1✳︎偽聖女
訪問ありがとうございます!
定番の婚約破棄を書こうと思ったら明後日な方向に行ってしまいました。
各サブタイトルの人物視点となっています。
「聖女……いや、偽聖女リュンヌ!
未熟な祈りの力しか持たぬ分際で、真の聖女フルムを差し置き聖女を名乗り、皇妃にならんとする私欲で国土を弱らせ国益を損ねたこと、許しがたい!
よって私との婚約を破棄し、貴様を斬首刑とする!」
竜神に守られしルーナ帝国の次期皇帝、クレセント皇太子殿下は、処刑場の一番高い場所から手にした皇帝の錫杖をこちらに向け、声高に宣言されました。
さらさらとしたロイヤルブロンドに、青空のような美しい瞳。その凛々しく美しいお姿に、集まった貴族や民衆から歓声が上がります。
そしてその中に私の死を望む言葉が生まれ、どんどんと大きく渦を巻いて広がってゆきました。
空気を裂き、地を揺らすその殺意に、私は思わず眉を顰めます。否応なく恐怖と絶望を突きつける、その余りに無責任な強い感情。
それを呼び起こした皇太子殿下の断罪の言葉を思い返し、私は痩せた見窄らしい体をを苛む無力感に、強く唇を噛み締めました。
ルーナ帝国の擁する広大な農業地帯は、聖女の祈りによって豊穣が約束された土地です。
畑を耕さずとも、肥料を撒かずとも、雨が降らずとも過分なまでの実りが得られるのです。
大地の過剰なまでの恩恵を受け、苦労せずとも飢えることのない国民は、次第に驕り、感謝も忘れ、怠惰に暮らすようになりました。
そしてそれは、この国を統べる者たちも同様。
人口はどんどんと増え、彼らの家を建てるために森や田畑を潰すことを止めもせず、貴族達は山を崩して別邸を作り、金に飽かせた内政を行い、帝国の資源を欲する周辺国に対して傲慢な態度をとります。
それでも尚、揺らがぬほどの、それはもう多大なる恵みでした。
ですがこの数年、恵みは目に見えて減りだしました。
国家も国民も、これまでの過分を備蓄するようなことはしてはいませんでした。
なんせ毎年余るほどに作物が収穫されるのですから。場所をとる備蓄などは不要だと判断され、他国に売った残りは廃棄されていたのです。
そして建国以来食べるに困ったことのないこの国の人々は、恵みの減り続ける状況を目の当たりにしても、なにも変えることをしなかったのです。
そして今年、ついに。
恵みが需要を下回ったのでした。
建国以来初めて、飢えるということを知った民衆は戸惑い、恐れ慄き、今までの恵みをもたらしてきた聖女に怒りの矛先を向けました。
これまで感謝すらしていなかったのにです。
そして今、処刑場の冷たい石造りの地面に平伏する形で兵に拘束される私を容赦なく断罪する殿下の言葉を、ご尊顔を拝見することも許されぬままそれを聞いています。
怒りと悲しみに震えながらも、なんの後ろ盾もない孤児であった私は、民の怒りをそぐための生贄としてなんと都合の良い存在なのでしょうと、他人事のように思います。
「真の聖女フルムよ。そなたの力を見せてくれ」
自分の描いた筋書きと、異様な熱に浮かされた殿下は、隣に立つ美しい女性を抱き寄せるようにして命じました。
歴代の聖女が纏ってきた簡素な白い衣ではなく、宝石の散りばめられた素敵な白いドレス姿のフルム様は、その美貌に優美な微笑を浮かべて聖女の礼ではなく淑女のそれをとります。
「かしこまりました、クレセント様」
「偽聖女よ。貴様にも真の聖女の祈りというものを思い知らせてやろう!」
殿下の言葉と共に、優秀な近衛の兵がその意をつぶさに汲み取って拘束を緩めました。
そして無理やり襟首を掴んで引き起こし、髪を掴んで、フルム様が見えるように目線を合わせます。
「この地に座す竜神よ」
フルム様のきらきらと輝く金糸の髪が揺れ、その白くて小さなお顔の中で長い睫毛に縁取られた大きな翠玉の瞳が伏せられました。
同じ孤児であり、同じ教会で育てられた聖女候補だと言うのに、汚れた赤毛とくすんだ草色の瞳の私とは比べものにならない高貴さです。
ほっそりとした両手を白いドレスからのぞく豊かなお胸を強調するように組んだフルム様は、小さな紅い唇から甘く響く可愛らしい声でお祈りの言葉が紡がれました。
身を焦がすような焦燥と苛立ちに、私は思わず飛び出しそうになる身体に力を込めて、なんとかその場に留まります。
