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4・謎の勧誘者とクスクス

「家政部――ファイトオー、ファイトオー」


 金曜日の放課後、僕を含めた家政部の面々は部長・副部長を先頭に運動場のトラックをマラソン中。掛け声も高らかにかれこれもう一時間は走っている。


 僕は普段から走っているので平気だが、一年生の何人かは想像もしていなかったようでひいふう言っている。僕は女子に混ざって走るのも恥ずかしいので、先生に言って少し前を走っていた。


 スズメちゃんと王虎さんは涼しい顔をして先輩達の間に入って走っていて、亀沢さんはマイペースに最後尾をゆっくり走っている。脱落しそうな一年生が居ると、その背中を押してあげている。そうするとその一年生は少しだが回復し、再び走り始める。そんな事を繰り返して全員が約3キロを走りとおした。


 家庭科教室に戻り部員達が班ごとに席に着くと、先生が教壇に立った。


「お疲れさま。当然新入部員の中には、家政部が何でマラソンなどの体力向上に励むのか疑問に思う人もいるでしょう。もちろん理由があります。日良さん、料理を作るのには何が必要?」


 スズメちゃんは少し考えて、恐る恐る言った。


「食材ですか?」


 先生は微笑んだ。


「もちろんそうね。じゃあその食材はどこで手に入れるの?」


 先生は他の一年生に聞いた。


「スーパーで買ってくる……じゃないんですか?」

「なるほど、じゃあ近くにスーパーが無かったらどうするの?」


 先生はまた他の一年生に聞く。


「コンビニに行く、ですか?」

「じゃあ、コンビニが無かったらどうする? 大地くん」


 僕は一瞬答えることをためらった、僕の思った通りの答えだと今の日本ではそうあり得ない状況だ。しかし答えは一つしかない。


「自分で獲ってくる、です」

「正解。いつも自分の身近に食材が売っているとは限りません。時には自分で栽培し、時には自分で狩って来て食べる事が必要な場合がありえます。そんな時の為に普段から体を鍛えておく必要がある、とこの部では考えています。ですから各自、基礎体力は鍛えるようにしてください」


 真命高校家政部の活動は単に料理をするだけにとどまらない。


 農作業などをする為に体力をつける。校内の自家菜園で自分手血で有機野菜を栽培し、収穫した野菜を使って料理をする。そして自分達が着ているものは自分たちで縫製して直す。


 まさに自給自足を絵に描いた様な活動をこの部は行っていた。

 

 家政部は授業枠の水曜日6時限目以外も活動時間にあてている。


 月・水・金曜日の朝は、朝練と称して体力づくりと菜園・田んぼの整備。


 同じく月・金曜日の放課後は、水曜日6時限と同じく料理技術と裁縫や運針等の家庭技術の研究。内容的には運動部に匹敵するほどの活動内容だ。


 僕は一年生で何人かついていけない人が出るのではないか、と思っていた。自分自身もっと料理教室的な部活かと思っていたからだ。しかし今のところ誰も不平不満を言う事無く精力的に活動が行われている。不思議なほど一体感のある部だ。


 部活はその日その日で班分けされて、常に同じ顔ぶれで活動しない様に工夫されている。


 同じ班で活動するようになると、例の3人の不思議な行動が気になる。


 一人は例の王虎美奈さん。見た目はボーイッシュ、美人と言うより褐色の肌を持つカッコいいタイプ。身長が170cm以上はあり、僕より高い。運動能力は高く、現に合同体育授業の時に彼女のクラスの様子を見ていたが、走る事と跳ぶ事に関しては桁外れの成績を発揮していた。


 しかし、クラスの中では孤立しているのか、誰かと一緒にいるのを見たことがない。


 削生が言うには同級生だけでなく上級生からも、女の子にだけでなく男子生徒共からも人気があり取り巻きは多いと言う事だが…話し方は妙に可愛らしい。


 鍋を掴んでは『いや~ん、熱い~』、包丁で指を切っては『痛い~』


 そんな一挙手一投則を見ては家政部の先輩達は喜んでいるのだが、いつも僕のところに泣きついてくるのはなぜだ。しかも同じ班だろうと違う班だろうとお構いなしに。女の子がドジッコぶりを発揮しているのを見て胸がキュンとしないでもないが、それを自分より身長の高いカッコイイ女の子にされたら違和感を感じない方がおかしい。

