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第六十七話 反省する冒険者の御見舞





唐突に始まった、人生初めての入院生活。

この頃は特に仕事も忙しくなく、最終的な確認だけ俺が行えば、ギルドの仕事は問題なく進んでいるようであった。


『入院と聞いて連絡して見れば、盲腸とはね。風邪とかなら「体調管理がなってない!」とかいじってやろうと思ったのに』

「体調管理を完璧にしてても風邪を引く時は引くぞ。精神論を振りかざすのは流石に止めてくれ」


村唯一の病院のベットの上で、俺は王都に居る上司。リンシュと連絡を取っていた。

名目上とは言え一応直属の上司だし、今後について相談するためである。


「一応治療は済んでて、傷も塞がってるんだけど、経過を見たいってことで二、三日入院ってことらしい」

『まあしょうがないわね。ちょうど良い機会だし、体中全部検査してもらいなさい。その期間の休暇手続きはこっちでやっておくわ』

「へぇ、珍しい。そのあたりの配慮をアンタがやってくれるとは思ってなかったぞ」

『はぁ……昨今ね、部下の体調管理も上司の責任の一つなのよ。面倒くさいったらありゃしない』


言い切りやがったぞこいつ。


「そういう話なら、休暇の間はゆっくりしておくよ。ああ、もちろん書類の確認はやっておくから」

『ええ、でも有給休暇の間に、体調は万全にしておいてね』

「…………ん?」

『は?』

「……今、有給休暇って言った?」

『言ったけど?』


ば、馬鹿な。リンシュがそんな良心的な上司のような、気の回し方をする訳がない!

あいつなら「入院期間中の分は給料から差っ引くから」ぐらいは言うはずだ!


「お前、さては偽も……」

『その単語を言い切ったらタダじゃおかないわよ?』

「ごめんなさい」


この声の覇気は、間違いなく本物だった。


『まったく、私をなんだと思ってんのよ。有給休暇ぐらい、申請すればちゃんとあげるわよ。と言うか、むしろ消化してもらわないとこっちが怒られるのよ』

「アンタを怒れる人間がこの世に居るとは思えないが」

『居るわよ。二、三人』

「むしろ二、三人しか居ないのかよ!?」


一体どんな人外がその枠に入れるのだろうか。












*    *



「しっかし、盲腸とはなぁ……腹が痛くて倒れた時は、とうとうストレスで胃に穴が開いたのかと思ったけど……」


むしろ、普段の胃痛との長い付き合いの中、一度も胃に穴が空いたことがないというのは凄いことではなかろうか。

医者に何度か見てもらったものの、特に穴が開くような兆候は見られないと、診断を受けている。

むしろ「何この鋼鉄の胃袋、キモッ」とか言われる始末。

自分の体のことながら、丈夫なのかそうでないのか、よく分からないな。


「…………ひょっとして、俺ってMなのかな……」

「え? サトーってMだったんですか?」

「!?」


独り言を垂れ流している空間に、いつの間にやらパプカが姿を表していた。

驚きおののき、思わずベットから転がり落ちてしまった。


「ノックぐらいしろ!」

「そんなことを言われても、ノックをする扉がありませんが……」


病院と言っても、凄まじくド田舎なリール村。街で見かけるような、立派な医療施設ではない。

個室というような贅沢な設備はなく、ベットが複数並んだ部屋が一室だけ。おまけに出入り口には扉すら無い有様だ。


「い、一応声はかけたんだが、気付いてもらえなくて……」

「ジュリアスまで……なんだ、見舞いか? お土産をよこせ」

「意外と元気そうですね、サトー」


見舞いに来たのはパプカとジュリアス。

パプカは花束を、ジュリアスは籠に入った食べ物らしきものをお土産として持ってきてくれたらしい。

普段彼女たちから苦労をかけられて入るものの、こういった場面で心配してくれるというのは、結構嬉しいものだ。


「へぇ、花束か。意外と普通の女の子してるなぁ、パプカ」

「いえ、わたしは普通の女の子ですが」

「とりあえず、どこかから花瓶でも持ってきて飾っておくよ。ありがとな」

「ああ、違いますよサトー」

「え? 違うって何が……」


花束を片手に、俺は首を捻った。

…………と言うか、首を捻られた。

どういうことかと説明すれば、自分でも全く意味はわからないのだが、どうやら片手に持った花のひと束が、髪の毛に噛みついて引っ張られたようなのだ。



ピギャアアアアッ!!