大丈夫。我慢できます。理不尽な目に合うのも、積み重ねてきた全てをひっくり返され踏み躙られることなども、私には日常でしかないのだから。
「主たる我らの願いを叶え、大地に恵みをーー」
フルム様から放たれた美しい光が帝都の周りを包み、辺りの田畑が緑に染まります。生育の悪かった作物が一気に芽吹き、みるみる生長していきます。
この処刑場は国のどこからでも断罪を見届けられるようにと、帝国の中で一番高い丘にあるため、フルム様の祈りの力が遥か遠くまで届くのがわかりました。
場内がどよめき、歓喜の声とフルム様を称える声が満ちてゆきます。
そしてそれは再び、私の死を望む言葉となってこの場を埋め尽くすのです。
ああ、私が三年かけて国中を旅し、祈りを捧げた国の果ての土地にもフルム様の光が飛んでゆきます。
これにはさすがに涙がこぼれました。
「格の違いを思い知ったか偽聖女!」
殿下に勝ち誇ったように見下され、私は思わず目を伏せます。
「皆、聞いてくれ!私、ルーナ帝国皇太子クレセント・フォン・ディ・ルーナは、真の聖女フルムを妻とし、我が国の永遠の繁栄を約束する!!」
この国で一番高い場所で寄り添う美しい二人に、民衆の祝福と歓喜の声が降り注ぎました。
「ようやく殿下の願いが叶えられた……!」
力任せに体を押さえつけている近衛が、感極まったというように声を震わせます。
「この偽聖女のせいで叶わなかった、真の聖女様と思い合われた日々がようやく報われるのだ……!」
ぎり、と腕を掴む手に力が篭り、鷲掴みにされている髪がぶちぶちと嫌な音を立てました。
「ざまぁみやがれ!!」
狂気すら覚える蔑みの視線。
私は沸き起こる様々な感情を堪えながら、呼吸を整えて。
「はぁ……」
心底呆れてため息をつきました。
格の違い?当たり前です。
フルム様が聖女であることなど、私達が共に育った帝都の教会では十年近く前から当然とされていたことなのです。
それもフルム様は、初代聖女様にも劣らないほどの力の持ち主で、帝都にいながらほとんどの国土に祈りを届けられる、稀代の祈りの聖女様なのです。
そんなすごい聖女様ですから、その当時から皇帝陛下の覚えもめでたく、クレセント皇太子殿下とも幼い頃より仲睦まじくお過ごしでした。
質素倹約であるはずの教会へも国家予算がばんばん増額され、貢ぎ物や貴族から届くお布施は山となるほど。
それほどフルム様は、この国の未来を担うことを期待され、蝶よ花よと育てられたお方なのです。
他方、聖女見習いではなく教会に引き取られただけの私といえば、欲に目がくらんだ教会のお偉い方々のおこぼれをいただくどころか、彼らの通常業務であるはずの庇護すらまともに受けられませんでした。
ろくな食事も与えられず、年中無休で一日中、労働奴隷のように扱われて酷使される私は、高慢に成長されたフルム様に感情のままに怒鳴られ、蔑まれ、時に暴力を振るわれても、他に行く場所がないという理由で耐えるしかありませんでした。
なのに何故、私が聖女を名乗る羽目になったのか。
それは、フルム様が聖女の大きな仕事のひとつ、聖女巡礼を命じられたことにあります。
数年をかけて広大な帝国の各地を回って祈りを捧げ、国土の隅々にまで恵みをもたらすのです。
フルム様は、帝都にいても広範囲に祈りを届けられることを理由に過酷なそのお役目を拒まれましたが、さすがに皇帝陛下もお認めにはなりませんでした。
国家主導の聖女の巡礼は、全ての地に思いを寄せることを示し、民衆の支持を得るためにもなるからです。
しかし、その頃にはもうすっかりデキていらしたお二人。
フルム様と離れたくないクレセント皇太子殿下は、これまた真の聖女の巡礼となれば必要となる高額の出費を厭うた教会のお偉い方々と共謀し、たまたまそこにいただけの私を身代わりに仕立て上げたのです。
そんな裏話をご存知ない近衛の方が先ほど仰ったように、悪女によって引き離されていた相思相愛の美男美女がようやく結ばれたように見えても仕方ないでしょう。
既にお二人の間には内密ではありますが皇女様がお生まれですし、フルム様のお腹の中にはお二人目が宿っておられるのだとしても。
呑気にイチャコラしてた人たちを間近に見守っていただろうに、なにをどう恨まれる筋合いがあるのかは理解できませんが。
もちろん祈りの力なんてほとんどない偽聖女の私です。そこはちゃんとフルム様に、帝都から各地に祈りを届けていただくと段取りをつけていました。