 

 もう一人は亀沢雫さん。身長は160cmほどで、部長に匹敵するぐらい無口でおとなしい。透明感のある肌と、澄んだ碧い瞳が印象的だ。


 話したところをほとんど見たことがないが、考えている事は確実に人に伝わる完全不思議系だ。見た目はセミロングのストレート・ヘアでやはり綺麗かわいい系だが、スズメちゃんに比べると歩みがのろい感じだ。スズメちゃんがあっちこっちと何かをしている時に傍にいてぼーっと見ているのが印象的で、ちょっと天然系も入っている。


 スズメちゃんも不思議と言えば不思議だ。入学当初はあんなにハイテンションだったのに、一緒に家政部に入ってからはどちらかと言えばいじらしいほど一生懸命で、少しでも料理技術が向上するようにと頑張っている。僅か数週間で変わるもので、それが一番不思議だ。それでも毎朝、僕が登校すると後ろから飛びついてくるのは日課になっている。


 しかし王虎さんが僕に近付く時は、いつもの倍の凶暴モードで王虎さんを威嚇している。血で血を洗う抗争が勃発してしまうのではないか、と不安でたまらない。


 そういえば家政部ではないが、もう一人不思議な存在が居る。


 朝のバス停のあの巨大なリボンの彼女だ。彼女は初めて会ってから毎日、朝のバス停で僕にあの強烈な濃紺の瞳で強烈な視線を向ける、まるで僕の本当の姿を見抜こうとするように。しかし彼女が期待する様な物は見つけられないようで、いつも残念そうな表情のままバスに乗って一緒に学校まで来ている。


 僕はそんな家政部不思議三人娘プラス一人の事を考えながら、今は家政部の菜園の近くで校舎の壁に寄り掛かって、お昼のお弁当を食べている。


 削生と一緒に食堂で食べる事もあるが、一人の時はなぜかここが一番落ち着く。


 先日春野菜の収穫が終わり、今は夏野菜の準備が終わった畑には緑の青々とした苗が目を出している。小さいながら作られた田んぼにも既に田植えが終わっており、苗が風に揺れている。


 今日はいつものあの視線は感じない、ここは他の生徒にとってある種の死角になっているのだろう。そんな事をボーっと考えていると


「一人でお昼ですかぁ~」


 横から間延びした声がした。見ると、王虎さんがランチボックスを持って立っている。


「大地さん、お邪魔してもいいですか?」

「いい……」


 頷こうとしたが、軽々しく変な事を言うとどこからかスズメちゃんが飛んできて襲撃されるんじゃないかと心配になり、思わずキョロキョロ周りを見回した。


「ど、どうかしたんですか?」


 王虎さんが心配そうに声をかけてくる。よっぽど差し迫って見えただろうな。


「い、いやなんでもないよ。ど、どうぞ」


 王虎さんは僕の隣に来て、持っていた小さいマットを敷いて座る。準備のいいことだ。

ランチボックスを開くとスープの入った器の下に、カレーピラフの様な物…アレ?それは?。


「王虎さん、それアフリカのクスクス?」

「はい、よく知ってますね」

「自分で作ったの?」

「お母さんが作ってくれたんです。自分ではまだ作れません、エヘ。ウチの父が商社マンで色々な国で色々な料理を食べてましたから、母も自然と作れるようになって……」

「へえ……」


 人もそれぞれで、僕らの様に好きこのんで海外に色々食べに行く人もいれば、王虎さんの様に仕事の都合で海外の食べ物に慣れて行く人もいる。そんな事を思って見ると、不思議なことに王虎さんはなぜか落ち込んだ様な顔をしている。


