21. 風呼とカロリーメイト
ポカポカする。暖かい陽気だ。
最近は安定してこういった気候を保っている。過ごしやすくて良いが今は此処は何月に相応しているのだろう、と風呼はぼんやり考える。
けれどもそれは、風呼にとって特に興味のない事であった。
居心地がよければそれでよい。
ふわふわ、けれどもしっかりと硬さのある丁度良い土に生えた、芝生のような草。でもよくみれば風呼の知っている芝生よりも弾力がある。力強い葉が丸みを帯び、その上に座るとバネのようにしなる。
これは最高のベッドだと風呼はしみじみと思う。
風呼はゴロゴロと転がることを楽しんでからうつ伏せになり、世界を独り占めするかのように両手を大きく広げた。そして目を閉じた。
耳をすますと、人々の声が聞こえる。
---あぁ、夕美さんが何か叫んでいる。2歳になる息子の遠矢くんがまた何かしでかしたんだろう。遠矢くんは本当にやんちゃで、いつも走り回って落ち着きがない。人見知りはないものの大人たちの仕事の邪魔をしたりして、夕美さんをいつも困らせている。ここの大人たちはみんな笑って許しているのだが、夕美さんはいつも申し訳なさそうに謝り回るのだ。もう少し気を楽にしてもいいのに。
そんな夕美さんを宥めるような落ち着いた大人の男性の声も聞こえる。この声はウオちゃんだ。いつもウオちゃんが、未だに緊張感を露わにして皆んなに接する夕美さんを宥め、周りにフォローし、遠矢くんに愛情を注ぐのだ。ウオちゃんが愛情を注ぐのは遠矢くんだけではない。他の皆や、あたしたちにも。
愛情が見て分かる、なんてことを風呼は初めて知った。
初めこそぎこちなかったけれど、その人となりで誰よりも早く馴染んだ。ウオちゃんは本当に優しくて、甘えたくなる。甘えたら甘えただけ甘やかしてくれるような、そんな安心感がある。
次はパシャパシャと水の音と何かが擦れるような音を拾った。
景子さんが桶で洗濯をしてるのだろう。
急いで洗濯機を持ってくるか作るかをしようと話も出たのだが、しばらくはこういう昔の人達のような生活を楽しむのもアリだから急がなくてよいと景子さんが言ったのだ。本当に景子さんは働き者だ。
その言葉に甘えて急がずゆっくりと洗濯機を作ることになっている。
実は1つ、試験用として塔の中に作っているのだが、使ってみると生地が痛みやすいだとか、服にダマが出来やすいだとか、生地が痛みやすいだとかいうことが起こったのでまだ村には渡せない。日本の技術を子供のイメージ力だけで作ろうなんて、やはり無謀だったようだ。
でも技術者だったスズちゃんに協力を仰いでいるので、きっと近々完成するだろう。
今度はザックザックと、土を裂く音が聞こえてきた。
ハマさんが畑を耕しているのだろう。
実家が野菜農園だったから野菜を育てたいと言っていた。種子も沢山用意して持ってきてたみたいだけど、この世界で育てて風呼達の知っている野菜に育つのかどうか…皆んなの注目の的だ。
すると、ぽろろんと、心地の良い音色が聞こえてくる。
テュオーサが楽器を弾いている音だ。風が音を拾って来なくてもこの世界によく響く。
テュオーサは日本語が出来ないけれど音楽家だったようで、自分の気持ちをよく音で表現する。
まぁ、この世界では言語が分からなくても意思疎通は出来るのだけど。
風が拾ってくる音だけで何があったか、誰が何をしていて今どんな光景が広がっているのかを容易に想像できた。それほどまでに今の生活に慣れてきた。
---この世界も、賑やかになったものだ。
最初は、何もなかった。
空と土と海と一本の桜の木。
それだけだった。
今では、ただの茶色の土が広がるだけだった地面には草原が広がり青々しく輝いている。
小さな、本当に小さな、集落と言っても良いほどの村で人々が暮らしている。家も15棟ほど建てて、何人かは家をシェアして家族のように暮らしている。
まだ此処の生活に慣れていない人もいるが、大半が早くに慣れて伸び伸びと生活している。まるで、水を得た魚のように皆んな輝いているように風呼には見えた。
その村人の大多数は元の世界からつれてきて。数人は、『海』から流れて。
その村を見下ろすような丘の斜面に風呼は今寝そべっている。丘の上、つまり風呼の頭の上には塔が堂々と建っている。風呼の住居だ。数人で暮らしている。この塔は島の中心に建てたから、塔の上からは360度島の様子がよく見える。
塔から見て南の離れたところには桜の山がある。桜色の山が美しい。最初はオウキの桜の木が一本しかなかったのだが、一本だけ桜の木とか寂しいよねって話になり、毎日桜の挿し木を植え続けている。現在進行系だ。
その山の隣、東には緑の森が広がっている。
アクアとミカが中心になってタネを植えていた森だ。いつの間にか立派な森になった。植物って育つの早いんだなと風呼は感激したのだが、ミカに「そんなわけないでしょう」と呆れながらいわれ、アクアが「魔力を吸って大分育つの早くなってるよ」と説明をした。
あの森は外から見たら普通の森なのだが、入るとなかなか面白くて風呼はよく探検に行く。
今、気配が近くで感じられない他の住民の大半は森で遊んでいるか森の中で仕事をしているのだろう。
島の中心にある塔から見て村は西にある。
西の果ては砂浜となっており水遊びが出来るのだが、浅瀬ではあるが川がそばに流れているので皆水遊びはそこで満足してしまっている。その川は南の桜の森から塔まで、そして塔から西の海岸までと、不自然なカーブを描いて流れている。
