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金欠勇者の頼れる仲間(エコノミー版)

 魔王打倒の使命のために冒険を続けて、もうひと月。魔王の城へ近づくごとに魔物も強くなってきて、ひとりでの旅もそろそろキツいと感じてきたこの俺は、とある街の冒険者ギルドに立ち寄った。


 ここでならきっと、頼れる旅の仲間が見つかるはず。


 そう確信していたのに――。


「――えぇっ?! なんでひとりも仲間を紹介してくれないんですか?!」


 男性ギルドマスターからの返答を聞いて、俺はつい大きな声が出てしまった。カウンター越しにこちらを見た彼は、あからさまに面倒くさそうに息を吐く。


「だって、そらそうでしょうよ。アンタ、一日800ゴールドしか出してくれないんでしょ? ましてや、魔王の打倒だなんて大役なのにそのやっすい時給。そりゃー無理な話でしょうが」

「で、でも……俺の懐事情だとせいぜい800ゴールド……限界までいったところで1020ゴールドなんですよ! なんとかなりませんか?」


「ワリと増えてんじゃねぇかオイ。最初からそう言えよ」


「す、すいません。先祖代々受け継ぐドケチの血脈をつい顕現させてしまって……」

「カッコつけて言うんじゃないよ。……それはさておき、アンタ勇者でしょ? 王様からたんまり準備金貰ってるんじゃないの?」

「そ、それはもちろん貰いましたけど……でも……」

「……なにか深い事情でもあるの?」


「ほとんど残らず、地元のキャバクラで使ってしまって……」


「キャバクラで?!」

「はい。幼馴染の親戚の友達の友達のシホちゃんの売り上げに貢献したくて……」

「つまりは赤の他人じゃねぇか! がっつりキャバクラに入れ込んでるだけだろ!」

「す、すいません。ですが、英雄色を好むとも言いますし……」

「さっきから自分の欠点を勇者っぽく正当化してんじゃねぇよ! ……まあ、いいわ。とにかく、1020ゴールドなら紹介できる剣士、ひとりだけいるから」

「ほ、本当ですか?! それならぜひ!」

「あいよ。ただし、エコノミー版だけどね」


 エコノミー版というのがいまいちわからなかったが、今は四の五の言っていられる場合ではない。なんでもいいから仲間が欲しかった俺は、ギルドマスターに紹介を頼んだ。


 やって来たのは、至ってマトモそうな女剣士。剣の腕前もかなり立つらしいし、なにより美人! これなら文句なんてひとつもない。


 ……しかし、俺はまだ理解していなかったんだ。エコノミー版の本当の意味を……。




彼女との旅の道中。緑深い森を歩いていると、正面の茂みから音も無く、俺の身の丈の倍はあるかという魔物が現れた!


 突然のことに動揺して竦む俺とは違い、すぐさま剣を抜いた女剣士は切っ先を魔物に向けて堂々と構える。


「――くるぞ、勇者っ! 構えろっ!」


 さすがだ、頼もしい! 


 やや遅れて剣を抜いた俺は、彼女の隣に並び立って魔物を見据える。


「女剣士さん、俺がヤツの一撃を止めます! その隙にトドメを!」

「任されたっ!」


 短いやり取りと共に、微笑みを互いにかわす。大丈夫だ、この人となら戦えるっ!


 両手で幅広の剣を構え、一呼吸のうちに魔物へ接近。振り下ろされた魔物の一撃を、剣の腹でなんとか受け止め、渾身の力で耐えるッ!


「――女剣士さん、今ですっ!」


 声を上げながら彼女の方へ視線をやれば――。


「ひと瓶のーめーばっ見習い剣士っ♪ ふた瓶のーめーばっ一般剣士っ♪ 三瓶のーめーばっ熟練剣士っ♪ ――冒険の前にこれ一本! 王宮印のゲンキ・ニナーレ!」


 ――急に踊りながら歌い出した?!



