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5・アルバイト探しと天然野菜のゼリー固め

 その日の放課後、僕は家庭科教室の準備室に霧咲先生を訪ねていた。


 理由の一つは例の『経済的食文化研究会』の件だ。


「『経済的食文化研究会』~? 聞いたことないわね。まあこの学校は何百という同好会があるから、私も全部把握しているわけじゃないしね。犯罪に関係しない限り活動は制限していないけれど、そんな事があったとしたら大問題だわ。生徒会から風紀委員会か自警団に連絡してもらって特別反省室送りにしなきゃ」

「特別反省室?」

「そう。この学校ではいじめや嫌がらせなどの問題には真剣に取り組んでいるわ。教師や校内警備員だけじゃなく、風紀委員や生徒自警団を含めて多くの人間で注意しているわ。一度でもいじめや嫌がらせなどの問題が発生したら、行った相手はすぐに教員室に呼ばれ、保健室の隣にある〝特別反省室〟と呼ばれる部屋に行く事になるわ」

「そこに行くとどうなるんですか?」


 霧咲先生はもの凄い意地悪そうな顔をした。


「この世のものとは思えない、とんでもない恐怖を味わう羽目になるわ。たいていの生徒は意気消沈、ヘタすれば自我消失、もっとひどい時には新しい下着が必要になるわね」

「うわぁ……」


 ぼくは間抜けな溜息を出しながら、驚いていた。いじめや嫌がらせに真剣に対応するのは学校として当然だが、そこに専用の反省室を持っている学校なんて聞いた事も無い。


 しかもただの反省室ではない、高校生になってもパンツを汚してしまう〝特別反省室〟! 僕が入る事はないと断言できるが、怖いもの見たさで入ってみたくなる。


 しかし先生に新しいパンツを買って来てもらう為だけに入るのも何かな、と考え直す。


「さて『二つ聞きたい事がある』って言ってたけど、もう一つは何?」

「……あのう……先生は僕でもバイトが出来るようなレストランを知りませんか?」

「バイト? レストラン? それはなぜ?家政部の活動じゃあ満足できないってこと?」


 僕は慌てて否定する。


「いや、そういう事じゃないんです!家政部の活動は為になるし、役に立つし、楽しくやらせてもらっています」

「じゃあやっぱり男子一人が寂しい?」


 先生が意地悪い顔を向けて言う。


「それも違います! 部長も副部長も僕を特別扱いしないで指導してくれていますし、他の部員も気を遣ってくれています。その事に不満はありません」

「じゃあなぜ?」

「料理のレパートリーを増やしたいんです。この間王虎さんのお母さんが作ったっていうクスクスを見ました。あんな料理を自分でも作ってみたいんです。家政部で料理の基本は教えてもらえます、ダシの取り方や包丁の使い方や台所用品の基本的な使い方…そう云う事は料理をする為に本当に必要な事ですし、我流だった父から教わる事とはまるで違うので本当に役に立っています。その上で料理のバリエーションを増やす為の勉強として、腕を磨く為にレストランでバイトしたいんです。でも高校生のバイトが出来るバイトじゃあせいぜいファミレスのバイトしかなくて…面接にも行ったんですけれど、料理といっても出来合いの食材を温めて出すだけの調理を見てたらうんざりしちゃって、その気も失せちゃったんです」

「なるほどねぇ……」


 その後先生はいたずらを思いついた時の様な笑顔を見せると、こう言った。


「大地くん! 君はラッキーよ!た・ま・た・ま、私のよく知っているレストランのオーナーシェフがスタッフを募集中よ! あそこなら絶対君の為になるわ! 私が請け合うわよ!」


