第四十七話 ドキドキ展開
なぜ俺が休日に働かなければならないのか。
公務員と呼ばれるギルドの職員は、週休二日が約束されている。出勤時間は早めであるが、夜からは酒場が運営されるため、退勤時間も同じく早めになっている。
安定した勤務時間と安定した給料。それがギルドで働くメリットであり、俺が長く続けている理由でもある。
しかし最近、と言うかここ一年ほど。安定した勤務時間など中々取れていない。安定した給料などもらえていないのである。
給料に関してはご存知ドS上司が原因である。
勤務時間については、残業が多いというわけではないが、何故かリール村の冒険者たちは、俺の休日を狙って相談案件を持ち込むことが多いのだ。
休日っていうのは『休む日』と書くんだぞ! 給料だって出ないんだぞ! 今は有給休暇だけども!
ディーヴァの愚痴を路地裏で聞きながら、俺は心のなかでそう叫んだ。
「お金を貸してくれないかしら」
「金無いって言ったろうが。そもそも、初対面の他人に金なんか貸すわけ無いだろうが」
貧乏高飛車ラッパーアイドル、ディーヴァ。昨今、いろんな属性のアイドルがいると聞いたことがある。
世に売れるには個性というのが大事らしい。他の同業者に差をつけるためには、どれだけ目立つことが出来るのかが鍵である。
だとしても、属性を二つも三つも組み合わせるのはどうかと思う。属性過多と突っ込まれても仕方がない。
「貧乏……なのは仕方がないにしろ、ラッパーと高飛車。どちらか一つに絞ったらどうだ?」
「絞る……? ちょっと何を言っているかわからないかしら。ワタクシの口調は生まれ持っての物ですし、ラップはアイドルの嗜みでしょう?」
「はぁ? アイドルって言ったら……その、キャピキャピした曲というか……」
「ソレは死語ですわ、サトー」
うるせぇ。
「と言うか、お前仮にもアイドル名乗ってるんだろ? 他のアイドルを参考にして曲作りとかしないのかよ」
「ワタクシ、他人が進んだことのある道には興味がありませんの」
意識高い系属性まで入っているらしい。素人考えだぞ、ソレは。
「そう言いつつ、なんでラップがアイドルの嗜みになるんだよ。どこから来た知識だそれは」
「あら? 知人からは、「アイドルはラップをするものだ」と聞いたのですが……」
「うん、絶対からかわれただけだからそれ」
「えっ」
ラップについてディーヴァに話した友人とやらは、笑いを堪えながら彼女に話をしたに違いない。騙されやすそうだからなぁ、こいつ。
「どおりでCDが売れないはずですわ! おのれあの糞ガキ! 今度会ったら酷いですわよ!」
「売れないのは未完成品だから……まあいいや。曲のジャンルに関しては解決だな。あとは……そもそも、なんで王都で売り出したりするんだ? ヴォルフの街とか、もっと有名な場所があるだろ?」
「……実は、ワタクシの後輩が王都を中心に、とある本を出していまして、その……対抗意識といいますか」
本? 別のジャンルに対して対抗意識を抱くのは意味がわからないが、その後輩とはあまり仲が良く無いのだろうか。目の奥がメラメラと燃えている。
「……ん? 本って言ったな? もしかして、これか?」
バックに入れていた『ミナス・ハルバンの大冒険』の新刊を取り出した。
王都を中心に販売されている本と言えば、特にこの本が思い出されるだろう。新刊とかも、ジュリアスが言うには王都から先に出版されているらしく、条件としてはかなり合致しているはずだ。
そしてそんな本がちょうど俺の手元にあった。
「はうあっ!?」
「うおっ!?」
本を見た瞬間、ディーヴァは大きな奇声を上げた。
「や、やっぱりお前の後輩って、この本の作者なのか?」
「う、うぅ……そのとおりですわ。やっぱり、そんなに有名なのかしら。後輩のくせに……後輩のくせにぃ!」
本を睨みつけながら咽び泣く。人の成功に嫉妬するのは分かるが、ジャンルが違うんだから、そんなに気にしなければいいのに。
「そんなに有名な奴が後輩にいるんだから、サインとかをもらってきて『コラボ販売!』とか言って売れば……」
「絶対に嫌ですわ!!」
「ええい! アレもダメこれもダメじゃどうしようもないだろ! どこぞのポンコツかお前は! もう俺は帰るぞ!」
「ちょっと、お待ちなさい! 逃しませんわよ! 一枚でも買っていって貰わなければ困りますわ!」
「服を掴むな! だから金が無いって言ってるんだよ! 金欠って意味じゃなくて、マジで空っぽだから! 一文無しだから!」
そんな状況で買う事が出来るわけがない。掴んだ手を無理やり引き離し、俺は表通りへと脱出。すぐ近くの俺の宿泊地。ホテルへと駆け込んだ。
* *
「で、俺が必死こいて変人アイドルから逃げてる間、お前は優雅に酒を飲んでいたと?」
「失敬な、わたしがそんな薄情者に見えますか? 今飲んでいるこれは、お酒ではなくただのジュースです」
