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第五十四話 串焼き




本日の営業は無事に終了。今夜ばかりは酒場としての機能も発揮せず、ギルドの扉にはクローズド札がかけられた。

俺は祭りの雰囲気に合わせるために、甚平を着込んで自宅で待機していた。

個人的には、別に私服のまま出掛けても良いと考えていたのだが、祭りくらいでしか着ることのない衣装だということで、ルーンに勧められて着ることになったのだ。

今はルーンの出かける準備を待っている最中である。


夏場になって少しおかしなことに気がついた。ギルドの熱気と外の気温。それらを体験してから自宅に帰ると、その違和感は余計に強くなる。

この家、やけに涼しいのである。風通りが良い構造とはお世辞にも言えず、冷房機器だってもちろん無い。

それでも、うちわで扇がなくても過ごせるくらいに、この家は快適だった。

なんだろう、日当たりは普通に良い場所だし、特に涼しくなるような要素があるようには思えないのだが……


「おまたせしましたー」

「ああ、ルーン…………ん?」


二階の私室から降りてきたルーンは、祭りらしい衣装に身を包んでいた。

しかし、それは俺が予想していたものとは違い、可愛らしい浴衣姿ではなく、男どもと同じ甚平を着込んでいるようだった。

まあこれはこれで可愛い。全然アリだと思う。が、やはり浴衣を期待していた分、俺は落胆を隠せなかった。


「なんで浴衣じゃないんだよぉ……」

「え、だってあれは女性が着るものじゃないですか」

「だったらルーンが着てもいいと思うんだけど……」

「い、意味が分かりませんよ……」


ルーンは見た目や中身こそ女の子だが、オカマと言うわけではない。

ギルドの制服は手違いで女性用が支給されているだけで、私服は全て男物だ。

銭湯では男湯に入いるし、各店のレディースデイ料金は使わない。

常識的と言ってしまえばそれまでだが、世の男どもは嘆き悲しむことだろう。実際俺は嘆いている。こんなに可愛い子が、男性トイレに入って用を足すのだから、幻滅と言っても言い過ぎではない。

ちなみに、トイレに関しては冒険者たちの嘆願によって、ルーン専用の個室が指定されている。それはギルドだけではなく、村全体のトイレに備え付けられているのだから凄まじい。

