5.天地創造
創る世界への認識の擦り合わせと全員の魔力や霊力の放出の練習がおわり、とうとうその日がやってきた。アクアが最初に言った通り、風呼と蓮が仲間になって1週間後の事だった。
場所は、拠点にしている家から電車で30分ほど離れた田舎の町だ。住宅地の間の、丘の上にある公園。そこに全員が集まった。公園に入ると、ウララの森の公園と同じような遮断された空間だとわかった。
---これが、『結界』なんだっけ?
ほんのりとミカの気配が結界からする。どうやら、結界の張り方を無事に習得したようだ。
「さ、みんな、集まったね。」
そう言って嬉しそうに笑うアクアの後ろに大きな桜の木があった。
風呼はその桜の木をまじまじと見つめる。
なんだろう、この感じは。
桜の木の放つオーラに戸惑っていると、サァッと、感じたことのない気配が背後からした。振り向くと、赤い目と赤茶色の髪をした少女がいつの間にか立っていた。
「あぁ、気にしないで、見てるだけだから。」
ぶっきらぼうに言いながら腕組みをして傍観者を決め込む。
---だれだろう、この偉そうな子は?
そう風呼が不思議がっていると、アクアが説明する。
「彼女は、協力者だよ。いつも集まってる家の持ち主。」
風呼は驚いた。協力者の家だと言いながら結局家主に会わなかったなと思っていたら。それに、こんな同い年くらいの少女が協力者だったなんて。てっきり大人だと風呼は思っていたのだ。
「仲間になる気、ないの?」
「わかってるくせに。」
アクアの質問に、気が強そうな顔通り、きっぱりとしたものいいで赤毛の少女は答えた。
「私に構わずはじめれば?」
アクアは苦笑しながら、その言葉を肯定するかのように準備を始める。
まず、地面の土に枝で風呼にはわからない複雑そうな陣を描いた。そして各々に陣の線を踏まないようにして中に入るよう立ち位置を指示する。
「うん。これでオッケー。」
そう言って、アクア自身も陣の中に入る。
「さぁ、始めるよ」
高く、澄んだ声が響いた瞬間、ふわっと空気が振動するのを感じた。アクアが魔力を陣に込めたのだ。
声の持ち主である少女の美しいブロンドの長い髪が、その空気の流れを具現化するかのように持ち上がる。
少女の澄んだアクアブルーの瞳が、その場にいる一人一人の目を順に捉える。
「作るよ…私たちの、夢を。」
手筈通り、風呼は力を陣に込める。練習をしてきた成果を発揮する時がきたのだ。力を爆発させず、ゆっくりと流し込むイメージ。
力を込めながらイメージするのは造る世界のこと。陣に込めるのはできるだけ純粋で、適切な量の力。それぞれの持つ力の種類が違うため、力を込める量のバランスが大事なのだとアクアは言っていた。それで後半は全員で合わせる練習もしていたのだ。
「…お姉ちゃん、少し抑えて」
「はい」
アクアが言うお姉ちゃんとは、彩の事だ。練習でも彩はいつも必要以上の力を出していた。
……彩のもつ力の総量を考えれば仕方がないのかもしれないと、風呼はこっそり思う。
「ミカ、もう少し力でる?」
「ん…やってみるわ」
顔をしかめながらミカが返事をする。ミカの霊力は精霊の力にしては安定した力なのだが、少し力が出しにくいようだった。風呼が見るに、霊力を出すための入り口が狭い。それなのに結界のための力も使っているので、きつそうだった。
1番人間と呼べるオーラの海斗は、どうやら事前に準備をしていたらしく魔力が詰まった本を通して力を出している。どういうカラクリなのか、本来はミカよりも力を出しにくい身体だろうに難なくこなしている。
よくわからない力を持つ蓮でさえ、きちんと…霊力と魔力がまざったような…大地にも森の妖精のウララにも近いような、そんな不思議な力を器用に出していた。
「風呼も、ほんの少しだけはみ出てる」
「は、はいっ」
少し集中力が乱れてしまっていた。
「……そう、そのままで。海斗、お願い。」
アクアが目を閉じながら言い、海斗が頷き何か呪文を唱える。
風呼がうっとりしてしまうほどのテノールの美声だった。そして、魔力が込められた声は陣に吸い込まれていく。風呼は慎重に力を注ぎながらもその光景に魅入られた。
複雑な陣はそれぞれの力を吸い込み反応して白色に光り、風呼たちの上空にも似ているようで全く違う陣が光っている。魔力をみて誰のものか分かるようになった風呼にはなんとなく察しがつく。アクアの魔力が形を成したものだ。地面に書ききれなかった、もしくは描くのが面倒だったから魔力で描いたのではと風呼は思った。
