第五十話 式決行
現在、時刻は日の沈む頃。展開が早すぎる気もするが、混乱する頭を押さえるのに必死で、されるがまま今この場所にいる。
この場所というのも、アックスが務める教会の一室。先日案内された、応接室の中に、俺は居た。
なんでそんなところにいるのかと聞かれれば、俺が知るかと答えたい。
なんで俺が教会の一室で、結婚式用のタキシードに身を包んでいるのかとか、隣でドレスを着込んだパプカがブーケを持って立っているのかとか、俺だって説明して欲しい。まるで意味がわからない。
パプカのドレス姿は、なるほど。美少女だけあって非常に似合っている。こんなアホな展開のさなかでも、思わず彼女の姿にはドキッとしてしまいそうだ。
……してしまいそうなだけで、絶対にドキッとはしないがな。
俺は顔を赤らめること無く青ざめて、涙を流しながらパプカに詰め寄った。
「お前、どうしてくれるんだよぉ……結婚なんて聞いてねぇよ」
「わ、わたしだって聞いてませんよ。まさかここまで強硬手段に出るとは、思っていませんでしたし……」
バツの悪そうにうつむくパプカの様子を見るに、本当にこの展開は予想外だったらしい。
流石に、母親に男を直接紹介した翌日に、結婚式が待ち構えているとは思わないだろう。
参った、本当に参った……どうやって逃げよう? いや、この状況で逃げてしまえば、その後でどんな恐ろしいことが起きるかがわからない。
オッサンのように物理的な恐怖というよりも、俺にとっては未知の領域である魔法によって、どのような被害を被るのか。なまじ想像ができない分恐ろしい。
と、結婚式というよりもお通夜モードに突入している応接室の扉から、ノックをする音がした。
開かれた扉からは、正装を着込んだアックスが入室した。
「サトー君……裏切り者ぉ!」
なんか涙を流しながら。
「君がいつの間にかそんな遠くに行ってしまって居たなんて……くそぅ、おめでとう! でも裏切り者ぉ!」
「うるせぇ! 全然おめでたくねぇし、裏切ってもいねぇよ!」
事のあらましをかいつまんで説明した。アックスは真相を知ると、口をあんぐりと開けながら、
「ひゅ、ヒュリアンさんは、これと決めたら即行動をするタイプだから……災難だったね」
「災難の一言で片付けないでくれ! こっちはなんでか結婚させられそうになってるんだぞ!」
「アックスさん、お母さんに何か理由をつけて結婚式をとりやめさせることは出来ませんか? わたし、まだ結婚するつもりはないんです。特にサトーとは!」
「あれ? なんか俺のこと馬鹿にしたよな?」
サラリと出たパプカの本音に、俺は拳をグリグリとこめかみに押し付けた。
アックスは少し悩んでみせたが、意を決したように顔を上げた。
「うん。僕も聖職者の端くれだ。同意のない結婚をさせるわけにはいかないね。大丈夫! ヒュリアンさんには僕から話しをしてみるよ!」
「ほ、本当か!?」
「もちろん! 早速行ってくるから、少し待っててくれ」
と言って、アックスは応接室を後にした。
なんと心強い言葉だろう。思わず胸がジーンとしてしまった。何処か抜けてると思っていたアックスだけど、やる時はやる男なのかもしれない。
「なんか……カッコイイな、アックス」
「アックスさんはお母さんとお父さんに物言える、数少ない人間です。きっとなんとかしてくれるはずですよ」
なんて風に笑いあってしばらくすると、応接室の扉が開いてアックスが再入室。
どうやら話は終わったようだった。やけに早いが……ヒュリアンは分かってくれたのだろうか?
「あ、アックス? どうだった? ヒュリアンさんの様子は……」
「――――ネ」
「……は?」
「シキハイチジカンゴダカラネ。イソイデシタクスルンダヨ」
「「なんかカタコトだー!?」」
ヒュリアンに絶対何かされてるし! 唯一の良心(?)が早々に脱落しやがった!
