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日常の喧騒の中で 〜逃げる男〜

 

 今日、俺は喧騒の中にいた。


 ーーーー邪魔だなぁ。


 向こうから灰色の人間達が歩いてくる。

 腕時計を繰り返し見るスーツの男。

 ランドセルを背負ってはしゃぐ子供。

 中身が空っぽの会話に「マジで?!」を連呼するJK。

 着飾って周囲に見下す目線を飛ばす婦人。

 不貞腐れた顔で歩くババア。

 曲がった腰で一歩ずつ歩く同類。


 ーーーーうるせえなぁ。


 周り気にせず爆音でロックを流すボックスカーも、イラつきを隠せずクラクションを鳴らすトラックも、無理矢理マフラー改造しているバイクも、選挙カーの宣伝も、パトカーとか救急車とかのサイレンも、そもそも音の存在も、全部。

 全部がうるさい。


 俺がもし、この喧騒の住民だったなら、こんなの全部日常の一部と捉え、無心で歩いていただろう。


 ーーーー鬱陶しいなぁ。


 光が眩しい。

 こんな時間、いつもだったら薄い毛布に包まり深い闇の中にいた。

 こんな慣れないことしてたら、そのうち目とか頭が狂っちまいそうだ。それか今日外出したことを後悔するか。どっちかだ。



 無心になろうと必死になっても、あと少しのところで誰かの肩がぶつかり、あともうちょっとのところで汚物を見る視線が飛んできて、何度も何度も喧騒の世界に引き戻される。

 そもそも落ち着きたいならいつもの駅の下、ダンボールの家の中でくつろいでればよかったのだ。

 今俺は俺の意思で歩いているのだからそんなの願う方がおこがましい。


 たとえ後方で奇声が発せられようが騒ぎが起ころうが俺には関係ない。意識を手放すのに集中した。


 まあ結局、頭ってのは使えば使うほど苦しくなるもので、ひどい頭痛から逃げるように道を曲がったのだった。


 そしたらアイツはいた。


「よう!」


 能天気な声は足元からした。


「おい無視かよ、ひでえなぁ」


 驚いていたのか理解できなかったのか理由は知らない。ただ少しぼおっとしていた。


「俺の名前は……そうだな。暗黒の脇役、とでも思ってくれればいいさ」


「聞いてねぇ」


「良いねぇーその反応。凄く良いよ」


 反射の答えはアイツを喜ばしてしまったようだ。

 別にどうだってよかったが。


「いやぁー、君とは出来るだけ早くお話したいと思ってたんだよ、うん。遅くなった。まずは初めましての挨拶だよな。初めまして」


 顔は見えなかったがきっとアイツは気味が悪いほどの笑顔を顔にはっつけていたのだろう。

 ニコニコするアイツに俺は握手どころか挨拶すらしなかった。


「いやー君に最後、挨拶ができてよかったよ、ホント」


「なんか用か」


「うーん、別に用はなかったけど……聞いてみたいことだったら、あったかなぁ」


「邪魔だから質問するならさっさとしてさっさと消えて」


 存在自体に虫酸が走る。イマドキに言えばウザい。


「ありゃー、俺すぐ消えることはきっとできないんだだけどなぁ」


 まぁいっかと言うようにアイツは肩をすくめ、そのあと指を三本立てた。


「質問はたったの三つだ」


「多い」


「ありゃ、そうかい。んじゃ二つ」


 指をゆっくり下ろしていき、最後は一本にした。


「一つ。なんで君はこの町を出るんだい?」


 やっぱりウザい。

 コイツは俺のこと何にも分かっちゃくれていない。


「だってこの町は平和そのものだろう? 戦争もなければ紛争もない。疫病も流行ってなければ災害もろくにない。そりゃ日常的にラジオやテレビのニュースで殺人事件や強盗事件は起こっているがそんなの他だって同じさ」


