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第五十二話 さらば王都




「俺は! パプカ・マグダウェルと言う幼女と! 付き合ってなんかいない!!」


ああ、言っちゃった! 言っちゃったよ!

「皆殺しのヒュリアン」に向かって啖呵切っちゃったよ!

来客の皆さんは倒れた机の影に避難して、俺のすぐ後ろにいたはずのパプカは、青ざめた表情で頭を抱えてうずくまっている。

勢いって怖い。しかし、言ってしまったものは仕方がない。それならばいっそ、言いたいことは言ってしまおう。

この二日間で溜まりに溜まった、俺の鬱憤を言葉に乗せて、ヒュリアン・マグダウェルにぶつけてくれるわ。


「大体! 二十歳で恋人がいないからって過剰反応しすぎなんだよお前らは! 二十歳すぎて処女だの童貞だの、大勢居るっての! そこに隠れているポンコツだって処女だぞ絶対!」

「ちょっ!? なぜこちらにとばっちりが!? しょしょ……処女じゃないぞ!」

「俺だってすぐに二十歳を迎えるけど、卒業予定は全然ない……ぐふっ!」


いかん、自分で言ってて自分にダメージが入った。これ以上は止めておこう。


「と、ともかく! 恋愛くらい自由にさせてやれよ! 恋人がほしいって口だけで行動してないならともかく、パプカは色々努力してるんだ! その努力だって見てやれよ!」

「さ、サトー……そこまでわたしの事を……」

「伸びもしない身長を伸ばすために、毎日鉄棒にぶら下がったり!」

「……は?」

「胸をでかくするために怪しげな通販で怪しげな薬を買ってみたり! 似合いもしないきわどい下着を買ってみたり! 鏡の前でセクシーポーズを決めてみたり! あとそれから……」

「うわあぁっ! やめろぉ!」


後頭部を叩かれた。

パプカは俺の胸ぐらを掴んで前後にゆすり、痛くも痒くもないパンチを俺へと繰り出しながら、


「なんで知ってるんですか! なんで知ってるんですか!? と言うか、プライバシー情報を知人たちに暴露しないでくださいよ! うわーん!」


鉄棒にぶら下がっているのは、ハッキリ言って村人なら周知の事実である。小さい村だし、鉄棒は村の真ん中に設置してあるから人目につくのだ。

パプカの部屋は、窓を開けると外から丸見えのため、セクシーポーズを決めているのだって丸見えだ。

通販関係に関しては、ギルドの宿泊施設で暮らしているパプカに、プライバシーの保護など存在しない。

送られてきた荷物は、一度ギルドで預けられた後に、各部屋に届けられるのである。すなわち、その荷物をパプカ渡しているのは俺なのだ。

荷物の品名自体は「PCパーツ」と書かれている。だがしかし、この世界にパソコンなどと言うオーバーテクノロジーは存在しない。配送先の配慮なのだろうが、せめて存在するもので誤魔化せばいいのに。

おまけに、会社名が凄まじく酷い。『媚薬劇薬豊胸会社ウッフーン』とか『アダルティランジェリー専門店サキュバス』とか。隠す気ならこっちを隠せと突っ込みたくなる名前である。


「こんだけ頑張っているんだ! パプカは凄い努力家だ!」

「それって褒めてるんですか!? 馬鹿にしてるんですか!?」


ええいうるさい! しがみついて来るな!


「俺はパプカを凄いやつだと思ってる! 冒険者としての腕前だけじゃない! 努力家で、真面目で、非の打ち所のない…………」


非の打ち所のない……いや、無いな。言っていて違和感が半端ではない。

金は余るほど持ち合わせているが故、あまり高ランクの仕事を受けてくれない。毎日グータラと過ごし、夜には酒場で一杯が習慣。

そんな彼女を指して、努力家だとか真面目だとか…………俺は何を言っているのだろう。


「まあ……あれだ。パプカだって頑張ってるんだから、もうちょっと本人に任せてみても良いんじゃないでしょうか」

「あれ? なんで急にトーンが下がってるんですか。プライバシー情報以外に、もっと何かあるでしょう?」

「無い」

「断言!?」


俺はちらりとマグダウェル夫妻を見た。

気の毒そうに顔をしかめてパプカを見るオッサンと、顔を少し伏せて表情が読み取れないヒュリアン。

嵐の前の静けさというのだろうか?

