第七十七話 メイドオブウォー
メイド育成施設白百合学園。
初等教育、中等教育、高等教育の役割を持ちつつ、そこにメイドを育成するという意味不明な理念をねじ込んだ教育機関。
この世界では、このヴォルフの街にのみ存在する、唯一無二の施設である。
すなわち俺でも知っている有名な施設なのだが、改めて見てみると規模が桁違いにでかい。
街のど真ん中にあるにも関わらず、敷地面積は地平線が霞んで見えるほど。固定資産税だけで凄まじい額になりそうだ。
超のつくエリート校であるが、入学のハードルは恐ろしく低い。
これは、『メイドを目指す者に貧富の格差などあるものか!!』と言う創立者の理念があるそうで、返済不要の奨学金や、遠方の学生用の無料の宿舎など、学生にとっても親御さんにとっても有り難い学園なのである。
「御機嫌よう、お客様」
「いらっしゃいませ、ご主人様」
と、学内を歩いていると事あるごとに挨拶を受ける。
当たり前だが、この学園は生徒の殆どが女性である。制服はもちろんメイド服。実用性のある本格メイドとコスプレに近い派手な衣装がほぼ半々で構成されていた。
そんな彼女たちから挨拶を受けるのは、オタクでなくとも悪い気はしない。新たなる趣味に目覚めてしまいそうだ。
「我が学園は創立1400年を誇り、絶え間なくメイドを排出し続けているのです。創立者さんは言いました「メイドとか萌え要素しか無いじゃん! なんなの!?」と」
「それはまた……個性的な創立者ですねぇ」
「実際創立者さんはかなり個性的な方だったと聞いています。ゴトー家と近縁関係にあったと聞きますが、資産を全て投げ打ってこの学園を作ったそうです。曰く「人生とはメイドに捧げる物である」とか」
単に後先考えないオタクだったんじゃないかなぁ。
まあでも、これほどの学園を築いたのだから、並大抵の努力ではなかったのだろう。そこは素直に尊敬出来ることだ。
懐かしさを覚える学園内。かつて俺が通っていた冒険者ギルド職員の養成学校にも似ているためか、少しばかり哀愁を感じてしまう。
「では、学園の歴史についてはこのくらいにして、サトーさんとお兄ちゃんには、まず接客についてのいろはを学んでもらいます」
とある教室の前で立ち止まったルティカは、くるりと回って笑顔を浮かべた。
華やかな笑顔に、俺は思わず赤面してしまったのだが、隣りにいるリュカンの顔が青ざめているのを見て我に返った。
『リュカン氏、何があったかは知らぬでござるが、そろそろ覚悟を決めたほうが良いでござる』
「カリバー氏、貴様はこの教室の奥に何が待ち受けているか知らないから、そういう事が言えるのだ」
「本当に何があるんだよ……」
今にも発狂しそうなリュカンを前に、もうすでに帰りたい気持ちでいっぱいである。
「そう言えば、私たちは男ですけど、メイドの体験とかって出来るんですか? 今更ですが」
「ああ、それならご心配なく。当学園は男性向けの執事養成学校でもあるのです。その人達向けのプランもありますから、大丈夫ですよ」
「なるほど」
どうやら性別の違いを言い訳に逃走は出来ないようだ。
「ではどうぞ。中等部教育、接客コースの体験入学です!」
そう言って、ルティカは教室の扉を開け放った。
「「「「おかえりなさいませ、ご主人様!!」」」」
…………メイド喫茶だった。
教室の奥にどんな魔境が待ち構えているのかと身構えていたのに、とんだ肩透かしである。
ズラリと並んだ、ルティカと変わりない程度の年齢の少女メイド達。中等部と言っていたし、中学生くらいの年齢なのだろう。
「はぁい! みんな、ご挨拶はもう完璧だネ! あゆあゆ、すっごく嬉しいゾ!」
「「「「ありがとうございます! あゆあゆ先生!」」」」
女生徒達に囲まれて、中央でくるくると回ってはしゃいでいる女性。
この中で唯一見覚えのある、接客担当教員……だったかな? あゆあゆと言う先生であった。
