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第八十九話 敵の本拠地





 この国において、権力的にも資産的にも、上から数えたほうが圧倒的に早いであろう人物がいる。


 ルトン・ヴォルフ18世


 元独立都市国家であるヴォルフの街。その国王の末裔だそうだ。

 現在は冒険者ギルドのサブマスターを務めており、その他にも商業ギルドの重役を掛け持ち。加えて王国の議会において下院議員という肩書を持っている。

 設定過多ではあるものの、実際にそれらの仕事を不備なくこなしているというのだから、彼の能力の高さが伺える。

 そんな雲の上の存在であるルトンサブマスと、俺はこれから面会をするらしい。

 方や冒険者ギルドのナンバー2。方や辺境地の弱小支部長。不釣り合いすぎて冷や汗が止まらない。


「絶対俺みたいな地方管理職が会うような人種じゃないよなぁ。貴族ってだけでも気後れするのに、肩書が多すぎて意味わからん」

『サトー氏、肩書なんてものはその人物を表す一つの要素に過ぎんのでござる。本質は会ってこそ理解できるのでござるよ?』

「…………呪いの剣で召喚者でオタクと言う要素が全部を占めてる奴に言われてもな」

『拙者聖剣でござる』

「どうでも良いわ。と言うか、なんでお前も付いてきてるんだよ。リュカンとメテオラはどうした?」


 場所はすでにルトンの自宅兼仕事場である邸宅の玄関口。俺は片手にお土産である菓子折りを、もう片方にエクスカリバーを携えてやって来ていた。

 この屋敷、流石にメイド学校よりは狭いようであるが、庶民から見れば大差ないほどの巨大なものである。玄関口から屋敷が遠目に見えるって意味がわからないよ。


『二人共、仕事に協力はしてもらっていたでござるが、ギルドの職員ではござらんからなぁ。流石に要人との面会には立ち会わせられないでござる』

「いや俺が言ってるのは、お前はあの二人と一緒に遊んできても良いんだぞって話だ。面会は俺一人で十分だっていうか邪魔だっていうか」

『最後に本音が出る辺り、サトー氏って結構正直者でござるよな。邪魔だと言うなら、ホテルに置いてこればよかったのにー』

「棒読みなんだよ最後が! お前が魔力で手にひっついてるからだろ! いい加減に離れろこの野郎!」

『はっはっはー! サトー氏の魔力ではレジストは不可能! 振り回しても危ないだけでござるよー?』


 おのれ呪いのアイテム。


「第一ついてくる意味なんてあるか? メイド学校と違って、会うのは良い歳したオッサンだぞ」

『まあその辺りは色々とあるのでござる。大丈夫でござるよサトー氏、邪魔はしないでござるし、仕事の話をしている間は黙っておくでござる。何なら姿を消すことも可能でござるよ?』


 そう言うと、エクスカリバーの姿がまたたく間に消えてしまった。手には剣の感触は残るものの、視覚としては透明な状態へと変化しているようだ。


「…………お前本当に多彩だよな」

『ふっふっふ、見せているのはごく一部に過ぎない……と言う設定でござる。色々できるでござるが、同時に練習も必要なので、ちゃんとした能力は10個にも満たないのでござるよ』

「……まあ邪魔しないと言うなら良いか。だけど念の為に言っておくぞ! 今回ヘマやらかしたら、二人共解雇的な意味合いでクビを切られるんだぞ! 加えて俺はリンシュに物理的な意味合いでクビを切られる! 多分絶対!!」

『多分で絶対ってどっちでござるか。ともかく、ルトン氏との難しい話はすべておまかせするでござる。拙者はサトー氏の背中で寝てるでござるから』


 手からエクスカリバーの感触が消え失せて、同時に背中に新たな感触を察知。瞬間移動みたいな特殊な移動ではなく、俺の手から胴体と肩を通っての背中への到着だ。正直言って非常に気持ちが悪い。



