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第六十二話 オタクで幽霊で召喚者でメガネ




「いや~! お騒がせして申し訳無かったッスねぇ! 恋人関係かと思いきや、両方共男性。しかも男の娘……ムフフ、眼福ッス」

「お前は何を言ってるんだ……」


幽霊が自宅で明るく気さくに話しかけてくる状況。

足がないテンプレート的な幽霊だが、その姿はかなりはっきりと視認できる。天パな髪の毛を短く乱雑に切って、色気のかけらもないフリースを着込み、非オシャレメガネをかけた若い女性だった。

異世界と言えど、幽霊……つまりゴーストと言うモンスターが町中に居るのはどうなのだろうか。

基本的に、人間が生活する領域にモンスターは近寄りづらい。魔法によるお祓いや、兵士や冒険者がたむろしているのだからそれも当然だ。

しかし、そう言った系統のモンスターが集まりやすい場所というのは存在する。

もちろん例外的な場所であり、そうそうお目にかかれないスポットなのだが、運悪くと言うかほぼ上司のせいと言うか……俺の住居のことごとくがその例外に当たる場所であるらしい。


「あ、とりあえず自己紹介をした方が良いッスね。自分、アヤセ・ナナミと申します。見ての通り、ゴーストをやっております」

「ご丁寧に、私はルーン・ストーリストと言います」

「俺はサトー……って、ん? その名前だとアンタ、もしかして召喚者か?」

「おお! ひょっとして貴方もそうなんスか? いやぁ、奇遇ッスねぇ」

「いや……奇遇なのはまあそうなんだけど…………なんでゴーストになってるんだよ」


召喚者や転生者は、例外を除いてチート能力を女神特典として受け取っているはずである。

もちろん、それでも道半ばで死んでしまう奴らも少なくない。天然チートである所のオリハルコンクラスの冒険者や、魔王軍四天王なんて奴らが居るのだから、いくらチートを持っていても限界があるのだ。

だが、死んだ召喚者がゴーストになったというのは聞いたことが無い。しかも、人語を介するほどはっきりと意識を保つなど、リッチークラスのゴーストに成り果てているとは。


「そのあたりは自分にも分かりかねるッスね。死んでしまった後は、随分と長い間意識がぼんやりしてたんスけど、気がつけばこの家で漂ってましたから。目を覚ました瞬間に、顔を歪めた親子と遭遇して驚いた次第ッス」

「パプカさんたちを驚かせたのはわざとでは無かったようですね」

「そ、そうだな。後で説明しておくか…………ちなみに、生前のことは覚えてるのか? やっぱり、この家に縁がある……」

「いやいや、この家については全く知らないッス。召喚されてすぐの頃は、グランドキャニオンっぽい荒野に住んでましたから」

「グランドキャニオン? また住みづらそうな所に……」

「うーん、最初はいいアイデアだと思ったんスけどねぇ。崖の中腹に部屋をまるごと召喚したら、敵に出会いにくくなると思ったんスけど、逆にこっちが降りられなくなっちゃって」


…………ん?


「なぁアヤセ。今なんて?」

「へ? ああ、実は女神様に特典として『日本で暮らしてた頃の部屋』をまるごと召喚してもらったんス。けど、立地を間違えちゃってそのまま餓死することに……もうちょっと考えてから特典を選ぶべきでしたねぇ」


