五話 素敵な人でよかったです
来たる合同レッスン初日。バスに乗り込み会場へと向かう。合流したRock'in Heartの二人もなかなかキャラが濃い様子で、手をつけられるか不安になった世奈だった。
合同レッスンの日がいよいよやってきた。8人も早朝からバスに乗り込む。皆寝ぼけ眼でこちらの話を聞く。
「以前からお伝えしている通りRock'in Heart、女子二人組のユニットとの合同レッスンになります。事務所も性別も全く違いますが、お互い教訓を得ることができると思います。そしてくれぐれも!仲良く!!仲良ーく!!!お願いします!!!また騒ぎ起こしたら全員ビンタですからね!」「ビンタやだぁ!!」ぐっすり寝ていたはずの花咲くんが飛び上がった。そうこうしてバスは目的地に向かい出した。流石に皆前ほど険悪なムードではない様子だ。今は平穏無事を祈るしかない。
ついたのは山奥。虫の声がけたたましい。足元には雑草もボーボーで手入れはあまりされていない。ただ、キャンプ場?のようなものや泊まれそうな施設もあることにはある。事前に偵察してきたので私はまぁ今更驚くことはない。ただ8人はそれぞれリアクションを取っていた。
「変な髪型にさせられた次は、山奥でキャンプかい?勘弁してくれよ。」「全くだぜコンチクショー!!」「ケータイ圏外だったりして。だとしたら死ねる。」久瀬&織&明石トリオもこの状況には不満があるようだ。でもここは、数多くの芸能人が壮大な土地を生かした過酷なレッスン、体力づくりをしてきた場所だ。上司からもここはおススメだと言われた。皆が辺りを見回している間に、背後からバスの音がした。来たかな?と振り返るといきなりバスの窓を全開にし、まだ運転中だというのにそこから飛び降りた一人の少女。全員目を疑った。
「ちょっ!?あ、危ないです!まだ走行中でしょう!?あ、あなたがRock'in Heartの…?」私の問いに物怖じせず目の前の少女が答えた。
「そう!あたしがRock'in Heartの片割れ、岩清水灯さ!よく聞けヤワな男共!あたしにぶっ倒されたくなければ全力で汗流して血反吐吐いて…」と言いかけたところで灯ちゃんの後頭部にげんこつが飛ぶ。
「バカ。危ないことはやめろってあれほど言ってるでしょ。うちの岩清水灯がどうもすみません。私も同じくRock'in Heartのメンバー、片割れの石須伶奈です。今回はよろしくお願いします。」この状況でとても落ち着いた口調の伶奈ちゃん。私も落ち着かなきゃ…
「えー、全員揃いました、ね。タイムスケジュールはお伝えした通り。9時からお伝えしましたレッスンを行います。もちろん講師の先生も事前にこちらにいらっしゃっていますので、時間になったら皆さんについて見てもらいます。倒れる前に水分補給、何かあったらすぐ連絡!基本を大切にレベルアップを目指しましょう!」私の呼びかけに灯ちゃんが真っ先に「おーう!!」と元気に返事をした。
私もグループごとに分かれた彼らの様子を巡回していた。メモを片手に、勉強勉強だ。まず訪れたのは体力作りのグループ。…その様子はちょっと目を瞑っていたいものだった。タイヤをロープで体に巻きつけ坂道を登るかなり過酷なトレーニング。メンバーは蔦屋くん、花咲くん、雪室くん、御影くん、そして伶奈ちゃん。伶奈ちゃんは他四人がタイヤ2個に対して一つだけ、ハンデは与えていたようだったけどうめき声をあげ時々タイヤに体を持っていかれそうになりながら小さい歩幅で前に進もうとしていた。私なら絶対できない。でも伶奈ちゃんは弱音を一切吐かず他四人のペースに必死に合わせようとしていた。見た感じ灯ちゃんと比べて小柄で体力なさそうだからこそこのレッスンなのかな。声をかけようか迷ったが皆必死そうだったので無言でしばらく見つめ、一旦その場を離れた。
