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第八十二話 ブートキャンプ




白百合学園。

ヴォルフの街の中心地。つまり土地が全く余っていない一等地のど真ん中。

そんな場所にありえない規模で存在する、メイド養成専門学校である。

校舎の広さもさることながら、その校舎の数倍はあろうかという校庭は、地平線の果てまで続いても未だ終りが見えない規模を誇っていた。


そんな校庭の真ん中で、俺達はゴリ美先生の威圧感に押しつぶされながら、体操服に着替えて準備運動をしていた。


「ワンモアセット!!」

「ひぃひぃ……」

「ぜぇぜぇ」

『二人共、頑張るでござるー』


準備運動ですでに息も絶え絶え。完全に某ブートキャンプの焼き増し的な運動量は、普段室内でデスクワークに勤しむ俺の身体に、乳酸をタプタプと蓄え続けている。


「よし! 貧弱者共よ! これにて準備運動は終わりだ! 準備運動なしに、バジリスクに挑むなど愚の骨頂だと知れ!!」

「いえ、運動云々以前に、バジリスクに勝てる実力はありません」

「然りだな!! 貴様らの筋肉は実用性に耐えるほどではない! 特にリュカン!! 貴様はサトーと違って現役冒険者だろう!! 何だそのガリガリな肉体は! もっと飯を喰えい!!」

「い、いや……我はブロンズランクで」

「言い訳無用だ馬鹿者!! 今日の体験入学で、貴様らの性根を叩き直してくれるわ!!」


今までの先生方は、見た目こそまともであり、中身は狂人だった。

しかし、今回のゴリ美先生はどうだ? 見た目自体が狂気。

くーあん先生から救われた時は、常識人がどうだと言っていた俺だが、結果としてみれば準備運動だけでこの有様。

他の先生方より、マシと言えばマシなのだろうが、疲れ具合で言えば今日一日で最も過酷である。


「ではまず小手調べ! 校庭を10周してこい!!」

「校庭を……」

「10周……?」


先程言った通り、この学校の規模は異常にでかい。校庭の端など、霞がかってよく見えないほどである。


「あの……ちなみにこの校庭って、一周何キロなんですか?」

「む? 一周計算で走ったことがないからおおよそだが……50キロくらいか?」

「フルマラソンより過酷!? 別の街に行ける距離じゃないですか!」

「サトー、我はもうダメだ。我の屍を超えて先に行け……」

「てめぇリュカン! それ絶対サボりの口実だろ! 突っ伏して無いで立てこの野郎!」


地面に伏せたまま、一切顔をあげようとしないリュカン。もう本当に限界のようである。


「す、すみませんゴリ美先生! 校庭を走るのは無理です! 一周どころか半周……いや、一キロ走っただけでもう駄目です!」

「ああん!?」

「「ひぃっ!?」」


素直に無理ですと言っただけなのに、ゴリ美先生の視線が鋭く光った。

圧倒的な威圧感は、それだけで失神してしまいそうなほど重く、もう帰りたい気持ちで一杯である。


「…………うむ。無理なら仕方がないな」

「すみません殺すのだけは勘弁して――――は?」


思いがけないゴリ美先生の言葉。

聞き間違いじゃ……無いよな? 「やかましい死んでこい」位言われると思っていたのに、こんな優しい言葉をかけられるとは思っても見なかった。


「だがな、最初から無理であると決めつけるのは、可能性を潰してしまう事に繋がるのだ。出来る範囲で構わないから、私と一緒に走ってみないか?」

「「せ、先生……」」


もはや体力の限界に来ている不甲斐ない俺達に、ゴリ美先生は手を差し伸べてくれた。

その表情にはもはや威圧感はなく、むしろ慈愛の心が溢れ出すような、優しげな視線を俺たちへと注いでいた。

思わず、目の端から涙がこぼれ落ちる。


こんな……こんな常識的な人が、この世界に存在していたなんて。


「ゴリラみたいな容姿なのに!!」

『サトー氏、心の声が漏れてるでござる』

「はっはっは! ごりら、と言うのが何なのかは知らないが、褒めてもらって恐縮だ! だがな、私がやっていることなど、大した事ではない。あゆあゆ先生、みぽりん先生、くーあん先生も、みんな同じ様な気持ちで指導しているのだ。その事、忘れないで上げて欲しい」

「ご、ゴリラ先生!!」

「いえ、ゴリ美ですが――――さあ、サトー! あの夕日に向かって走るぞ! 頑張ってついてこい!!」

「一生ついていきます、ゴリラ先生!!」

「いや、だからゴリ美……」


そして俺とゴリラは駆け出した。

もはや体力も限界で、普通に歩いてさえ悲鳴をあげる俺の身体。

それでも、そばにゴリラが居れば心配ない。誰よりも安心感のあるこの存在に、俺は身体の悲鳴などお構いなしに駆けてゆく。

これだ、これこそが俺の青春なのだ!!







