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第五十三話 夏祭り

挿絵(By みてみん)




「…………暑い」


運動会とマグダウェル家の騒動が終わり、俺はリール村のギルドの受付で、夏真っ盛りな気温にうなだれていた。

流石にこの世界にはエアコンというものはない。部屋を冷やす魔法道具はあれど、大変高価で、もっと大きな街のごく一部の施設にしか備え付けられていない。

もちろん、田舎を通り越して辺境地であるリール村の、超小規模施設であるギルドには、そんなものがあるはずもなく、風通りが悪いことも合わせて、外よりもよほど暑い状態であった。


「今年は、また最高気温が更新されるそうです。夜は少し涼しくなりますけど……昼間はちょっと耐えられませんね」


ぬるいお茶を出すルーンも、俺と同様に汗が全身から滲んでいるようだった。

冷房設備を取り付けろとは言わないが、せめてもう少しラフな格好で仕事をさせてほしいものだ。夏服とは言え、ベストやネクタイをつけなければならないので、涼しいと聞かれれば否である。

クールビズの『ク』の字も無い有様だ。


救いといえば、本日はかなり暇であるということだろうか。ギルドの内部はガランとしており、俺とルーン以外の人影は一つも見当たらない。

理由は二つある。


一つは、俺がするはずだった書類仕事の殆どが、すでに終わっているということだ。

運動会が開催されるにあたって、各地方に送られた補助要員。彼らがとても頑張ってくれた……と言うわけではない。そう、彼らは普通に仕事をこなしていたのだろう。

にも関わらず、なぜ仕事が終わっているのかというと……そりゃ、五人も補助要員が入れば、リール村の仕事などあっという間に終わるだろうよ。

逆に言えば、ルーンを含めて六人体制で無ければ仕事が回らないと、中央が判断したということだ。

おい、ならなんで普段は俺とルーンの二人体制なんだよ。人員をもっと増やせよ、とツッコミたい。

ちなみに、一応の職員であるエクスカリバーは、今日も今日とてリュカンと共に遊びに出掛けている。

まあ、奴がいれば余計なストレスが掛かるだろうし、逆に考えてやつの仕事は外に出かけることなのだろうと割り切っている。

後、彼の仕事は基本的に外回りであるため、別段サボっているというわけでもない。


二つ目は、本日が冒険者にとって、クエストをやっている暇がない日であると言うことだ。

リール村で毎年開催されているという『夏祭り』。それに屋台側、イベント側として冒険者が参加しているのである。

元々、祭りの屋台などは地元民と冒険者が行っている場合が多い。屋台の収入がそのまま冒険者の収入になるのだから、特に低ランクの冒険者はこぞって参加する。

高ランクの冒険者でも、遊びのようなノリで参加するため、祭りが開催される前後の日は、冒険者ギルドが暇になることが常なのだ。


よって、俺は暑さにうめきつつも、厄介な冒険者の相手をしなくて良い平和な時間を過ごしているのである。

外では忙しそうに、屋台の準備やステージの組立作業が行われているが、こちらはしばらく、のんびりさせてもらうことにしよう。



「サトー! ちょっと頼みたい事があるんですが、相談に乗ってくれませんか?」



はい、平和な時間終了。

けたたましくギルドの扉を開けたパプカによって、俺の平穏な日は終わりを告げた。

パプカの後ろにはジュリアスの姿も見受けられる。どうにも、顔を赤くしてパプカの後ろに隠れているように見える。

二人を確認すると、ルーンはすぐさま酒場の方へと足を運び、どうやらお茶を淹れているようだ。


「どうしました、パプカさん? 今日は祭りの準備で忙しいのでは?」

「おお……サトーの仕事モードを見るのも、随分と久しぶりな気がしますね。別に敬語でなくてもいいですよ? 今日はギルドの関係で来たわけではありませんからね。実は今日の祭りでのイベントで、サトーに手伝って貰いたいことが……」