「どうしたの?」

「あ、いえ、何でもないです。さすがによく知っているな、と思って」


 王虎さんは少し陰のある顔をしている。何か困った事があるようだ。


「王虎さん、何か困ったことでもあるの?」

「……はい、実は相談したい事が……相談というより、お願いしたい事があるんです……」

「なに? 僕に出来る事なの?」

「……って言うか、大地さんにしか出来ない事なんです……」

「僕にしか出来ない事? って何?」

「それは……」


 王虎さんが口を開きかけた時、別の声が聞こえた。


「こんな所に居たんですか、大地くん」


 慇懃無礼、一見礼儀正しいがその言葉の中には明らかに別な意思が存在する言葉。


 視線を王虎さんから正面に戻すと、そこには7人ぐらいの男子生徒がいた。


 中心のやや小柄な生徒が僕に声をかけたようだが、どう見ても好意的な訪問には見えない。声をかけた生徒は普通そうだが、他の6人はこの学校には珍しい、暴力の匂いがする。


 僕は弁当箱を置いて立ち上がる。食べ物を粗末にしたくないが、体も粗末には出来ない。


「何か御用ですか?」

「失礼しました! 僕は『経済的食文化研究会』の代表をしている2年の暮井恵那といいます。実は大地くんに僕らのセミナーに参加して頂けないかと思って、お昼時にお邪魔しました」


 まるで営業マンの様な張り付いた笑顔で屈託なく話しかけてくる。しかしその顔は本当には笑っていない、何かどす黒い物が見え隠れする。


「セミナー?」

「ええ、『人間はいかにして自然と離れた世界で食を確立していかなければいけないか』というセミナーです」

「? なんで僕に?」


 いきなり誘われてそんな胡散臭いセミナーに参加しようとも思わないが、内容的には僕や父がやっている事とむしろまったく逆な内容だ。そんなモノ聞くはずもない。


「『是非に』聞いて頂きたいんですよ。お手間は取らせません、参加して頂けるとありがたいんですが」

「とても人を誘っているような雰囲気には見えませんね」

「『是非に』と言ったでしょう? 確約をもらいたいのですよ」


 まいったな、入学早々変なトラブルに巻き込まれたらしい。


 王虎さんはどうしているかと思えば、体を丸くして僕の後ろに隠れている。こんなに格好のいい王虎さんだけど、怖がっている姿はやはり女の子だ。


「それなら一人で来ればいいのに……後ろに居る人たちはなんですか? とても先輩と同じサークルの人間とは思えませんね」

「彼らは君の確約の手形の様なものです、約束をちゃんと守ってもらう為のね。どんな手形かは言わなくても解りそうなものですが」


 暮井という生徒以外の6人が近付いてくる。


 スポーツと言う人間が作った窮屈なルールに乗っ取った運動は僕は苦手だが、大自然の中での狩猟の為の、走り・跳び・捕まえるという運動は鍛えている。点数という他者からの評価を前提としているのではない、生き残る為に奮う純粋な自らの力。しかしその力を人間相手に使えばそれは暴力になってしまう。


 この場を暴力でやり過ごす事も出来るが、日本と云う国で自衛の為でも暴力を行使する事は、理由はともあれ力を行使した方が犯罪者のごとき扱いを受ける。自分の身を守る術を持たない集団の中で自分の身を守る術を知っている人間の方が排除されるという奇妙な村社会。


 しかし今他に頼るべき力も無く、僕がやむなく暴力に訴えようとした時、いきなり例の強力な視線を感じた。いや、その視線を持つ本人が暮井達の後ろに立っている。


「あなたたち、何をしているの?」


 一斉に振り返った暮井達の顔に怯えの表情が浮かぶ。


龍崎(りゅうざき)……由樹(ゆき)……」


 龍崎(りゅうざき)と呼ばれた女子生徒の声は、なぜか暮井たちの心の奥底から恐怖を引き出している。彼女はそこに立っているだけなのに、暮井たちの神経がきりきりと捻じれてほつれていく音が聞こえるようだ。


「おおあ!」


 恐怖に駆られた連中の一人が彼女に掴みかかるが、彼女はその腕を難なく捕らえる。あんな細い腕でよく男子生徒の腕をとらえる事が出来るものだ。驚きのあまり凝視している僕の目に、彼女の腕の辺りが白くキラキラ光っているのが映る。なんだ……あれ?