 先生の邪気たっぷりの笑顔に少し身の危険を感じた。


 何と言っても『経済的食文化研究会』なんぞと言うワケの解らない同好会が数百も存在するこの学校の先生だ。僕の想像を超えたどんな展開が待っているか、予想もつかない。


 しかし先生にはそんな僕の心配はお見通しの様で、ズイと僕に顔を近付けると明るく言った。


「ダ・イ・ジョ・ウ・ブ。あたしが紹介する所には変な奴なんかいないわよ。それよりもそこは一流のレストランよ。君が修行について来れるかの方が心配だわぁ~」

「一流のレストラン!そんな所で修業が出来るんですか?」


 あまりにうますぎる展開に少し躊躇していると、


「そこがいいかどうかは、見てから決めればいいじゃない。まずどんな所か見学しに行かない?」

「そうですね、確かに見学してから決めるなら問題ないです」。

「じゃあ、今度の日曜日にでもお伺いしましょ。あたしがアポを取っておくわ」

「お、お願いします!」


 上ずった声で先生のお願いをして、僕は準備室を後にした。廊下を歩きながら、僕は意外な展開に胸を膨らませる。


 一流レストランでの修業! 出来あいの料理を温めるだけの調理とは違う職人の世界!


 いったいどんなレストランか、そしてもし僕がそこで修業するとしたらどんな修行なのか、ついて行けるのか、不安ながらもワクワクする自分を押さえられなかった。


   ◇


 さて、約束の日曜日の御昼前、僕は先生と僕がいつも乗るバス停の前で待ち合わせをした。


 先生が言うにはこのバス停からそう遠くない所らしい。僕の家の近くにそんな立派なレストランがあるなんて、思いがけない事があるものだと考えながら待っていると赤い車が僕の目の前に停まる。


 音が殆どしないので気が付かなかった、これがハイブリッドカーってヤツか? 先生が降りてきて、にこやかに挨拶をする。


「お早う大地くん、待った?」

「いや、そうでもないです」


 先生は助手席のドアを開き、僕に乗るように促し


「さあ乗って、もうすぐだから」


 僕が助手席に滑り込むと先生はドアを閉めて、自分も運転席に乗り込み車を発進させた。


 ……と思ったら3分ほどで目的地に着いてしまった。何の事はない、僕の登下校路を家の方に少し戻っただけで、しかもそこに見えるのはあのもの凄く良い匂いのしたレストランの裏口だ。


「せ、先生! こ、ここは……」

「あら、知っているの?」

「ええ、あの……その……」


 先生は駐車場に車を停めて、車を降りるとレストランに向かう。


 僕も降りて先生の後に続く。あのシェフのハグを思い出すと何となくこそばゆい様な恥ずかしい様な感覚に捉われて、そわそわと落ち着かない。


「大地くん、何クネクネしているの?」

「い、いえ……何でもありません……」


 先生はモジモジと落着きのない僕を怪訝な目で見ながら、レストランの裏口のベルを鳴らす。


「はい~」


 あの柔らかい声が聞こえる。カチャ、と鍵が開く音がしたあと……『バーン!』と扉が開いて、何かが

飛び出してきた。


「えっ?」


 僕が呆気にとられた次の瞬間、既に軟体動物と化したシェフが僕に抱きついていた!


「いや~ん大地くん、やっぱり来てくれたのねぇ~うれしいわぁ~」

「や、やめて下さい! 僕はバイトの面接に来たんです!」

「まあまあ、そんな堅苦しい事言わないでぇ~」


 そう言って僕の頭にすりすりと頬ずりをする。


「せ、先生! なんとかしてください!」


 シェフの行動を呆れ顔で見ていた先生は、やれやれといった顔で溜息をつくと


「そうね、ここで立ち話もなんだから取り敢えず中に入って話をしましょう、刀子」

「はいはい、判ったわよ、姉さん」


 その言葉を聞いて、僕は唖然とした。


「ね、姉さん?!」


 僕は先生とシェフの顔を間抜けな顔で見比べていた。


   ◇

 