「ところで、サトーのあの謎テンションは何なのだ、カリバー氏」

『よほど苦労しているのでござろう。そっとしておいてあげるでござる』

「あれ? お兄ちゃんは一緒に走らないんですか?」

「ああ、ルティカちゃん。ハッハッハ、我の辞書に『走る』と言う言葉はないのだよ。我にとっての移動手段とは、下民の背に乗って優雅に――」

『ところでルティカ氏、ゴリ美先生は良い教員でござるな。あの御仁、よほど生徒にも慕われているのでござろう』

「あー…………まあそうですね。ただ、ゴリ美先生は高等部でも特別な教室の受け持ちでして、先生の授業を受ける生徒は10人もいません」

『……この規模の学校で、でござるか?』

「ゴリ美先生は、人のやる気を引き出して、同時に限界を超えさせる体育教師なんです。二つ名は【限界突破のゴリ美】。一般人のサトーさんが受けるには、いささか酷な――――」



ドサリ



「あ、サトーが倒れた」

『いや、立ち上がったでござる! あんなボロボロな身体で、まだ走るでござるか!? もうゴールしても良いでござる!』

「では皆さん、一緒に祈りましょう。サトーさんが――」


「「『死にませんように!!』」」







*    *



「し、死ぬかと思った!」


一日の終り。と言うか、すでに時刻は朝方。朝日が非常に眩しいです。


『よもや、サトー氏が朝帰りをするとは思わなかったでござる』

「むしろよく生きていたな。大丈夫か?」


自分でも謎なテンションを発揮して、ゴリ美先生の後を追いかけるように走った俺は、校庭の三分の一程を走った後、ゴリ美先生とはぐれた。

そして、帰り道がわからず、広大な校舎内を歩き回った俺は、端的に言えば遭難してしまっていたのである。

校庭を抜け出した後も、校舎内や庭をさまよい歩き、今朝方ようやくゴリ美先生に発見されて、学校の外へと脱出した次第なのだ。

朝帰りと言っても、朝チュン的な展開ではないので、気分的にも最悪である。


「昨日の俺はどうかしていた」

「まあ正気に戻って何よりだ。結局、良いレポートは書けそうか?」

「メイド養成学校に低ランク冒険者を研修として送れるかどうか、意見書を出すつもりだ。」


高ランク冒険者以上の実力者達が大量に排出される学校だ。冒険者ギルドが学ぶべき点は多いだろう。

…………むさ苦しいおっさん達が、メイド服を着込むという地獄絵図を見る羽目になりそうだが。


「ところで、メテオラはまだ帰ってきてないのか?」

「ああ、メテオラ氏なら『魔女っ子リン☆リン』のコンサートチケットを買うために、昨日の朝方からずっと列に並んでいるぞ」

「一日半並ぶとか、狂気の沙汰じゃないな。どんだけ好きなんだよ」


そこまでして買いたがる魔女っ子リン☆リンとは一体……みぽりん先生みたいな、一流アイドルかなにかなのか?


「ああ、そうだ。ルティカちゃんは今日から何かのパーティーの準備があるとかで、しばらく会えないそうだ。そこで、彼女からサトーへの手紙を預かっている」

「手紙?」


リュカンは懐から便箋を取り出して俺に渡した。内容は以下の通りである。



サトーさんへ。今回の視察、体験入学はいかがでしたか? 

大変だったかも知れませんが、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

私は、後日控えているとある方々のパーティーの準備のため、しばらくお会いすることが出来ません。

サトーさんが滞在中、また会うことが出来たなら、ご挨拶させていただきます。

もし機会がありましたら、また白百合学園にも是非遊びに来てくださいね。



「――――ふっ…………絶対に嫌だ!!」




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