「お断りします」

「……は? まだ何も言って……」

「お断りします」


パプカの頼み事など、どうせ俺に被害が及ぶものに違いない。ちょっと前に彼女の家の事情に巻き込まれたばかりなのだ、警戒心を持っておくのは当然だろう。


「お断りしま……」

「もう一度同じ言葉を言った時が貴方の最期です、サトー」

「ごめんなさい」


普通に暴君じゃないか。こちらに拒否権は無いのかよ。


「まあ、先日迷惑をかけたのは謝りますよ。ですが、今回の頼みごとはサトーに迷惑がかかるような物ではありません。ただ、少し審査員をやって欲しいというだけです」

「審査員?」


パプカはにやりと笑うと、後ろで控えていたジュリアスの肩に手を回し、俺の前へと引きずり出して、


「はい! 実は祭りのステージイベントの運営を手伝っていまして、その中の一つ。『水着コンテスト』の審査員と参加者を集めてまわってるんです。ちなみに! わたしとジュリアスも参加するんですよ? 良かったですねぇ、美女の水着姿が見れますよ?」

「水着……か。確かに、このあたりに海はないから、新鮮かもしれないな。ジュリアスの水着姿…………わ、悪くないか」

「やや、やっぱりパプカ! 私は今回のコンテストに参加するのは場違いな気がするぞ! 私を抜いて、他の参加者を募るべきだと思う! サトーだって、微妙な表情をしてるじゃないか!」

「これはただ、ジュリアスのボインを想像して鼻の下を伸ばしているだけですよ。いやらしい」


健全な男の反応だと思うが。


「うー……絶対恥をかいてしまう……」

「気にしすぎですよ。貴女は結構、男性冒険者からの受けは良いんですよ? ポンコツファンクラブが結成されているとかいないとか……」

「そのネーミングで結成されているのなら、私はすぐにそのクラブを潰しに出掛けるぞ」


そんな風に話していると、ルーンが二人の分のお茶を淹れて持ってきた。律儀なことだ。

二人はルーンにお礼をいうと、パプカの魔法でコップの中に氷が出現。なにそれ羨ましい。こっちはぬるいお茶なのに。


「俺のにも入れてくれよ、その氷」

「駄目です。実はこの魔法を使って、お父さんのお店の手伝いをする事になってるんです。かき氷屋さんですよ。お金を払えばいれてあげましょう」

「そうか、オッサンがやってるのか。絶対その屋台には近づかないようにするわ」


絶対にいらぬ被害を受けるだろうからな。


「あれ? そう言えばサトーは、屋台とかイベントを担当していないんですか?」

「今回は純粋に、祭りを楽しもうと思ってな。そもそも俺は、時間外労働はしない主義だ」

「あ、ちなみに私も遊ぶ方に集中しようと思ってます。それでその……良ければサトーさん、一緒に祭りを周りませんか? ご予定が無ければ……ですけど」


え、ルーンと? こんな可愛い子と、夏祭りデートが出来るだと!? しかも、相手からのお誘い……これはもう受けないという選択肢は無いだろう。


「俺で良ければ……デートしようぜ」

「はい……え、デート?」


ああ、そう言えばルーンは男だったな。時々忘れそうになるけど、まあ男だとしても問題は無いな。愛の前に、性別など関係ないのだから。


「ちなみに、ジュリアスはイベントの他に屋台とか出してないのか? 他の低ランク冒険者は、ほとんど出してるらしいけど」

「いや、私は屋台は出してないな。ただ、ステージイベント以外の催し物を企画してるんだ。良ければ、サトーとルーンも参加してみないか? 安くしておくぞ?」

「催し……って、具体的に何をやるんだ?」

「『肝試し』だ。村に伝わる心霊スポットに、ペアで参加するという企画でな。夏らしくて良いだろう?」


確かに、夏といえば祭りや肝試しは定番イベントと言っていいだろう。ポンコツにしては珍しく、かなりまともな企画のようである。


「ま、その時に暇だったら行ってみることにするよ」

「うん。是非そうしてくれると有り難い…………実は、ミナス・ハルバンの新作を買ったことで、ちょっと金欠なんだ。本当に、参加してくれると助かるよ」

「めっちゃ切羽詰まってんじゃねぇか」


やはりいくらなんでも買いすぎだったようだ。本人に後悔は無さそうであるが。


と言った所で、二人は残る参加者と審査員を探すと言って、ギルドを後にした。もう今日の夕方から祭りが始まるというのに、イベントまでに間に合うのだろうか。




『余命三日の異世界譚』同時連載中です。

書き溜めが無くなるまでは、毎週火曜、金曜、日曜日に投稿予定です。

シリアス系ですが、こちらも合わせてお楽しみください。

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