番外編 だって召喚者だもの
番外編につき時系列が違います
『中央冒険者ギルド職員養成学校』
王国と呼ばれる人間世界唯一の国の、学園区画と言う様々な学校が立ち並ぶ区画にそびえ立つ施設である。
冒険者ギルドにおいて、事務職員の採用枠は大きく分けて二つ。一つは各々の支部がある地域で採用される現地採用枠。そして、中央の養成学校を卒業した人員の中央枠である。
現地採用の場合は、採用された地方からの異動は無いが、中央の場合だと東から西へ、北から南へと様々な場所へと異動の辞令が頻繁にあるらしい。
いわゆるエリート組を育てる養成学校は、12歳から入学して、18歳で卒業するという中高一貫校のような物である。
ちなみに、俺はこの学校に13歳で途中入学。召喚されてから暫くの間、リンシュの個人レッスンを受けてこの世界の基礎知識を身に着けていたので、他の連中よりも少し遅めの入学となったのだ。
そんな学校に通い始めて早3年。仲の良い友人たちにも恵まれて、そこそこ順風満帆な学園生活をエンジョイしていた。
「本日の授業は、冒険者がどの様にクエストをこなしているかという体験授業だ。各自、装備の点検はしっかりしておくように! 真面目にやらないと死ぬぞ!」
強面の先生達が、ズラリと並んだ生徒たちに檄を飛ばす。筋骨隆々の現役護衛職冒険者である先生方と違い、生徒側は少し走っただけで筋肉痛になるほどの運動不足が大半だ。一応、それなりに立派な鎧なり武器なりを装備して入るものの、傍から見ても素人感丸出しである。
と言っても、俺もその素人の中の一人。隣りにいるローブ姿のミントと、弓を肩にかけたボンズとともに、クエストをするのは初体験であった。
「ちなみに、近くで騎士学校の生徒たちが同じような訓練をしている。もし、近くに我々教職員が見当たらない場合は、そちらに助けを求めるんだぞ。お前らと違って、あっちは脳筋集団だからな。冒険では頼りになる」
「先生、騎士学校を敵に回すような発言はやめてください」
噂では、この先生は騎士学校に入学したかったのだが、金がなくて断念したという経歴を持つらしい。ただの私怨じゃないか。
「三人一組は崩すなよ! 単独でモンスターに挑んだら死ぬと思え!」
という訳で、各自別れてのモンスター・ハントクエストである。
「なあ、お前らモンスターと戦ったことある?」
「言っておくけど、生粋の王都育ちのシティガールな私に期待しないでおいて」
「ミントは王都の商家出身だからね~。外に出ないとモンスターは居ないし、仕方がないよ~」
「ちなみにボンズは?」
「狐狩りはやったことあるんだけどね~。モンスター相手はないかな~」
つまり、完全なる素人集団であるということだ。俺もリンシュによる地獄の特訓はまだしも、街の外に出てのクエストは初体験だし、ポンコツ集団と言い直しても良いかもしれない。
「しかも前衛職が俺しか居ないってどうなんだ? 俺はモンスターの攻撃はおろか、そこらのチンピラの一撃でさえ耐えきれない自信がある!」
「そんな自信満々に後ろ向きなことを言われてもなぁ。しょうがないじゃない、こういうのは適正で決まるものなんだから」
「サトーは召喚者なんだし、実は特殊スキルとか持ってるんじゃないの~? 僕が知ってる召喚者って、大抵強力なスキルとか持ってるんだけどな~」
「俺をそんじょそこらの召喚者と一緒にするんじゃない。そんなスキルを持ってるなら、そもそもこの学校に通ってなど居ない」
「やっぱり後ろ向きよねサトー君」
うるせぇ。
俺たちは王都の外にある林へと到着した。この辺りに出現するモンスターの難易度は、ランクで言えばブロンズと同じ程度。完全に初心者用の区域であり、俺達でも三人集まればギリギリ倒せる程度のモンスターしか居ない。
一応、シルバーランクのモンスターも時々出るそうだが、監督役の護衛職の先生たちが近くに待機しているらしく、やばくなったら呼べとのことだ。
