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第七十話 不透明度低し




「ゴメン、なんか変なテンションになっちゃって……」

「いえ、落ち着いていただいて何よりです……」


どんなに馬鹿にされても耐え忍ぶが、飯のことになると目の色を変えるという日本人。

この俺も例に漏れず、少し錯乱してしまっていたらしい。ああ、懐かしや故郷の味。

まあ考えてみれば、米の自生地の探査など、召喚者たちにしかメリットのない活動を、上が認めることは無いだろう。


「しょうがないッスよ、ルーンさん。お米は自分ら日本人にとっての魂ッスから」

「……いつから居たんだよ、アヤセ」

「え、最初から居たッスけど、もぐもぐ」


いつの間にやら話に加わっていたアヤセが、俺の隣で梅干しを頬張っていた。


「ぬぉおっ! 酸っぱい! よだれが止まらないッス!」

「うおい! ルーンのお土産を勝手に食うなよ! ……って、あれ? お前、物体には触れないって言ってなかったか? なんで梅干しが食えるんだよ」

「え? やだなぁ支部長さん。人間、ご飯を食べないと死んじゃうじゃないッスか。常識ッスよ?」

「いやそう言う話でなくて……」


ゴーストであるアヤセを人間と言って良いのかはともかく、彼女はその性質上物に触れない。

書類仕事もまともに出来ないくせに、飯は食べられるというのか。


「正確には触ってるわけじゃありません。こうやって、物体のエネルギーを取り出して食べてるだけッス」


そう言いながら、アヤセが梅干しに手を触れる。

すると、青白い光が梅干しからニュルリと飛び出した。なにこれ気持ち悪い。

飛び出した光は、徐々にその形を梅干しへと変形した。なにこれ意味分からん。


「気持ち悪い」

「直球ッスね、まあ否定はしません」


否定しないのかよ。


「これが物体のエネルギーというものなんですか? 見たところ魔力の固まりにも見えますが……」

「ああ、鋭いッスねルーンさん。確かに、簡単に言ってしまうと魔力の塊ッスね。自分もよく分かってないんですけど」

「分かってないのかよ……で、それは食べないとダメなもんなのか? ゴーストって餓死とかするんだっけ?」

「流石に聞いたことはありませんが……」


ゴーストの生態と言うのは、実はよく分かっていない。

通常のモンスターと違い、どのように発生しているのか、どうやってその体を維持しているのか。全てが謎に包まれているのである。

人間が死んで幽霊になる。字面の上では理解できるが、実際にそのような形でゴーストが出来上がるという事を、証明できた人間は居ない。


「そう思うと、アヤセって相当特殊なんだよな。意思を持つゴーストっていうのは前例はあるけど、前世を語る奴なんて初めてなんじゃ……」

「そう言えばそうですね。リッチーとかだと、意志はあっても大抵敵対的ですし、まともに話ができた例は殆どありません」

「いやぁ、照れるッスねぇ」


いや、褒めてはないが。


「そういや、この魔力を吸った梅干しって食べれるの?」

「いやぁ、触れないのでわからないッスね。食べてみてはいかがッスか?」

「そんな残飯処理みたいな……」


ともあれ興味もあるので食べてみることにした。


「もぐもぐ……っ!? 砂!?」


唾液をそそる酸味や、柔らかな梅肉が口の中に広がる……ことはなく、唾液を奪い去られるような砂の食感に、酸味は身の危険を感じる腐った酸っぱさだった。


「お前、俺の土産なのにどうしてくれる!?」

「大丈夫ッスよぉ。表面の何粒かだけいただいたッスから」


こいつ全然反省無いな。


「うーん、故郷の味ッスねぇ。この酸っぱさが堪らなく……」

「ん? あれ? アヤセさん、なんかちょっと半透明になってませんか?」

「何言ってんだよルーン。アヤセは元々幽れ…………うわっ!? 本当だ!?」


もぐもぐと梅干しの魔力を食べているアヤセの体が、普段に増して透明度を増しているように見えた。


「おまっ……不透明度が80%から20%位まで下がってるぞ!?」

「またまたー。そんなデジタル絵師さんにしか分からない例えで脅かそうとしても……わっ!? 本当に透明になってる!?」


アヤセが自分の姿を見て驚きの声を上げた。どうやら自覚は無かったようである。


「あ、しまった! 梅干しって塩が使われてるんだった! 浄化されるぅ!?」

「え、塩って食塩で良いのか? お前ゴーストとしてそれで良いのか?」


通常、清めの塩というのはその筋の専門家が作るものや、成分的に効果のあるものでなければ意味がない。

地球でさえきちんとした作り方があるのに、幽霊が実在するこの世界では、もっと厳密に製法が決められているのだ。

にも関わらず、目の前のゴーストは食塩で消えかけている。もうわけが分からん。


食べるのを止めると、段々と透明度はもとに戻っていく。


「不思議生物め」

「まあ否定はしないッスけどねぇ」


だからそこは否定しとけよ。


「つーかアレだ。俺、アヤセが来てから見舞いの言葉も土産も貰ってないんだけど」

「そう言えばそうッスね。入院とは大変ッスね支部長さん。でも意外と元気そうで何よりッス」

「おう。まあ催促したみたいでアレだけど、ありがとうな」

「ちなみにお土産はありません。何せ物に触れないっすから。えっへん」


今のセリフの何処に誇らしい要素があったのだろうか。


「何か欲しいなら、そうッスね……表に『ピギャアアアアッ!!』とか鳴いてる植物があったので、それを持ってきましょうか? あそこからなら念力でなんとか……」

「あの植物まだくたばってなかったのかよ!? あんなもん持って来んな!」


と言うか、パプカが責任を持って処理してくれているものだと思っていたのだが、期待するだけ無駄だったか。


「えーっと、とりあえず帰りに処分しておきますね」

「悪い。お手数おかけします」


何というか、入院してても仕事をやっているのと変わらない気がするなぁ。

書類仕事はともかく、決済は俺しか出来ないし、見舞いに来る奴らだって相談窓口に来る奴らと大差ない。

ルーンは癒やしだが、残念ながらこの一人だけ。

労ってくれているのは分かるが、そのことごとくがから回っている見舞客。

胃の病気ではなかったものの、いつ穴が空いてもおかしくない。健康体と言われても、実際胃痛はあるわけだしな。


「あまり長居してても悪いですし、そろそろ帰りますね」

「ん? ああ、もうこんな時間か」


外を見ると、いつの間にか日が暮れて真っ暗になっていた。どうやら随分と長く話していたらしい。


「じゃあアヤセ。ルーンに何か起こらないように、しっかり警護しつつ家まで送ってやってくれ」

「はいッス! 不審者がルーンさんに寄ってきたら、念力で爆発四散ッス!」

「…………許す!」

「許さないでくださいよサトーさん!?」



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