 このあいだ食材を並べられていた厨房裏で、僕は面接を受けた。

 シェフの横にはもう一人男性が立っている。短めの髪、細身の体にコックコートが似合っている。人当たりは柔らかそうだが、芯が一本通った強い意志が感じられる人だ。


 先生が間に入って、場を仕切っている。


「こちらがこのレストランのオーナーシェフ、神味(かみあじ)刀子(とうこ)さん」

「おはよ~」

「フランスとニューヨークで何年も修行を積んできて、独立して日本に帰って来たの。8件の支店を持つ

高級レストランのオーナーシェフで、最近この店をオープンさせたのよ」


「よろしくね~、大地くん」

「はい……」 


 返事をした僕はシェフをまじまじと見つめる。


 今日はコックコートを着てはいないので、余計に女性としての美しさが際立っていた。黒い薄手のセーターと、体にぴったり吸いついている様なパンツルックはシェフのボーイッシュな魅力をさらに増していて、やはり思わず見惚れてしまう。しかし口に出来ない疑問を頭の中で整理しようとしていると、逆に先生の方からそれを言われてしまった。


「なんで姉妹なのに名字が違うのかが気になっているでしょう、大地くん」

「あ……いや……その、聞いたらいけない理由があるかもしれないじゃないですか…」

「妹はシェフとしては神味刀子で名前が通っているの。『神様にも出せる味』或いは『神様が食べる料理の味』という意味よ」

「えええええええええ? そ、そんなにおいしいんですか?」


 シェフは僕の反応に笑って答える


「私はただ一生懸命料理を作ってきただけ。料理に感動してくれた人達がそう呼んでくれて、話が通り易い様にそう言っているだけなの。本名は霧咲刀子よ、すっきりした? 大地くん」

「あ、有難うございます」


 しかし『神様が食べる料理』っていったいどんな料理なんだ? すっきりするどころか、逆に謎が深まってしまった。


 頭の中に増殖した『?』マークを必死に抑え込もうとしていると、先生が僕に向かって言う。


「じゃあ本題に入りましょうか、大地くん」

「あ、はい」

「先日電話で話した通りの理由で、彼はちゃんと調理をするレストランでアルバイトをしたいんだって。まあそれであなたの処へ連れて来たんだけど……どう?」

「これが履歴書です」


 履歴書を書くのは生まれてこのかた、この間のファミレスの面接に続いて2回目だ。一応父に教えてもらって書いたが、大きな紙の中に書き込まれる情報が少なすぎる。


 書いてあるスペースより書いてないスペースがはるかに多い履歴書を、シェフは封筒から出して目を通す。


「ふーん。当たり前のことしか書いてないわね、つまんないわ」


 履歴書を一瞥したシェフは、それを畳んで横に置くと、真剣な目で僕をじっと見て、


「さて大地くん、今日はうちのお料理を食べてもらいます。それで感じた事を教えてちょうだい、働いて

もらうかはそれから決めるわ」


「? 食べるんですか? 作るんじゃなくて?」

「料理を作る修業はこれからするんだから、試してもしょうがないでしょ? うちの料理を食べた、素直な意見が聞きたいの」

「はい……」


 シェフは表面上笑っているが、もの凄い真剣な顔をしている。これは僕の食べ物に対する何かを試しているに違いない、そんな事をぐるぐると考えていると先生が助け船を出してくれた。


「大地くん、そんなに緊張しないで。君が思った通りの意見を言えばいいの」

「はい」


 シェフの横にいた男性が僕の前に小さなランチョンマットを丁寧に敷いて、両端にナイフとフォークを置く。銀色にキラキラ輝く重そうなナイフとフォークだが、まるで重さが無いかと思うくらいに優雅にするっと置かれた。見た事が無い綺麗にぴかぴかに磨かれ、上品な模様が浮き彫り(レリーフ)されたナイフとフォークを見ただけで緊張してくる。


 男性は次に厨房の冷蔵庫から料理を取りだして、僕の前に持ってくる。


 深い青に縁取られた上品で美しいお皿に乗せられて僕の前に置かれた料理は、そのお皿の面積の1/5ぐらいの大きさしかない野菜のゼリー固めだった。


 黄金色に輝くコンソメゼリーの中に、小さく切った緑やオレンジの野菜が封じ込められている。丁寧によく濾されたコンソメ部分は一点の曇りも無く綺麗に透き通り、中の野菜の瑞々しい姿を見せていた。その料理はまさに宝石が散りばめられた一つの装飾品の様に輝いている。


