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夢桜  作者: 空亜
第0章
3/22

3.風呼の練習


風呼は風になることができる。

それは文字通りの風だ。

まるで幽霊のように姿を変え、時にふわりと風船のように、時に鷹のように素早く空を駆ける事ができるのだ。

けれど今は中々、風にはなれなかった。



風の精霊と契約した当初、風呼は自身が風になってそのままコントロール出来なくなるのが恐ろしかった。

そのまま風になって自身の意識が拡散してしまうのが恐ろしかった。

風になったらまた人間の姿に戻れるか不安だった。


借りた腕輪なしで人間の姿を保てるようになっても腕輪を片時も手放せずにいたのはその為だ。

人間の姿を保つ事に全力だった。だから、今まで自発的に風になろうとした事なんてなかった。


いざ風になろうとすると中々出来ない事実にもはや笑いが込み上げてくる。人間の姿を保つ練習をする前は、嫌でも風になってしまっていたというのに。


これでは本当に、ウララの言っていたように『ただの人間もどき』もしくは『精霊のなりそこない』だ。


どのみち人間には戻れないのだから、腹を括って風の精霊らしくなろうとしたのに。それすらもなれない。


それでも諦めるわけにはいかない。

皆と一緒に世界を創る為に、力のコントロールが必要だった。


大丈夫、思い切ってやっても、大丈夫。

ここは森の精霊のエリアだから。

そう、風呼は自分に言い聞かせた。


風になるために考えたのが、『走ること』。

今まで風になった時のことを思い返してみれば、走っていたり、高いところから落ちたり…とにかくスピードを感じてる時だった。


なので走ってみた。

まずは軽く、ジョギング程度に。

ふわっと、人間だった頃とは違う感覚に包まれる。月にいるかのように軽い。月に行ったことないけれど。しかしそれだけだった。


次はもう少しはやめに、100メートル走を走る時のように走ってみる。

すこし体の周りがボヤけた感じがする。体をみれば、境目がよくわからなくなっていた。そのまま走りながら少し飛び跳ねてみると走り幅跳びは世界一記録を超えるんじゃないかというくらい長く空中に浮く事ができた。



今度は本気で走ってみた。全力疾走。短距離争をするときのように。

走り始めて1秒ほど経ったぐらい。一瞬、足を取られてコケたのかと思った。足が思うように動かなくなったから。でもそうではなかった。身体が傾かなかったから。


むしろスピードをあげたのだった。見ると、風呼の“足”は、二本の足ではなくなっていた。


少し驚くと同時に、まだ完全に風になりきっていない上半身がバランスを崩した。本当にコケるという思いのせいか、足がないからコケるはずがないのにコケたように身体が下へと向かい地面に手をついてしまった。ある程度スピードを保っていたので、ついてしまった手を軸として身体が放り出される。


ーーー地面に叩きつけられたくない!

ーーー上へ!!


そう願い、イメージを上に持っていくと…風呼は空中に釣り上げられるように、跳んだ。


文字通り、跳んだ。

ふわっと、跳んだ。



5、6mほどの上空まで飛んで、飛んだことに驚いて気を抜いてしまいそのまま落ちていく。落ちながら、何本かの高い木の枝が動いているのが目に入った。

その木々の枝は何本もの枝を絡め、ちょうど風呼の落ちる先にハンモックのように待機した。木の枝のハンモックのおかげで風呼は地面と衝突せずに済んだ。


大変なことにはならないと言っていたけれど、木の枝が助けてくれるなんて予想外な上になんともファンタスティックだ。

高揚感なのか恐怖心なのか、自身でもよく分からない鼓動の高鳴りで風呼はすぐには動けなかった。


しかし、これで突破口を見つけた。


---なんだ、あたし、出来るじゃん?


少しの達成感を得て…風呼はその練習の仕方で、自身の意思で風になる練習、またそこからの着地の練習を続けるのだった。





日が完全に登った頃、ミカが声をかけてきた。

「どう、風呼、調子は?」

「ぼちぼち……かな……」

息切れをしながらなんとか答えた。

「もうお昼頃だし、ご飯にしましょう」

ミカは変わらず、無表情に提案をした。

森から出てすぐのところにある大型チェーンレストランでミカとともに昼食を取った後、またウララの森に2人は戻ってきた。


「霊力の出し方はわかる?」

「えーと…どうするんですか?」


風のなり方は分かってきたが、霊力と言われるとわからない。


「私が朝に見せたのがそうなんだけども。

自分の中のエネルギーを集めて、放出するのよ。ウララに確認したのだけど、風呼がしたがっていたアレは風の属性だと難しいみたいだわ。」


霊力は霊力でも属性が違うとできる事が違うのか、と風呼はがっかりしてうな垂れた。


「それでも、霊力を放出する事は私達のこれからの目的のためには必要になる事だから、練習して。教えるから。」


1時間ほど、ミカはつきっきりで霊力の出し方を教えてくれた。とりあえず自身の中の霊力の流れを認識することが出来るようになったので、後は少しずつの自主練が必要らしい。