俺も含めて、ルーンが立ちションをしている姿など、誰も見たくないのである。

ともかく、ルーンは基本常識人だ。普段はそれで救われている部分が多いのだが、こんなデートの時にまで、常識を発揮しなくてもいいのに。


「とりあえず行きましょうか。ほら、屋台も開店してるみたいですし、何か食べませんか?」

「あ、ああ。悪い、取り乱した」




*     *






気を取り直して、夏祭りの屋台に目を向ける。

夏祭り。やはりと言うか何というか、こういった行事も転生者が始めたものである。つくづく、日本人って祭り好きな性格だと思うよ。

リール村の中央広場。何もなかったその場所に、大きなステージが一つ。道に沿うように屋台の列が並んでいる。

提灯の明かりが辺りを照らし、祭り囃子が流れて祭りの雰囲気作りに貢献していた。

りんご飴、焼きそば、焼きとうもろこし。わたあめ、チョコバナナ、フランクフルト。もちろん食べ物屋だけじゃない。

ヨーヨーすくいに輪投げ。くじ引きにお面屋さん。金魚すくいや射的だってある。

金魚すくいは、金魚ではなくこちらの世界の観賞魚だし、射的は魔法を使ったものであるが、根っこは同じと言っていいだろう。

もはや見た目は、完全に日本の祭りと同じである。


小さな村であり、冒険者が集まって行う行事であるためか、屋台を運営している人間は殆どが顔見知りだ。

道すがら挨拶をしてくる彼らに返事をしていると、ひときわいい匂いが漂ってきた。


「何の匂いだ?」

「本当だ……美味しそうな匂いですけど、何の屋台でしょうか」


芳ばしく油の乗った香り。恐らく何かの肉を焼いているのだろうが、その種類がよくわからない。

匂いにつられて出処へと足を運んでみると、なんともおかしな人物が開く屋台へとたどり着いた。


「……メテオラ?」

「おお、サトーか。どうだ、一本買っていかないか?」


そう言って、串に刺さった肉を差し出したのはメテオラだった。

魔王軍四天王ともあろう人物が、なぜ屋台など開いているのだろうか。庶民のイベントに参加している姿は、なんとも違和感がすごかった。


「何してんだよアンタ」

「見てわからないか? 屋台を開いている」

「いや、えっと……そうじゃなくて。てっきりアンタは、こう言うイベントには興味が無いんだと思ってたんだけど」


運動会にだって、なんとか交渉して嫌々参加してもらったのだ。客として祭りを回っているのならともかく、店側として参加するのは彼の性格上、おかしな話だと言わざるをえない。


「ちょっと金欠でな。金を稼ぎに来た」


やはりおかしな話だった。


「か、金? いや、だって……アンタ四天王だろ? 金に困るような立場じゃ無いんじゃ?」

「それは俺様の国での話だ。こちらの国では、俺様はただの冒険者。その収入しか持ち合わせていない」


おまけに冒険者ランクはブロンズ。最底辺で、そもそもまともに仕事をしてさえいないのだ。収入で言えば、ジュリアスよりもはるか格下なのである。


「でも、運動会では札束を持ってきてただろ?」

「あれはあくまで借りただけだ。使わないという約束のもとでな。何でも、あまりこちらに金が流れてしまうと、経済が破綻して困るだろうとのことだ」


魔王様、えらくこの国について気を使ってくれてるんだなぁ。部下と違って、案外常識人なのかもしれない。


「それで屋台のアルバイトか……運動会の賞金はどうしたんだ? 一位になったんだから、結構な額をもらってただろ?」

「魔女っ子リン☆リンのグッズ購入に溶けた」


なんでこんなやつが魔王軍四天王やってるんだろう。いや、人の趣味にとやかくいうつもりはないが、ギャップがありすぎて反応に困る。

まあ、誰が何をしていようが、プライベートで遊びに来ている俺には関係のないことだ。いい匂いを漂わせていたのはメテオラの店のようだし、串焼きを買ってこの場から立ち去ることにしよう。

ルーンの分と合わせて二本購入。ボッタクリが横行する祭りの屋台にしては、随分と良心的な値段である。しかも、肉からは肉汁が滴り落ちて、随分と高級そうな串焼きだった。


「……これ何の肉だ? かなり良い肉を使ってるよな?」

「鶏肉ではないですしね。牛……豚ですか?」

「俺様の尻尾肉だ」

「「ぶっ!?」」


肉をかじる寸前に暴露された情報に、俺とルーンは思わず吹き出した。

なんてものを食わせようとしていたのだろうかコイツは。


「そんなもん食えるか! 倫理的にダメだろ!」

「問題ない。尻尾ならすぐにまた生えてくるしな。元手ゼロで丸儲けだ」

「そう言う問題じゃないんだよ! てか生えてくんの!? トカゲの尻尾かよ!」

「なぜだ? 国の知人たちには中々の美味だと評判だぞ? こちらではお前たちにしか売れていないが」


こいつには魔王さま並みに、こちらの常識を勉強してもらわなければならないらしい。

エクスカリバーやリュカンも、オタク知識なんて教える前に、こいつに一般常識を叩き込んでおいて貰いたい。


「ん? そう言えばルーンよ。なぜ男物の服を着ているのだ? せっかくの祭りなのに、浴衣は着ないのか?」

「あの……私、男ですよ? ご説明はしてなかったかもしれませんが……」

「なん……だと? 男の娘だったのか? ……萌えだな!」


頼むから、そんな残念な台詞を吐かないでくれ四天王。


「こんなに間近に『萌えなる者』が潜んでいたとは…………是非、今度エクスカリバーたちとの会合に参加を……」

「ああ、うん。また今度な。じゃあ俺達はこれで失礼するよ」


呼び止めるメテオラを無視して、俺達は串焼き屋を後にした。

この後、すぐに祭りの運営に差し止めを要求しておいたので、すぐに屋台は撤去されることだろう。



『余命三日の異世界譚』同時連載中です。

書き溜めが無くなるまでは、毎週火曜、金曜、日曜日に投稿予定です。

シリアス系ですが、こちらも合わせてお楽しみください。

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