「…………」


 言葉も無く唖然と見つめていた僕に、シェフが


「さあどうぞ、遠慮なく食べて。そのあとに忌憚の無い感想を聞きたいわ」


そう言われてもこんな美しい料理に手をつけるのなんてもったいない! 僕はしばらく、その食べられる宝石を眺めていた。『料理は目で味わってから』と言われるが、いつまでも味わっていたくなるほどの出来だ。


 こんな素晴らしいモノをただ頂いていいのだろうかと不安になって思わず先生の方を向くと、先生は解っているというように頷く。同じようにシェフの方を向くとやはり同じように頷いてくれたので、僕はようやくこの宝石に手を出す気になった。


「いただきます」


 思わず顔がほころぶ。フォークとナイフを持ち上げて、丁寧に端から口に入るくらいの大きさを切りフォークの上に乗せて口に運んだ。


 柔らかいゼリーの食感が口の中をくすぐる。そこから香り立つ濃厚なコンソメの味。


 その味から膨大なイメージが膨らんでくる。広大な牧場……これは潮の香り…広大な海が見える……そうこのコンソメの元になった牛は海辺の牧場で育てられたんだ…。そして中の野菜をかみしめる。豊かな土壌で丁寧に育てられた野菜の味……このコンソメと野菜の味のハーモニーはまさに今まで食べた事のないほどのコンビだった。


 それほどまでに努力して育てられた素材の味と、それを最大限に引き出す料理の腕…まさにこれこそ神の御業だった。『神味』と言われるだけの事があるのは僕でも分かる。

さらに、それだけのものを食べられる幸せに預かれる事もまさに神の御業だ。そう思った途端、涙がほろっと流れてくる。


 しかし僕はそれ以上に何かが引っかかっていた。この野菜の味は何か懐かしい味がする……いや知っている場所で育てられた野菜ではないだろうか?。どこだろう? 僕が知っている処でこれだけの野菜を作れる所は……。


 流れる一筋の涙を気にも留めずに、僕は必死に頭の中で野菜の味から思いつく場所に考えを巡らせていた。その時僕の頭の中で風景がはじけた。見慣れた校舎……見慣れた部活棟裏の風景……腰を落とし、懸命に手入れする先輩達……その向こうに見える部長や副部長、カネカネ会計……。


「あ!」


 思わず立ち上がり、絶叫に近い大きさで叫んだ僕の声にもかかわらず、僕以外のその場にいた人達は誰一人驚きもしなかった。僕は周りの冷静な反応に、ハッと我を取り戻す。


「あ……すいません、ちょっと驚いたもので」

「大地くん、何に驚いたの? 教えてくれない?」


 シェフが物凄い真剣な表情で聞いてくる。その雰囲気はあの軟体動物の様なシェフからは想像もつかないほどの雰囲気だった。そう、それはあの龍崎さんに匹敵するほどの強烈な視線。


「あ……でも……」


 その雰囲気に思わず呑まれてしまった僕は言葉に詰まってしまった。しかしそこでまた先生が僕に助け船を出してくれる。


「大地くん、さっき言ったでしょ。遠慮しないで、君が思った通りの意見を言えばいいの」


 そう言われて僕は素直に感じたまま答える。


「この野菜は……家政部の先輩達が作った野菜ですか?」


 シェフは真剣な表情のまま、聞き返す。


「どうしてそう思うの?」

「……確信してそう言っているわけではないんですが……これを食べていたら、部長や副部長、会計のカネカネさんや他の先輩たちの事が頭に浮かんだんです。違ってましたか?」


 シェフはその答えを聞いてにこやかな顔になった。


「OK! いいわ、合格! 採用よ」

「えっ? それだけですか? 他に何か聞きたい事とか、いろいろ……」

「それはあとで聞いても同じ、一番大事な事がわかるならそれでいいの。ようこそ大地くん、『Une voix de l'évolution』へようこそ」

「『Une voix de l'évolution』? 〈進化の声〉?」

「そうよ、さすが! よく解ったわね」

「まあ、少しはフランス語も解りますから……どういう意味なんですか?」

「それはおいおいね。さて大地くん、あたしの隣に居るのが総責任者の竹内くん。厨房とホールの両方の責任者よ。これから彼にみっちり教えてもらうといいわ」

「有難うございます! 宜しくお願いします、竹内さん」

「宜しくな、大地くん。まじめに働いてくれよ」

「はい、頑張ります!」

「さて、これで面接は終わりっと……」


 シェフはそう言って言葉を区切ると……


「いや~ん、大地くん! 一緒に働けてうれしいわぁ~!」


 と再び軟体モードになって僕に抱きついてきた!


