表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

11・「いただきます」とバナナケーキ

 そうして僕らはいま野外活動から帰る電車の中だ。来る時と同じように客車の中には僕ら以外にいないのだが、違うのは僕の前の席に由樹と並んで王虎さんが居ることだ。


 王虎さんは僕に謝りたい事があると言って先生に許可をもらい、この客車に乗っている。謝りたい事というのはあのハイエナたちが襲ってきた日の事だった。


「あの日、《食料の安定供給を考える企業連絡会》に総司くんとコンタクトしたいと言われたんですぅ。だからなんとか総司くんを遅くまで足止めしたくて、片付けをする二年生の先輩たちを、脅かしてあたしに洗い物を指示するように仕向けたんですぅ」

「一体どうやって?」

「うふん、女の子には色々あるんですぅ」


 かわいく見えるけど、そのかわいさが怖いよ、王虎さん。


「でも誘拐して連れて行こうとするなんて思ってもいなかったから……本当に申し訳なかったですぅ。大事な総司くんをまさかバラバラにするなんて……」


 王虎さんは何度も僕に謝る。


「済んだ事だからいいよ。結局、王虎さんは僕を助ける事を選んでくれたんだから……」

「ありがとう! 総司くん!」


 王虎さんは感極まって僕に抱きつこうとするが、


「はいーそこまでー」


 隣に座る由樹が、ブスッとした顔で襟首を引っ張って王虎さんを席に強制的に戻す。しかしもう王虎さんは由樹に遠慮は無い、ふくれっ面で言い返す。


「由樹さんは何で私と大地くんの感動的なシーンを邪魔するですか! ここはスキンシップで友情を深める所じゃないですか!」

「何言っているのよ、ふがいない総司君を体で誘惑しようとしているだけじゃない」

「……うくくく、自分が同じ事が出来ないからってヤキモチですかぁ~」

「な、なによ! そ、そんなことぐらい出来るわよ!」

「二人とも、そんなはしたない真似はやめときなさい……」


 シェフが厳かに二人を諭す。


「やるからには、あたしぐらいに大人の女になってからね!」


 そう言ってシェフは突然僕の膝の上に乗って、僕の首に手を回す。


「あんたが一番はしたないでしょうが!」


 それを見た由樹と王虎さんがツッコミを入れると同時に、変な圧力が客車にかかる。二人が〝進化の記憶〟の一部を開放しようとしている!


「二人とも!」


 そう言おうとした瞬間、隣の客車からそれに匹敵する熱風と圧力が来た。


 見ると火炎放射器の様な熱気を発している状態のスズメちゃんと、客車の床を踏み抜きそうなぐらい力を入れた亀沢さんが窓に張り付いているのが見える。


「こらぁ総くん! シェフから離れるのだぁ!」

「……地獄……行き」


 もの凄く怖いよ、二人とも……。


 行きと同じように先生と部長に押さえられてこちらに来れないようだ。しかし今回は一年生のみんなと、一部の上級生までもが一緒になっている。


「先生! なんで王虎さんはよくて、あたし達はダメなのだ! おかしいのだ!」

「そうです先生、大地くんはあたし達と同じ家政部の仲間じゃないですか!」

「……大事な……仲間……」

「せっかく一緒の活動するようになったのに、なんであんな状態なんですか!」

「あたし達も大地くんの話を聞きたいのに!」


 あの王虎さんに脅された二年生の先輩たちも見える。あきれ返った副部長が部長の顔を見ると、部長が表情を変えないまま『しょうがない』というように溜息をつく。


 副部長はそれを受けて、


「部長の許可が出ました、隣の客車と往来を許可します。ただし……」


 カネカネさんがザルを持って立ちあげる。


「隣の客車に行く人からは、一人五百円の通行税を徴収します」


 か、金を取るのか! しかしそのぐらいの事はものともせず、スズメちゃんをはじめ一年生の皆はカネカネさんのザルに五百円を入れて、次々と僕の居る客車になだれ込んできた。


「総くん!」

「大地くん!」

「……くん」


 その勢いにはさすがの由樹や王虎さんも面食らうほどだった。あっという間に僕らの客車は明るい声に満ちていた。


 そして今は僕の両肩には「人間と地球の関係の修復」という重荷では無く、由樹の頭が左肩に、王虎さんの頭が右肩に重くのしかかっている。


 さすがに皆騒ぎ疲れて静かな寝息を立てて眠っている。僕もさっきまでは一人で離れたところで眠っていたのだが、いつの間にか二人が隣に座って寝息を立てている。


 そんな僕の状態を来る時の王虎さんのような表情で、今度はスズメちゃんと亀沢さんが椅子の背もたれから目だけを出して睨んでいる。そんな顔で睨まないでよ、僕が望んでこの状態になっているわけじゃないんだから。


 ……うう、これじゃあトイレにも行けない……。


 ◇


 今日は部活の為の登校日だ、もう夏休みも半ばだというのに。


 合宿が終わった後、僕は<進化の声>のバイトを復活させた。


 相変わらず神味シェフは僕に色々な料理を食べさせて、またあの現象を発現させようと躍起になっている。僕はそんなシェフを適当にあしらいながら竹内さんの指導の下、洗い場から調理場へと配置を変えるべく頑張っている。