……花束の鳴き声である。

見ればうねうねと触手を動かし、牙を持つ口をガチガチと音を鳴らしている、おそらく食人植物と思われる物体が手元にあった。


「なんじゃこりゃぁっ!?」

「その花は飾るものではありません、煎じて飲めば胃の荒れを治す、漢方薬です」

「だったら煎じてから持ってこんかい!!」


俺は花束を窓の外へと投げて捨てた。


「ちぇー。せっかくクエストのついでに手に入れたから持ってきたのに……」

「しかもついでかよ! 心すらこもってないじゃねぇか!」

「まあまあ。パプカもサトーの身を案じて持ってきてくれたんだ。それに、私と一緒に採集に行ったから、ついでと言うのはただの照れ隠しだぞ?」


いや、一緒に行ったなら止めておけよ。と言うのは野暮だろうか。


「……で、ジュリアスのその籠は?」

「ああ、さっき言った通り、パプカと一緒に採集に行った、キノコだ」

「キノコ?」


籠の上にかぶさった布を取ると、そこには限界まで詰め込まれたキノコがあった。

見た目はかなりカラフル。日本で遭遇すれば、人目で毒ありだと見抜けるような色合いだ。

だがここは異世界。カラフルな食べ物であっても、一概に毒キノコとはいえない。普通に八百屋に並んでいるキノコでも、カラフルな物は多々あるのだ。


「このキノコは普通に調理して食べるだけでも、胃に効果があるそうだ」

「へぇ……でも、コレって本当に食べられるキノコなのか? 胃に効果があるって、何処で知ったんだ?」

「ふふん、そのあたりには抜かり無いぞ? ちゃんと本で調べてから採取したからな。胃だけでなく、諸症状にも効いて楽になると書いてあったぞ」


ドヤ顔で取り出したのは、『食用キノコ大百科』と大きく書かれた一冊の本。

ジュリアスは子供向け小説以外にも、割りと読書家のようだった。


「心配だったら、この本を貸そう。調べてから食べると良い」

「あ、ああ。ありがとう、暇つぶしついでに読んでみるよ…………で、気になってたんだが、さっきからおまえら、なんで俺の胃を心配してるんだ?」


二人は首をかしげた。今度は食人植物が髪の毛を噛んだというわけではなく、単純に疑問符を浮かべているようだ。


「……二人共、ドクターから話は聞いたか?」

「いや、守秘義務の関係で詳しくは……」

「わたしもですね。結局、わたしはサトーの何を魔法で治したのかわからずじまいでした」


ああ、なるほど。

つまり、彼女たちは俺が入院している理由を知らず、今の状態も詳しくは分かっていないということなのか。

恐らく、常態的に患っている胃痛が悪化したとでも考えているのだろう。

だからこそ、胃に効果のあるお土産を持ってきたのである。


「ええと、実はもう……」

「けど、反省ですね。サトーが入院するほど胃を痛めているとは」


……ん?


「そうだな。普段から世話になってる……と言うか、迷惑もかけてるしな。反省して、少し自重しないと……」


……んん!?

もしかして、コレは……千載一遇のチャンスなのでは?

どうやら胃痛が原因で入院していると勘違いしている様子。

加えて、その胃痛の原因である自分たちの行動によるのだと考えている。

しかもそれに対する反省の兆しが見られるようだ。

だとすれば…………勘違いさせておいても良いんじゃないかな?

コレを期に、多少なりとも俺の胃への負担を軽減してくれるのであれば……そう! 必要悪の嘘をついても良いのではあるまいか!


「……あー、いや。二人共、あんまり気に病むなよ。俺の胃が痛いのは、ただ単純に体調管理が出来ていないだけだからさ」

「そ、そんなことは無いぞサトー! それにしても、私達がサトーに迷惑をかけているのはその……事実、だから……」

「まあ、反省の余地はあります。サトーが入院して、少し考えるところもあるのですよ……」


やはり! コレは本当に反省している様子らしい!

ちょっと良心に呵責はあるが、コレも必要な措置。心を鬼にして、二人の成長を見守ろうではないか。


「じゃあサトー。長居もなんだし、私たちはそろそろ帰るとするよ」

「入院の間、みんなでお見舞いに来ますので、あんまり落ち込まないでくださいね」

「ああ。悪いな二人共」


と、二人は病院を後にした。


「…………よっしゃあ! コレで少しは胃痛の日々から開放されるかもしれない!」


二人が見えなくなったことを確認し、俺はベットの上でガッツポーズを決めた。

ある意味嘘をついているのだから、コレほど高らかに喜ぶのは良くないのだろうが、それでもやはり、嬉しいものは嬉しい。

家計を圧迫していた胃薬代が減るかもしれない。それだけでも喜ぶのには十分な理由だろう。


「あ、そうだ。ジュリアスが持ってきたキノコがあったな。食べられそうなら、ルーンに調理して持ってきてもらうか」


そう思いたち、渡された大百科のページをめくる。

しばらくすると、かごに入ったものと同一のキノコのページに行き当たった。


『クラゲモドキ。火を通して食べると美味。胃痛、咳、頭痛などに効果がある』


へぇ。ジュリアスの言った通り、ちゃんとした効果があるキノコのようだ。

なんと珍しい。実は毒キノコでした、なんてオチで無いだけ、彼女の成長と言っても良いのかもしれない。


「……ん?」


俺の目の端に、とある画像が止まった。

クラゲモドキの隣のページ。

なぜかそこには、クラゲモドキと全く同じ画像が描かれているようだった。


『キノコモドキ。火を通して食べると美味。ただし、胃を破壊し、喉を潰し、頭が割れるような痛みに苛まれ、最終的に死ぬ。クラゲモドキと見た目が瓜二つで、専門家でなければ見分けがつかない』


………………このキノコは処分しておこう!


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