(12) 少女と男
生前の少女とお兄ちゃんの話です。
鮮明に思い出される光景があった。ピンクを基調にした可愛らしい部屋で、血を流して怖くてどうしようもないのに誰も助けてくれなくて、それでも希望を捨てずに待って。待って。死んだ。
そっと目を開ける。いつでも鮮明に思い出されるその光景は、現実に目の前にあった。ただそこは、誰も訪れなくなってほこりをかぶり、雨漏りをして天井や床がお化けのようなシミを作っていた。もう血は出ていないし、床は汚さない。食事も必要としないし、睡眠だって必要ない。だって、死んでいるから。
死んでからも私は待っていた。ここに来たのは数日前だけど、その前だってずっと待っていた。
「だって、約束したから。」
そう言って、目を閉じる。思い出すのは優しい記憶たち。今日は何を思い出そう。
ちょっと風が冷たいと感じる季節。私は今日も元気に外へと出かけた。もちろん行く場所は決まっている。お兄ちゃんの待つ公園だ。
お兄ちゃんとの出会いは、ちょっと恥ずかしいと思うが、それがあっての今だと思うと、大切な思い出だと思うの。
木々が風になびき、ざわざわと音をたてている。この音、私は好き。公園に来たって感じがするし、何の音もしていないと二人っきりはやっぱり緊張しすぎると思うから。
「あれ?」
公園に入り、いつものベンチが見えるが、お兄ちゃんがいない。いつもならここにいるのに。
「・・・何かあったのかな。」
いつも私より早く来ているお兄ちゃん。だからこんなことは初めてで、ちょっと不安に思う。
「来るよね。」
ベンチの前で立ち止まり、腰を掛けるか迷う。
お兄ちゃんのいないベンチは、なんだか腰が掛けずらかった。
「どうした?」
声をかけられ、その声の主を即座に理解して、今までの不安はどこかへ消えてしまった。
「お兄ちゃん!」
振り返ってその姿を確かめれば、いつもの白いシャツに黒いズボン、どこにでもいそうな平凡顔のお兄ちゃんが立っていた。手には水色のハンカチがあり、トイレに行っていたのだとわかった。
「座らないのか?」
「今、座ろうと思っていたの。」
私はいつも左端に座るのだが、お兄ちゃんの今の位置を考えて、右端に座った。私が座ると、それに続いてお兄ちゃんも横に座る。
「お兄ちゃんのハンカチ、かわいい刺繍がしてあるね。これは、リス?」
「あぁ。リスが好きなんでしょって、弟がプレゼントしてくれたんだ。俺には可愛すぎるよな。」
お兄ちゃんがリスが好きなんて、初めて聞いた。プレゼントするときは、リスの絵が入ったものにした方がいいかな?
「リスが好きなの?」
「いや、嫌いではないが・・・えーと。」
お兄ちゃんはなんだか答えにくそうに、私とリスの刺繍を交互に見ていた。
「そういえば、この前食べたクレープおいしかったな。今日も食べに行くか?」
なぜか話をそらされたが、クレープは食べたいので気にしないことにする。
「うん。実はこの前、イチゴのクレープを注文した後に、期間限定の洋ナシクレープがあったのに気づいたんだよね。絶対あれは食べたい!」
「洋ナシが好きなのか?」
「うん。みずみずしっくて、香りも素敵だし、やわらかいとこも好き!」
「そうか。なら、早速行くか。」
お兄ちゃんは立ち上がって、右手を差し出してきた。私はその手を掴みながら立ち上がり、そのままお兄ちゃんに手を引かれて歩き出す。
お兄ちゃんの手はちょっと冷たかったけど、私の心はとっても温かくて、その熱が移ったのかすぐにお兄ちゃんの手も暖かくなった。
「あったかいな。」
その言葉に、お兄ちゃんも同じことを思ってくれているのだと知り、口がにやけてしまうのが止められなかった。