12. 采花の場合①
またやってしまった。
目の前の部屋の惨状をみて、采花は後悔に苛まれた。
何度も同じ事を繰り返してしまう。
ダメだと分かっているのに。
感情が言うことを聞かない。
このままでは彼の重荷にしかならない。
彼を不幸にしかしていない。
幸せに出来るとも思えない。
このままズルズルと足枷になるのだろうか?
…そうだ、此処ではないどこかへ行こう。
彼の居ないどこかへ。
でもどこへ?
行き場所なんてない。
でもどこかへ行かなければ。
采花は必死に考えた。考える事はあまり得意ではないが、考えなければ。
これ以上彼を傷つけたくはない。
これ以上彼の幸せを奪いたくはない。
私がいると彼は幸せになれない。
だって彼は優しいから。
私がいる限り、彼は私を気にしてしまう。
私がいるから。
私さえいなければきっと…
そうだ、私がしねばいいんだ。
采花はキッチンから包丁を取り出した。
深呼吸をして、刃を自分に向けれるように包丁を持ち替える。
そしてそのまま胸元へ突き立てー…
「迷いないね」
いきなり聞こえてきた声に驚いて包丁を落とした。
声をかけてきたのは中学生くらいの女の子だった。赤茶の髪をアップにしている。
部屋の隅で壁にもたれていた。
---だれ?
采花にこの年頃の知り合いは居ない。一緒に住んでいる彼にそういった親戚や知り合いがいると言う話は聞いたことがない。
そもそも部屋にも窓にも鍵がかかっていたはずだ。どうやって入ってきたのだろうか。
疑問ばかり浮かんできては言葉を発さない采花を、少女はじっと見つめてるだけだった。
少女が左手で持っている大きな水晶玉がやけに赤く見える。
占い師が使うような水晶玉だ。…実際、そんな占い師を見たことはないけれど。そんな事を采花は思いながらもやはり見つめていることしかできなかった。
「しぬんでしょ?見ててあげる」
沈黙は少女の方から破った。その内容に対して采花は黙っては居られなかった。
「見ててあげるって…だめよそんなの!!」
人の死ぬところなど見ていて気持ちいい物ではないに決まっている。
「大丈夫。慣れてるし」
「大丈夫じゃないから!!!」
人が目の前で死ぬ事に慣れるなんて事、あるはずがない。
「あぁ、それより、もう夜中よ。お家はどこなの?」
「死ぬんじゃなかったの?」
「…あなたを送り届けてからね!」
「そうしてる間に、帰って来るんじゃない?」
「…っ!」
どうしてこの子はそんな事を知ってるのだろう。そう思いもう一度少女を見る。
気の強い印象のあるつり上がった目だ。中学生の女の子がするにはあまりにも冷たく、感情のない目だった。
もしかしたらこの少女は死神なのかもしれない。私を迎えに来たのだろうか?
采花はそう思う事で納得した。
「ふっ…」
少女は歪みのある笑い方をした。
「あのさぁ、どうして死のうとしたのか、聞いてもいい?」
「…そうね…どうしてそうなったんだろうね…」
采花は正直に言うか悩んだ。
しかし全て知っているような気がしたのだ。
「たぶん…疲れちゃったんだ」
「疲れた?」
「そう…。私、生きてても空回りばっかりだし…人に迷惑、しか、かけれないし…。」
「ふうん」
「なんか…生き方、間違えたかなって…でも、…他の生き方…わかんないし…」
采花は自身の声のトーンが低くなっていくのを感じた。こんな話を、年下の、しかも中学生の女の子に話してどうなるというのだろう。
「彼に…幸せになって貰いたいし…でも私じゃ、幸せにさせらんないし…でも…けーくんと会える場所にいると、会いたくなっちゃうし…」
そう思いつつも口が勝手に動く。
…本当は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「じゃ、彼と2度と会えない世界なら生きていけんの?」
「…へ…?」
それは考えたことがなかった。
「人間関係もー、生活も、環境も、世界も、名前さえも。ぜーんぶ新しくしたら…生きていけんの?」
想像してみた。
想像してみたが、
「…わかんないや」
全然想像つかなかった。
「でも、私が私だから無理、かも。」
何もかも新しくしたって、性格や生き方の本質が変わる事はないだろう。また、同じ事を繰り返すかもしれない。
「その、『私が私』であるってどうやって証明するの?」
「…?どういう、こと?」
「ほら、漫画とかであるじゃん。中身が入れ替わったーってやつ。その時、証明するのって、その人しか知り得ない情報…つまり記憶の開示じゃない?それなら、その記憶も消したら…別人じゃん?」
「…。」
そうかもしれないと采花は思った。
采花の中の強く残っている記憶が今の采花を作っていると言っても過言ではない。もしかしたら、記憶がなくなれば本当に『別人』になれるかもしれない。ずっと望んで居た『別人』に。…だが。
「そうかもしれないけど、私は、記憶消したくない、かな。辛いこともたくさんあったけど…幸せな事も、あったから…」
そう。あったのだ。
「ふぅ〜ん。そっか。」
「…うん」
「まだ死にたいとか思ってる?」
「……うん。」
それしかないから。
私から彼を救う方法はそれしかないから。
馬鹿な私にはそれしか分からない。
「馬鹿だね」
心を見られたのだろうか?
