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第四十八話 寝起きドッキリ





甘酸っぱいラブコメ的なドキドキワクワク展開。男と女が一緒のベット一夜をともに過ごすなど、何も起こらないはずがない。

…………はずがないと思っていた。でも、結局それはフィクション世界の出来事であり、現実に男女が一緒に寝たとしても、なにも起きない時はなにも起きないのである。

クタクタに疲れた体は惰眠を貪り、何事も起きぬまま朝を迎えていた。

横を向けばよだれを垂らして眠りこけるパプカの顔。やはり羞恥心の欠片も持っていないようだった。額に『肉』と落書きでもしてくれようか。油性で。

パプカの額に、驚くほどきれいに書けた『肉』と言う文字に満足。ベットから起き上がり、歯を磨いて顔を洗う。鏡に映るのは、きっちり八時間ほどを眠ったにも関わらず、疲労困憊で大きなクマを蓄えた我が顔面。


「せっかくの休みに何やってんだ俺……」


昨日の苦労を思い出して、俺はがっくりとうなだれた。

一年の内、日数制限のある有給休暇。つまり休みながらも給料がある程度もらえるという有り難いシステム。

先日と本日は、そのシステムを利用して休みを取っていた。

人数が少ないリール村では、平日に中々取りづらい有給であるが、今は運動会のための応援人員が派遣されているから問題ない。

人員の少ない辺境支部への、中央からの温情措置なのだ。

だがしかし、昨日は『有給休暇』の”休暇”部分が欠如していたように思う。結局一日中、未だ眠りこけるロリっ子に振り回されたのだ。

”休暇”と言う部分が抜け落ちてしまえばただの”有給”。つまりはただの仕事だ。働いて給料をもらう。当たり前過ぎる話である。


「よしっ! 今日こそはのんびり一日を過ごすぞ! とりあえず、パプカを縛り上げてから散歩にでも…………っ!?」


ドーン!


鏡に向かって決意表明をしていると、唐突に衝撃と轟音があたりに響いた。

一瞬体が浮いて、部屋の家具がギシギシと悲鳴を上げる。地震か? でも、それなら一瞬でおさまるのはおかしいだろう。

とりあえず姿勢を低くして様子を見ていると、再び大きな衝撃が響く。どうやら、一定間隔ごとに起きているようだ。

さすがの衝撃に、窓向こうの通りも騒がしくざわついていた。窓を開けて外を見てみると、人だかりとともに、何やらおかしな光景が俺の目に止まった。


「…………鎖?」


やけに張り詰めた極太で鋼鉄の鎖。それが数本、通りの家をガリガリと削りながら伸びている。

衝撃も関係あるだろうが、人だかりは、極めて往来の邪魔である鎖を見に来た野次馬と言ったところだろうか。

身を乗り出して、その鎖が何処へと伸びているかを確認した。…………なんか、このホテルに伸びてないか?


ドーン!!


