度、同じ箇所目掛けて腕を振ると潰れた緑青が飛び出し、血に塗れた榛と共に視界の端を滑って崩れ落ちる。


 絹を裂くような女の悲鳴がそこかしこから響くのも気にせず、顔を蒼白にしたフルムを見つめる。

 その腹の中にいるのも、誰の子なのか。


 悲鳴を上げて逃げようとするフルムの髪を掴んで捕らえ、娘の父の血に塗れた錫杖でその腹を打った。


「うぐっっ!!」


 体を折り曲げて蹲るフルムの頭にじっとりと汚らしい脂汗が浮かぶ。


「フルム、私を謀ったのだな」


 なぜ、皆、私を選ばない?

 フルムも、ヌーベルも、父上も皆。



「ーー違う、選ぶのは私だ」


 腹を抱えて倒れ込むフルムを見下ろす。


「クレ、クレセント、なんで……」


 フルムは恐怖と苦痛に顔を歪めながら、涙を流して唇を慄かせる。

 怯えながら逃げようとする純白のドレスの裾を踏みつけ、にこりと優しく笑いかけてやった。


「フルム。これから私のためだけに祈ると誓うなら、お前の不貞は許してやろう」

「っ、なに、なにを」

「聖女の祈りはすべて私に捧げよ。そうすれば、今まで通り、好きな物を買い、好きな物を食べ、好きな男を侍らせれば良い。……ああ、そう言えばヌーベルが欲しいのだったか」


 リュンヌの血に塗れたヌーベルにちらりと目をやってみせると、フルムの眼に欲望の色が灯る。

 浅ましさとその執着に不快にはなるが、これは使える女だ。みすぼらしい偽聖女に溺れた男など、くれてやっても惜しくない。



「交渉成立だな」


 フルムの頭を撫でてやり、立ち上がる。

 ざわめく民衆に向かい血と肉片の滴る皇帝の証を掲げ、声を張り上げた。


「国民よ!罪人共の処刑は済んだ!!

 我が帝国の民を謀り、貶めた者どもはもういない!

 新たな帝国の歴史を紡がんがため、今ここでルーナ帝国新皇帝、クレセント・フォン・ディ・ルーナの即位式を行う!」



 驚愕と戸惑い、恐怖と期待に染まった民衆達は、即位を宣言した新皇帝・クレセントの言葉にしん、と静まり返る。


 だがその静寂は、じわじわと湧き立つ歓喜の声に破られ、血塗られた制裁への興奮も相まって大きな渦となって降り注いだ。


 愚かなる先帝よ。見てみろ、この期待を、称賛を。

 つい昨日、貴方が亡くなったばかりだと言うのに、民のこの熱狂を。

 私は望まれている。国に、民に。

 妃など誰でも良い。子など、次代などどうなろうと構わない。



「ざまぁないな、父上」



 割れんばかりの歓声に両手を挙げて応え、満足げに笑った。








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