「や、やめて下さい、シェフ! 先生と竹内さんが見てるじゃないですか!」


 もの凄く恥ずかしく、シェフを振りほどこうと思うがまさに軟体動物! 掴みどころが無い!


「た、竹内さん!なんとかしてください!」


 僕は竹内さんに助けを求めたが、竹内さんは指をくわえて羨ましそうに見ている。


「いいなぁ、大地くん……シェフに抱きつかれて……」

「羨ましがられる様な事ですか! 先生! なんとかしてください!」

「あら大地くん、このお店で働くという事はあなたはシェフの部下なのよ。部下が上司に逆らっていいの?」

「そ、それはパワハラじゃ?!」

「あらぁ、スキンシップをしているだけじゃないぃ~かわいぃ~」


 このままでは、あやうくパンにされてしまうんじゃないかと思うくらいにシェフにこねくり回されていたら、ようやく先生が止めてくれた。


「刀子、始めからあんまりかわいがっていると、あとの楽しみがなくなるわよ」


 そう言われてシェフは僕をこねくり回すのをやめた。


「それもそうね……。じゃあ大地くん、面接はこれで終わり。君の希望通り、火・木・土でシフトを組ませてもらうわ。時間は6時から10時まで、5時半には来ていてね」


 僕の首に腕を回し、膝の上に座ってまるで女の人がおねだりしている様な姿勢で言われても、まるで威厳も無い……。


 シェフはスルッと僕の上から降りて普通の表情に戻る。


「じゃあ大地くん、火曜日に待っているわ」

「はい、宜しくお願いします!」


 ようやく普通の会話になってお辞儀をすると、僕は先生と裏口から失礼させてもらった。


「先生、休みの日にまでお付き合いして頂いてすいません」

「いいのよ、大事な事だったから」


 ? 大事なこと、だった? それは先生にとってなのか僕にとってなのか曖昧な言葉だった。先生と一緒に車の所まで歩いて行く。


「じゃあ大地くん、家まで送るわ」

「いえ、お付き合いして頂いて送ってもらうのも悪いです、僕はこのまま歩いて帰ります。

いろいろ有難うございました」

「そう? じゃあまた学校でね、大地くん」


 そう言って先生はパーキングから車を出すと、窓から掌をひらひらさせて去って行った。


 帰宅途中に色々考えた。あの宝石の様な野菜のゼリー寄せのことや、それを食べた時家政部の先輩達が浮かんだ事、それを答えてOKになった事……とてもアルバイトの面接とは思えない。 


 更に疑問も浮かんできた。


「あのレストランならウチからそんなに遠くない。待ち合わせるならあのレストランの裏口でもよかったはずだ……」


 まるで僕に警戒させない様に、変な事を考えさせない様にわざと離れた場所で待ち合わせをした…? これは考えすぎだな、うん。あの『経済的食文化研究会』みたいな変な連中に会ったせいでマイナス思考になっているに違いない。


 なにはともあれ、これで僕はようやく調理の勉強をする為にレストランで修業する道を進み始めた。これから更に料理の腕に磨きをかける為の経験が待っているのだと思うと、思わずあのきりっとした竹内さんの表情ときびきびと指導してもらうイメージが浮かぶ。


 しかしその後すぐに軟体動物と化したシェフにクネクネと抱きつかれるイメージが続いて浮かんでしまう。また抱きつかれると思うと歩みまでクネクネしてしまう。


 傍から見ていたら突然クネクネ歩き出す僕の様子はさぞかし変に見えるだろうなぁ…と考えながら、僕は家に帰って行った。

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