7.ミカとファミール
ミカ達がこの世界にして初めにしたことは、自分たちの生活していく事が出来る空間の確保だった。
地面は土によくにた、何か。空は、ミカ達の知っているような青い空が広がっているが何処か違う。太陽らしき物も、月らしき物もあるもあるが、それらが本当は何なのか誰にもわからない。自分たちで創ったはずの世界なのに、未知数な事が多すぎた。
桜姫のいた桜の木がある所は土のような何かが盛り上がり、山とまでいかなくとも丘のようになっていた。元の世界の桜の木がある土地と少しだけ似ている。
桜の木がある丘は、島の中央ではなく、海寄りだ。アクアいわく、そこは世界の『へそ』らしい。こちらの桜の木とあちらの桜の木は同一で、『へその緒』の役割らしく、世界と世界を隔てる壁が1番薄い場所なのだとか。
こちらとあちらの世界の桜が同じと言うことは、その桜の意識であるはずの桜姫はなんなのだろう。その疑問に、アクアは「接ぎ木みたいなもの」と答えた。
なるほど、同じだけど同じではないのかとミカは納得した。
桜の木が一本。それ以外に、この島にはなにもなく、桜の木の所から見渡せば広くはないその島の終わりまでを360度全域見渡す事ができた。ミカはあまり目が良くないので1番遠い島の境界線はボヤけてよくわからないが、目が良いらしい風呼がはしゃいで言っていたのでそうなのだろう。
そう、島の終わり。すなわち、海が見える。島を囲むその海は、ミカの知っている蒼さではなかった。少し白い。キラキラ光っているようにも見える。話し合いでは塩水ではなくただの「淡水」ということだったが、ただの水ではなさそうだ。聞けば、自分たちの魔力や霊力が溶け込んでいるからキラキラして見えるらしい。私達にとってはそんなに害はない水だとアクアは言っていたが、霊力だけでなく魔女であるアクアたちの魔力も含んでいるのなら、魔の力に弱い精霊のミカと風呼にとっては害なのではないだろうか?
ミカは疑問に思ったが、数日後に風呼がなんの躊躇もなく海の水に触れているのを見る事になる。風呼は「え?力を吸収しなければ大丈夫でしょ?」と心底不思議そうな顔をして言うのだった。
----…私が心配性なだけなのかしら?
そう思いつつも、ミカはこの世界の海が風呼や自分にとって毒にならなかった事に安堵し、それを自覚なしに身体を張って証明した風呼に心の中で感謝した。
世界を創造して桜姫に出逢った後。
桜姫を抱いて、一行は少し休憩したりはしゃいだりしながら島の中央に移動をした。
アクアは人差し指を振った。振った先から光が出てきて、やがてそれは大きな陣になる。
「ここに、塔を作るよ!」
そう言いながらアクアは同じ大きさの陣を同じように数個描く。出来上がった陣は土のような地面に1つ。その陣の空中に重なるようにして、1メートルほど毎に設置される。
手はず通りだ。全員でその陣を囲い、世界を創造した時のように力を込めると、一人一人から光が溢れ出る。
元の世界では出なかった光だ。
この世界では魔力がみえやすくなるらしい。光は陣に吸い込まれ、ある程度魔力を吸い込むと陣が発動する。陣がくるくると回り、黄色の光が溢れて円柱を形取る。
弾けるように光が拡散したのも束の間。
なにもなかったそこには、高い塔が出来ていた。
ミカは力が抜け、そこに倒れこんだ。ふと見渡すと、他にも数人倒れ込んでいたり、青ざめながら汗をかいていた。
本当に涼しい顔をしているのは、彩だけだった。いつものように、微笑んでいる。
アクアは息切れをしながら、満面の笑みで言った。
「みんな、お疲れ様!やったね?魔力を使いすぎた事が今までなかったから皆んな疲れてるだけだよ。元の世界に戻って疲れを癒すのもよし、この塔で休むのもよし…そして余裕があるなら探検するのもよしだよ!明日、また続きしようね!」
そう言って1日目は終わった。
桜の木を通して、『願えば』元の世界に戻れる事がわかった。ミカも含め全員、元の世界と行き来出来ることを知らなかったようだった。アクアは言う。「だって、元の世界に戻れなくても大丈夫って覚悟も欲しかったし、戻れる確証もなかったから」何でもないことのようにそうのたまうのだから本当に食えない魔女だ。
