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新しく書き直したものです
目の前にあるのは、なんだろう。
凍りつくことがどのようなものかがわかる戦場である。
感情に素直になれば死ぬ空間。
弾丸が髪を掠める。その兵士は避けてしまった、それによって背後の兵士が死んだ。脳天を撃ち抜き、一瞬ザクロのように脳みそが散った。
兵士は報復した、弾丸による反撃を。敵は死んだ、もういない。
だが心の虚しさはなんなのか。この言葉にならないむず痒いものはなんなのか。
兵士は背後で死んだ兵士をみた。固まった表情、恐怖を感じはなく、驚きのようだ。
世界は血で回る。兵士は何度も戦場を行き歩いた。
それでも、この戦場に兵士は肝を冷やした。
掠めるのは、愛する女の指先ではない。熱く、あたれば火だるま、あたれば黒焦げ、弾丸という物質的なものではなかった。科学者は、これをなんといっただろう。
「ファンタジーの襲来」
兵士の仲間は新聞をみて、そう口にした。
なんということか。兵士が今度相手にしなければならないのは、魔法とそれに付随する空想の類のものであった。
兵士は笑った。そんなものがあるはずがないと笑い飛ばした。数日後、兵士の仲間は戦死した。
これは報復か?
正確に赤子が敵の脇腹をえぐった。貫通能力を抑制させぬまま、次の獲物に噛み付く。
ガブリとそいつは倒れていった。見事だ。
敵はそういかなかった。防弾ジャケット以上の高度、ナノ粒子でも詰め込んでいるほどの頑丈さのコートをまとっている。霧をまとっているかのように、白いモヤが体全体を覆っており、弾丸は五発に一発貫通することだと分析結果が出た。屈折率の高い層によって、銃弾の軌道は曲がっていくのだ。
その頃には、敵の足場が出来上がっていた。
敵は銃弾という破壊の王におじけず、真っ向から戦う準備が出来ていた。
「戦闘開始」そうレフリーが合図すれば、ラウンド制の戦いが始まる。
殴る蹴る。ストレートの一発、顔面直撃、最初のラウンドを取った。
領土という奪われたものを取り返す戦い。
優位性による資源確保のための戦い。
これは誰の戦いなんだ、兵士は不思議と思ってしまった。
愛国心の下僕たるものが思うことではない。しかし、死んでいくほどの戦いか? 敵はこちらが進行するから、武器を取る。強欲さの化身、母国の目はくらんでいる。ロシアや中国との睨み合いの膠着状態から脱するために手を出したのだ。
馬鹿な話だ。一体それでどれだけの人間が死んだことか。
兵士は論理性を求めた。
だが、銃弾は前へ進むことを要求した。
「なんだよ。お前はあいつらとやりたいってのか?」
「ああ、そうだ。俺は、血を求めている。飽きたんだ、あの味を味わいすぎたよ。三百年も同じ味だと、舌だって新しいものを求めたくなるさ」
「だが、これはなんだ。俺たちはなんのために戦っている、いままでの戦争やテロ戦争のようなものではない。守るべきものはなく、ただ戦っている。未来のためか、それとも気が狂ったやつらが頭をぶん殴ったのか?!」
銃弾は頭をてりつかせた。
「いいや、なにもないのさ」
「なにも……」
「戦いが好きなやつしか、もうここに立つ意味がない。志願兵の募集はただの虐殺めいた終わり方をしただけだったように、ここには人はもういない。いるのは鬼だ」
「鬼?」
「心を鬼にした、強者だけがこの戦場に立つことを許される。さながら試練のように、ここを生き延びれば勲章と名誉が与えられる。まあ、そんなものは一生かかっても手に入らないかもしれないがよ」
兵士は笑った。
片手でつまんでいる一発の銃弾。兵士の友人はもうこいつしかいなかった。
「なら、俺は生き延びてやるよ」
「俺のためにか?」
兵士は立ち上がると、研いでいた銃弾をスナイパーライフルに装填した。
「さあどうだろう。だが面白い、お前たちに倒されるよりも、俺は別の誰かに殺されたかった」