「あのう、そろそろよろしいですか?」

「うおわっ!? す、すみません!」


 不意の背後からの声に、心臓と一緒に体が飛び上がった。

 しかも、その声はどうにも聞き覚えがある。そんな声に振り向いてみれば、やはり見覚えのある姿が目に映った。


「…………くーあん先生?」

「お久しぶりですサトー君。本日は私がルトン様のお屋敷をご案内いたします」


 メイド服の長いスカートを持ち上げて一例。さすがメイド学校の先生と言ったところか、その仕草には無駄が全く感じられなかった。

 とは言え、口に出したとおり眼の前の女性は白百合学園というメイド学校の先生である。そんな彼女が何故冒険者ギルドナンバー2の屋敷でメイドをやっているのだろうか。


「実は教師は副業で行っていまして、本業はメイド兼護衛なんです」

「…………それはやっぱり忍者ですか?」

「忍者です」


 自分を「忍者です」と断言するのはどうなんだろうか。


「とにかく、本日はサトー君……いえ、サトー様をおもてなしする立場ですので、くーあん先生はご遠慮ください。本名はクーデリア・アインズバーグと申します」

「じゃあ、クーデリアさんか。本日はよろしくおねがいします」


 そんな社交辞令とともに一礼し、くーあん先生改めクーデリアの案内のもと、俺はいよいよ敵の本拠地へと足を踏み入れた。







*    *



 ルトン邸宅。

 そこは庶民が思い浮かべるような貴族のお屋敷にほかならない。

 数々の調度品が広い廊下の端に並び立てられ、壁には豪華な額縁で飾られた巨大な絵画が大量にかけられている。天井にはシャンデリア。定番の鎧兜もきらびやかに並んでいた。


「住む世界が違う」

「その表現ですとルトン様と同じ世界に住めるのは、この国では王族と一部大貴族ぐらいですよ?」

「本当にとんでもない人と会うんだなぁ、俺。あの、なにか緊張しないコツとかあります?」

「手のひらに人と書いて飲み込むという話を、昔召喚者の知り合いから聞いたことがあります」

「……この世界の人って単語、片手に収まりきらない文字数だったと思いますけどね」


 漢字以外でやろうとすると、英語でもギリギリ収まるくらいだし、この世界だと更に多い文字数になるのである。


「はぁ、気が重い。リンシュは具体的に何を聞き出したいんだろうか」

「サトー様は東部の支部長をされていると聞きましたが、なぜそこで中央のサブマスターの名前が出るのです?」


 そう言えばクーデリアはルトンのメイド。護衛も兼ねているということは、部下と言っても差し支えない立場だろう。

 ならばリンシュの手先として偵察に来たことは、言わないほうが身のためかもしれない。


「ああ、いえ。リンシュサブマスには、中央の学校に通っていた頃お世話になっていたので、昨日の結婚式で少し話したんですよ。なにか含みがあるわけではありません」

「なるほど、てっきりリンシュ様の手先となって、ルトン様の弱みか何かの情報を引き出そうとやって来たのかと思いました。一安心です」

「…………一安心って、どういう……?」

「それはまあ、立場上ご主人様に危害を加える人間は野放しにできませんので、多少荒っぽい事態に発展するでしょう」

「具体的には?」

「具体的にはちょっと申せませんが、噛み砕いて言うと…………話は口ではなく体から聞き出します」


 俺の顔の筋肉が全力で引きつったのを感じた。

 これはいけないと、クーデリアに許可をとって一時トイレへと退避。

 金色に眩しく、落ち着かない空間であるトイレの個室へ入ると、背中のエクスカリバーを掴んで尋ねてみた。


「エクスカリバー、お前……テレポートとかできる?」

『んあ? 無理でござる』

「じゃ、じゃあ昔言ってた『絶対無欠のナントカ』って言う力で、クーデリアの攻撃とか防ぎ切る自信あるか?」

『くーあん先生のでござるか? それも多分無理でござるなぁ。あの御方も、実力的にはオリハルコン並みでござろう? 流石に防御力を突破されちゃうでござる』


 さっきの話を聞いて思った。

 クーデリアは俺を案内するために付いてきたのではない。部外者である俺を監視するために付いてきたのだ。いざとなったら、隠し持った武器なり素手なりでこの首と胴体がお別れすることになりそうだ。



「サトー様?」

「ひゃいっ!?」

「ルトン様はご多忙な方ですので、面接時間は限られています。なので、お早くお願いします」


 クーデリア的には、今の台詞は事務的なものだったのかもしれない。しかし、俺にとってはぜんぜん違うニュアンスに聞こえた。

 おどろおどろしい副音声、


「さっさとこの茶番を終わらせましょう。あなたの命を刈り取って……ね?」


 みたいなね!!

 俺、この屋敷から行きて帰れる自信が無いわ!!




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