(14) 兄と弟
これは、お兄ちゃんと呼ばれていた男の記憶。
がたがたと強い風が窓を揺らす。読んでいた新聞から目を外し、外を見れば快晴で気持ちの良いことこの上ないが、今外に出れば少女なら、赤い帽子を追いかけまわすことになるだろう。
「ふふっ。」
想像の中の少女を見て、笑いがこぼれた。
「兄さん、入るよ。」
声と共に、今の扉が開かれ、弟が入ってきた。
「うわっ。何?」
「どうしたんだ?」
「いや、僕がプレゼントを渡す前に嬉しそうな顔をするから、知っていたのかなと。」
「プレゼント?なんのだ?誕生日はまだ先のはずだが・・・」
「何?理由がないとプレゼントしちゃいけないわけ?兄さんだって、よくお土産買ってきてくれるじゃないか。」
「いや、嬉しいよ。ありがとう。」
「渡す前からお礼言われちゃったよ。僕、強請られてる?」
「そんなわけないだろ・・・」
「冗談冗談。はい。」
弟に手渡されたのは、水色のハンカチで、隅にリスの刺繍が施してあるものだった。はっきり言って可愛い。男の俺が持つのには可愛すぎるぐらいで・・・
「渡す相手間違えていないか。」
「だって、兄さんリスが好きなんでしょ?この前も、クレープを食べるあの子がリスみたいに可愛かったって、のろけていたし。」
「な、のろける!?」
「俺のまわりをリスのように、歩き回るあの子も可愛いとかも言っていたし・・・リス好きでしょ。ロリコン。」
「いや、リスが好きだとロリコンなのか!?」
「いや、あの子が好きだとロリコンなんだよ。でも、いいじゃん。僕はね、犯罪者にさえならなければ、いつまでも兄さんの味方でいるから。」
こちらに温かい目を向ける弟に、ハンカチを投げつけてやりたくなったが、好意でもらったものを投げつけるのもどうかと思い、思いとどまる。
「だいたい、なぜあの子が好きな前提なんだ・・・」
「え?好きじゃないの?嫌いなの?あの子がかわいそー。」
「なんでそうなるんだ。嫌いじゃない、好きだ。」
「やっぱり好きなんだ。ふーん。」
「好きだが、お前と同じだよ。あの子のことは、妹だと思っている。」
「え、兄さん僕のこと好きなの?ごめん、僕にそういう趣味は・・・」
「おい。」
いい加減にしろと睨みつけるが、弟はにやにやと笑って全く効果がなさそうだった。
「ま、気持ちだけ受け取っておくよ。それじゃ、僕忙しいから。」
それ大事に使ってね、と言い残し弟は去って行った。
俺は、もう一度リスの刺繍を見た。可愛い。あの子みたいに。クレープを両手で持ち、ちょびっとずつ食べる彼女と、ドングリを手に持ち食べるリスの姿はそっくりだし、よく見ればこのリスは目も青かった。
「芸が細かいな。」
俺はハンカチがもう洗われて、アイロンがけまでされていることに気づいた。弟は本当にできるやつだ。そのままポケットにハンカチをしまうと立ち上がった。
「そろそろ行くか。」