その西に流れる川は塔のところで除染をしていて、魔力が混じっていない誰が使っても安心のほぼ本物の水だ。その除染機を創るのに中々苦労した。その川の水が、村の人々の主な生活水になっている。
まだまだ改善していったり開発していくことがたくさんあるけれど、全体的に見れば充分生活がしやすいように変わってきてると思う。これも、風呼を含めた皆んながちゃんと頑張っているからだ。
体感としては2ヶ月ほどである。
---この世界が出来てから。
しみじみしながらまた転がり、今度は仰向けでの寝心地を楽しんでいると塔の扉が開く音がした。
「…なんでこんなとこで寝てんの?」
少し高めの少年の声。
目を閉じたまま、風呼はその声に応える。
「日向ぼっこ…大地もどー?」
「遠慮しとく。それより、お前ちゃんと飯くってんの?」
「ん…食べ…てる…よ…?」
目をゆっくりと開けると、金色の鋭い眼光と目があってしまって思わず視線を外してしまうが、一応食べている。…一応。
「1日1食になってんじゃね?いや、それでも食ってるとこ最近見てねーな…。食べない日もあるんじゃねえーの。実体の方が育たねーぞ。お前向こうに戻る気ねーの?」
「う…。」
バレてる。
風呼たちが頑張っているのは、島作りだけではない。あちらとこちらの世界を行き来して世界としての違いや自分達への影響を調べたりもしている。
そこでわかった事は、霊力・魔力が充満しているこの世界に於いて、身体が霊力・魔力に適応する者は酸素のごとく力を食料として食べている、ということだ。
とくに外部の影響を受けやすい精霊の性質を持つ風呼は、その影響が顕著に現れていた。精霊の血筋であるミカも同様だ。
精霊は魔が宿った力を吸い取ると毒なのだと聞いていたが、この世界の魔力は風呼達の身体に影響はない。仲間の皆の魔力が元手なこともあってか、元の世界での『魔力』とは違うようだった。
この時点で元の世界でいう『魔力』とは性質が異なるため、区別してこの世界に充満している力を『桜力』と呼ぶことにした。
桜の夢の世界で溢れる霊力・魔力。だから『桜力』。
オウキの桜力摂取量よりも僅かな量を吸収していたため、初めの頃は自分達が無意識に力を食べている事に気付かなかった。
だが無意識だろうと、桜力を摂取している事は事実であった。
これにより空腹中枢は役に立たなくなる。
桜力で身体が満たされお腹が空きにくくなるのだ。
その空腹中枢を信用していてはいけない。
この世界での桜力は何をするのにも必要なエネルギーであり、石油のようなものだ。
つまり、元の世界でいう魔力のように目に見えなくて必要なのかどうかも分からないものではなく、ちゃんとした『物質』で出来ている。だから身体に吸収され体の一部となる事ができるし、そこから物を作る事ができる。
しかし、元の世界へ戻れば一転、そのエネルギーは存在しないも同然になる。
桜力で培った体力を失う。
桜力で補っていた生命力を失う。
---風呼は数日こちらの世界にいて飲まず食わずに居て元の世界へ戻った時、死にかけた。
飢餓で、だ。
今まで感じた事のなかった空腹と貧血で倒れたのだった。
これは緊急事態だ、という事で、風呼以外は今まで以上に気をつけて食事を摂るようになった。
そんな身体を張ってその事実を証明したのだから風呼だってきちんと食事を摂るだろうと皆は思ったらしく、一緒に食べる事を風呼に強要はしなかった。
世界を創造してから10日ほどは昼時になれば皆塔に集まり昼食を食べていたのだが、あちらの世界とこちらの世界の時間の差が半日以上になってしまってからは時間の調整が難しくなり集まらなくなった。今でもどんどんその差は開いていて、あちらの世界ではまだ半月しか経っていないらしい。らしい、というのは、風呼はあまりあちらへ行かなくなったからだ。頻繁に戻るアクアやミカ、大地から情報は聞いている。
この世界で暮らして、風呼は出来るようになった事が2つある。
1つは気配察知だ。前から人それぞれのオーラの把握など出来たが、そのオーラを把握出来る範囲が広がった。建物に入っていない限りこちらの世界に誰がどこに居るのかが分かるようになった。
2つめは声を風に乗せて離れた相手に伝える事だ。脳に響くような声だと大地は言っていたけれど、風に声を乗せてるだけなのでテレパシーではない。まだたまに失敗するけど分散させて伝える事も出来るようになったので、世界内放送も出来る。
移動する事も得意なのも加わり、風呼はすっかり伝達係になっている。
ともかく、そういうわけで此処最近はあまりメンバーが揃っていないし、伝達係の風呼もいるので特に集まる必要もなかった。
だから皆は知らないと思っていた。風呼が今でも自身の食事にあまり気を使っていない事を。
はぁ、と、大地は呆れた顔をしてため息を吐いてから自分のパーカーのポケットへ手を伸ばした。
「無理やり食べとけ」
そう言って取り出したのは見るのも懐かしいカロリーメイト。元の世界にいたときだって、あまり縁のなかったものだ。
風呼が有無を言う前にそれは投げられ、お腹でキャッチする。
「散歩してくるわ」
そう言って大地は風呼に背を向けて丘を下り始めた。
「だ、大地!」
起き上がり声をかけると大地は顔だけ振り返った。
「あ、あの…あ、ありがと。」
「ん」
さっと前を向き、右手をあげてぶっきらぼうに答えた。
遠ざかっていく少年の後ろ姿を見ながら、はぁ、と誰にも聞こえないように息を吐いて、風呼は再び寝転がり空を見る。
「…お兄さんのお弁当、食べたいなぁ」
ポツリと呟いた言葉は誰の耳にも届かなかった。




