第四十九話 招待状
ゴルフリートのオッサンが来襲してすぐ、俺は身支度を整えて王都の駅馬車の停留所へとやってきていた。
王都でゆっくり有給休暇を過ごすという、俺のささやかすぎる夢はすでに破れ、王都を脱出する羽目になったのである。
忙しそうにごった返す停留所は、王都と言えどもいつもよりも交通量が多いようだった。
「馬車がない? なんで! ここは王国一の駅馬車の停留所だろ!」
「運動会が終わった直後だぞ? みんな地方に帰ってるんだから、馬車の台数なんて全然足りねぇよ」
停留所のインフォメーションで、駅馬車のチケットを購入しようと思ったのだが、どうやら席が全然空いていないようだった。
王都で行われた運動会。それは各地方から大量の人員が呼び出され行われていた。
それはもう、補助人員などを含めれば、百や二百ではきかない人数である。
そこに各地からの観光客まで含めるのだから、数万人。十数万人まで膨れ上がる。
「そもそも、リール村ってどこだよ。聞いたこともねぇよ、どんなド田舎だよ」
インフォーメーションのおっちゃんは、地図を指でなぞりあげて、リール村の場所を確認した。
「ああ、東部の未開拓地域近くの……悪い、ド田舎じゃないな。辺境地だ、人間の住む場所じゃない」
「そこまで言うか」
「ここに定期的な駅馬車は通ってないな。特別便をチャーターしないと無理だ。それも馬車の空きができればの話だが」
今から数日後、パプカやジュリアスとともに予約してる便はあれど、今から王都を脱出する手立てはない。
まずいなぁ、おっさんからどうやって逃げ切ろうか。
「サトー、どうせもう少し王都に居るんですから、もう一日わたしに付き合ってくださいよ」
「断る。俺はおっさんから身を守るために、しばらく身を隠すからついてくるな」
停留所を後にして、これからどうしようと頭を巡らせているとき、実はホテルからずっとついてきていたパプカが、ようやく俺に話しかけてきた。
「まあ、怒り狂ったお父さんは確かに厄介ですが、王都にはお母さんもいますし、そんなに心配することは無いと思いますよ?」
「今朝がた、ヒュリアンさんの拘束をぶっちぎって部屋に来たことをもう忘れたのか」
「それはそうですけど、ちゃんと再拘束してましたし、大丈夫ですって。それより、ほら。何か言うことは無いんですか? 今日が何の日か、サトーは覚えているでしょう?」
ふふんと笑いながら胸を張るパプカ。今日が何の日か? 人生何十回目かの厄日だろうか?
「…………ちょっと、昨日も言ったでしょう! わたしの誕生日ですよ! 誕生日!」
「ああ、そうか――――残念だったな」
「なんで憐みの言葉!? でなくて! おめでとうを要求しています! 祝いの言葉を言う場面でしょうが!」
昨日はため息をつきながら、二十歳になるのを嫌がっていただろうに。
とはいえ、まあ区切りのいい年齢に差し掛かったことはめでたい。適当におめでとうと言っておいた。
「で、今日はどんな厄介ごとを押し付けるつもりだ?」
「ご心配なく。後はお母さんに昨日の報告をするだけですから。特に何かをするというわけではありません」
「じゃあ、ヒュリアンさんに会えば、それで解放してくれるんだな?」
「まあ、そこで無事でいられるかどうかは保証できませんが」
そこは保証しとけよ。
「ならとっとと報告とやらを済ませて隠れるぞ。ヒュリアンさんとはどこで会う約束を……」
と、言いかけたところで、俺の耳のそばでささやくような声が聞こえた。
「おはよう、二人とも良い朝ね」
「うひゃぁっ!?」
「うひゃぁっ? 面白い挨拶ね、サトー君」
いつの間にか俺の背後に忍び寄っていたのは、俺とパプカの話の中心。ヒュリアン・マグダウェルである。
「あ、お母さん。おはようございます」
「おはよう、パプカ。むっふっふ……どうだった、昨晩の様子は? 初めてだったんでしょう?」
「初めて……? ああ、たしかにそうですね。サトーの(低いグレードの部屋)があんなに(ベットが)硬いとは思いませんでした。あちこち痛くてたまりませんでしたよ」
「あらあら! これでパプカも大人の仲間入りね!」
全然噛み合っていない!
嬉しそうに俺たちを祝福するヒュリアンは、順番に俺とパプカを抱きしめた。
一見すると、子の成長を喜ぶ健全な母親であるが、とんだマッチポンプを見ている気がする。
思えば、俺と出会ったときに「合格」と言っていたのは、俺が恋人であるとその時点でパプカに報告されていたのだろう。
「あの……ヒュリアンさん。盛り上がってるところ悪いんだけど、ゴルフリートのおっさんは今どこに?」
「ああ、ごめんなさいね。きちんと拘束してたはずなんだけど、逃げ出しちゃってたみたいで。今はさらに拘束魔法を多重掛けしておいたから大丈夫なはず……」
ドーン!