「あ? ……あ……ああ? あああ?ああああああああ!」


 腕を掴まれた男子は初め怪訝そうな顔をしていたが、掴まれた腕がギシギシと音を立て始め、バキッという鈍い音と共にまるで噛み砕かれた様にだらしなくぶら下がるや否や、その腕を抱きしめて泣き叫んでいる。


 凶暴、と言っていいほどの顔を暮井達に向け、彼女が歩みを進める。その度に暮井達は少しずつ後ずさりし始め、僕らと同じ校舎の壁の方に徐々に追い詰められていく。僕はそんな連中を避けて、彼女を見つめた。


 凶暴な表情をしていても、もの凄い美人である事にかわりはない。ただの形容詞では単純に聞こえるが、その姿は生命の躍動感の中に美と力をギュッと凝縮したモノが体全体から放たれている。


 それが最も端的に現れているのはやはり彼女の眼、そしてそこから放たれる視線だ。


 いまその視線は、溢れんばかりの生命の輝きだけでなく、僕が今まで見た事も無い、ただならぬ凶暴さをも溢れさせている。


 彼女が微笑んだ……いやそんな可愛らしいモノではない、『ニヤリ』と笑ったのだ。


 父と行ったアフリカで、僕は同じ表情を見たことがある。それは肉食動物が敵を前に威嚇する表情そのものだった。


 暮井たちはついに壁に張り付けられて、凍りついている。


 彼女は口を大きく開けて、『はあぁぁぁぁぁぁぁっ~』と息を吸い込み始めた。


 一瞬の溜めの後、彼女は叫んだ!いや、吼えた!。


「があぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 その迫力は僕が今まで見てきたどんな肉食獣の咆哮よりもデカく感じた。暮井たちだけでは無く、僕と王虎さんまでもが壁に押し付けられる。


 その間に彼女は僕の傍まで歩いてきて、しなやかで柔らかい手で僕の手を力強く握り締めた。近付いた彼女の髪から、ふわっと何か例え様もない良い香りがする……


 しかし次の瞬間、僕は強い力で引っ張られた!女の子とは思えない力強さ!


 後ろから王虎さんがついてくる。


 彼らから離れたところで、彼女に声をかけた。

 確か……


「りゅ、龍崎さん? あ、ありがとう、もう大丈夫みたいです」


 気が付いて彼女は手を離して、まじまじと僕の顔を覗き込む。


 今度は不思議な視線を僕に向けている……うれしさと落胆が混ざった顔。


「あなたも男だったら自分で何とかしなさいよ」

「ごめん。暴力で解決しようかと思ったけど、ためらっちゃって……」

「そうね、本気でやったら大変だものね」


 何をしようとしたか解かって貰えた様だ。


 すると彼女は突然、今度はくんくんと鼻を鳴らして僕の服の匂いをかぎ始めた。なにか臭っているのか?


 彼女は不思議な顔をしていた、期待したものがそこに無かったように。


「まだ程遠いみたい……でも、気をつけてね。大事な体なんだから」


 ? 大事な体なんだから?


「そう、その時が来たら、味見させてもらいたいわ」


 ? 味見? 彼女がくるっと向きを変えて歩き出したので、僕は思わず彼女を呼び止めた。


「あ、あの! 君は……」


 龍崎さんが王虎さんの横を通ると、王虎さんが顔をちらっと上げるのが見えた。その瞬間、龍崎さんは王虎さんにデコピンを喰らわせた。


 えっ? 何が起こったんだ?


 デコピンは王虎さんのおでこに綺麗過ぎるほどきまり、バシッと言う音を起てた。王虎さんがおでこをおさえて、仰向けに倒れこむ。


「ふえええええ……」


 僕は王虎さんに駆け寄り、体を起こす。


「王虎さん、大丈夫?」

「大地さん……」


 泣きじゃくりながらしがみ付く王虎さんを支えながら、僕は困惑した顔を龍崎さんに向けた。


 龍崎さんが僕を見つめ返している。その顔には失望と悲しみが入り混じっている。目は逆に僕を責める様な表情が浮かんでいた。


? なぜだ? 先に手を出したのは龍崎さんじゃないか?