オッサンに関しては、パプカと付き合っていないと断言したので、それほど心配する必要はないだろう。が、一方のヒュリアンは分からない。

一体今、彼女は何を考えているのだろうか。俺を殺す算段とかしてないと良いが。



「――――そんなことだろうと思った」

「ひぃっ!? ごめんなさいごめんなさ……え?」



ヒュリアンの一声に、思わず土下座で謝罪を行ったのだが、あっけらかんとした彼女の表情と、その言葉意味を理解して、俺は首を傾げた。パプカも同様である。


「そもそも、相手がサトー君って時点でおかしいと思ってたのよね。パプカの好みのタイプとは全然違うもの」


そう言えば、前に魔法の特訓に付き合った時に好みのタイプを言っていた気がする。


「あの……じゃあ最初から気づいて?」

「まあ、ここ二日間じゃなくて、もっと前から気がついてたけどね。お母さんを舐めちゃダメよ?」

「え、じゃあこの結婚式って……茶番!?」


客席を見てみれば、やれやれと体を伸ばす客達がいた。ギルドの職員や、ヒュリアンの知り合いは殆どがサクラだったようだ。

事情を知らなかったのは、俺とパプカの知り合い。ミントやジュリアス。アックスなんかもそうだ。


「ハハハ、チャバンナワケナイヨ。ケッコンオメデトウ」


そろそろアックスも開放してやれよ。


「お、俺の苦労って一体……」


俺は腰を地面へと落として脱力した。

安心感と無力感が同時に襲いかかり、思わず大きなため息を付いた。


「ゴメンね。パプカの嘘に付き合わせちゃって。でも、これでこの子も反省したでしょ。お母さんに嘘つくと、どうなるってことが」

「も、申し訳ありませんでした。お母さんも人が悪い……」

「嘘をついた子が言う台詞じゃないわ。ま、それでもデート体験は楽しかったでしょう? ご感想は?」

「まあ…………」


パプカが俺を見ながらはにかんで、



「悪くなかった気がしますね」


















と、ここで終わっていれば、行き過ぎた美談として締めを括れていたのだろうが、そうは問屋がおろさない。


二重拘束(ダブルバインド)究極拘束(バインドアルテマ)

