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一夜市②

 美和さんの家に行くためには、一夜市第二中学校からずいぶん歩かなければならなかった。今日一日で普段の何倍も歩いている。

 真理さんは「体力がついて、おまけにダイエットになるわ」と、涼しい顔で言うけど、僕は先ほど「鍛え直さなければ! 」と思ったことを取り下げたい気分だった。

「そんなに疲れているなら、タクシーを使いましょうか」と、真理さんが嬉しい提案をしてくれたが、そんなときに限って、タクシーが一台も通らない。

 やっぱり一夜市は田舎だ! 

 もっとも、僕が中学まで住んでいた村は、そのタクシーの存在自体が無いのだから、ここに比べたらベストオブ田舎なのだけれども。

 結局、恋しいタクシーに出会うことなく僕たちは歩き続け、美和さんの家に着いたのだった。

 真理さんが美和さんの家のチャイムを鳴らすと、玄関のドアが開き、そこからちょっと太めの、でもとても可愛いお姉さんが現れた。雰囲気がどことなくピーチさんに似ている。


(もしかして、この人も異能力を持っているのだろうか? )


 なあんて考えてしまった。


「倉橋美和さんですね」


 真理さんが、そのお姉さんに訊いた。


「ええ、そうですけど。あなた達は? 」

「メールで伺うことをお伝えしていた☆☆☆の者です。美和さんが華菜さんに依頼されていた日記の謎を解きにやって来ました」

「ああ、それなら佳奈からも聞いているわ。あなた達、若い割には優秀な探偵だそうね」


 美和さんが、僕たちを見て微笑む。


「でも、本当にこの謎が解けるのかしら。麻衣の失踪から何年も経っているのよ」


 口調は柔らかいけど、美和さん、なぜか僕たちに対して挑戦的だ。そう感じているのは、僕だけだろうか? 後で、田畑君に訊いてみよう。彼なら、美和さんの心の中もニオイで分かっただろうから。

 ん! やばいぞ。依頼者から挑戦的な態度をとられたら、真理さんがドSモードに変身するかもしれない。

 そう思いながら、おそるおそる真理さんの眼をのぞき込んだら、半眼モードにはなっていなかった。……良かった。


「謎を解明するために、詳しく話を訊かせていただきたいのですが」


 真理さんが丁寧な言葉遣いで申し出ると、「それじゃあ、中に入って」と美和さんが僕たちを招き入れてくれた。

 僕たちが通されたリビングらしき部屋は、とても広かった。その一角にピアノが置いてあった。それも、縦型のピアノじゃなくグランドピアノだった。どうやら、美和さんの家はとてもリッチらしい。

 座るように勧められたソファーも、油断すると眠りに誘われてしまうかもしれないと思えるほど座り心地が良かった。


「こんなものしかないけど」


 美和さんが僕たちに出してくれたのは、オレンジジュースだった。


「ありがとうございます」


 僕たちは礼を言って、ストローに口をつけた。ストローを通して口の中に入ってきたオレンジジュースは、とてもよく冷えていて、ものすごおく美味しかった。歩き疲れて喉が渇いていたので、美味しさを数倍感じることができた。

 美和さんが出してくれたオレンジジュースを半分ほど飲んだところで、真理さんが顔を上げた。


「さっそくですが、美和さんが日記を見つけた日のことについて、詳しく教えてください」

「あの日は、すごく霧が出ていたの。と言っても、霧がでるには、季節的には遅すぎる時期だったわ。まあ条件さえ整ったら霧は発生するのでしょうけど、珍しいことだった。あなた達、霧に隠れてしまう景色を見たことある? 」


 美和さんが、僕たちを見回した。


「わが輩は見たことがある。なんせ、中学までこっちに住んどったから」


 田畑君が答えた。


「あら、あなたは一夜市出身? 」

「ゆうぎり郡の出身ばい」

「それなら、一度でも6月になってから濃霧が発生したのを見たことある? 」


 田畑君は頭を振った。


「でしょう。それだけ珍しい現象が起こっていたの」

「その珍しい現象が起こっていた日に、美和さんは日記を発見したのですね? 」

「ええ、そうよ。そんな日に、あの日記が郵便受けの中に入っていたから、余計に日記に書かれていたことが真実らしく思えたの」


 僕が、霧で真っ白な景色の中でそんな日記を見つけたとしたら、絶対に疑うことなく信じてしまっただろう。映画のワンシーンのように、美和さんが手紙を発見する場面が、僕の頭の中に浮かんだ。


「もう一つ訊いてもいいですか? 」


 真理さんが左手の人差し指をクルリと空中で回した。


「失礼ですが、」


 そう前置きして、真理さんは切り出した。


「麻衣さんが書いたと思われる日記は、そのままでも読めたと思うのですが、清盛という人が書いたとされる日記については読めたのですか? あの文字かなり達筆だったし」

「読めたわ。私は高校の時、古典研究会に所属していたから」


 古典研究会って、そんな部活があるんだ、と僕が思っていたら、真理さんが質問を続けた。


「もしかして、その古典研究会に麻衣さんも入っていましたか? 」

「いいえ、入っていなかったわ。麻衣は帰宅部だったの」

「そうですか…」


 期待していた答えと違っていたのか、真理さんの表情が少し曇った。


「あ、でも、麻衣は古典に興味はあったみたいね。図書室から古典の研究本を何冊か借りていたようだから」

「麻衣さんが借りている場面を見たのですか? 」

「直接は見ていないけど、貸し出しカードに麻衣の名前があったから。今と違って、当時はパソコン管理の貸し出しじゃなかったから、カードにその本を借りた人の名前が残っているのよね。図書室にある古典の研究本の何冊かのカードに、麻衣の名前が残っていたわ」

「やっぱり」


 真理さんが、小さく呟いた。

 その呟きを気にしたのか、美和さんがキッと真理さんを睨んだ。


「まさか、あなた、清盛の日記も麻衣が書いたと思っているんじゃないでしょうね」

「いえ、そんなことは思っていません。あの日記が書かれていた紙を調べてもらったら、相当古い時期に作られたものだと分かっていますから」

「じゃあ、さっきの呟いたことは何なの? 」


 まだ美和さんの語気は強いままだ。


「麻衣さんも、清盛の日記を読むことが出来たのではないかということです。そうでないとつながらないんです」


 真理さんの言っていることは、僕にとっては意味不明だった。田畑君も同様らしい。僕が田畑君の方を見たら、田畑君もブンブンと首を横に振った。


「あなたが言っている意味が分からないわ」


 美和さんも分からないらしい。

 そりゃそうだ。これだけで分かるならば、シャーロック系の異能力者と互角に渡り合える推理力をもっていることになる。…と思う。


「今はあくまで推理の段階ですから、事実がある程度はっきりしてから話します」


 僕と田畑君は、真理さんがそう宣言したのだから、これ以上訊いたりしたら真理さんがドS半眼モードになりかねないと知っている。でも、美和さんも真理さんの意志の強さを感じ取ったのか、「そう。期待してるわ」と微笑んだ。



前の更新から随分と経ってしまいました。時間を物語の中の要因として入れると、時間に追われているような感覚になってしまうのは何故でしょう?

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