15話 誕生日プレゼント
最近、アレクシアはよく鍛冶屋に来ていた。鍛冶屋のダニーは以前リネットに紹介された腕のいい親方である。彼に相談しながら、彼女は一生懸命腕輪を作成していた。今日はその腕輪の完成日である。
「シアちゃん、よく頑張ったな!今までで1番の出来じゃないか!」
「ダニーさん、本当ですか?お世辞でもなく?」
「わっはっは!俺がお世辞なんて言うと思うか?」
手には指二本分の幅の腕輪が作られていた。その腕輪には一箇所穴が空いており、ここに魔石を嵌め込む予定だ。その穴の周囲には唐草模様が彫られている。アクセサリーの模様を彫ったり、ネックレスの鎖を作ってもらうのはダニーに頼んでいたが、今回の腕輪だけは自分で作ろうと手ほどきをお願いしていたのだ。
「これを貰える奴は幸せな野郎だな!ちゃんと頑張って渡せよ?」
一番最初に依頼をした際、プレゼント用だと言う事をダニーには伝えていたのだが、その言葉で彼はピンと来たらしい。「その相手は男だろう」と笑いながら言われて、顔を赤くしたのが懐かしい。その後は誰に渡すのか、と言うのを聞くことはせず、それならば!と色々教えてくれたのだ。
実はその言葉は工房に響いていて、ダニーの弟子たちが数人ソワソワしていたのだが、アレクシアが帰った後に「お前らではないだろ」と言われて撃沈したことを彼女は知らない。
「ダニーさん、ありがとうございました」
「いいって事よ!これからも、うちを贔屓してくれればな!」
笑顔で見送られたアレクシアは、頬が赤くなるのを感じながら家に帰宅する。
そしてアレクシアは今、最高に緊張していた。腕輪を渡す相手が突然店に来たからである。リネットにお願いして伝言を頼もうか、と考えていたところにお菓子――今回は板チョコやドライフルーツなどお菓子作りの材料だったが、を持ってやってきたライナスに、彼女は驚き目を丸くしたのだった。
「ら……ライ。リネットから聞いたのだけど、最近忙しいのではなくて?」
「そうなんだよ。最近は夜遅くまで仕事していたんだけど、今日は珍しく早く上がれてね。あと、お願いがあって来たんだ」
「お願い?依頼を手伝えばいいのかしら?」
「いや、そうじゃないんだ」
ライナスはいつもの様にテーブルにつくといきなり彼女に頭を下げ始めた。
「これでお菓子を作ってもらえないか?お金は払うから!」
さらに驚いたが、彼の話をよくよく聞くと、アレクシアが作ったお菓子が食べたいからお願いにきたらしい。
「実は僕の不注意でシアに貰ったお菓子を部下に食べられてしまったんだ……」
確か最後に作って手渡したのは、ドライフルーツ入りのパウンドケーキだったか、と思いつつ彼の話の続きを聞くと、一切れ食べた後に紅茶を入れに席を外したところ、貰ったパウンドケーキが全て食べられていたらしい。一切れだけしか食べられなかったライナスは、その部下を叱ったそうだ。まあ、確かに無断で食べたら怒られるわ、とアレクシアは思う。むしろ言う事を聞く分精霊の方が礼儀正しい。
そしてどこかで聞いた事のある話だと思ったら、以前食事でリネットが話していた事だった。
「で、その後近くのケーキ屋に行ってパウンドケーキを買ったんだけど……シアが作ってくれた手作りのお菓子の味が忘れられなくてね……。恥ずかしながらお願いにきたんだ。シアのお菓子に胃袋掴まれちゃったよ、ははは」
彼自身も照れているのだろう、少しだけ頬を赤く染めている。そんな彼を見るのは珍しい。
「お金は支払うし、別途に材料費は払うから作って貰えると嬉しいのだけど」
「ライ、私は元々お店でお菓子を作っていた訳でもないし……言うなれば素人の作ったお菓子よ?それでも良いの?」
「シアの作ったお菓子が良いんだ!甘さ控えめで食べ易くて好きなんだよね」
彼にそう満面の笑みで言われたら、アレクシアも拒否する事はできなかった。少しだけ俯き、赤くなった頬を隠す。そして照れている事を隠しつつライナスに話しかけた。
「……それで良いのなら、買ってきてくれた材料を貰って作るわね。今から作るけど、ライはどうする?」
「良ければ、お店を見てても良いかな?」
「ええ」
そして彼女は入り口の看板を閉店に変えると、ライナスの材料を利用してパウンドケーキを作り始めたのだった。
一時間程経った後――
パウンドケーキを焼き終えたアレクシアが店のカウンターに向かうと、入り口の扉の鈴がカラン、と鳴る。お客かな、と考えたアレクシアが声をかけようとすると、入ってきた人から先に声を掛けられた。
「ごめん、シア。僕、ライナスだよ」
「ライ?どこか行っていたの?」
「うん、シアに声を掛けたんだけど聞こえてなかったみたいだね……夕飯にと思って色々買ってきたよ」
「……そこまでしてくれなくても良かったのに」
「いやいや、流石に僕のために作って貰っていて時間を取らせた上に、夕飯まで作らせて遅くなるのは申し訳ないと思ってね。テーブルに買ってきた物を置くから、好きな物を選んでくれて良いよ」
アレクシアは彼の言葉に甘えていくつか夕飯に惣菜を貰うことにする。確かに彼の言う通り、これから料理をするとなると、夕食が遅くなるからだ。アレクシアはひき肉で作ったつくね数個と、サラダを貰う。
「ライ、この二つを貰うわね。ありがとう。後これを……」
そう言って差し出されたアレクシアの手には、可愛くラッピングされたパウンドケーキと、銀色に輝く腕輪。腕輪の中心には光の加減で緑色に見える魔石が輝いている。
「シア、この腕輪は?」
「……いつもお世話になっているから貰って欲しいなと思って。あとリネットから誕生日が近いって聞いたから」
以前の食事会でリネットからライナスの誕生日を偶然聞いていたのだ。それもあって彼女は手作りの腕輪に拘ったのである。アレクシアは無意識に、ライナスには自分の作った物を身につけていて欲しいと思っていたのだが、そんな気持ちに彼女自身は気づいていない。
「これは風の魔法が込められているけど……もしかしてシアが込めてくれたの?」
「ええ。防御の魔法が込められているわ。もし割れたら持ってきてくれれば、作り直すから」
気を抜けば照れて声が小さくなるであろう自分に叱責を入れつつ、少し早口でこの事を伝える。心臓音もそれと同時に早くなり、後ろで握り締めた手のひらには汗がしっとりと浮かんでいる。
最初は腕輪を見ていたライナスだったが、目を輝かせて貰った腕輪を腕にはめる。シンプルであまり仕事の邪魔にならない様にと細めに作られた腕輪は、ライナスの腕にとても良く合っていた。
「誕生日プレゼントなんて……嬉しいよ!ありがとう、シア」
腕輪を見ながら今にも鼻歌を歌い出しそうなライナス。そんな喜んでいるライナスを直視できないアレクシア。二人の間を温かい空気が駆け抜けていった。