ちなみに今回の授業は、ブロンズランクのモンスターを一体討伐することで終了らしい。
「…………うーん、つーかさ、なんか林に入ってから視線みたいなのを感じるんだけど」
「視線? 監督役の先生のじゃ無いの?」
「いや、何というか……ねっとりと言うか、じっとりと言うか……邪な意思を感じる」
「意味分かんないよそれ……」
自分でも意味はわからないけど、なんだろうな? 俺のこういう時のカンは意外と当たるのだ。一応の召喚者だし、こういう第六感のようなものがあっても不思議ではないしな。
不思議な視線に首を傾げつつ、しばらく林の中を歩いていると、早速モンスターと遭遇することに成功した。
【ワイバーンロード】プラチナ
亜竜とも呼ばれるワイバーンの上位種。プラチナランクのパーティーを組んでの討伐を推奨。
「…………何アレ」
「あ、明らかにこの辺りに居て良いモンスターじゃないよね~」
「よし、二人共。このまま静かに、回れ右して帰りましょう」
「「異議なし」」
コレは一体どういうことなのだろうか? この辺りは冒険者にとっての初心者区域。あんな超一流冒険者でも徒党を組んで立ち向かわなければならないような、強力なモンスターが居るわけがない。
……いや? ワイバーンロードは空を飛ぶ種族。別の地域から一時的にやって来たとしても不思議ではない。この辺りはギリギリ王都の結界の外なので、そういうこともあるだろう。
ーーーーだから今俺達の前に居る、ワイバーンロードとは別のモンスターも、偶然この場に居合わせただけに違いない!
【キマイラ】ゴールド
様々な種族の部位を持った合成獣。持っている部位によってランクは変動し、最高でミスリルランクの個体も確認されている。
「逃げよう」
「「了解」」
どうにもこの状況はおかしい。ワイバーンロードから逃げたと思えば、キマイラに遭遇。そしてその後も、逃げてはリッチーに、逃げては野良ゴーレムに。
いずれも本職である冒険者でさえ手に余るようなモンスターばかりと遭遇してしまう。
幸いにも、モンスターには気づかれずに避難できているのだが、なにか不思議な力が働いているのではと勘ぐりたくなってしまう。
「あばしっ!?」
「あ、サトーが転んだ。大丈夫~?」
「痛った! なんか踏んだ! なんかグニャってしたもの踏んだ!! もうヤダここ!!」
足の下のおかしな感触に目をやると、そこには水たまりのようなものがあった。
「のようなもの」と表現したのは、見た目は完全に水にもかかわらず、プルプルと水まんじゅう並みに膨れ上がっていたからである。
「あ? これって…………」
「……す」
「す?」
「「スライムだぁっ!?」」
【スライム】オリハルコン
エンシェントドラゴンと双対を為す、世界最強のモンスターの一つ。物理、魔法ともにほぼ効果がないため、遭遇した場合は逃げるが吉。
一般的に、日本人にとって思い浮かぶスライムのイメージとは、最序盤に遭遇する雑魚モンスターと言った所だろう。
だがしかし、この世界では最強のモンスターの代名詞である。倒す方法が限られているため、自然災害扱いとさえ言えるだろう。
「だめじゃん!? 今ここに来てる先生たち総出でも倒せないモンスターじゃねーか!?」
「あ、でもちょっとまって~。普通のスライムよりも随分と小さいけど~、これって幼体じゃないかな~?」
「幼体……って、生まれたばかりってこと? ああ、確かに文献で見るような大きさじゃないわね」
生体のスライムは、山を飲み込むほどの大きさにさえ成長し、その体でどんなものでも溶かすことができるという、凶悪なモンスターである。しかし一方の幼体は、人の体を溶かすほどの能力はなく、実際俺が踏んづけた所で怪我一つ無い。
つまり、出合い頭にビビっただけで、幼体であればそれほど脅威的なモンスターではないのである。
「びっくりして損した。と言うか、アレだな。幼体ならブロンズランクのモンスターなんだろ? こいつ倒してそろそろ林を出ようぜ。こんな物騒な所、これ以上居たくない」