帰らずこの世界にいてもいいとは思ったが、まだ塔の中は階段と区切られた各部屋あるだけで何もなかった。
島にだって、海と桜の木と土があるだけだ。
食べる物もトイレもお風呂も本もソファーもベッドもない。
ミカは早々に帰った。
そこからは忙しかった。
まず塔の中の住むスペースを居心地良いものにし、暮らせるようにする。
土を調べ植物を植える。川を作る。空気の調整をする。あるきっかけがあり、ぬいぐるみの住民が生産される。このぬいぐるみたちは動く上に喋る。
それぞれがそれぞれの役割を全うした。
その中で一番大変だった事がある。
海から、子供が流れてきたのだ。
この世界は作られた世界で、いわば閉鎖された空間のはずだった。先住民など居ない、桜の木とミカ達が創造した架空とも言える空間だ。子供が流れてくるはずはなかった。
子供の意識はなかったが、息はしていた。
子供の服はボロボロで、またやせ細った小さな身体も傷だらけだった。
意識がないのは魔力を含んだ海の水に浸かりすぎたのが原因ではないかとアクアは言った。
「魔力を含んだ水は、適量だと薬になるけど大量だと毒にもなっちゃう。人によれば薬にもならないけれど。この子、魔力は持ってないけど耐性は強いみたい。普通の人間がこんなに魔力を浴びたら、中毒起こしちゃうんだけど。」
塔の二階は、オウキの為の部屋だ。一応ベッドも作っているが、まだ使っていない。オウキが1人で寝ると自分で言うようになるまでは、誰かと一緒に寝るようしたのだ。
誰も寝たことがないそのベッドへ子供を寝かせた。子供の傷は殆どが塞がっていたが、額の傷からは赤い血が垂れ続けていた。
「きっと、この部分はあまり海に浸からなかったんだね…結構深い傷かも。ミカ、治療をお願いできる?」
「……やってみるわ」
植物に霊力を分ける時と同じでいいのだろうか。そう思いながら、ミカは治療にあたった。
子供が流れ着いた日、緊急会議となった。どうやら子供がこちらへ流れ着いた時分、何人かはこの世界の空間が歪むような気配を感じたらしかった。ミカはそういった気配など感じるのが得意ではないらしく、地震が起きたのかとしか思わなかったが。その気配にいち早く気づいた風呼と、ちょうど海を調べていた海斗が海に浮かぶ子供を引き上げたのだった。
どういった理屈なのかはわからないが、別の世界---ミカ達が居た世界かもしれないし、また違う世界かもしれない---と海の果てで繋がってしまったらしい。風の精霊である風呼は分かるらしく、海の向こう側の気配が前と違うと言っていた。
子供を元の場所に返そうにも、どこからきたのかも分からない。返せるかどうかも分からないので、とりあえず子供の目がさめるのを待つことにした。
子供の目が覚めたのは、世界が作られてちょうど5日目。子供が流れ着いてから2日経っていた。ミカは点滴の代わりに植物を相手にするように霊力を当て続けた。
その甲斐あってか、やせ細っていた身体は少しだけふくらんだように思う。
目が覚めて、まず子供は怯えた。
ずっと看病していたミカを見るなり怯えた。
「大丈夫よ。私はあなたの味方だわ」
何故か余計怯えた。
「ミカ、どう〜?」
いつものようにアクアが医務室に入ってきて、子供が目を覚ましていることにすぐ気づく。
「あ、目が覚めたんだね。おはよう」
アクアがニコッと子供に笑いかける。
ミカが声かけた時と違い、怯えるというよりは困惑といった表情が出てくる。……少し不服だ。
「ミカ、表情筋動かして、こう、にーって」
ミカの感情に気づいたアクアが、その表情のせいなのだと遠回しに指摘する。
そんな事を言われても。
表情筋を動かすなんて、正直面倒臭い。
「んーと、とりあえず…そうだ、お風呂に入って服を着替えようよ!話はそこから!」
オウキの部屋のある二階、
つまり子供を寝かせていたこの階にはお風呂や洗面所やトイレがある。
お風呂は、ちょうど大地と海斗と風呼が協力して完成させていた。塔まで流れる川が出来上がり水路を確保出来たので、ようやく水回りを整える段階に来れたのだ。