次のグループは遠くからでも聞こえていたがボイトレを行なっている。メンバーは明石くん、織くん、久瀬くん、遠山くん、灯ちゃん。ふと講師の先生と目があった。するとなぜか困ったような顔をされた。さらに近づいてみて状況が分かった。
「あめんぼ赤いなあいうえおー!!!はい復唱!!」「…あめんぼ赤いな…」「声足りなーい!!もっと腹から出す!!」完っ全に灯ちゃんが仕切っていた。
「こんなトレーニングしてるんですか…?」「いや、急に話が逸れ出してこんなこと勝手に始めちゃって…」
明石くんたち四人はもはや怯えてこちらに助けを求める顔を向けてきた。灯ちゃんは全くこちらの様子など見もしない。
「えー灯ちゃんいいですか。講師の先生にご迷惑はかけないように。」「えー何?聞こえなーい!」その返事に女の子相手といえ私も目を光らせ威嚇した。
「言うこと聞くったら聞くー!!ほら、四人も灯ちゃんの言いなりにならずにやるべきことからコツコツやるー!!」「ちぇー、案外厳しいんだねこの人。うちのマネより腰入ってるわー。」灯ちゃんもそろそろ諦めて黙り込んだ。Rock'in Heartの二人の様子は全く正反対だ。
それから午前のレッスンを終え、昼休憩に入った。出前弁当に腹ペコ10人は食らいつく。私も食べながら皆の様子を見ていた。灯ちゃんは早速Dreaming Makerのメンバーと馴染んだ様子で食べながら話を止めない。そんな灯ちゃんの様子に時々箸を置いて伶奈ちゃんが「下品」と注意をしていた。お互い支え合っている相互関係、と言う風に見える二人だ。しばらく話を眺めていると、
「おい、マネさん!一緒に話そーぜ!」いつのまにか私も会話の輪に入ることになった。
「いいですよ、あなたたちのことも知りたいので。」「じゃあさ、質問!伶奈が質問あるんだってさ!ほら」先ほどまで落ち着いて弁当を食べていた伶奈ちゃんが箸を置いて私の眼前に迫る。その瞳は真剣そのもので、何か深刻な話でもされるんじゃないかと思って少しどきりとした。
「で、話って?」「単刀直入に言います…」その瞳に吸い込まれそうになりながらも我を取り戻し、ゴクリと唾を飲んだ。
「おいくつですか?」思いっきりズッこけた。「いやいやいやその真剣な顔で何ですかその質問は!レディに年齢を聞くときは慎重に!こんなに男の子もいるんですから、年齢が知れ渡ったらからかわれます!」「言うのが恥ずかしい年齢なのですか?」「ムキー!!若いからってなんでも言ってー!!もちろんあなたたちより年上です、とだけ言っておきます。」
と言うと伶奈ちゃんは顎に手を当て思案した。何かおかしかった?
「なかなかに腰が入っていると思ったのです。でも見た目は私たちとも変わらないくらい若く、はっきり言えば幼くも見えます。中身のしっかりした人となりと見た目の不一致になかなか頭がついていかなくて、不思議な人だと思ったのですが…大体の年齢が分かればそれでいいです。見た目が幼いだけで、中身は年上、社会経験を積んだ立派な大人。私たちのお相手が素敵な人でよかったです。」イマイチ何を言いたいのか分からない。いやまぁ褒められたならいいんだけど。「小難しい話ばっかだなー伶奈は!」そればかりは私も同意だ。
「よかったですね、マネージャーさん。」天くんもニコニコしながらそう言った。かなり個性的なメンバーが揃ったが、明後日になれば大地も来る。それまで一人でファイトだ。弁当箱を空にして、十人と私は午後のレッスンに向かっていった。