次の世界へ
ハッピーエンドのまま終わりたい方は、この話はスルーでお願いします。
こつこつこつと靴で音を鳴らしながら階段を上がる。
男を現世へ連れて行った俺は、役目を終えた。これから門番としての日々が再開するのを理解し、寂しく感じた。
少女が天国から飛び出した後は、色々あったが充実していたのだ。人と関わることにこれほど心が動かされるとは思わなかった。いや、俺も元は人なのだ。当たり前のことだろう。
階段を上がりきると、真っ赤な扉があった。この扉の先は、誰の記憶だろうか?男か少女か・・・それとも、俺か?
俺は、いまだに昔の自分のことを思い出せないでいた。俺が覚えているのは、名付け親に出会ってから後のことのみ。出会いは覚えていない。もう、思い出すこともないのかもしれないと、なんとなく感じた。それはなぜかというと、俺は一度赤子になったから。
「マーキュリー!?」
扉の前に立つ俺の背後から声が聞こえた。それは、聞きなれた声。つい今思い出していた名付け親の声だった。振り返って確かめれば、黒髪のゾンビが2人いた。髪の長い、紫と黒の縞々の服を着た方がしまちょ。髪の短い、ピンクのシャツと破れたアイマスクをした方が、タピオカ。笑顔の2人を見て、ほっとする自分がいた。
「よかった~心配したんだよ、マーキュリー。」
「もう、どこ行ってたの?って、ここか。急に消えたから驚いたよ、本当に。死んで死体が残っていたなら、ゾンビにすればいいだけだけど・・・何もないんじゃねぇ。」
ゾンビか。ゾンビ化・・・嫌だな。俺は天使のままでいい。いや、元は人間だから人間のままが・・・いや、天使の方がいいな。
「心配かけて、すまなかった。どうやら、俺は前の世界で死んだようだ。」
「そうだろうなーとは、思ったよ。」
「うんうん。マーキュリーの特殊能力だもんね。死んだら別の世界に行くっていう。運よく見つかって良かった。ね、ねぇさん。」
「・・・もういいかな。」
唐突に真顔になったゾンビに、俺は後ずさった。この後の展開がよめたので、逃げ出したいと思ったのだ。しかし、それは出来ないことを知る。ドンと体が扉にぶつかる。素早く扉の先に行けば逃げられるとは思わない。彼女らは狙った獲物は逃がさない。
あまり変わらない背丈のしまちょが、俺を捕まえた。
「頑張ったね、マーキュリー。おーよしよし。」
頭をなでられる。超高速で・・・
「やめろっーーーーー!ハゲるっ!」
顔が熱い。お願いだから、子ども扱いはやめてくれ!
俺が叫ぶとあっさりと解放してくれた。いつも一瞬の出来事だ。彼女たちは、スキンシップはあるが、さっぱりしたものが多いので助かる。
ポンと、優しく背中を叩かれた。タピオカがにやりと笑う。
「元気出しなよ~初恋は実らないものだって。」
「おい、待て。どこから見ていた。」
サーと血の気が引いて、今度は顔が青白くなったと思う。初恋ってなんだ。初恋って。俺は恋なんてしていない。断じてしていない。
浮かぶ顔は金髪蒼眼の少女。いや、違う。違う・・・
「でも驚いたよ、本当に。君はおじ専だったんだね。」
「・・・違う。」
おじ専ってなんだ。聞き間違いだろうか?
「相手はロリコンだったからね、マーキュリーに勝ち目はなかった。仕方がないよ。」
ロリコン。ぐさりと、俺の胸に痛みが走る。いや、違う。俺は別に少女のことをどうとか思っていない。
「って、まさか・・・いや、ありえない。でも、おじ専とロリコン・・・まさか、俺の初恋相手がアレだと・・・?」
先ほど現世に送った男を思い出し、ぞわりとした。あの男自体は悪い奴ではない。気に食わないが。なんだかもやもやとする男だった。いや、そんなことはどうでもいい。今大事なのは、アレを初恋相手だと思われている誤解を解かなければ。
「ま、前世でも男性と付き合っていたし、別に驚かないよ。」
「子供の顔は見たいけどね、われらは君が幸せならそれでいいよ。」
新事実に、俺は何も言えなくなってしまう。前世で男と付き合っていた!?
別に、同性愛は否定しない。しないが、自分がそうなるかどうかは別だ。俺は、自分に問いかけた。俺が好きなのは、女性か男性か。
女性だ。即答だった。
うん、今は今だ。過去・・・前世のことは忘れよう。いや、覚えていないのだが。そうだ、今聞いたことは忘れることにしよう。
「それで、本題だけど。マーキュリーはどうしたい?ここに残る?それとも他の世界に行く?」
聞かれて思い浮かべたのは、3人の顔。少女に男に同僚。それなりに親しく、離れるのは寂しいと感じた。でも、もう答えは出ている。
「ここを出る。」
「わかった。よし、行こっか!」
「我らも忙しいからね、特にねぇさん。だからもう出発するけど、いい?」
「あぁ。心残りは・・・あるが、いい。」
「あるならだめだよ。もうここには戻ってこれないんだからー。ほらほら、おじさんに挨拶してきなよ。」
「いや、おじさんはいい。同僚の方だ。」
「同僚?ってことは、天使!?」
「そうだが・・・」
「わー。ねえさん、ねえさん。本物の天使が見れちゃうよ。やっぱり金髪に青い瞳かな?」
「よし、見に行こう!」
一気に騒がしくなった俺の周り。なつかしい。
前世のことは、何も思い出せないが、別に構わない。だって俺は、マーキュリーだから。
ゾンビの名付け親がいて、楽しい日々を送った。
死んで天使になって、門番をやっていた。そして、これから別の世界へ行く。
それが俺。
気づけば俺は、真っ暗闇の洞窟に立っていた。目の前には光り輝く魔法陣。後ろの壁には穴。
「俺は・・・」
誰だ?
ここは、とある少年の夢の中。俺は、その少年の願いを叶えるために存在する。
「そうだ、俺は少年を殺すために、ここにいる。」
とても辛いことだが、それが俺の役目。抗うことは許されない。
青い瞳に黒い翼。後に少年から悪魔と呼ばれる彼は、名のない存在だ。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
この後の話である、ゲーム「僕の願いを叶えて」も公開中です。こちらもぜひよろしくお願いします。
この話でも登場したしまちょ(スマイリーしまちょさん)とタピオカ(タピオカ星人さん)が、上記のゲームを実況してくださいました。楽しい実況なので、少しでも気になる方は視聴していただけると嬉しいです。
僕の願いを叶えての小説版も、いつか書けたらと思っています。
連載中の「血染めの楽園」もよろしくお願いします!