22話 お披露目会当日
またもう一度この場所に戻ってくるとは……アレクシアは現在、そう感じていた。アレクシアはニンフェ城の大広間のドアに立っている。前には現皇帝のギルグッド十七世、そして隣には婚約者役のルートヴィヒ、後ろにはライナスとリネットが控えている。
アレクシアはグラシア・セルバンテス侯爵令嬢の名を借りてこの場に立っていた。セルバンテス侯爵は帝国に仕える貴族の一人であり、婚約者のいないルートヴィヒの婚約者候補の一人がグラシア・セルバンテス侯爵令嬢なのである。アレクシアとグラシアは背格好が似ていたため、彼女と侯爵に許可を得て彼女の名を借りた。
ちなみにアレクシアは、この日初めてギルグッド十七世と顔を合わせた。その際彼から指輪を渡されている。渡された指輪はポール渾身の作品であり、変装の効果がついた指輪である。魔力を込める事でその効果が発揮するらしい。彼女の美しい金髪はグラシアと同じため変わらずだが、眼の色などは偽装されていた。この魔道具は相手の魔力が高ければ見抜かれるとの話であったが、精霊の愛し子であるアレクシア以上の魔力を持つ者は早々いない。心配だったのが妹のミラであるが、ポールの魔力計測によると、魔力量はアレクシアに敵わないとの事だった。念のため、指輪には彼女の魔力と精霊王たちの魔力を込めたので問題はなさそうだ。
「舞台に立ったらそれは外せば良い。その前までは適当に婚約指輪だと言っておけ」
ギルグッド十七世の雰囲気に圧倒されながらも、アレクシアは感謝の意を述べた。
「ダラム帝国皇帝ギルグッド十七世様、第三皇子ルートヴィヒ様、そして婚約者であるグラシア様のご入場です」
目の前の扉が開く。ホールは赤を基調に煌びやかに装飾され、シャンデリアの光を反射している。一瞬目の前が白くなるほどだ。
「ふん、王国は趣味が悪い」
「この装飾は力を示す時に使うものですね……」
「愛し子が国外追放されているのにも気づかない、おめでたい奴らだ」
ルートヴィヒが過剰な装飾に眉を寄せる。帝国ではシンプルな装飾がよく使われているため、王国の装飾は合わなかったようだ。皇帝も同様の事を考えているのか、少しだけ眉を顰めていた。
入場を促された五人は、レッドカーペットの上を優雅に歩く。指輪の効力で変わっているとは言え、何が起こるかわからない。アレクシア本人だと気づかれるかと内心怯えていたが、王国側は全く気づく様子が無い事にアレクシアは安堵した。
全員の入場が終わり、ヴィクターが壇上に立つ。その横には白をベースとした服を着ているハリソンと、ウエディングドレスのようなドレスを着ているミラが幸せそうな顔で壇上に立っている。二人とも自分たちが目立つ事が好きだったな、と思うアレクシア。ミラがあの顔をしているときは、自身が注目を浴びている事に酔っている時の顔だった。
「本日は、息子とベルブルク公爵家のミラ嬢とのお披露目のために来ていただいたこと、感謝する。このお披露目は息子ハリソンと婚約するミラ嬢が精霊の愛し子である事を発表する場として改めて設けさせてもらった。今宵はそのお披露目として楽しんでくだされ」
満面の笑みで発言をしたヴィクターだったが、彼も含めミラやハリソンも自身が注目されている事に酔っていて気がつかない。ある一部の招待客……帝国も含めた他国の貴賓たち、そして王国側でも数人の貴族たちは、目を細めて壇上のヴィクターたちを見ていた事を。
「それではしばし御歓談を」
長々と笑顔で感謝の言葉を述べていたヴィクターは話終えると、満足げに壇上の椅子に座る。ミラもハリソンも彼と同じような顔をしているので満足しているようだった。だが、その幸福がこの後壊されるとは、思いもしていないだろう。
その後、王国貴族たちがこぞってヴィクターやハリソン、ミラに挨拶にいく様子が窺えた。彼らの挨拶が終わった後、帝国を含めた貴賓客には彼らが直接挨拶に来る予定になっている。
ヴィクター、次にハリソンとミラの元へ挨拶をする彼らの顔は、もはやこびへつらっているようにしか見えない。そんな彼らと話をするハリソンとミラも上機嫌だ。予想では挨拶に来た貴族からおべっかを使われているのだろう。ニヤニヤが隠せないほど、口角が緩んでいる。
それを見たルートヴィヒは彼らに見えないように、少しだけ眉を寄せる。
「あいつらの顔が気持ち悪いんだが」
「……注目されて上機嫌なのでしょう。彼らは注目される事に喜びを感じるようなので」
思った以上に冷たい声で発言していたアレクシア。その声の低さに出した自身が驚く。見返してやりたい、という気持ちが彼らの顔を見る事で膨れ上がってきたようだ。そして挨拶を先に終わらせたのか、壇の下でミラに一番近い場所にいるのがベルブルク公爵だ。彼も満面の笑みでミラとハリソンを見つめている。
公爵を見たアレクシアはふと、憤りを感じた。理由は、爺の話を思い出したからである。
「前公爵であった奥様は、流行病の際見舞いにも来ない公爵様を恋しがっているようでした」
爺の話によるとカロリーナは夫であるバートの事を愛していたようだった。だが、バートは残念ながらそうではなかった。彼女の地位、権力と金に惹かれていたのである。だからミラが生まれてからはミラに付きっきりとなり、カロリーナに会いに来る日はほぼなかったと言う。
「亡くなる前に一度、『バートに会いたいわ』と仰っていましたが……残念な事にその願いは叶いませんでした」
その時は、「ふーん」で終わっていた話だったが、今思えば何と薄情な……、と怒りを感じる。これも感情の氷が溶けたのが一因なのかもしれない。
肩が僅かに震えているのが見えたのだろう。ライナスはアレクシアの肩にそっと触れる。後ろを振り返ったアレクシアにライナスは満面の笑みを見せたところで、彼女は気持ちを落ち着かせる。
その様子を見ていたギルグッド十七世は、ルートヴィヒをちらりと見てこう話す。
「普通はお前が気づいてやるものであろうに……。まあ、シア嬢に対する最初の振る舞いの謝罪を言われて気づいたお前には出来ない芸当だろうな……」
そう、ルートヴィヒが話をして帰った後、アレクシアは情報整理のため最初のことは記憶の彼方にあったのだが、その後訪れたライナスがその痣を見つけてアレクシアに事情を聞いた後、ルートヴィヒに抗議をしたのだ。次の日、ルートヴィヒはアレクシアの店に来店し、頭を下げて謝罪、そして慰謝料としてアレクシアが焦るほどの金額を押し付けて帰ったそうだ。
バツの悪い顔をしているルートヴィヒにギルグッド十七世はこう最後に述べた。
「グラシア嬢は私の眼から見てもお前の事を分かっている娘だ。そろそろ向き合ったらどうだ」
「……そうします」
挨拶の人が来たために彼らの話はそこで途切れることとなった。後は彼らを待つばかりである。