と言う完全に聞き覚えのある衝撃音とともに、大地が揺れて土煙がまき散らされた。
場所は通り向こうの少し離れた角。煙の中からは人影がゆらりと現れ、それがおっさんのものであることは一瞬で理解できた。
ちぎれた鎖を体に巻き付けて引きずり、その形相はまさに鬼のごとし。
野次馬が身の危険を感じて退避する中、取り残されたのは俺とパプカ。そして、恐ろしい殺気を放ちながらこちらへと向かってくるおっさんに、堂々と立ち向かうヒュリアンであった。
「サトー! 娘に手を出して、ただで済むと思……」
「極大衝撃魔法」
「だあぁっ!?」
間髪入れずに最大威力の魔法をぶっ放すヒュリアン。そしてなすすべもなく、おっさんは遥か彼方へと吹っ飛んでいった。
魔法を放ち、くるりと体を俺とパプカに向き直したヒュリアンは、すがすがしい笑顔で、
「きちんと拘束してるから大丈夫!」
「大丈夫の要素が一つもねぇよ!?」
「まあまあ。ほら、今だって問題なく吹っ飛ばしたじゃない? そんなことよりも、今は今後の話をしましょう。実はこの後、いろいろと段取りを決めているんだけど……」
と言ったところで、おっさん再登場。
「ヒュリアン! てめぇサトーの肩を持つつも……」
「強制退去」
「またあぁっ!?」
今度はおっさんの足元に大きな矢印が現れて、おっさんは自らの意志とは関係なく、矢印の方向へと全力で走り去った。おそらくヒュリアンの魔法だろう。
なんと排除のレパートリーが広いのだろう。おっさんに通用するのだ、全てとんでもない高等魔法なんだろうな。
一方のおっさんも、あり得ない距離を吹き飛ばされているだろうに、一瞬で戻ってくるあたりバケモノだ。
「えっとね、それで今夜の話なんだけど、友達を集めてパーティーをやるつもりなの。そこでみんなに……」
「ヒュリアァンッ!」
おっさん再々登場。めげない男である。
どこかの川にでも落ちたのか、全身びしょぬれで魚を咥えていた。半径数十キロの地点に川なんて無いはずなんだが、彼はどこまで行っていたのだろうか。
「転移魔法」
「待て! 話をさせっ――」
今度は魔法陣がおっさんを取り囲み、真っ白な光とともにその姿を消し去った。
「――どこまで話したかしら?」
「パーティーを開くとかなんとか……」
「そうそう。友達を集めて、家族みんなでね。もちろん、ゴルフリートも一応参加させるわ」
「え、お父さんもですか? でも……サトーの身の安全はどうなるんでしょう?」
「大丈夫。そこは私がきちんと話し合って――」
「――――……あぁっ!!」
ドーン!
……今日はやけに衝撃音が聞こえてくる日だなぁ。ご近所迷惑甚だしい。
今度は空から落下したおっさんが、地面へと激突した音である。普通なら体は爆発四散しているであろう衝撃も、おっさんの筋肉の前には無意味だったらしく、地面にできたクレーターの中から、よろめきながらも這い出てきた。
「ぐぐ……ヒュリアン。もう分かったから話だけでも……」
「ええ、話し合いましょう。実は今夜、皆を集めてパーティーをするつもりなの。主役はパプカとサトー君よ。もう招待状は送ってるから、あなたは見てるだけでいいわ。はい、話し合い終了」
「え、いや……全然俺の話が――」
「沈黙。絶対拘束」
「――! ――!?」
『合い』の部分が欠如した話し合いは終了し、あっという間におっさんは鎖にがんじがらめにされてしまった。
おまけに沈黙魔法までかけられてしまい、もはや口すらきけなくなったおっさんである。
「――あ! サトー君、いた!」
ふいに声をかけてきたのは、中央で働く我が友人。ミンティア・ルールブックだった。
走ってきたのか、広いおでこに汗をにじませて息が荒い。
「お? どうした、ミント? そんな血相を変えて」
「ちょ、ちょっと! これ本当なの!? パプカちゃんも知ってた!?」
と言いつつ、一枚の紙きれを俺とパプカへと差し出した。
しわくちゃになったそれは、どうやら何か短い文章が書かれているようだった。
しわを伸ばしてパプカと見てみると、そこには以下の文章が刻まれていた。
『結婚式招待状 新郎・サトー 新婦・パプカ・マグダウェル 日時・今夜』
「「ぶーっ!?」」
俺とパプカは同時に噴出した。どうやらこれはパプカも初耳だったらしく、顔が青ざめて冷や汗をかいている。
パプカでさえそんな有様なのに、俺が驚かないわけがない。心臓が止まるかと思うほどの衝撃が俺を襲っていた。
『余命三日の異世界譚』同時連載中です。
書き溜めが無くなるまでは、毎週火曜、金曜、日曜日に投稿予定です。
シリアス系ですが、こちらも合わせてお楽しみください。