俺は思い出す。メテオラがこの土地にやって来た理由を。

今ではめでたくオタク三人衆の一人と化している魔王軍四天王。そのきっかけとなった出来事が、アヤセが言ったことと合致するのである。

俺は一度、自分の部屋に足を運んで、机の中にしまってあった一冊の日記帳を取り上げた。

俺自身には、日記を書くなどという習慣は無い。コレはメテオラの一件で入手した他人の物である。

その日記帳をパラパラとめくって確信を持ち、ルーンとアヤセの元へと戻った。


「これ……もしかしてお前のか?」

「うおう!? そ、それは自分の日記帳じゃないッスか! なんでこんな所に!?」


なんということだろう。馬鹿がこんな所にいたとは。

オタクグッズが大量に貯蔵された崖っぷちの部屋。そこで身動きが取れず、そのまま餓死してしまうという愚挙を犯した馬鹿。

それこそが、眼の前に居るアヤセ・ナナミと言う女であるらしい。

事情を確かめるべく、日記帳の中身を確認するルーンは、苦笑いを浮かべてアヤセを見た。まあ当然だろうな。


「うわぁ……あれ? でも、この日記帳は一人称が『俺』になっていますよ? 男性のものなんじゃ……」

「ああ、自分実はネナベなんス。文章を書く時は、つい俺って書いちゃうんスよねぇ」

「ねなべ……?」


ネナベ。つまりインターネット上で男性のふりをする女性のこと……だったか? インターネットのないこの世界では、ルーンに説明するのは難しいだろう。


「お? しかもその日記帳、自分の触媒になってるようッスね。なるほど、だからこの家で目を覚ましたんスか」

「つまり……あれか?メテオラがこの日記を持ってきたから、アンタも一緒に付いてきたと?」

「そういうことでしょうねぇ」


そんな他人事みたいに言うなよ。


「あのぉ……もしかして、この家が夏なのに涼しかったのって……」

「あ! そうか、ゴーストがいたからなのか……」


ゴーストがいる場所の気温は低い。怪談話をすると涼しくなると言うが、この世界では物理的に気温が下がるらしい。

大量のゴーストがいる場合は、涼しくなるどころか凍える程度になるそうだが、快適な気温に保たれているのは、アヤセしかこの場にいないからなのだろうか。


「ところで、なんでこのタイミングで意識が戻ったんだ? 話を聞く限り、手帳を持ってきたときからこの家にいたんだろ? そう言えばその頃から涼しかったしな」

「ん~……自分が考察するに、なんかとてつもない魔力が放出されたみたいなんス」

「魔力?」

「ええ。こう……息苦しくなるようなジットリとした大量の魔力ッス。多分……あっちの方角からッスね」


そう言ってアヤセが指差すのは、祭りの会場の中心地。イベントが行われていたステージがある広場の方角だった。


「魔力……? 何かあったっけ?」

「いえ特には……息苦しい?」


なんか心あたりがあるような無いような…………ともかく、アヤセが復活した理由は祭りに関係有るようだ。


「で? アンタはどうすれば成仏するんだ? 念仏でも唱えれば良いのかな」

「どうすれば良いんッスかねぇ? 生前は無宗教でしたし、念仏系で成仏できるとは思えないんスけど」


アヤセはしばらく頭を捻ると、パッと顔を上げて、


「ま、成仏したいわけでもないですし、しばらく考えてみることにするッス。なんだかんだで若くして死んじゃいましたからねぇ、自分」

「案外あっけらかんとしてますね。死んだことにはあんまり嘆いたりはしないんですか?」

「そりゃあ悲しいッスよ! うぅ……せめて男性とお付き合いくらいはしたかったッスねぇ。自分、召喚直前は一時期引きこもりだったッスから友達もいませんでしたし……」


そんな悲しくなるような情報を話されてもなぁ。




「オラァ! ゴーストがなんぼのもんじゃい!」

「さあ出てきなさい! 装備を整えたお父さんが相手をしてあげますよ!」




と、体中にニンニクと十字架をぶら下げたオッサンと付添のパプカが、我が家の扉を粉砕しつつこの場に乱入した。


「ってあれ? サトー、ルーン。ご無事のようですね?」

「さっきまで無事だったが、お前らのせいで賃貸の扉がご無事じゃなくなったよ。弁償しろ」

「戻ってこないので、てっきりゴーストに取り憑かれたのかと思って駆けつけたのですが……杞憂でしたか?」