どぎついピンク色の髪の毛をカールさせて、巨乳な胸元を大きく広げて目のやり場に困るメイド服。
少し顔にそばかすはあるものの、美女と言って差し支えない顔つきを持った女性である。
「えっと、あゆあゆ先生……ですか? 今日はどうぞよろしくお願いします」
「んもう、お硬いぞサトーきゅん!」
「さ、サトーきゅん!?」
「ご主人様と話す時は、笑顔でなくちゃダメなんだよ! ほらご一緒に、にっこにこー!!」
このテンションに対して、俺はどうやって接すれば良いのだろう。
「あゆあゆよ、我は深淵より来たりし悪魔の化身。笑顔など、最も縁遠い表情である」
『でもリュカン氏、好きな作品の新刊が出た時は小躍りして笑っているでござるが』
「あっ、カリバー氏! しー! しーっ!!」
こっちはこっちでどんなテンションなのだろう。
「むぅ、クール系と言われると、こっちも強く言えないんだゾ。じゃあそれでも良いから、まずは基礎から始めちゃおうか」
「「「「かしこまりました、ご主人様!」」」」
あゆあゆ先生が教室の端に向かうと、女生徒達も合わせて彼女とは反対の端へと整列した。近くのテーブルの上には、様々な料理が並べられている。
俺とリュカン、そしてリュカンに担がれたエクスカリバーは、ルティカに促されるまま女生徒達の横へと移動した。
あゆあゆ先生は、教室の端に備え付けられた席に座り、優雅に紅茶を飲み始めた。
「じゃあ皆さん! 各々その場にある料理をお盆に乗せて下さい!」
「「「「かしこまりました、ご主人様!」」」」
各々が料理をお盆の上に乗せ始めた。
ああ、なるほど。給仕の仕事か。この料理をあゆあゆの元へと持っていく授業なのだ。
納得がいったところで、俺も廻りを見習って料理を持った。
「防御壁・二重掛け!」
「…………ん?」
何故か、教室の出入り口に居るルティカが魔法を唱えた。
中学生程度の年齢では習得不可能な、かなり高難度の防御魔法である。
ルティカは緑色の淡い光りに包まれた。
「矢避けの加護!」
「重装壁!」
「水障壁!」
「回避向上!」
「…………え、なにこれ?」
次々に高難度の魔法を唱える女生徒達。いずれも、防御や回避に関する魔法である。
一体彼女たちは何をしているのだろうか? 戦場に居るわけでもなし、そんな魔法を唱える意味がわからない。
「カリバー氏! 我々もやるぞ!!」
『うぇっ!? ちょ、ちょっと意味がわからないでござるが……無限大の中二設定発動! 絶対無欠の肉体!!』
「あっ!? ちょっと待て! もしかして俺だけ仲間はずれ!? 俺ろくすっぽ魔法使えないんだけど!!」
そんな風に慌てふためく俺をよそに、あゆあゆ先生は口を開いた。
「じゃあみんな準備は出来たかナ? では、みんなで復唱してから始めるゾ! ”接客理念その1”!!」
「「「「メイドたる者! 雨が降ろうと雪が降ろうと! 矢が降り注ぎ隕石が落ちてこようとも! ご主人様の元へいち早く馳せ参じるべし!!」」」」
「なにその物騒な理念!?」
「じゃあ始めるゾ! 六重詠唱! 火炎弾!!」
六重詠唱。多重詠唱と言う超高難易度の更に最難関に当たる最上級の魔法。
冒険者で言うならば、オリハルコンのひとつ下。ミスリルランクの魔法使いでようやく使えるようになる魔法であり、間違ってもメイドという民間人が使用して良い魔法ではない。
そして火炎弾。火玉系列の最上級に当たる魔法。これはゴールドランクの魔法使い以上でなければ使えない。
…………使えないはずなんだけどなぁ。でも現実にあゆあゆ先生が使ってるからなぁ。困る。
「「「「只今参ります、ご主人様!!」」」」
「うぉぉぉっ!! 死んでなるものかぁ!!」
「『ちょっと聞いてないんですけどぉ!?』」
整理して今の状況を説明してみよう。
突如として始まった戦争。
数百発の火炎弾が教室内を蹂躙し、それをかろうじて避けながら、一心不乱に突き進むメイド達。
――――――――整理してみても意味不明だな!? なんだこの状況!?