第六十八話 男の世界は理解されない
とある平日の昼下がり。
未だ暑い気温にうなだれながら、俺は病院のベットに横たわりながら読書に没頭していた。
「…………暇だ」
普段ならば仕事をしている時間帯。不本意とは言え手に入れた有給休暇を、持て余し気味の俺だった。
ジュリアスから課せられた、毎日のミナスハルバンの大冒険の読書ノルマはたった今終了し、特にやることのなくなった俺は途方にくれている状態だ。
……昼寝でもするか?
いや、でもなぁ……せっかくの休日を無為に過ごすというのはどうなんだ?
なにかこう、平日でしか出来ないことをやるべきなのではなかろうか。
「まあ、と言っても思いつかないんだけどな。どのみち、病院からは出られないからなぁ」
盲腸はすでに完治。手術跡もパプカの魔法によって塞がっており、今ここで全力運動をしたところで問題はない。
術後の経過を見るための入院であって、今の俺は健康体そのものなのだ。
とは言え、入院は入院。出かけるのは流石にまずく、テレビすら無いこの世界では、もう本当にやることがなかった。
「あー、こんなことならエクスカリバーにもっとラノベを借りておくんだった!」
今は別の町に出張中のエクスカリバー。
居るなら居るで大変うざいやつであるが、恐らくこの村で最も余暇の過ごし方を熟知しているやつだろう。
仕事中にオタク話に華を咲かせるのはどうかと思うが、この場にいればしゃべくり倒して、俺に暇を感じさせないだろう。
ドスン!
「!?」
不意に大きな音ともに、建物がぐらりと揺れた。
ドスン!
更にもう一度、同じ音がなる。そして、だんだん回数を増して大きくなる音。
若干聞き覚えのあるその音に、嫌な予感しかしない。
なんだろうな、具体的に言うと、王都でパプカに連れ回される前に聞いた音と似ている気がするんだが……
「おーっす、サトー! 見舞いに来てやったぞ!」
「やっぱりオッサンか。一応病院なんだから静かにしろよ……」
病室の入り口から登場したオッサン。ゴルフリート・マグダウェルである。
他の患者が居ないとは言え、本来は静かにしなければならない病院で、全くの無遠慮に大声を放つオッサンに、俺は深いため息を付いた。
「胃に穴が空いたんだって? 調子はどうだ?」
「正確には違うんだけど、まあもう殆ど治ってるよ……あ、そう言えばパプカに礼を言うの忘れてたな。悪いけど、よろしく言っておいてくれ」
「おう。にしても、お前も軟弱なやつだな。病気くらいで入院なんてするか?」
「病気で入院することは普通だろ」
「俺は入院したことなんて無いからな! 大抵の怪我は飯食って寝れば一晩で治る!」
このオッサン、時々思うが人間ではないんじゃないか?
「ああ、そうだ。土産があるんだった」
「…………あの、生きた食人植物とか、毒キノコとかじゃないよな?」
「何処の馬鹿がそんなもんを土産にするんだよ」
アンタのところの娘とか、村一番のポンコツ女とかだよ。
「でも、オッサンが土産を持ってきたって言うのは意外だな。アンタそう言うマメなタイプか?」
「昔な、ヒュリアンの産後見舞いに手ぶらで行った時に、死にかけた記憶があるんだよ」
「ああ……」
俺は全てを察した。
「まあとにかく受け取れ。男の入院生活には必要になるものだぞ」
「? 必要なものって?」
オッサンは懐から一冊の本を取り出した。
彼のような男が読書とは珍しいとツッコミを入れようとしたが、その表紙を見て気が変わった。
ああ、なるほど。コレは確かに……男には無くてはならない者だろう。
『官能なる世界』
と言う題名とともに、きわどい水着を着た巨乳美女が載った――エロ本である。
俺はオッサンと熱い握手を結び、感謝の言葉を述べた。
「俺、オッサンのこと誤解してたみたいだよ」
「分っかりやすい奴め」
お土産とは、確かに食べ物や花などがオーソドックスなものだろう。
実際それは有り難いし、その善意には感謝が絶えない。
ポンコツとは言え、パプカやジュリアスがお土産を持ってきたということだけで、俺にとっては嬉しいことだ。
だがしかし、実用性という観点から言えば、オッサンの物には劣ると言わざるをえない。
若い男が、不自由な病院のベットで数日。おまけにそいつには恋人もなし。
ならばそう。恐らく男性たちには理解できるだろうが…………貯まるのである。物理的に。
「こう言うのはホント有り難いよ。この村だと、こっち系の話題はアグニスくらいとしか出来ないからなぁ」
ちなみにルーンも男だが、とてもじゃないが恥ずかしくてエロ話などできはしない。
「なんだ、そういう話なら俺も混ぜろ。オッサンだからって、まだまだ衰えてるわけじゃないんだぞ?」
「いや、オッサンの場合ヒュリアンさんが怖いってだけなんだけどな」
ぐぬぬと口ごもるオッサンだったが、首を振ってヒュリアンへの恐怖を振りのけた。
そして俺の両肩へと手を乗せて、
「サトーよ…………バレなきゃ浮気じゃないんだよ」
「いや浮気だよ。最低だよ。ドン引きだよ」
女性関係ではだらしない性格なのか、とんでもない論法を突きつけてきやがった。
「つーか、まあ怖いのは分かるけど、ヒュリアンさんめっちゃ美人じゃん。何が不満なんだよ」
「いや、あいつに不満はないし、心から愛してる。けど、束縛が強すぎるというか……女と話すだけで爆発魔法が飛んで来るのは……どうなんだ?」
「んー……確かにあの人ならあり得るな」
「あり得るっていうか実際飛んで来るんだよ! あと一応言っておくがな! ヒュリアン以外の女と、そういう関係になったことはないからな!? 大抵友人になってすぐに、何故かバレて浮気認定されるんだよ!」
女の勘……いや、違うな。
多分何かしらの魔法を使っているのだろう。目的のためなら手段は選ばないタイプみたいだからなぁ……
「それでも、エロ話程度なら大丈夫だ。だから次からはちゃんと俺も呼べ」
「分かった分かった。とりあえずこの本は有難くもらっておくよ」
「おう。ちなみに俺のオススメは十五ページの…………ん?」
エロ本を俺の手から取り上げて、オススメというページを開いたオッサンの顔が歪んだ。
更に数ページめくりあげると、俺から目を背けて少しうなだれた。
「…………すまん、サトー」
「はぁ? なんで謝るんだ?」
オッサンはエロ本を俺へと差し出した。
首を傾げつつ、手渡されたエロ本のページをめくる。すると、
『観音なる世界』
と書かれた題名とともに、仏像の画像がページを埋め尽くしていた。
…………ん?
目をこすって再度見る。
やはりそこには、水着美女の官能な画像はなく、観音様が俺に向かってニッコリと微笑んでいた。
「…………オッサン?」
「……これが、ページに挟まってた」
オッサンが紙切れを俺へと手渡した。
その内容は以下の通り。
サトーへ。
お父さんがいかがわしい本を、あなたへ渡そうとしていましたので処分しておきました。
健全な男の子が読むものではありません。こんなものを読んでいては、お父さんみたいになっちゃいます。
と言うか、巨乳って時点で腹立たしい! なんで男っていうのは巨乳好きが多いんですか!
もっと色々な大きさに目を向けてもいいと思います! と言うか向けろ! 貧乳にも人権をよこせ!
byパプカ
「………………」
「………………あいつ、胸と背丈以外は母親似だよなぁ」
俺のこの気持ち、どこにぶつければ良いのだろうか。