「「「ふぎゃっ!?」」」


ヒュリアンの拘束魔法が、俺とパプカ、そしてオッサンに襲いかかった。

縄と鎖で身動きが取れなくなった俺たちを横並びにし、凄まじい迫力をヒュリアンが放つ。


「え、ちょっ!? お母さん!? 美談ですよね!? 親子愛の話ですよね!?」

「ええ、そうよ? でも、お母さんに嘘をついたっていうのはダメ」

「ま、待てヒュリアン! 俺はなんで拘束された! 俺はこいつらの嘘には加担していな……」

「あなたに発言権はありません、ゴルフリート。そもそも、パプカがこの歳まで恋人が作れない要因の一つとしての自覚が足らないんじゃないかしら?」


オッサンは再び鎖に雁字搦めにされてしまった。


「じゃあ俺は!? 俺は純粋なる被害者なんですけど!?」

「サトー君には苦労をかけたわね……でも、パプカと結託して私を騙そうとしたのはいただけないわね。よってギルティ」

「諦めましょう、サトー。このモードに入ったお母さんは、もはや何を言っても聞いてくれません」


パプカが菩薩のような表情でそう言った。

「皆殺しのヒュリアン」とは、大魔法を放って全てを地に還すことからついた二つ名だ。

対象は選ばず、全員を巻き添えにする…………すなわち、俺達に向かっている彼女は、まさに二つ名にふさわしい行動を取っているのである。












*    *


『無事に済んでよかったわ。心配したのよ、サトー』

「心がこもってねぇんだよ、リンシュ」


王都を発ってしばらく。揺られる駅馬車の座席で、俺は念話機に向かって眉をひそめていた。

念話相手は、今回の騒動を大きくした一因であるリンシュ・ハーケンソードである。


「イチゴを送ってくれてありがとう。お陰でまだ体から苺の香りが漂ってるよ」

『あら、良いのよお礼なんて。あの余興は楽しかったでしょう? 私はすごく楽しかったわ』

「皮肉で言ってんだよ! あんな危険なモンスターを街中に入れるってどういう神経してんだ!」

『ちゃんと国には許可を取っておいたわよ。オリハルコンが二人警護についてますって言ったら、問題なく許可証をくれたわ』

「いや真面目か! 根回し良すぎだろ。そうまでして嫌がらせがしたいのか」

「そうよ」

「断言するなって!」


ロボットのようにカタコトで話すアックスが、正気に戻った際の悲鳴が耳から離れない。

イチゴの肉体。すなわち苺の果実が教会全体を飲み込んでいたのだ。掃除だって一筋縄ではいかないし、全てを綺麗にしても匂いが残る。

数日後には、苺の香りが漂う教会として、雑誌の特集記事が組まれていたそうだ。匂いが強すぎて、近寄れないそうだが。


『そもそも、アンタが幼女の嘘に付き合うからいけないんじゃない。もっと早く嘘だとヒュリアンに言っていれば、あの結婚式は避けれたと思うわよ?』

「付き合ったんじゃなくて、巻き込まれたんだよ」

『え、何? 自分が巻き込まれ系主人公だとでも言いたいの? プップー! サトーのくせに「やれやれ」とか言っちゃうの? 最後に「しょうがねぇな」とか言ってたんでしょう?』

「うるせぇ! 言ってねぇよ! ……言ってないと思う。多分……自信ないけど」

『まあ、最終的には五体満足で家に帰れるんだから良いじゃない』


ヒュリアンによる折檻と言う名の拷問は熾烈を極めた。

痛いだの苦しいだのと、言葉で表現することが出来ない意味不明な拷問の数々。おまけに隣には、モザイク処理をかけられたオッサンの姿があるものだから、恐怖は更に倍増した。

回復魔法やら幻覚魔法やらで、最終的に五体満足。廃人にもならずに済んだのだが……いや、止めよう。もう思い出したくない。

結局のところ、俺の有給休暇は全てマグダウェル一家によってぶち壊されて、リールの村への帰路に着いていた。本当、休暇って意味を、彼女たちに是非辞書で調べてもらいたいものである。


俺は念話機を切って横になる。隣には眠りこけるジュリアスの姿……と言うか、彼女の胸が顔面にあった。

流石に気恥ずかしい。寝返りを打って逆を見た。すると、何故かパプカの姿が見当たらない。

駅馬車には俺とジュリアス。パプカの三人が乗っているはずだ。オッサンはまだしばらくヒュリアンに拘束されているそうで、後日発送されるとのことである。

ともかく、そんな狭い馬車の中にパプカがいない。御者さんに尋ねてみると、指を一本立てて屋根を指した。


「なんで屋根の上にいるんだ?」

「いやぁ、苺の香りがまだ残ってて、ちょっと馬車に酔っちゃったので風に当たってました」


デート用のおめかしした服装ではない。結婚式のウェディングドレスでもない。

いつも通り、装飾過多の私服を着込み、身長よりも長い杖を持ったパプカの姿が、屋根の上にあった。

杖には、教会で俺が買った人形がつけられており、暇つぶしなのか、パプカはその人形を指でいじっているようだった。


「……それ、気に入ったのか? 趣味が悪いな」

「プレゼントしてくれたのはサトーじゃないですか……あ、そう言えば、この人形の代金を返すのを忘れていましたね。今返しましょうか?」

「いや、なんかもう良いや。ヒュリアンさんに拘束されてる間に給料日になったし、運動会の賞金も入ったしな。当分金には困らないだろ」

「ふふっ……では、ありがたく頂戴します」


挿絵(By みてみん)


どんどん距離が離れてゆく王都を見る。

かつて、地方に飛ばされた時には恋い焦がれた街。ミントやボンズとともに過ごした安寧の地。

しかし、ここ十日ほど。運動会やらデートやらで碌な思い出がない。かつての清々しい思い出が塗りつぶされる勢いだ。

もはや俺の目には、王都が魔境としか映らない。ヒュリアンやリンシュが居る、恐ろしい街にしか見えない。


…………うん。しばらくこの街には近寄らないことにしよう!






『余命三日の異世界譚』同時連載中です。

書き溜めが無くなるまでは、毎週火曜、金曜、日曜日に投稿予定です。

シリアス系ですが、こちらも合わせてお楽しみください。

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