そして、聖女は皇帝もしくは次期皇帝に嫁ぐという慣例にのっとるため、旅から戻れば力を使い果たしたからとか理由をつけて、穏便に聖女を解任していただける約束でした。
そして、昨夜。
馬車の使用すら許されず、たった一人の護衛を伴に、三年かけて飲まず食わずも野宿も当たり前の清貧な旅から戻るなり、城門で兵士に捕らえられ、牢で一晩を過ごし、ここに引き出された挙げ句に、こんな茶番に付き合わされているのでした。
『未熟な祈りの力しか持たぬ分際で、真の聖女フルムを差し置き聖女を名乗り、皇妃にならんとする私欲で国土を弱らせ国益を損ねた』
……ぜんぶてめぇらの我儘で私欲にまみれくさってるのはそっちだろうに、ほんとどの口でいいやがるのか……いけない、せっかくここまで心を無にして成り行きを見守ることに徹していたのに、つい言葉が乱れました。
国益を損ねたのはフルム様の祈りが届かなかったせいですし、それも先ほどの『|真の聖女の力をご覧じろ(パフォーマンス)』のためだったわけですね。
しかもこんな暴挙がまかり通るのは、昨日、ほんととんでもなくジャストタイミングな昨日、皇帝陛下が急病でご崩御なされたためで。
なにがジャストタイミングって、クレセント皇太子殿下が新皇帝として立たれた後なら、罪人に対してある程度の恩赦が発効されるので。
なので、私を処刑しようと思ったら、先代に横槍も入れられず、殿下が自身の権限で執行でき、尚且つ明日の即位式の前という、今日という日しかないことがこの上なくジャスト、つまりわたしに最大に不利益を与えるという意味でのジャストなのです。
嫌われているのはわかっていたことでしたが、ほんとクズいお二人です。
……とまぁ、走馬灯というには意図的な振り返りでしたが。
遂に執行の時が来たようです。
近衛に体を引き起こされ、背中を押されるようにゆっくり進み、冷たい石の上に膝を突かされます。
断頭台の窪みに顔を押し込まれ、次いで上板を固定され、動かすことのできなくなった薄汚れたままの顔を、民衆の前に晒されました。
「最後に言い残すことはあるか?」
クレセント殿下がものすごく腹の立つドヤ顔をしているのだろうとわかるドヤ声で問いかけます。
歩きながら見たフルム様はといえば既に飽きたのか、殿下の肩に頭をもたせかけて、立ったまま器用にこくりこくりと舟を漕いでいらっしゃいました。
きっと先程の祈りでお疲れなのでしょう。実のところ、フルム様の聖力は強さの割にさほど多くはないので、見たことがないほど広範囲に届く祈りは実のところはほんの薄っぺらい効果しかないのです。
広く浅く。それでもその広さがすごいのです。ええ、ほんとにすごいのです。
その薄っぺらい力でも作物が生長した理由ですとか、そもそも聖女の力とはなにかとか、言いたいことはたくさんあるのですが。
三年間ずっと共に旅をしてくれた護衛のヌーベル様の生命がかかっているので、今はなにも言うことはできないのです。
「……泣き叫んで命乞いでもすれば、まだ可愛げもあるものの」
言葉を封じておきながら、なにが不満なのか。
殿下が一瞬、表情を歪めます。
命乞い……は、ヌーベル様のことがなくてもしなかったと思います。
しても無駄だと言うこともありますが、私はどの道、悲しむ親もいないみなし子ですから。
こうして策略にかかった時点で、生きていく場所もなくなりました。
ならば、ヌーベル様が助かる可能性に、私の命も未来も全賭けしたいと思います。
空を見上げると、雲ひとつない青空。
この三年、晴れの日も、雨の日も、雪の日も続く辛い旅路を励ましてくれたヌーベル様。空腹なのに自分の食糧すらわけてくださった優しい方。
なにより、私の存在を赦してくださった温かい方。
貴方に想いを告げることもできない、偽物の聖女でしたがーー
「どうぞ、よしなに」
殿下のドヤ顔を見下ろしながら、誰にともなく、ぽつりと呟きます。
ああ、もう、割れんばかりの民衆の声で聞こえないでしょうね。
殺せ殺せとものすごい熱気と殺気です。
それに満足げな殿下が、執行人に合図を送るため、錫杖を持ったその御腕を高く掲げました。
……言い残したことも、恐怖も、怒りも、本当にないのです。
ーーどうせ国ごと滅ぶのですから。
初っ端からヒロイン処刑……
大丈夫です。ハピエンのはず!
連日夜に投稿予定です