17話 ルートヴィヒ(ルイス)の話
「まず、何故俺がシアの事を知っているか。理由は簡単だ。俺がシアの婚約者候補だったからだ」
彼の言葉はアレクシアにとって、耳を疑う様な内容だった。前国王キャメロンが彼女との正式な婚約者候補として内密に交渉していた相手――それがダラム帝国の皇帝だったらしい。第一、第二皇子はその時既に婚約者がいたため、年が一歳違いのルートヴィヒに話が来たらしい。
「元々帝国と王国は仲が悪かったからな。前国王がそのわだかまりを拭い去りたいと考えていたんだろう。前国王は第三皇子、つまり俺をシアと結婚させる事がそのきっかけになると考えたようだな」
だが、その事を大っぴらに発表する事はできなかった。まず交渉自体が難航していた。王国は表向きアレクシアの婚約相手はハリソンであったこともあるが、帝国内では王国を嫌っている貴族も多く、第三皇子を嫁がせるなんて……と否定的に考える貴族も多かったらしい。だから帝国としても、帝国が納得のいく条件をつけることができるよう、交渉に臨んでいたそうだ。
だが、水面下のやり取り――主に手紙が主だったため、交渉が遅々として進まなかった。そんな時に、前国王の急死の報が流れたのだ。交渉段階で終わってしまったこの婚約は闇に葬られる事になった。
その話を聞いたアレクシアは、前国王の言葉を思い出す。
「お前の婚約者が決まったら、その時はハリソンとの婚約も白紙に戻す。なに、悪い様にはしない」
結局、アレクシアは国の発展のために使われる都合の良い駒の様な存在だったのだろう。もしその時に、前国王が急死することなく婚約が決まっていたら、その場でハリソンとは婚約を白紙にし、会ったこともなかったルートヴィヒとすぐに結婚させられたはずだ。
前国王としては、最終的には帝国を王国の属国にしたいと言うような野望があったに違いない。ただ単に仲良くしたいから〜、で彼が動くことは有り得ないくらい野心や野望が高い人間だった。第三皇子とアレクシアの婚姻を足掛かりにでもしたかったのかもしれない。
だがここでふと、気になることがあった。
「婚約者候補だったとしても、会った事は一度もない……と思うのですが。それにどうして共和国に来られたのですか?私がアレクシアだと分かったのは何故です?」
そう、婚約者候補であったとしても、一度も顔を合わせたことが無い上に現在は追放されている。単にライナスに会いに来たのであれば、アレクシアの腕を掴んでここまで強引な事はしないはずだ。その予想は当たっていたらしい。
「表向きはライナスに会いに来た。そのついでにシアにも会おうと考えていた。ちなみに普通に話してくれて構わないからな」
もう一つの目的として、アレクシアに会いに来たらしい。そしてついでなのか「敬語苦手なんだよ」と言われたので、アレクシアも普段通りに話す事にした。
「ちなみにシアが共和国に来ていたことは二年前……追放されたときから知っていた」
「何ですって?」
「帝国出身の知り合いがいるだろう?」
「もしかして……爺の事かしら」
「ああ。彼の報告により、精霊の愛し子が共和国で生活している事が分かった。そこから調べさせてこの店の場所と容姿だけは把握していたんだが。……まさかライと知り合いだとは思わなかったよ」
ちなみに爺の本名はレノー・ヴァンサンと言い、現ヴァンサン侯爵家当主の叔父に当たる。ヴァンサン侯爵家は他の侯爵家に比べて財力の面では劣っているが、裏家業では皇帝のお抱え諜報員として活動している。その中でもレノーは前皇帝や現皇帝に能力を認められ、ベルブルク公爵家で働く前は名前を変え王国で諜報員として情報収集をしていたのだ。
その後、皇帝から褒賞として何故か暇を貰った彼は、いつの間にかベルブルク公爵家の料理人として地位を確立していったのである。彼のことを知っている人の中には、暇を貰ったのは嘘でこれが仕事だったのではないか、と考える人もいるのだが、詳細は分からない。
前公爵(アレクシアの母)時代は自身の近況以外送らなかったレノーだったが、アレクシアとミラが誕生してからは歳を経るごとに頻繁にヴァンサン侯爵家とやり取りする様になっていた。
彼が自身の生家にアレクシアのことを話したのは、彼女が不憫だったからか、それとも……
「でもどうして私に?」
「それは精霊の愛し子だからに決まっているだろう?まあ、婚約者候補に一度会ってみたかったと言うのも本音だがな」
ルートヴィヒの目は真剣だった。その瞳を見るに、嘘をついていないのは明白だ。都合の悪い事を隠しているのかもしれないが。
まだルートヴィヒは話したそうにしているので、続きを促した。
「今の王国は国境付近の村々から順に前国王時代に作られた魔道具が使用できなくなっているそうだ。国王は王宮に残っていた魔道具を村や街に売り付けて改善を試みたが、魔道具は使用できないままだった。それを何度も国王に直訴しているらしいが、あしらわれているそうだ」
まさか、今の王国の現状を彼から聞くとは思わなかったアレクシア。王国の現状はアレクシアの予想通りだったので、あまり興味が湧かなかった。むしろそこまで内部に通じている帝国が凄いと感じたくらいだ。
「あまり王国には興味がないのか?」
「ええ、私を追放した国だし。興味を持てと言っても正直持てないわね。むしろそこまで知っている帝国に興味があるわ」
「まあ、その通りだな」
ははは、と笑うルートヴィヒを他所に、アレクシアは疑問を持つ。何故、彼は今更アレクシアにこの話をしたのか、意図が見えないからだ。意図が見えないまま話は続いていく。
「ちなみに先程直訴している貴族がいると言っただろう。彼らは今王宮の牢屋に幽閉されているらしい」
「何ですって?」
「彼らは国王を陥れようとした罪とされている。王宮で魔道具が使える、というだけで現地では検証されていないのにな」
肩を竦めるルートヴィヒ。しかしその顔にはありありと嫌悪の色が浮かんでいる。
「しかも現国王とベルブルク公爵代理――今はシアがいないからベルブルク公爵か。彼らはまだミラ嬢を愛し子だと思っている。報告によれば、まるで彼女が女神のように崇められているそうだ」
「それは昔から変わらないわ。愛嬌があるミラの方が可愛がられるのは普通だったし……」
「本当にそれだけだと思うか?」
アレクシアの声を遮ってまで、強い声で話し出したルートヴィヒ。
「ええ、実際今までもそうだったから……」
「だが普通は国外追放まで事を進めるか?仮にシアが愛し子でなかったとしても、政治的な駒としてどこかに嫁がせれば良いだろう?嫌悪しているからって国外追放はやり過ぎではないか?」
「……何を言いたいの?」
彼の言いたい事が分からず、首を傾げるアレクシア。そんな彼女にルートヴィヒは説明を始めた。
「シアの妹、ミラは魅了の魔法持ちだ。それが原因だ」
その言葉に彼女は息を飲んだ。