(13) 少女と父
私の家は裕福だ。住むところはもちろん、食べるものもたくさんあって、着るものもたくさんある。生活に困るなんてことないのだ。
ただ一つ。寂しいと思うことはある。母と兄弟がいない私には父だけ。その父が、仕事で忙しく家を空けることが多いのだ。
「寂しい・・・なんて、言えないよね。」
昔は言っていた。でも、そのたびに父は困った顔をして「ごめんね」と謝るのだ。父を困らせたいわけではない。謝ってもらいたいわけでもないから、私は言わなくなった。
だけど、今日は寂しいを我慢することはない。だって父が休みの日だから。そう思っていたのに。
「お客さんが来るなんて・・・ひどいよ。」
昨日の夜、いつもより早く帰ってきた父は、明日は休みだから一日中話をしようと言ってくれた。お客さんが来るなんて一言も言っていなかった。急な客というには、準備がされていたからおかしい。もとから来ることが分かっていた様子だった。
「お父様の嘘つき。」
コンコンと、控えめなノックの音が聞こえ、私は入出を許可した。入ってきたのはお手伝いさんだった。
お手伝いさんに案内され、応接間に来た私は、父の横で挨拶をした。なぜか父の客と挨拶をする私。客は、小太りのおじさん。優しい顔でどこか落ち着く。なんとなく狸みたい。
「こんにちわ。僕は画家なんだ。ま、独創性はないし、ただありのままを描くことしか能のない画家だけどね。」
「そうですか・・・でも、絵ってそういうものだと思います。」
「ははっ。お嬢ちゃんは優しいね。」
画家さんと話していると、父が私を椅子に座るように促した。ちょっと日用で使うにはごてごてとしていて、使いにくそうな豪華な椅子だった。こんな椅子あったんだな。
「今日はね、私の可愛い天使を絵にしてもらおうと思ってね。大丈夫、楽にしていて。普通にしていればいい、私とお話をしていたっていいんだ。」
「でも、絵をかくなら、動かない方がいいんじゃ・・・」
「大丈夫ですよ。あまり固くなっていると、本来のあなたが描けませんから、リラックスして、自由にしていてください。」
画家さんにうなずきで返し、父に向き直った。父は近くのソファに腰を下ろし、こちらを見た。
「お父様、なぜ急に絵を描こうと思ったの?」
父は少し間を空けたが、すぐに答えた。
「寂しいからだ。」
「えっ?」
寂しい。それはいつも父がいない家で私が感じていることだ。もしかして父も?
「仕事だから仕方がないとわかってはいても、お前と離れるのがつらくてね。昼間だけならまだしも、何日も家を空けることだってある。」
「・・・そうですね。」
「その間、何かお前を感じるものがあると、少しでも寂しさを和らげられるかと思ってね、絵を描いてもらうことにしたんだ。父様のわがままに付き合わせてごめんね。」
父も寂しかったんだ。私と同じように。
「ずるいです、お父様。」
「え?」
「お父様は私の絵を描いてもらえるのに、私はお父様の絵を描いてもらえないの?」
むくれる私を見て、父は笑った。
「それはそうだな。」
父の言葉に画家は笑った。
「では、2枚お描き致しましょうか。」
「そうだな。だが、時間は大丈夫か?」
「はい。なんたって天使様のためですから。」
その言葉にちょっと赤くなる。父にはよく言われるから慣れたが、他の人の口から言われると恥ずかしいものがある。
そして、2枚の絵が完成した。私と父の宝物だ。