* *
結局、この世にいる良心は死んだ。なんかカタコトで、動きもロボットみたいに気持ちが悪い有様になっている。
披露宴はすでに始まっており、教会の庭に机や椅子を出して、屋外で飲み食いをしている。
ちらりと会場を見てみると、それほど大規模ではないらしく、殆どが俺とパプカの知り合いで占められていた。
まずはヒュリアン。隣りにいるのは……と言うかあるのは、鎖で雁字搦めにされたオッサン。もはや姿形も見えないが、まあヒュリアンのそばにあるのだからひとまずは安心といったところか。
他にはミントやギルドの同僚たち。ジュリアスとアックスのような知人が数人だ。
ボンズはすでに西部に発ったからいないのは当然として、俺は疑問に思うことが一つあった。
「なんでリンシュがいないんだろう?」
こんな面白そうなイベントに、彼女が顔を出さないわけがない。
絶対に良からぬことを考えているか、すでに行動に起こしているに違いない。
『えー続きまして、本日お越しになることができなかった、リンシュ・ハーケンソードサブギルドマスターから、手紙を預かっておりますので、読み上げさせていただきます』
司会者がそんな発言をした。
ほら来た! そら来たよ! 早速あのドS上司の嫌がらせだよ! 絶対ろくなもんじゃねぇよ!
『まずはサトー君、パプカさん。ご結婚おめでとうございます。普段から仕事仲間として活躍するお二人が、この度人生のパートナーとなると聞き、お二人ならきっと良い人生を歩んでいけるのだろうと確信致しました。当日は仕事の都合故、直接式に参加できないことが悔やまれますが、この手紙にて、めいいっぱいのおめでとうの言葉を送らせていただきます』
……………ん?
「えっ、終わり?」
『え、はい。終わりですが……』
そ、そんな馬鹿な! あいつがこんな真面目な手紙をよこすとは思えない! 絶対裏がある! 流石に文章から副音声を読み取ることは出来ないが、絶対に何かあるに違いない!
俺は司会者から手紙を分捕って、その他に何かが書かれていないかどうか確認した。
「に、日本語のあとがきも無い……だと?」
何も無いというのが、これほど恐ろしいとは思わなかった。せめて何かしらの嫌がらせが無いと、逆に落ち着かない。
…………いや、落ち着け俺。これが当然であって、今までが異常だったのだ。
今まさに、窮地に立たされているのだから、ここにリンシュイベントが発動しないことは良いことではないか。
俺は深呼吸をしてから席に戻った。
『えーっと……気を取り直しまして。ハーケンソード様より、お二人へ特別なプレゼントがご用意されているそうです。では、どうぞ!』
明るい曲とともに、教会の裏庭から何やら影が現れた。
身の丈は優に五メートルを超え、色はビビットなピンク色。超特大サイズのケーキであった。
『えー、新婦様が大好きなイチゴのケーキを、王都の有名ケーキ店と、新婦様のお母様のご協力を得て作り上げた、ウェディングケーキだそうです!』
あまりのデカさに驚きおののく一同。と言うか、大きさは今回問題ではない。
ケーキの天辺に乗ったとある物体。それが一番の問題点なのだ。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
おかしな奇声を上げるそれは、真っ赤な体と緑色の触手を複数持つ存在。凶悪な一つ目と、鋭く尖った牙を持つソレは、クエストのランクで言えばミスリル。つまりパプカでさえ手も足も出ない凶悪モンスター。
名前を、プラントモンスター・イチゴと言う。
「ほらやっぱりだ! あの野郎期待を裏切らねぇな!」
『余命三日の異世界譚』同時連載中です。
書き溜めが無くなるまでは、毎週火曜、金曜、日曜日に投稿予定です。
シリアス系ですが、こちらも合わせてお楽しみください。