「ブラッキィ」ブラッキィを迎えに来た上官が扉を軽く叩いた。
ブラッキィは青と緑の迷彩色のスナイパーライフル「LX-90」を持って、上官の後につづいた。
前線アルヌスから南東に三〇マイルの場所に位置している拠点にブラッキィはいた。一人ひと部屋ずつ与えられた仮説居住地は、ほとんどが空いている。ブラッキィを含んで、戦闘員一五名がこの拠点の生き残りだった。元々いた仲間たちは、この世界の洗礼を受けてどこかへ行ってしまった。
「期待しているぞ」
上官はいまの状況をわかっている。敵のコマンダーは誰であるか、おおよその検討は既についている。
だから米国はここまで苦戦を強いられる。銃弾という神が隣にいて、ヒントを与えられながらチェスゲームをやっている。しかし、相手の傍に強力な存在はいなかった。それでも相手は、たった一人でチェスゲームを進行している。運という風ではなく、その男の背中には大きな影があった。
「わかっています、必ずご期待にお応えします」
ブラッキィは単独で森の中に入っていく。手首、首筋、イヤホン型の超小型の集音機があたりの音を欠かさず拾ってくる。この地域には野生動物が生息していた、それは騒音が大きくなればなるほどいなくなっていった。鳥の囁きは聞こえず、森は寂しく囁くだけだ。
小石が足先にあたり、スピンを描きながら飛んでいく。
斜面を登り終わり、待機場に到着した。背中の携帯品からARゴーグルを頭につけた。マッピングしていた地点までの距離、風向き、気温、粒子が表示されている。
ブラッキィは「LX-90」を腕立て伏せするように地面に立てた。ゴーグルと銃のスコープが共有し、これによって数キロ先まで鮮明にみえる。
音。異常はない。
覗いた先は戦場である。戦いの最中、視界はすこし薄暗い。魔法であろうものが米国陸軍の兵士を貫いた、その敵を他の兵士が撃った銃弾がたまに貫いてくれる。
「ふぅ」
一息ついた。気づかれる前にやる、それが鉄則だ。バレたら位置を変え、再度機会を伺う。不意をつく、この銃はその状況下にあってこそ威力を発揮する。
ブラッキィは額から溢れた汗をぬぐった。
いつも以上に垂れてくる。呆れるほどに。
人を撃つことに、これほど焦りを思うことはなかった。いままで、どうやって引き金をひいてきたかわからなくなる。
「やればいいさ」
銃弾はいう。ブラッキィはその言葉で、安心と決心ができた。
利き手を引き金に置いた。あとは出てくるのを待つだけである。
「本当に来ると思うか? 俺は出てこないと思ってる」
「そのほうがいいって、お前、顔に書いてあるぜ」
「敵は予想の斜め上を滑空するような作戦を展開する。そんな作戦といい、銃弾を熟知した戦術・対策……」
込められた銃弾は怖がっていなかった。それどころか、喜びを抑えた声でいう。
「あっぱれ、ってか?」
「『サムエル・ボズワン』。記録だけだが、優秀なコマンダーだと思い知らされた。実戦でも並以上の戦績、仲間を導く統制力は群を抜いているといい。だが、俺は撃つ。撃ってこの戦いがどうなるかを見届ける」
「崩壊することをご希望ですかな?」
「あいつだけが核なら、同時に奴らは終わる。元々この世界には運がなかった、ってことにして俺たちはこの世界を糧にしてよりよい世界を作っていく。それが人間ってもんだ」
厚い雲が空を覆う。戦火で眼下は光を瞬く。赤く、オレンジのようであれば、色鮮やかなサファイアのような色合いの光が溢れ出す。新兵はこの光景をみれば、足が止まってしまうという。この世ではないからだ、まさしくこの世ではない。ここは別の世界だ、一定の物理法則とすこし似通った世界だ。
スコープが異変を捉えた。
戦場の一部が灰色の煙で覆われ始めた。カモフラージュのつもりか。
だとしても、ARゴーグルでは見え透いている。
スイッチを切り替え、夜間戦闘用に切り替える。視界の色が緑色に変わっていく。
「準備はいいか?」
「ああいいとも、相棒」