第七十九話 男の嫉妬
白百合学園の初等部にある食堂にて、俺達は2つめの体験コースである音楽を受講していた。
…………いや、するはずだったのだが。
「「「「『み・ぽ・りん!! み・ぽ・りん!!』」」」」
「みんなー! 応援ありがとー!!」
「「「「『うおー!!』」」」」
何やってるんだか。
メイド喫茶の養成学校であるこの学園の、視察という目的があるにも関わらず、そっちのけでアイドルのステージを楽しむ同僚が居る。
リュカンも一緒になって楽しんでいるようで、みぽりん先生の美声を最前列で鑑賞していた。
『今、目が! 目が合ったでござる!! 絶対に拙者でござる!!』
「いや、カリバー氏には目がないのでは……」
『抜かったぁ!?』
本当に何やってるんだよ。
「いやぁ、楽しそうですねぇ。一流のアイドルソングを聞くというのも、上達の一歩ですから。アレはアレで無駄ではないでしょう」
「本当かなぁ」
「まあ適当ですけどね」
適当なのかよ。
「それはともかく、先程言っていたお兄ちゃんの黒歴史について、今のうちにご説明しておきましょうか。むっふっふ」
「……楽しそうですね」
「はい! すっごく楽しいです! 大好きなお兄ちゃんのことを話せるなんてめったにありませんからね! お兄ちゃん、お友達少ないですし」
そんな悲しくなることを言わないでくれよ。
「なのでルティカは今、結構テンションが上っています!」
なんというか、リンシュを思い出すサディスティックな笑い方である。
この子の将来が心配だ。
「アレはまだ、お兄ちゃんやお姉ちゃんが子供の頃……」
「あ、もう話始めちゃうんですね……」
* *
かつて、ヴォルフの街に一軒の家がありました。
何の変哲もない一般家庭で、お兄ちゃん……リュカンさんはそこの一人息子でした。
一方、ルティカやティアルお姉ちゃんは、街でも有数の貴族の生まれ。身分の差は歴然で、当然ながら恋愛ごとになど発展することも許されない間柄。
――――ということもなく。
普通にご近所付き合いをする間柄でした。ルティカの両親とお兄ちゃんの両親は、今でも普通に仲良しさんです。
酒の席で「うちの娘で良ければいくらでも貰ってやって下さいわっはっは!」と冗談なのか本気なのかわからない台詞を吐く程度には、気さくな仲だそうですよ。
そんなフランクな間柄の両親と同じように、ルティカとティアルお姉ちゃん、そしてお兄ちゃんも子供の頃からよく遊んでいたのです。
一番上のお姉ちゃんは、少し歳が離れているので遊びには参加していませんでした。と言うか、その頃にはすでにくーあん先生の指導を受けていたので、家にいる時は疲れ果ててずっと寝ていましたね。
まあともかく、この仲良し三人組はいつも一緒に遊んでいたので、自ずと初恋というものにも触れるようになりました。
一番最初にその心に気がついたのは、意外なことにティアルお姉ちゃんです。
未だ恋愛というものに疎いお兄ちゃんをよそに、いち早く精神的な成熟を迎えたお姉ちゃんが好きになったのは、もちろん件のリュカンお兄ちゃんでした。
「う、ウチがリュカンくんのおよめさんになってあげるニャア!」
と、姉妹の中で唯一おかしな語尾を使う姉が、真っ赤になって告白したのを覚えています。当時は私もよく分かっていませんでしたけど。
で、ここからが黒歴史です。
そんな恋する乙女なお姉ちゃんに、お兄ちゃんが返した台詞が以下のものです。
「我は孤高の暗黒天使。我の前に立ちふさがりたくば、宇宙人か未来人、さもなくば異世界人か超能力者にでもなってから出直すことだ!」
――――お兄ちゃんは、恋愛感情よりも先に中二病を発病していたのでした。
* *
「馬鹿じゃん」
「それがお兄ちゃんの良いところじゃないですかぁ」
頬を染めて両手で隠しながら、うっとりとした表情をルティカが浮かべた。さては駄目男好きか。