ミカはまた結界を作る練習をすると言って離れていき、風呼は1人で風になる練習と霊力を放出する練習を繰り返した。


全力で練習していると日が下がってきて、空の色が変わってきた。


「そろそろ終わりましょうか」夕焼けと表現できる頃合いになって、ミカが来てそう言った。


「どう、調子は?ウララの結界は役に立った?」

「とっても!!」


後半になると本当に高い所で人型に戻ってしまい危なかったのだが、地面に接触する寸前のところでなんと木の枝が動いたり伸びたりして風呼をキャッチしたのだ。

そこから風呼は木々たちの事を完全に信頼し、思いきった練習を繰り返した。

細かい事をいうと、死ぬ事はないが命に別状のない怪我などは別らしい。おかげで死ぬ事はないものの、風呼は手も足も傷だらけだった。しかし、いつも死と隣り合わせの風呼にとって、命の保証されているというこの環境はこの上ない安心感をもたらした。


完璧ではないものの、力の使い方がわかってきたと思う。

ミカと話をしながら歩いていると、見たことのある道にでた。

「この帰り道はわかる?」

「わかります!」

「じゃ、私、こっちだから。明日の朝、またそっちに行くわ。」

「えっ」

そう言うや否や、ミカは颯爽と身を翻し、今来た道を歩いて行くのだった。




それから。

風呼はなぜか、またミカと別れた交差点へ戻ってきていた。 すでに日はとっぷりと暮れている。

「………なんてこと………」

風呼は今まで自身の足で街を歩いたりなどしたことが全くないといっても過言ではなかった。なので地名がわかれど方向はわからず、道順も覚えるという意識が欠けていた。


つまり、方向音痴である。


ミカの、この帰り道がわかるかという質問にわかると応えたのは、ただ単に「この道を見た事がある」という意味だった。それをミカには「帰り方がわかる」と受け取られ、分からないと言いなおすタイミングを逃した事はもはや今となってはどうでも良いことである。



「風の精霊が迷子とか…どうなの…」



ぼそっとつぶやきながら周囲を見渡す。仕事帰りの人や、部活帰りの学生の姿がちらほらと見えた。人に道を聞く事はできるが、なるべくそれは避けたい。人間としてではなく、『風の精霊の風呼』として生きると決めた時に普通の人間と極力関わらない事にしたのだ。話を少しでもして顔をしっかり見られるとちょっとばかりまずい。



なら人でないものに聞こうか?

そう思うが、生憎、風呼は人でないものと話すことが出来なかった。あちらこちらに小さな気配は感じるのだが…それが何なのか、そもそも話す事が可能なのかも分からない。あまり気にしていなかったけれど、この事についてもいつかミカやアクアに相談しよう。



そう思いながら当てもなく歩いていると、大きなビルが見えた。

風呼はニヤリと笑った。


ーーーなんだ、あたしにぴったりな帰り方があるじゃん?






帰ると、彩しか居なかった。

「お帰りなさい、ふうこ」

いつものように彩は微笑んだ。

「ただいま、彩…さん」

彩を見ることに段々と慣れてきたものの、やはり緊張する。

「皆んなはまだ…?」

「ええ、まだよ。」

「ええと…遅くなる…のかな…?」

「さぁ…どうでしょう?ご飯なら、冷蔵庫のものとか、ここのパンとか、好きに食べていいと言っていたわ」

テーブルの上に、パン屋で購入したと思われるメロンパンやロールパンが転がっていた。

それはいいのだが…と、風呼はゴクリと唾を飲んだ。

このままアクアが戻って来なければ彩と2人の空間で間がもつ気がしない。

そんな事を考えていると、ドアが開く音がした。

現れたのはフードを深く被った獣のような目の少年---大地だった。


「おかえりなさい、大地」

「お、おかえり…なさい」

「ああ…アクアは?」

心あらずといった風に大地は視線を漂わす。

「まだよ」

「…待つわ」

大地は舌打ちをし、あからさまに不機嫌そうにソファーに腰掛けた。

「……ど、どうしたの…?」

思わずそう声をかけてしまったのは失態だった。

「あ?」

不機嫌そうな顔を向けられた瞬間に思い出す。このグループの、詮索しないというルールだ。

獣のような鋭い瞳に睨まれて、風呼はまさに蛇に睨まれた蛙だった。


「………」

「………」

しばらく見つめ合う。


「……名前、なんだっけ」

「……………そこ?!」


思わずツッコミを入れてしまった。

詮索をして怒ったわけではなかったようだ。


「や、わりぃ、名前覚えるの苦手で」


申し訳なさそうに顔を歪めた。…なんだ、案外喋りやすい人なのだろうか?