「この町と次の町、何か違いがあるって言うのかい? 行く価値があるって言うのかい?」


 無視したってよかったが、俺はちゃんと答える。


「変わるためだ」


「へぇ」


 きっとアイツはニヤニヤしながらこっちを見てる。それが酷く憎たらしい。


「次の町には新しい可能性が待っている。俺はそう信じてる」


「本気で言ってんの?」


「本気だ」


 真面目に答えてやったにも関わらず、アイツは腹を抱えてゲラゲラ笑った。


「じゃあ、俺は君について行く必要があるねぇ」


「何でだ」


「いや、何でもだよ」


「だって君、変わるなんて無理だもん」


 笑うことをやめずニヤつきながら答えるアイツに、いい加減怒りを隠せない。俺の頭に血が逆流する感覚を覚えた。


「ふざけるな!」


 自分の声に驚いて、驚いても言葉を続けた。


「お前に一体何がわかるってんだ。ふざけんな! 何でお前が決めつけんだよ!」


 怒り任せに目の前のゴミ共をかき分けて進む。歩く。少し早く。

 剣幕に驚いてか慌てて避ける者もいた。それでもアイツはついてきた。


「だって君は逃げてるだけだもん」


「は?」


「君は太陽の光から逃げた。日常の音からも逃げた。人間の三大義務からも逃げた。君は逃げて逃げて時間をドブに捨てきただけ」


「そして君は今も俺からも逃げている」


「君には変わる資格がない」


 アイツはもう笑っていなかった。

 もしくは笑っていてるのに慣れすぎて、笑っているかどうか識別できなくなった。

 きっとここで無視したなら俺は負けを認めると同義であろう。


「逃げるのを止めるために……次の町に行く」


「はっ、そんなのこの町から逃げてるだけじゃないか」


 渾身の言葉さえ一秒ももたない。

 黙り込んで歩くことしかできなくなった。

 アイツを振り払えるとはもう思わなかった。


「まあ、いいさ。俺は君に嫌がらせをしに来た訳でも君を怒らせに来たわけでもないし」


「じゃあ次」と言ってアイツは残酷にまた指を一本立てて質問する。


「君は本当に変わろうと思ってるのかい?」


 さっきからアイツの一言一言が胸に突き刺さり心臓が正しい脈を打っていない。


「要は君に独立の意思があるかどうかさ。君はどうなんだい」


「俺は……」


 変わりたい。さっき言ったばかりの言葉を今度は言えなかった。


 満ち足りると書いて満足。


 どこかにきっとこの言葉が残っていたんだろう。

 全部、全部片付けてきたはずなのに。


「俺は変わろうなんて思ってないね」


 ドキリとした。

 俺の声が漏れたのかと思った。

 でも発したのはアイツだった。


「俺は俺が生きるために生きていると言える。その上、君を生かすという生きる目的もある。たとえ闇の住民だとしても、たとえどんなに手が汚れたとしても、俺はこれで満足なんだよ」


 もう話についていけない。訳がわからない。この生き物を理解できない。


「お前は存在するだけで生きていけるなんて思ってるんだろう?脳内パッパラパー人間。明日の飯のことも考えず、明日の予定も考えず、明日の目的も目標もなーんにも考えずに生きている。君は生きることに無頓着すぎるのさ。その上で君は」


「黙れ」


「……ふふ、良いねぇーその反応。凄く良いよ」


 もうアイツは笑っているとは思えなかった。

 笑い声も発した言葉も全部アイツの真っ黒な顔に吸い込まれて行く。

 もう全部疲れた。


「いやー、それにしても話が長くなったね。悪かった悪かった」


 すでに言葉は軽くなり、空気に乗ってそこら辺を漂い始めていた。




「それにしても俺は残念だよ」


 切り出しはシンプルかつ大胆に。

 話の終わりはまだだった。


「君は俺の予想を超えなかった」


「君は俺のチャンスを無駄にした」


「わかってたはずだろ」


「君は俺」


「俺は君」




「それなのに」


「君は俺を受け入れなかった」


「逃げた」


「君は俺を受け入れてその上で変わると決断すべきだった」


「逃げた」


「最後の最後まで結局」


「逃げた」




「君の俺を切り捨ててるって判断は間違いだった」


「だって」


「君は変われない」


「君は本物の立派なホームレスにすらなれなかったから」


「君は変われない」


「君は今だって誰かが変えてくれるのを待っている」


「君は変われない」




「そもそも」


「君がおかしいんじゃなくて」


「おかしいのは周りだ」


「腐りきった社会だ」


「ゴミ屑みたいな人間共だ」


「そう君は思ってる」




「君が望んでいるのは」


「君自身の変化なんかじゃあない」




「さあ、答え合わせの時間だ。君の手のひらを見てごらん。そこにきっと現実が描いてある。それが全ての答えだよ」


 俺がいた白黒(モノトーン)の空間が崩れていく、色づいていく。

 恐る恐る手のひらに視線を落とす。

 見てはいけない。

 わかっていても、もう逃げられない。


「まあ俺は」


「最初から全部知ってたけど」



 真っ赤に染まる。





『ニュースです。今日午前8時10分頃○○県〇〇市駅前、咲賀中央通りにて通り魔事件が発生。容疑者は×××××無職38歳。容疑者は周囲をナイフで切りつけながら歩いて逃走、最初の被害者が出た地点から100m先で手首と首を切り死亡しているのが確認されました。今回の事件で容疑者を含めた5名が死亡、10名が重体、18名が怪我をしました。警察は今回の事件を無差別殺人事件として捜査しており、また○○町における連続殺人事件や暴力団との関連性についても調べを進めています』

この物語はフィクションです

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