何度かの衝撃の中で、最も大きなものが俺の体を襲った。


「うおっ!? 近いな! おい、パプカ起きろ! とりあえず机の下にでも……」

「ふふふっ……違いますよサトー。それは食べ物ではありません。お腹壊しちゃいますよぉ」


一体どんな夢を見ているのだろうか。いや、俺の名前が出たということは、絶対にろくでもない夢に違いない。

ここまでの衝撃と轟音を受けてなお、目を覚まさないと言うのは神経が太い。と言うか、単純に鈍感だと言うべきか。

衝撃の正体を探りに、俺は自室の扉に手をかけた。……つーん、なんだろう。嫌な予感がする。



「……コー……ホー……」



俺は扉を締めた。

扉の向こう側。つまりホテルの廊下に、何やら不吉な物体が居た気がしたのだ。

某真っ黒仮面なお父さんが放つような呼吸音を響かせながら、少しずつ移動する巨大な塊。何かを鎖で雁字搦めにした物体。なんだろうか、ちょっと見覚えがある気がする。

見間違いではないかと目をこすり、俺は再び扉を開けた。


「サ…………トー……っ!」

「オッサン!?」


鎖から放たれる俺の名前。そして俺は気がついた。

運動会が行われる前、ヒュリアンが放った魔法によって雁字搦めにされた男、ゴルフリート・マクダウェル。

目の前には、それと同じ光景があったのだ。極太の鎖の塊。その中から聞こえた声は、完全にオッサンのものと合致していた。

恐らく、表通りの鎖も、オッサンをつなぎとめるための拘束具なのだろう。それを無理やり力づくで引っ張りつつ、ここまでやってきたのだ。

オッサンは俺の顔を見るやいなや、更に鎖を引っ張る力を込めたのか、雁字搦めの鎖にヒビが入った。

徐々に鎖の中から顔を覗かせたオッサン。シュールだが、ホラー的なテイストも感じられる光景だ。


「サトー! ……パプカに手を出しやがったなぁ!?」

「あんな色気の欠片もねぇ奴に手なんて出さねぇよ! 連れて帰りたきゃ連れて帰れ! 今奥で寝て……」

「はれ? サトー、なんで鎖と話しているのですか? 寝ぼけてるんですか?」


誤解を解くためにパプカを差し出そうとした矢先、ちょうど目を覚ましたパプカが廊下へと出てきた。寝ぼけてるのはお前だろ。

寝間着は乱れ、髪はぐちゃぐちゃ。よだれの痕が未だに残り、額には『肉』と書かれている。一見すれば、事後であると見えなくも無くもない。

そんな娘の姿を見たオッサンは絶句。血走らせた目を俺へと向けた。


「や、やっぱりてめぇ……」

「待て! 誤解だ! ほらパプカ、部屋で顔を洗ってこい! 早く!」

「な、なんですか。わかりましたよ。ちょっと待ってて下さい」


と言って部屋に戻り数秒。けたたましい叫び声を上げたパプカは、ドタバタと駆け足で廊下へと戻ってきた。


「あぁっ!? ちょっと! なんですか額の絵は! サトーでしょこれ!」


この世界において、生活に必要な文字は、基本的に異世界語が使われている。

日本語というのは、転生者や召喚者が時々使っているくらいで、公用語とは言い難い。すなわち、パプカでもその意味は理解できず、ただの絵であると認識されてしまうのだ。

自分の額の文字に指差して怒るパプカを見て、俺は満足感を覚えた。良いリアクションをありがとう。と親指を立てた。


「似合ってるぞパプカ。やっぱ、いたずら書きは額に『肉』の文字だよなぁ。これって、元ネタは何なんだろう」

「『肉』!? 肉って描いてあるんですか!? なんで肉なんですか! 意味が分かりませんよ!」


ええいうるさい。いたずら書きと言えば、昔から『肉』と相場が決まっているんだよ。各様式というやつなんだよ!


「肉……サトー、てめぇ……」

「あっ! お父さん!? ちょうどいいです! サトーに何か言ってやって下さい!」


ワナワナと震えるゴルフリートは、ことさら怒りの表情を浮かべながら叫んだ。


「俺の娘を肉便器にしたってことか! このド変態が!」

「とんでもない勘違いしてんじゃねぇよ、このド変態が!」


そんなド変態が俺を睨む。ヒビが入っていた鎖が徐々にちぎれ始め、少しずつ俺の部屋へとオッサンが近づいてきた。


「殺す! 殺ーす! パプカに手を出すやつは全員…………はぶっ!?」

「うおっ!?」


鎖を引きちぎりながら前進するオッサンの動きが止まった。

背後から遅い来る複数の影。更に数十本もの鎖が飛んできて、オッサン再拘束したのである。

そしてそのままオッサンはフェードアウト。凄い勢いで鎖に引きずられていった。


「サトー! 覚えてろよてめぇ! 絶対にぶっころ……」


俺への殺意のこもった呪詛を残しつつ、オッサンは姿を消した。

表通りを見てみると、往来の邪魔をしていた鎖の姿がなくなっていた。かわりに、オッサンを引きずっていったのであろう地面の凹みが、地平線の彼方まで続いていた。


「……何だったんですか、お父さん」


消えていったオッサンに、遠い目を向けるパプカは深い溜め息をついた。そしてそれは俺も同様。

勘違いとは言え、オッサンが俺に向ける殺気は本物。アックスが追い掛け回されていたときのような感情が、今まさに俺へと向けられているのだ。

そしてミスリルランクのアックスでさえ手も足も出なかった実力者。そんな化物に、この俺が立ち向かえるわけがない。


「よしっ! 逃げるか!」





『余命三日の異世界譚』同時連載中です。

書き溜めが無くなるまでは、毎週火曜、金曜、日曜日に投稿予定です。

シリアス系ですが、こちらも合わせてお楽しみください。

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