「論点そこじゃねぇ!!」
ホテルに帰ってみれば、一階にあるバーカウンターで、氷の入ったグラスを片手に持ったパプカの姿があった。
運動会前、ミントやボンズと飲んだ際。初めて本物の酒を体験したパプカは、それ以降アグニスのスペシャルドリンク以外、酒は飲まないと決めたらしい。いや、アレも酒ではないんだが……
加えてツッコミを入れようとも思ったが、流石に今日はもう疲れた。早く部屋に戻って休むことにしよう。
重い足を引きずりながら、自分の部屋である二階への階段を登る。
思えば、朝早くにパプカに連れ出され、麻痺魔法を受けて強制的にデートとやらに出掛けることに。
その後ミントやアックスと無意味な金を使わされた挙句、ジュリアスとともに夕方まで行列に並ぶ羽目に。
ようやく一日が終わったかと思えば、自称アイドルのディーヴァに足止めを喰らう。
うん、厄日だな。とっとと眠ってすべて忘れることにしよう。幸い、明日からまだ数日間、有給休暇も残っていることだしな。
寝間着に着替えるために上着を脱いだ。
「あれ? ハンガー何処やったっけ?」
「これじゃないですか? どうぞ」
「ああ、ありがとうパプ……カ?」
俺にハンガーを手渡したのは、いつの間にか俺のプライベートルームに侵入していたパプカであった。
「…………なんでいるの」
「しかし狭い部屋ですね。もう少しグレードを上げても良かったんじゃないですか?」
「ほっとけよ! じゃなくて、なんで俺の部屋にお前がいるんだって話だ! 不法侵入!」
「まあまあ落ち着いて下さい。これもノルマのうちの一つなんですよ。ズバリ、『寝食を共にせよ』です」
と言いながら、パプカは俺のベットへと寝転んだ。マットレスを傾けて床に転がしてやったが。
「何するんですか!」
「こっちの台詞だ! 俺のベットで寝るんじゃねぇ!」
「なんでですか! 今日はもう疲れたので早く眠りたいんですよ!」
「だからそれはこっちの台詞ぅ!!」
疲れ果てて眠りたいのに、まだこいつは絡んでくるのかよ。本当にいい加減にしてもらいたい。
「いや、落ち着け俺。そのノルマは要は、俺と同じ部屋で寝ればいいってことだよな?」
「ええ、そうです。お母さんでも、部屋の中を透視することは…………出来るかもしれませんが、流石にそこまではやらないでしょう」
俺はコクリと頷いた。それならば、このノルマに関してはさしたる苦労は無いだろう。一晩パプカを俺の部屋に泊めれば良いだけだからな。
ベットにおいてある枕とシーツを手に取って、床に転がるパプカに投げて渡した。
「床で寝ろ」
俺の言葉に、パプカはあんぐりと口を開ける。どうやら驚いているようだが、俺はおかしなことを言っただろうか?
ここは俺の部屋。そして俺のベット。そこで他人を眠らせるつもりはない。床で寝させるのだって、温情措置と言っても間違いでは無いだろう。
「ちょっと! いくらなんでも女の子に接する態度ではありませんよ! ここはベットを譲るとか、恥ずかしがりながら一緒のベットで寝るとか、そう言う展開じゃないんですか!?」
「そう言う展開ではない! 不法侵入者を部屋に泊めてやるだけありがたいと思え!」
とまあ、そんな感じで言い合った末に、最終的に何故か一緒のベットで寝ることになった。
早く寝たいからと妥協した末の結果であるが、実際に寝てみると、残念ながらまともに寝れるような状況にはならなかった。
「…………眠れるか、こんな状況で!」
隣には幼い要しながらも美少女が寝間着姿で横たわっているのだ。それがパプカであったとしても、男ならドキドキしない訳がない。
俺は別に、パプカを女として見ていないわけではない。面と向かって聞かれれば「ロリっ子と付き合う趣味はない」と答えるが、中身が二十歳だと知っているのだから、ふとした拍子におかしな関係にならないとも限らない。
いや、別にパプカとそういった関係になりたいわけじゃないが、不可抗力というものもあるし、もしかしたらそういう事になることもあるのかもしれないのである。
なんて、一人でドキドキと緊張しながら体中を汗で濡らしている。パプカも同じ気持ちなのだろうか? 同年代の男と眠るのだから、彼女も同じように悶々としているに違いない。
「くかー……ふひひ、サトー、わたしの魔法の実験台になることを光栄に思って下さい。むにゃむにゃ……」
なんて考えたけど、よだれを垂らして眠りこけ、あまつさえ物騒過ぎる寝言を吐くパプカを目の前にして、俺の緊張は瞬く間に解けた。
うん、無いな! こいつ、デリカシーとか羞恥心とか欠如してるんじゃないかな! 寝よう!
『余命三日の異世界譚』同時連載中です。
書き溜めが無くなるまでは、毎週火曜、金曜、日曜日に投稿予定です。
シリアス系ですが、こちらも合わせてお楽しみください。