「そうだね~、なんでかおかしなランクのモンスターがたくさん居るし…………ん?」
ボンズの言葉が止まった。その視線はどうやらスライムに向けられている様子。
「あ、まずい」
「え、何が?」
ボンズの一言に、スライムに目を向けるも時すでに遅し。
スライムはその体をプルプルと震わせて、口と思われる部分から大量の液体を吹き出した。そして、その液体は放物線を描いてボンズへと着弾。
「ちょっ!? ボンズ君!?」
「あれぇ!? 幼体のスライムって雑魚モンスターだよな? 人間相手に喧嘩を売るなんて聞いたこと無いぞ!?」
「……というより、サトーくんが喧嘩売ったんじゃない?」
あ、そう言えば踏んづけてたんだったな。そりゃ怒りもするか。
「で、でもこの程度の攻撃なら、人間に傷はつけられないだろ。せいぜい布を溶かすのがせいぜい…………はっ!?」
そこまで言って、俺はとある事に気がついた。
スライムの溶解液が効かないのは、俺達がもともと持っている魔力が、素肌をガードしているかららしい。故に、特別な装備でない限りは魔力を持たない衣服のほうが強度がなかったりする。
俺とミントは一応冒険者装備で身を固めているが、接近戦を想定していないボンズの上半身は、普段着ているワイシャツ程度しか着込んでいない。ーーーーすなわち。
「いやーん」
「ああ!? ボンズ君の洋服が溶けてきてる!!」
「なんてこった! 馬鹿野郎スライム! そこはミントに溶解液をぶっかける所だろうが! 野郎の裸を見ても全然嬉しくないんだよ!!」
「サトー君、ちょっと後で話そうか」
しまった、つい本音が。
「ああああああっ!? なんて羨ま……違った。私の最愛の人になんてことを!!」
…………ん?
「ミント、今なにか叫んだ?」
「いえ、私じゃないけど……女の人の声だったわよね?」
「ええと…………うん」
何故かボンズが頷いて、その額からは大量の汗が流れ落ちていた。
「どうした? やっぱり何処か怪我したのか?」
「いや、あのう…………違うんだけど~…………ごめんなさい」
ボンズは「召喚者」や「なるほど」と小声でつぶやきつつ、バツの悪そうな表情を俺とミントから逸して、何度も謝罪の言葉を述べる。
一体彼は何を謝っているのだろうか。
「って、まずいわよ! スライムがまた攻撃してきそう!」
「何っ!? チャンスだミント! 俺の盾になって服を差し出せ!!」
「ちょっと! 本当に後で話し合いましょうねサトー君!!」
しまった、また本音が出てしまった!
と、ミントと言い合っている間に、スライムは再びプルプルと震えだした。再び溶解液でも吹き出すのだろう。
俺はとっさに、ミントの影に隠れた。いや、これは別にミントの服が溶けてくれないかなぁ、とか思ったわけじゃないんだよホントだよ。
「サンダーボルト!!」
ズガァンッ!!
スライムが溶解液を吹き出すことはなかった。吹き出すよりも早く、何処からか詠唱された雷魔法によって、スライムが爆発四散したからである。
「…………ちっ」
「サトー君、すごくかっこ悪いわよ」
ミントの冷ややかな視線はともかくとして、今の詠唱は先ほどと同じ女の声だった。
魔法の威力としては、明らかにうちの学校の生徒が出せるランクの魔法ではなく、かと言って先生たちの誰かが放ったものでもないだろう。そもそも、今日の引率の先生たちの中に、若い女性は居ないのだ。
「その人の服を剥くのは私の仕事なんだぞ! スライムごときが横取りは許さん! バーカバーカ!!」
だから誰なんだよこの声は。
「もう……あのね~、本当にごめんなさい」
「だからなんでボンズが謝るんだよ!? 意味がわかんねぇよ!!」
* *
ーーーー現在ーーーー
「あの時の意味がやっと分かったわ」
「フローさん、あの時あの場に居たんだね……道理で凶悪なモンスターが大量発生してたはずよ」
まあつまり、この話のオチとしてはーーーーやっぱり召喚者ってろくなもんじゃねぇな!!