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第六十九話 米騒動

入院生活二日目。

病院に入院したというのは初体験であるが、病院食とはこれほど味気ないものなのだろうかと思う。

目の前には並べられた非常に健康的なメニュー。

異世界にしては彩度の薄いおかずが数種類、それに加えてスープとパンだ。

普段お世話になってるギルドの食堂と比べると、肉が少なくて味も薄い。

健康的とは確かに言えるだろうが、若い男としては物足りなさにため息が出る。


「そう言えば、ドクターが「差し入れとかは普通に食べて良い」って言ってたな……」


せめてパプカとジュリアスの差し入れがまともに食えるものだったならば……いや、あいつらに期待するのは止めておこう。

まあお土産を期待するっていうのも失礼な話だしな、うん。むしろ期待しないというのは、大人の対応なのではなかろうか。



「失礼しまーす、サトーさん起きてますか?」



入り口からひょっこりと顔を出す美人。

入室前に声をかけるという、当たり前のマナーを当たり前にこなすその人物は、我らがギルドの(人間では)紅一点。

ルーン・ストーリストである。


「あ、良かった。お元気そうですね」

「よぉルーン。仕事はもう良いのか?」

「はい。今日の分は終わって、アグニスさんに引き継いでおきました。ああ、アグニスさんはお見舞いにはこれないそうなので、よろしくと言ってましたよ」

「夜は仕事で昼間寝てるからな。アグニスにもよろしく伝えておいてくれ」


いやぁ……何気ない会話だけど、癒されるなぁ。

これぞお見舞い。これぞ気遣い。

俺が求めていたのは癒やしだったのである。


「あと、ちゃんとお土産も持ってきましたよ。あ、食べ物なんですけど、ドクターの許可は要りますか?」

「いや、もう体調は回復してるし、差し入れなら食べていいってさ」


良かったです。と眩しい笑顔を浮かべるルーンは、純白ではないが天使である。

片手に持つバスケットを机の上へと置いて、中身をゴソゴソと探りながら、


「幾つか体に良さそうな食べ物を持ってきたんです。前から作っていたんですが、我ながら自信作なんですよ?」

「へぇ、楽しみだな。一体どんな…………なにこれ?」


ルーンが差し出した一つの瓶。中には赤色の果実のようなものがたくさん詰め込まれているようだ。

見覚えがあるような無いような。ほんの少し鼻につく、酸っぱくて涎が出そうな香りが便の隙間から漏れ出ている。


「プラムスターと言う漬物の一種です。昔旅をしてた頃、東部の一部地域で作り方を習ったんですが、すごく体に良いそうなんです」

「プラム…………って、梅? ってことは梅干しなのコレ!? 干しじゃなくて星って訳されてるのか!?」


この世界において、日本食というのは実は結構珍しい。

建築物や文化などは、かなり生活の中に取り入れられているのだが、こと食文化となると一気にその鳴りを潜めてしまう。


『この世界にはお米がない』


主な理由として挙げられる理由がコレだ。

日本食というのは、基本的にご飯をベースにして作られるものだ。おかずをご飯と一緒に食べるからこそ、日本食と呼べると言っても過言ではない。

つまり、米がないから日本食が広まらないのである。

東の方では特産品として日本の食べ物が生産されているそうだが、パンや芋を主食にしているこの世界の人間にとっては、「変わった食べ物」の域を出ないのであった。


「それから次に、こちらも漬物なんですけど……『とるぁくあん』です」

「……え、なんだって?」

「『とるぁくあん』です」

「と、とあぁかん?」

「違います『とるぁくあん』です」

「…………と言うかこれ、たくあんじゃん」


なんだその細かいツッコミは。だがルーンにとって譲れぬ一線なのだろう。その表情は真剣だった。

次に差し出した瓶の中には、黄色の野菜を薄く切ったものが入れられていた。

コレも見覚えがある。ご飯のお供。大根を漬けこんだ食べ物である。


「このたくあんは……」

「『とるぁくあん』です」

「……コレも、東の方で作り方を?」

「はい。特に、召喚者のみなさんがすごく好きな食べものだと聞いたものでして。あの……お嫌いでしたか?」


いや、好きだよ? ついでにルーンのことも好きだよ?

でも単体で食べるものじゃないんだよなぁ。と言うか、梅干しにせよたくあんにせよ、香りを嗅ぐだけでご飯が無性に欲しくなる。

この世界じゃ食べられないと、数多くの召喚者や転生者が諦めていた幻の食材。

日本人として、ある種の禁断症状が出てしまいそうだ。あー、ご飯食いてぇ……


「じゃあ最後に、ノリの佃煮を……」

「ちょっと待て! ちょっと待って! なんでそんなにご飯が食べたくなるよなラインナップを!? 東の食べ物と言っても、他に色々あるだろう!?」

「あー……実はですね。前に中央の上司から『東の食べ物を作っておいてほしい』と言う謎の依頼がありまして」

「…………その上司って女だっただろ」

「え? なんでわかったんですか? いつも連絡を取ってる直属の上司じゃなかったので、少しおかしいなって思っていたんですけど……」


やっぱりリンシュの差し金じゃねぇか!!

俺への嫌がらせに定評のあるドS上司。何の意味があるのかわからない……と言うか特に意味のない嫌がらせなんだろうが、地味すぎる!

と言うか、梅干しとたくあんを漬ける期間もあるだろうから、だいぶ前から考えてたな、この嫌がらせ!


「一応体にいい物ですし、召喚者のみなさんが好きなものって聞いたものでしたので……あの、やっぱりお嫌いでした?」


いや違う! 好きだ! ルーンのことは大好きだ! ついでに漬物佃煮も好きだ!

でもそういうことじゃないんだ!


「…………このおみやげは有難く頂きます。本当にありがとう……米があればなぁ」

「米……ああ、召喚者の方がお好きな食べ物でしたっけ?」


日本人にとって、米が食べられないという現実は非常に辛いものがある。

大事なものは失って初めて大事であったと分かるもの。正直、茶碗一杯の米が食べられるのであれば、貯金を全額払っても良いとさえ言い切れる。

何百年、何千年も昔から米を探し続けた召喚者達。彼らの苦労は実を結ばず、今日に至っている。

だから考えないようにしてきたのだ。ご飯については、諦めようとしていたのだ。

そういう意味では、リンシュの嫌がらせは地味ながらもクリティカルヒットである。


「米……米ぇ……あ、そう言えば魔界はまだ未探索って聞いたことがあるな。今度メテオラ……いや、ディーヴァにでも聞いてみようか。可能なら大規模な探索隊を組織して、予算も計上して……」

「あ、あの……サトーさん? 目が血走ってますけど……」


……うん、行ける!

ギルドにも召喚者や転生者の派閥があるから、米を捜索するという意見には耳を傾けてくれるはずだ。

退院したら、報告書にまとめて中央に送りつけてやろう。召喚者の冒険者たちも抱き込めば大規模なパーティーも組織できる。


「フハハハハハ! リンシュめ! この俺を焚き付けたことを後悔……じゃなく、喜ぶと良い! 米は絶対に見つけてやる!」


次々に湧き上がる作戦に、我ながら天才だと高笑い。

直ぐ側で怯えるルーンが居たということを思い出したのは、ひとしきりテンションを上げきった後であった。


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