「風呼…風を呼ぶで、風呼だよ」

「子供の子じゃないんだ」

「だって風の子供じゃないし」

「は、なにそれ」


大地は右眉を下げて、苦笑、もしくは失笑ともいうような笑い方をした。鋭く尖った犬歯が目立つ。


「あ、あの、ごめんなさい。どうしたの、とか…詮索みたいなこと言って」


思わず犬歯に目がいくのを誤魔化すように、風呼は謝ったが、大地は本当に気にしていないようだった。


「別に。聞かれたって答えたくなかったら答えないだけだから。他の奴は知んねーけど」


それはそうだ。とも思うが、最後言葉は自分のことを言われているように思えて、風呼はビクッとした。風呼ははぐらかすのが苦手なので聞かれるのは苦手だ。


「あ、ありがとう…ございます」

「なんで敬語」


また右眉を下げて軽く笑った。やはり犬歯に目がいってしまう。風呼と同い年くらいなのだろうが、元々の童顔が犬歯のせいでより幼く見えた。


「……、なに?」


思わず見ていたらその視線に気づかれて慌てて誤魔化す。


「あ、いや、綺麗な犬歯でかわいいなと…」


誤魔化すどころかそのまま言ってしまった。

「わたしも、大地の歯、好きよ」


顔を歪めながら驚いた顔をする大地に、黙っていた彩が追撃をする。大地は左腕で口元をとっさに隠して彩をみて、そのまま風呼に鋭い眼光を向ける。

先ほどまで睨まれた蛙のようだった風呼だが、心なしか顔が赤く見える彼相手に固まる必要はなかった。


「褒めてるんだよ?」


思わず口元が緩む。


「…おまえ、楽しんでるだろ」


大地と少しだけ打ち解けて話していると、アクアが美少年を連れて帰ってきた。





美少年は蓮と言うらしい。

角度を変えて見たら少女に見えなくもない、中性的な顔をしていた。歳はアクアと同じくらいか。グレーのようなくすんだ髪は伸びっぱなしで、ガラスのような目が存在をさらに神秘的に思わせた。今日から新しく仲間になるらしい。

「日本語はあまり得意じゃないけど、悪い子じゃないから」アクアはそう言っていたが、アクアとしか喋ろう(言葉が通じないのなら当然なのかもしれないが)とも視線を合わせようとしない相手をどう思えばいいのかよくわからなかった。


その日は結局、アクアと蓮の後は誰も帰っては来なかった。アクアの話だと基本的には此処に住んでいるのはアクアと彩だけであり、そこに風呼と蓮が追加される形になる。他のメンバーは自分たちの家に帰っているらしい。

風呼は環境が許せば今も自分の家から通っていたのだろうかと思いを馳せるが、そんな環境なら今こうしてここに居ないという結論に達して考えるのをやめた。


大地は蓮の紹介が終わった後、アクアと2人で話をして出て行った。




翌日、起きて居間に行くと、知らない顔がまた増えていた。昨日は居なかった仲間の1人のようだった。大人びて見えるその少年は風呼に気づくと、少し笑みを含ませながら挨拶をした。



「初めましてだな。俺は海斗だ。よろしく」

---かっこいい。



はっきり言って、海斗は風呼の理想のタイプだった。

サラサラで短めに整えられた黒髪に、清潔そうで左右対称に見える顔立ち。角度によって深い紫色に見える瞳、薄い口元。飛び出た男らしい喉仏にセクシーな鎖骨、風呼と同じ年の男の子たちよりも高い背。角ばった広い肩幅に、落ち着いた仕草。


「よ、よろしくお願いします!風呼、です」


こんな人も仲間なのか!最高!目の保養!


「早く入れよ」


居間の入り口で立ち止まっていた風呼の後ろで声がした。大地だ。


「ご、ごめん」


ふん、とぶっきらぼうに鼻を鳴らしてズカズカと部屋に入りソファーにどかっと座る。

---昨日の顔を真っ赤にした可愛い彼はどこへ?


居間には昨日のメンバーと、新たに海斗と蓮が加わった形で揃っていた。それぞれ挨拶を交わして(蓮に対しても一応声をかけたが無視された)、席に着くとアクアが本題を話し始める。


「これで、全員ね。あのね、世界を作るんだけどね、海に囲まれた1つの島をまず作ろうと思うの。その島の事とか形とか?決めていきたいんだけどーーー」


どうやら世界を作るために、その世界のイメージを最初から各々共通事項として持っていきたいという事だった。


「じゃあ、皆も、何か考えててね。希望とか、なんとなくでいいから!今日はこれで解散!」


それから毎日、朝に集まり話し合いをした。

指揮をとるのはアクアで、具体的に返すのは主にミカと海斗。時たま大地が口を挟み、風呼はついていけずに聞かれたら答えるくらいだった。蓮は言葉がわからないのか一切口は挟まず、彩は「皆んなが良いようにすればいいわ」とニコニコ微笑んでいるだけであった。


話し合いは大抵午前だけで、昼近くには皆用事があるのか、いくらまだ話が途中でも解散するのが常だった。

風呼はその後もミカに付いてウララの公園に出向いたが、後半は1人で力のコントロールの練習を重ねた。



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