「さあ、みんな、イメージして。私たちの、島を。」
アクアの言葉は合図だ。
風呼たちは目を閉じ頭の中に描く。
何も描かれていない真っ白のキャンバス。
それは海だ。塩辛くはない、淡水で出来た海だ。中央に島がある。丸い島。土台の土はしっかりしている。力強く踏むことが出来る。畑を耕すことが出来る。木が思う存分成長することができる。そんな土だ。
空気は此処とあまり変わらない。酸素がある。二酸化炭素がある。窒素がある。人間や、他の生物だって生きることができる。
空は青色。アクアの瞳のような青だ。太陽もある。光り輝き、私たちや島を明るく照らすのだ。
そうやってイメージを具体的にしていく。
まるで自身がそこにいるかのように。前もって話し合った通りに、風呼はイメージする。
最後に、今日初めて見たこの小さな公園に植えられた桜の木を想う。そう、島の主人公は、この桜の木だ。この、桜の木が見ている---夢。桜の、夢だ。
いきなり、風呼たちの周りに暖かい風が吹く。目を開けると桜色のオーラが辺りに充満している。風だと感じたのはオーラだった。まるで、桜の花びらが視界を覆い尽くすほど舞っているようだ。そう思った瞬間、そのオーラは本当に桜の花びらになり、花びらであたりが何も見えなくなった。そう思ったのも束の間、花びらはいっきにどこかへ吹き飛ぶ。
そのオーラの衝撃でとっさに目を閉じた風呼は、静かになってからおそるおそる目を開ける。
そこには、先ほどいた公園とは違う景色が広がっていた。
変わっていないのは、風呼たち7人がいることと、アクアの後ろに大きな木がある事だけ。その大きな木も姿が違う。桜の木というのは変わりない。だが、纏っているものが違った。緑の葉だけを纏っていた桜の木は、桜色の花を満開につけていた。ふわっと、風呼の頭に花びらが舞う。
「成功、したね?」
アクアが、イタズラを成功させた子供のように舌を出して笑った。
風呼は言葉を失った。
「すげー…まじで異空間。」
黄金の眼をキラキラさせて大地が呟き、「結界とはまた違う居心地ね」いつも無表情のミカが驚きと感心を顔に出す。橙の瞳が綺麗に輝いて、風呼は違和感を覚える。
「…ミカ?目が、」
「…?目?」
いつもミカの瞳はブラウンの中に橙が見えるかどうか、というような不思議な色合いだったのに、今は完全な橙色に見えるのだ。
ミカが不思議そうな顔をして風呼を見て、そしてまた驚いた声をだす。
「風呼の目、緑色だわ」
「えっ」
まさか、私は純日本人のはず、そう思いながら風呼がアクアを見る。アクアはなんでも知っているのだという認識に風呼はなっていた。風呼の期待通りにアクアは頷く。
「魔力とかって瞳の色に反映されやすいんだけど、この世界だとそれが顕著に現れるみたい。」
「…ここでは、瞳の色が魔力の色なのね」
この世界からはまるでウララや美香の結界のように、私たち7人の気配が交わってるように感じた。そしてなんだか、身体が軽く息がしやすい。
もう少し話をしようとしていると、大地が声をかける。
「おい、いるぞ?」
何が?と思いながら大地の視線の先をみる。
「う…う…うきゃああー!!」
赤ん坊がいた。赤ん坊が、満開の桜の木の麓で泣き出した。
「ああ…いた、いたね?」
まだ幼さが残る金髪の少女は慈愛に満ちた表情をして、赤ん坊に近寄る。
「ねぇ、みんな、私たちのお姫様だよ」
アクアが慣れた手つきで抱き上げると赤ん坊は泣くのをやめて大人しくなる。桜色の生えたての髪の毛がふわふわと踊る。
「私たちの桜姫。よろしくねーー」
*
世界創造計画の発端はこの桜の木なのだと、アクアは説明をした。
住宅地の真ん中の丘の上にあるこの公園の大きな桜の木は、夢を見るというなんともロマンチストな木なのだという。
人間のように走り回りたい、人間と遊びたい。そう願い、長年生きてきたらしい。
桜の木とアクアは心を通わせた。そして、桜の木の願いとアクア達の願い、双方が協力すればどちらも実現出来るのではないかと考えた。
仲間というのは7人ではなく、桜の木を含めた8人であったのだ。この桜の木を基点、または軸としての世界。桜の木が見る夢の世界を、風呼たちの力で再構築・実体化したのがこの世界らしい。
つまり、この世界は桜の木の夢の中だ。実体のある幻想の中なのだ。なんともまた実感のわかない話である。
そうして桜の木の長年の願いは叶う事になる。