短めな昔語りを聞く限り、リュカンの馬鹿さ加減に呆れ果てる思いである。
まあ子供の頃の話だし、仕方がないと言えばそうなんだが、その後でティアルを好きになって、見事コースケに掻っ攫われたと言うのは自業自得と言えなくもない。
「まあそんな感じでティアルお姉ちゃんは失恋。そのショックで別の町にある、白百合学園の分校に転入することとなったのです」
「失恋した想い人のそばに居たくないってことなんですかね。多感な子供の頃ならそれも仕方がないのか……」
「哀れお姉ちゃんは、ショックのあまり自ら修羅の道……奴隷メイドと言うジャンルに手を染めてしまったのです、およよ」
「ああ、メイド的にはそれは修羅の道なんですね。と言うか、やっぱり奴隷というのは自称だったのか。平和で結構!」
「そしてその後、お兄ちゃんもティアルお姉ちゃんへの恋心に気が付きました。自分が言った中二台詞は完全に忘れていたようですが」
だから無自覚ということか。
好きな相手が引っ越した理由が過去の自分であったとしたら、過去の自分を呪うという意味から、まさしく黒歴史である。
「そしてお兄ちゃんは、「遠くに行ってしまったティアルちゃんに追いつくために、彼女に相応しい執事になってやる!」と言って、この学園に体験入学の運びとなりました。道半ばで果ててしまいましたけど」
「子供の頃にあゆあゆ先生の授業を受けて、よくもまあ生きていましたね」
「いえ、何度か教会のお世話になりました」
「蘇生されてたの!?」
この世界では、流石にMP消費で死亡から復活という事は出来ない。
その為、『蘇生』と言う言葉は、あくまで仮死状態からの復活という意味合いで使われる。
「流石に一桁年齢のショタが、あゆあゆ先生の授業を受けるのは無理がありましたねぇ」
ショタって言うなよ。
まあ、あの授業をギリギリでも生き残れていたのだから、それだけでも凄いのだが。
「一先ず、お兄ちゃんの黒歴史講座はこれまでです。ご清聴ありがとうございました」
「ああ、これも勉強の一貫だったんですか」
思えば、ティアルが「ご主人様が奴隷から救ってくれた」と言う台詞。これは、傷心のティアルをコースケが救ってくれたという意味だったのか。
弱った女の子を相手に召喚者特有のナデポでも使ったのだろう。おのれ、なんと卑怯なやつだ。
…………いや? 曲がりなりにも女の子の心の傷を癒やしたというのは、悪いことでは無いのか?
むしろ良いやつなのではなかろうか。
「と言っても、流石にチョロすぎると思いますよ、お姉ちゃんは。又聞きですが、本当にイチコロだったそうです。一瞬でホの字です」
「いや、ティアルさんを責めないであげてください。それは間違いなく召喚者であるコースケが悪い」
「断言しましたねぇ」
女神特典とは別に、召喚者としての標準搭載能力。簡単に言えば異性に極端に好かれるようになるのである。
まあ、召喚される奴らの大半は、そこそこのイケメンであり、そこそこの美少女である。
自称「中の下程度の容姿」
自称「地味でパッとしない見た目」
自称「年齢=恋人なし」
やかましいわ!!
召喚者である時点でお前らはモテる運命なんだよ! わざわざそんなこと無いですよアピールをしなくて良いから!!
…………落ち着こう。
召喚者のことになると毎度こうだ。もう少しクールに行こう。
「召喚者なんてね、所詮は狼なのですよ。気をつけなさい」
「あれ? カリバーさんから聞いたんですけど、サトーさんも召喚者なんじゃ……」
「私は例外です。召喚されて数年のうち、モテた経験なんて一度たりともございませんとも」
「断言……しましたねぇ」
あれ? なんでだろう、頬を温かい液体が流れている気がする。
「まあ一先ず、なんかムカつくのでリュカンのことはぶん殴っておきます」
子供の頃のこととは言え、美少女に告白されてそれを振ると言うプレイボーイな経験。
なんか……アレだ。リュカンの癖に生意気だぞ!!(嫉妬)