風呼は意見や希望を言う係のようだった。
それを受けて大地が絵を描き、3人のイメージを統一して『創造の力』で湯船を作り、そして水の経路を作る。何か意見の相違でもあったのか、近くを通りかかると大地と風呼が言い争っている声がよく響いていた。
出来上がったばかりのお風呂は広く、4、5人くらいは一緒に入れそうだった。また色使いも清潔感があり居心地がよかった。3人は良い仕事をしたようだ。ファミールを入れた際、中々の出来に関心した。
ただ、お湯が出る仕組みにはなっておらず、風呂作りに疲れて部屋で休んでいた大地をアクアが連れてきた。
「なんで俺だけなんだ…」
「海斗も風呼も外行っちゃったからだよ。それに、温度調節は大地の得意分野でしょ!」
ここでミカは大地の得意分野を初めて知ることになる。てっきり名前通り、土とかなのだと思っていた。
大地はため息をつきながらも仕事を全うしてくれた。とりあえずファミールに使う分だけを温めてくれたのだ。
「ガスみたいに、ピッてしたら温かくなるような、そんな装置が欲しいね」
アクアがぶつぶつと数式を口に出しながら真顔でそう言ったのだった。きっとそのうち出来上がるのだろう。
アクアの提案で身なりを整えた子供は普通の人間の少女のようだった。年齢は5歳くらいか。額の傷はミカの治療の甲斐あってか殆ど目立たないくらいには治り、初めて見た時は傷が塞がっているだけだった身体中の傷は本当に傷があったのか分からないくらいになった。
服は子供の目がさめる前に風呼がぴったりのサイズのものを用意をしていた。白のシャツに、ブラッドオレンジ色のワンピース。少女の茶色の髪によく似合っていた。
アクアがその子供とコミュニケーションを図ったが、子供は一切喋らなかった。喋ろうと口は開くものの、その後が続かない。アクアは色々な国の言葉をある程度知っているらしく、様々な言語で話しかけて居たがその内それをやめた。やめた後はまるで日本語を覚えろというように日本語で話しかけ続けるようになった。アクアは子供に自身の事や前居た場所は聞かなかった。
ミカはその事に気づいて尋ねる。
「アクア?もしかして、この子をここにおくの?」
「あ、気づいた?」
気づいた?じゃないでしょう…と、ミカは思わず口から息が出る。
「だってほら、どうせオウキもいるし…いいお姉さんになってくれたらなって」
「どうせじゃないでしょう。オウキはこの世界の主というべき存在だけど、彼女は人間…でしょう?」
「そう。人間。でも、いいじゃない。この島、きっと楽しくなるよ?」
明るく笑う少女は、考えての事なのか、何も考えていないのかたまに分からなくなる。しかしこのアクアの事だ。おそらく、前者なのだろう。これまでの行動をみてミカは判断し、アクアに任せる事にした。
「はあ…あなたがそういうのなら、いいわ。」
きっと、面白い事を考えているのだ。どうなっても受け入れてやろう。
「ありがと、ミカ!!へへ、オウキにお姉ちゃん出来たね。ファミールとオウキ、どっちが先に私たちと会話出来るようになるかなぁ」
「…?ファミール?」
そう、この子の名前。と、アクアは不安げに見上げる子供の頭を撫でる。
「名前がないと不便でしょう?なんかね、この子を見てると浮かんできたの。」
また勝手に。
そう思いながら勝手に名付けられた子供をミカは眺める。
目が覚めた時は肩を震わせ怯えていたファミール。今では不安げな目はしているものの、アクアに撫でられる事を素直に受け入れている。この数時間で慣れてきたようだった。
目覚めたばかりだから疲れたでしょう、休んだらとファミールにジェスチャーを含んで言うアクアに、不安げな顔をした少女は首を振るった。困った顔をして少し悩んだアクアだったが、少女をミカに任せてその場を後にしたのだった。
喋らず不安げな顔のままの少女と2人きりでいる事を持て余したミカは、塔と島の案内がてら、連れ回すことにした。
そうして歩いていたら、風呂作りを終えてこの世界のお姫様を甘やかしてる風呼がいた。