「……いや、マジで驚きましたよ、女剣士さん。あなたが魔物の目の前で急にくねくね踊りながら妙な歌を歌い出すから死ぬところでした。まあ、あなたの奇怪な行動に怖気づいた魔物が逃げていったおかげでなんとかなりましたが……。なんですか、アレは」

「くっ……申し訳ない。だがアレは、貴君がエコノミー版で私を雇ったからだろう! イヤならばさっさとプレミアム版にしろ!」

「……実は、そのエコノミー版というのがまだよくわかっていないんです。なんだというんですか、それは」


 俺の問いを受け、やたらと偉そうに腕を組んだ女剣士は、こちらを見下す調子で語りだした。


「普通であれば、私のように手練れで可憐な者を、貴君のような貧乏人が雇うことはできん。だがエコノミー版ならば、足りない支払い分をスポンサーが払ってくれる代わりに、貴君のような貧乏人でも私を雇うことができるというわけだ」

「貧乏人と連呼されていることと、あなたの自己評価がとんでもなく高いのはさておき……つまり、先ほどの歌はスポンサーの意向で歌ったと?」


「そうだ。戦闘中に自社製品のCMを挟むようにと言われている」


「引くほど迷惑。ちなみに、プレミアム版にするにはいくらほど掛かるのでしょうか?」

「一日につき30000ゴールドだ」

「よし、とりあえずはエコノミー版で様子を見ることにしましょうか」



 それからも俺達は共に旅を続けた。森を抜け、谷を越え、山を登り、海を渡り、空さえも飛び……世界中を駆け巡った。



 数多くの魔物たちと戦う日々。


 そんな中で女剣士は――来る日も――


「さあ♪ 素敵な笑顔が待ってるよー♪ わたしとあなたの食卓でー♪ ほら♪ みんなでペロリと食べちゃおうー♪ ――美味い! 言うこと無し! 王宮印の元気カレー!」



 ――また来る日も――。



「いつでーもーアツアツ♪ すぐにグツグツ♪ 凍えるよーうな寒さだって♪ ホットホット♪ もっともっと♪ 寒い足元のお供にいかが? 王宮印の元気湯たんぽ!」



 ――彼女は戦闘中、ひたすらCMソングを歌い続けた――。



「いくぜっ! (ウォーウォーウォー♪) スーパークールな俺だけどー♪ 忘れられない味がある♪ 遠い昔の記憶♪ ――硬いのがいいんだぜ! 王宮印の! おばあちゃんの元気せんべい!」



……というか王宮、商品名のレパートリー『元気』しかないの? 製品開発部にはマーケティング部門は無いの? あと、全体的に歌ダサっ。



 魔王の城の目前までやってきたのは、女剣士が仲間になって半年後のことだった。


 黒霧の立ち込める魔王の城を見上げながら、俺は呟いた。


「……いよいよ、魔王の城が見えてきましたね」

「ああ。お互い、ここまでよくやってきたものだ」

「女剣士さんはほとんどCMソングを歌っているだけでしたが……とりあえず、これを」


 俺はゴールドの詰まった袋を女剣士へと渡す。


「これは……まさか30000ゴールドか?」

「ええ。ここに来るまで俺も成長してきましたが、魔王を倒すことだけは、さすがにひとりでは無理です。プレミアム版、お願いします」

「……いいだろう。わたしも、歌うばかりの日々に飽き飽きしていたところだ。行くぞ、勇者っ!」


 その時、俺達の接近に近づいたらしく、見上げるほど巨大な魔物が城門を破って現れたッ!


 ひとりじゃきっと倒せない……でも、ふたりならっ……!


「――魔物ですっ! 女剣士さん、俺がヤツの一撃を止めますから、その間に――」

「ああ! トドメを刺すっ!」


 短いやり取りと共に、微笑みを互いにかわす。大丈夫だ、この人となら戦えるっ!


 両手で幅広の剣を構え、一呼吸のうちに魔物へ接近。振り下ろされた魔物の一撃を、剣の腹でなんとか受け止め、渾身の力で耐えるッ!


 女剣士は歌わない。鞘から抜いた剣を構えて、真っ直ぐ魔物へ向かっていく!


「うぉぉぉぉぉぉっ!!」


 気合いの叫びと共に放たれる横一閃。それはたしかに魔物の腹部を捉えた……のに……。


 魔物は血を噴き上げて倒れるどころか、却って困惑した表情すら浮かべていた。


 魔物はいかにも申し訳なさそうに、人差し指で女剣士を軽く突く。


「グワァァァァァ!!」と大げさな声を上げながら倒れこみ、満身創痍といった様相で呟いた。


「……スマン、勇者。最近歌っていたばかりのおかげで経験値が積めず、このあたりの魔物相手では歯が立たん」

「……とりあえず、30000ゴールド返してくれません?」


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