「…しってる」
2人で少しだけ笑った。
ピンポーンと、軽いチャイムが鳴った。
思わず玄関を見る。カチャカチャ、カチャンと、外から鍵を開ける音がしたが、そのまま扉を開く気配はない。
---彼が帰って来た。
「あぁごめんね、送るから」
そう言って振り向けば、壁にもたれて居た少女の姿はなかった。
「…?」
ピンポーン
急かすようにチャイムがまた鳴る。
どこかに隠れてるのだろうか?
いいや、隠れるスペースなどない。
一応ベランダやトイレやバスルームものぞいて見たが少女はいなかった。
ピンポーン
「はぁーい!」
玄関へ行くと、チェーンがきちんとかけられていた。
ベランダも内側から鍵がかけられたままだったし、少女は本当に死神だったのかもしれない。…また、来てくれるだろうか。
チェーンを外し鍵を開けてドアを開くと、疲労を顔につけた青年が立っていた。
采花の顔をみてほっと息をつく。
「…ただいま、采花」
「おかえりなさい。けーくん」
♪
翌日。
彼を送り出してから、布団をバルコニーに出して干した。
本当は、あまりバルコニーに出るなと言われてるけれど今日は天気がいいから許してもらおう。
そう思いながら布団をはたきながら見下ろすと、綺麗な金色が目に入った。外国人だろうか?背は低く、少女のようだ。白の涼しげなワンピースがよく似合う。金色の長いサラサラのロングヘアーが風が吹くたびに揺れる。
少女は見上げてこちらをみた。
目はパッチリとした青い目の少女だ。3階なので離れているが目の色が分かるくらい、大きな目をしている。
恥ずかしくなって、采花は視線を逸らし、いそいそと部屋の中へ戻った。
部屋へ戻って料理を始めた。
彼の大好物のチーズ入りハンバーグ。
『チンして食べてね』と、初めての書き置きをした。
昨日は衝動的に死のうとしてしまったので、今度はちゃんと準備をしよう。その時の一時的な気持ちではなく、考えて行き着いた結論なのだという事がわかるように。
部屋は暴れる前よりももっと綺麗に掃除した。自分のものは全てゴミ袋へまとめて、部屋の隅に置いた。
さて、残るゴミは自身だけだ。
部屋が汚れないように包丁を持って浴室へ行った。
あの死神の女の子はまた来てくれるのだろうかと考えながら、包丁を突き立てる。
さあ、この世界にお別れをしよう、
さよなら世界。
…さよなら、けーくん。
♪
「…ごめんアクア…」
色味を失っていく視界で、あの死神の少女が悲しそうに呟いているのを見た。バルコニーで見た金髪の少女が向かいにはいる。
それがこの世界で彼女が見た最後の光景だった。
♪
夢が夢だと気づいて見ている時がある。
今がそれだった。
あの死神の少女が目の前にいる。
赤茶色の焦げたような色の髪を後ろでまとめている。
印象的なつり上がった瞳は赤く、印象が違って見えた。カラコンかな?不思議とよく似合っている。
やっぱり来てくれたんだとこっそり安堵する。
「ねぇ、望みはなに?」
怒ってるかと思うような突き放した言い方で、少女は言った。
「取り敢えず願うだけ願って見てよ」
言うだけならタダだよと。
望み?
私の?
なんだろう。
…なんだろう。
考えている間も、少女は辛抱強く私の答えを待ってくれていた。
「幸せに、生きたかった…かな」
なにを間違えたんだっけ
なにをどう生きたら良かったんだっけ?
どこから間違えたんだっけ?
なにもわからない。
けど、叶うなら、今度はこんな最期にならない選択をしていきたい。
また間違えるかもしれない。
でも間違えても、後悔しない選択をしていきたい。
「叶うなら、もう一度、やり直して、…誰かを、幸せにする人生を生きたい」
死神の少女は、ふっと、ろうそくが灯るように笑った。初めて見る笑顔だ。
「その言葉が聞きたかった」
少女がそう言うと、どこからともなく花びらが降って来た。ピンク色のひらひらと舞う花びら。随分と久しぶりに見る気がする、桜の花びらだ。
花びらだと認識すると同時にピンク色の風が吹いた。
視界がピンク色に染まり、そしてー…
♪