 だが僕はその儚げな彼女の表情から目を離せなかった、龍崎さんも僕から目を離さない。


 すると、僕らの視線の間にまた何かの情報が行き来した。今度は新生代から始まり、初めての哺乳類が見た景色から近代までがまるで壮大なパラパラ漫画の様に過ぎて行った。


 再び起こった二人が同じ情報を共有しているかのような現象に、龍崎さんの顔にまた驚愕の色が広がった。茫然とした顔で僕の顔を見つめている。


「総くん!」

「大地! 大丈夫か?!」


 騎兵隊到着、スズメちゃんと削生が来てくれた。


 われを取り戻した龍崎さんは僕の顔見つめたあと、くるっと向き直って歩いて行った。その後ろ姿を見つめていた僕にスズメちゃんががぶり寄り、フルネルソンを背後から完璧に極める。


「総くん! なんだあの美人はー!」

「し、知らないよ! なぜか判らないけれど、助けてくれたんだ!」

「なんで知らない人が助けるのだ! そんなワケのわからない事があるものか、なのだ!」

「削生! 誰だあの娘は?!」

「龍崎由樹」


 削生の即答に、スズメちゃんと僕は思わずキョトンとした。


「知っているの?」

「あの通りの超絶世美女だしな、結構裕福な実業家の一人娘らしい……美人なだけじゃなく、この学園系列の小・中学校でとてつもなく優秀な成績を収めて、運動もそれなりにこなす才女だ。俺たちと同じ学年で、今年一緒に高校に進学した。しかし見た目とはずいぶん違って凶暴で冷酷だぞ、名前にかけて『雪龍ゆきりゅう』って呼ぶ奴もいる」

「ゆきりゅう?」


 スズメちゃんが聞き返す。


「名前の由樹と降る雪をかけて、それに龍の文字を当てたあざ名だ。冷たい龍って意味のな」

「そっかなぁ、あたしには逆にもの凄い熱意を抑えたみたいに見えたけれどなぁ。でも本当に美人だなぁ…綺麗な髪にスラッとしたスタイル……羨ましい……」


 スズメちゃんが溜息をついてうっとりしながら、僕の体を後ろからギリギリ締めあげていくぅぅ。おい!


「感心する前に、自分の行動を押さえろ!」


 フルネルソンを決められた僕の肩がギリギリと締まって行く。


「何おぅ! あたしの目を盗んで女の子とお昼を食べてたとは、いい度胸なのだ! このままあたしと仲良くお昼寝するのだ!」

「僕を死体にしてから昼寝する気か! 大体僕が一人でお昼を食べている所に、王虎さんが来たんだ、何か僕にお願いがあるとか言って……」

「なにぃ! あの胸ばかり成長過多の虎っこ娘がお願いだとぉ!」


 スズメちゃんは怒りの矛先を僕から王虎さんに変更し、王虎さんの方を向く。その目に入ったのは、そそくさとこの場所から離れようと走り去る、王虎さんの後ろ姿だった。


「虎っこ娘がぁぁぁ! 待て! 何を総くんにお願いしようとしたのか言うのだぁ!」


 そう叫んでスズメちゃんは飛ぶように王虎さんを追って行った。


「まったく、こんなことが続くと命がいくつあっても足りないぞ。しかし変な連中だったな、『経済的食文化』なんとかかんとか?」

「何と言ってもマンモス校だ、色々な奴がいるのさ」


 削生は飄々とした感じで言う。


「あんな嫌な手まで使って……普通に誘えばいいんじゃないか?」

「それだけ熱烈にお前の事を知りたいんだろうよ」

「? セミナーに誘うのは僕の事を知りたいから? それ順番がおかしくないか?」


 昼休み終了のチャイムが鳴る。


「授業が始まる、次の教室に行くぞ」


 削生は僕の問いに答えずに教室へ向かった


 しかしその瞬間、僕が思い出したのはあの龍崎さんの表情だった。いつもの彼女とは違う儚げな表情。しばらくは忘れられそうになかった。


 おっと、他にも忘れちゃいけない事が今日の放課後にあるんだった。いけない、いけない。


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