 <進化の声>で久しぶりに狩屋先輩にも会った。ふと気が付くと先輩は右手に怪我をしている。


 狩屋さんが言うには、


「……ああ、狩りの時に転んだんだ、まったくツイてないよ」


 そう言って先輩は店から出て行ったが……うう……なにか怪しい。あのマンモスとの戦いの時のスナイパーの正体は掴めていないからな。


 夏休みだというのに削生が学校に来ていた。


 ふと見ると、削生も右手を怪我している。理由を聞くと


「ああ、サバイバルゲームの最中に撃たれたんだ。手強い相手に長距離攻撃をくらってな」

「そうか、気をつけてな」


 そう言って別れてみたものの……うう、こいつも怪しい。


 そういえばもう一つ判明した事があった。


 あの反省室の謎だ。いじめや嫌がらせをした生徒が反省室に入れられると、その中に由樹がティラノサウルスの一部=《特に口》を・顕現させて脅かしていたらしい。そりゃいきなり暗がりからティラノサウルスの口が出現すれば、誰だってパンツにカップ1杯以上の水分がにじみ出るだろうな。


 今日の部活は先日の合宿の反省会という事で、野外活動に参加したみんなの顔を見るのも久しぶりだ。


 反省会では色々な意見が出ていた。料理の事、鶏を絞める事、王虎さんの脱走の事。


 その中でも副部長のローストチキンの味付けと、スズメちゃんたちが自分たちの苦労を厭わずに僕たちの為に改めてローストチキンを作った事は特に高く評価されていた。


 ちなみに部員たちが見た四つの色の柱と巨大な人影は『ブロッケン現象』を見たという事で片付いていた。珍しい経験が出来て本当に良かった、と皆口々に言う。


 とても今は本当の事は言えないないよなぁ……。


 参加しなかった部員も参加した部員から話を聞いてかなりその気になったようだ、次回の野外活動は参加人数が増える事だろう。


 そういえば由樹は正式に部員となった。相変わらず料理や家事は修行中で、王虎さんとギャンギャンやりながら腕を磨いている。頼むから学校でなんか『顕現』させないでくれよ、普通の部員だっているんだから。


 その二人もムードメーカーのスズメちゃんにうまく巻き込まれて、みんなと楽しくやっているようだ。三人がバタバタやっている隙に無口な亀沢さんが僕のそばに寄ってきては、気付いた三人に邪魔されている。


 野外活動の反省会の最後は参加しなかった部員の為の部長・副部長による特製のスタッフド・ローストチキンの再現試食と、他の部員はダッチオーブンの使い方を覚える為にバナナケーキを焼く事になった。


 部員全員がおしゃべりをしながら楽しそうに料理を作っている姿を見ながら、僕は霧咲先生の言ったこと、それからまだあの《食料の安定供給を考える企業連絡会》の男が言った事が気になっていた。


 霧咲先生の言う『自由な食の選択による覚醒』という事とあの男が言った『食料の安定した供給とそれに携わる企業活動の維持』、この二つはどう考えても両立は出来ない。人口が増え続け、皆が飽食に走れば自然の食料だけではとても足りない。しかし、皆が誰かに仕組まれたシステムの中で食事をしていたら人はおかしくなって、社会にもいい影響が出ないかもしれない。


 世界の中では日本のように歩いて五分のところにコンビニのない所はたくさんある。まして冷蔵庫も普及していないところすらたくさんある。そういうところでは食べたい・飲みたいという欲求を我慢することを覚えなければならない。


 いつでも食べたいものが手に入る環境が本当に必要なんだろうか? 食べたいものがいつでも手に入るが、本当においしいものがない世界は幸せなんだろうか?


 そんな事をダッチオーブンを加熱している時に考えていたら、亀沢さんが僕の背中をつつく。おっと、焦がしてしまうところだった。


 部室中央のテーブルに部長が再現したローストチキンとみんなで作ったバナナケーキが並ぶ。


「いただきまーす」


 食事の前にみんなが自然に声を出す。由樹が作った形の悪いバナナケーキだろうと、副部長が作った香辛料がほどよく効いたバナナケーキだろうと、作った人の思いがこもった分だけの味が出る。


 人はなぜ『いただきます』と自然に言えるのか?


 もちろん作った人への感謝の気持ちもあるが、それ以上に〝命を頂く〟という事に対する感謝の気持ちが当然ある。


 人間はどうあがいても他の生物の命を奪って調理して食べなければ生きてはいけない。


 コンビニのパックの食事から、他の生物の犠牲に対する感謝の気持ちを起こさせるようなものはあるだろうか?


 しかし社会も変わっていることも確かだ。人が食事に割ける時間は減ってきている。それどころか料理に必要な時間や場所さえも減ってきている。


 肉を焼いたり、魚を焼いたり、野菜を洗い切ったり煮たり、お米を炊いたり、みそ汁を煮たり……人がおいしく〝命を頂く〟為の条件が足りなくなってきている。食物そのものも、まだ世界中に安定供給されるまでには程遠い。


 しかし、誰かが利益だけの為に作りだした食事ばかり食べさせられるのも、まっぴらごめんだ。


 由樹が僕の所に自分の作ったバナナケーキを持ってきた。ちょっといびつだが味は悪くない。ためらいがちでも自己主張もはっきりさせたい、由樹の性格そのままの味がした。


 王虎さんとスズメちゃんも僕の所に自分たちの焼いたバナナケーキを持ってきた。僕が焼いて、少し焦がしたバナナケーキを亀沢さんが切ってみんなに勧めている。


 みんなが作ったバナナケーキはそれぞれ作った環境や思い出で違いが出る。


 世界の食事も同じように人それぞれの違いが結果として味に出てきてしまう。


 まず最初は、みんながそれぞれの違いを認めるところから、かな?


 何かを一気に変えられる訳じゃない。


 それぞれの人がそれぞれの食事を作っているのだから。


 でもそれでもおいしく食べる為にはまずは挨拶をしなけりゃ。


 作ってくれた人に。


 食材になってくれた他の生物のいのちの為に。


『いただきます』という挨拶を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