まあ、彼女なりに心配してくれたのだろう。結果として事態を悪化させる羽目になってしまったが。


「というかオッサン、ゴーストは苦手とか言ってなかったか?」

「ああ、なにせ物理で殴れないからな! だからゴーストに効きそうな道具を持って馳せ参じたというわけだ」

「十字架はともかく、ニンニクは吸血鬼特攻のアイテムなんじゃ…………ん?」



ゴゴゴゴゴ……



何やら空気が震えている。

と言うか、家全体が実際に揺れているようだ。家具や食器類がガタガタと音を立てて、柱がギシギシと悲鳴を上げている。

地震? にしては空気が張り詰めているような……


「ルーン、とりあえず机の下…………うわっ!?」


ルーンを机の下に誘導しようとすると、俺の視界にとんでもないものが映り込んだ。

それは、青白い光をひときわ強めた人影。つまり、ゴーストであるアヤセが涙目でオッサンを睨みつける姿。


「………クは……」

「な、何?」

「ニンニクは駄目ッスーーーーー!!」


と言う叫び声を上げた瞬間。青白い光はその場を包み込んで爆発。

オッサンめがけて放たれたのだろうその光は、巨体を軽々と吹き飛ばし、玄関付近の設備を巻き添えにして大破させた。

つまり、ゴースト特有の能力である…………ポルターガイストである。


「…………はっ!? ああ! スイマセン! 視界にニンニクが入ったものだからつい! ゴーストとしての本能が!」


どうやら、俺は思い違いをしていたらしい。

何故かこの世界では、ニンニクはゴーストに対する特攻アイテムらしい。












*    *


「先日は大変ご迷惑をおかけしたッス! 挽回できるよう、誠心誠意職務に励ませていただきまッス!」


何故か敬礼ポーズを決めながら、アヤセがギルドに訪れていた。

しかも、その姿は自宅に居るときのようなフリース姿ではなく、ギルド職員専用の制服に身を包んでいた。

そう、つまりアヤセは、本日からギルド職員として、リール村のギルドで働くことになったのである。ちなみに、かのドS上司への報告は済んでいるため、きちんとした正規雇用である。

俺の家の修繕費用を捻出させるための雇用らしいが……なんでわざわざこの村のギルドで働かせるのだろうか。とうとう事務職員の比率が、人間と人外で半分半分になっちゃったぞ。

物に触れないはずのゴーストが、どうやって制服を着たのかとか、そんなんで仕事ができるのか、とか。色々ツッコミどころはあるが、多分ツッコんじゃいけないんだろうなぁ。


「ああ……うん。頑張ってね」

「よろしくッス支部長さん! ナナミはとうとうニートから脱却します!」



「おいーっす……お? なんだ、幽霊の姉ちゃん。働くの今日からだっけ?」



ギルドの入り口から入ってきたのは、先日村外れの林まで吹き飛ばされたゴルフリートのオッサンである。当然のごとく無傷だが。


「ゴルフリートさん! コンニチワッス! 先日は申し訳ありませんでした!」

「いやいや、あれ程のポルターガイストを食らったのは久しぶりだったぜ。冒険者としてもやってけるんじゃねぇの?」


ガッハッハ! と笑うオッサンは、攻撃されたことなど歯牙にもかけていないようだ。


「まあそれはともかく、どうやって仕事をするつもりなんだ? その体だと、ペンすら持てないんじゃないの?」

「問題ありません支部長さん。物理的に持つことは出来ずとも、ポルターガイストでペンを浮かせることは出来ますから!」


と言って、机の上に置かれたペンを睨みつけて、思い切りいきむアヤセ。

ペンはプルプルと震え、不安定ながら徐々に空中に浮かび上がり………………直後、高速で射出。

ギルドの酒場。そこにたむろする男たちのジョッキに穴を開け、酒瓶を砕きつつ、最終的に俺の頬をかすめて壁に突き刺さった。


「あ、あれ? 加減が難しいッスね……」

「ああ……うん。しばらくは、書類の整理に回ってもらおうかな」


こうして、新たな仲間が我がギルドへと加わった。

…………こんな異常な職場に慣れつつある自分が怖い。




『余命三日の異世界譚』同時連載中です。

書き溜めが無くなるまでは、毎週火曜、金曜に投稿予定です。

シリアス系ですが、こちらも合わせてお楽しみください。

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