第四十四話 本の虫
アックスにミントの喜びそうなことを教え、恋のキューピッドとなった俺は、悠々と街中を闊歩する。
と言っても、結局はデートスポットを回るという目的は達成されず。ヒュリアンに見せるキーホルダーを確保しただけにとどまった。
もういくつかのノルマとやらを解消しておく必要があるだろう。非常に幸先が悪い。
中央街には幾つもの観光地が密集している。ミントと出会った飲食街や、いつの間にか観光地化していた教会なんかもそうだ。
そして今、俺とパプカは王国一の蔵書量を誇る図書街へとやってきていた。どうやら、役に立たなくなった十年前の雑誌の代わりを探すそうだ。
「……なんか、人が多くないか?」
「確かにそうですね。観光地と言っても、いつもはこんなに多くないはずなんですが」
図書街は大勢の人で賑わっていた。各店には長蛇の列が出来ており、通りにさえはみ出している。
街の至る所に貼り付けられているチラシを見ると、その理由はわかった。と言うか、わかると同時に非常にうんざりする内容だった。
『ミナス・ハルバンの大冒険~番外編~』
おっと最悪だ。最悪の人間の影が見えた。
『ミナス・ハルバンの大冒険』とは、この世界のちびっこ達に親しまれている長編小説である。幼い頃からこのシリーズに慣れ親しんでいる大人でも、ファンの数はかなり多いらしい。
そして我がリール村には、その熱烈なファンが少なくとも二人ほど居る。一人は可憐なるギルドの紅一点。ルーン・ストーリストと言う職員。
もう一人は、まあこちらが最悪の人間の影というやつで、ジュリアス・フロイラインと言う冒険者である。
「なあパプカ、お前ってこの小説は呼んだことあるのか?」
「ええ、もちろん。今でもたまに読み返してますよ。流石に全巻は無理ですが、それでも人並みに読んでいる方だとは思います」
実際、あの小説って面白いんだよな。ジュリアスのしつこすぎる布教の結果、何冊か読んでみることになったのだが、子供向けと侮ることなかれ。深みのある内容に、意外とハマってしまっている俺がいる。
とは言っても、それは週に一冊程度を嗜むに当たっての話である。ジュリアスが言うような「一日に十冊」と言う頭のおかしい冊数を勧められれば、拒絶反応を起こしても仕方がないだろう。
何より、本に対する拒絶反応よりも、今現在は別の不安の影がちらりと見えている。
番外編であっても、恐らくこれはミナス・ハルバンの新刊。そのような物に、あの女が飛びつかない訳がない。
「とにかく、とっとと雑誌なり何なり買ってここを離れよう。嫌な予感がする」
「サトーの嫌な予感はかなりの割合で当たりますからね。フラグを回収する前に用事を済ませましょうか」
なんて、フラグじみた発言をしてしまったのが悪かったのだろう。
俺の肩を力強く鷲掴んだ女の手が、早々のフラグ回収を告げていた。ちょっと早すぎやしないか? 立てたフラグをすぐ回収なんて、フライングにも程が有るぞ。
「サトー、パプカ! 良い所に来てくれた!」
恐る恐る背後を見てみれば、予想通りのジュリアスの姿…………ではなく、大きめのハンチング帽を目深に被り、大きな丸メガネをかけた女性がそこに居た。
「「どちら様?」」
「ふ、二人してそれはちょっと酷くないか? …………っと、そう言えば変装しているんだった」
慌てて帽子とメガネを取ると、やはりと言うか何というか、それはジュリアスの変装だったようだ。
「なんだその格好? コスプレか?」
「あ、よく見ればこれ。わたしが渡した探偵のコスプレグッズじゃないですか」
「いや、コスプレではないのだが……ともかく、二人共ついて来て欲しい!」
そう言って、強制的に腕を掴まれて連行された。ああ、胃が痛い。これは多分強制イベントなのだろう。にべもなく、なんて言葉が似つかわしい。
連行された先は、長蛇の列の最後尾。逃げ出さないようになのか、ジュリアスは俺とパプカの腕をガッチリとホールドしている。む、胸が思い切り当たっているのだが、気持ちがいいから言わずに置こう。
「二人には折り入って頼みがあるんだ」
「あれだろ? ミナス・ハルバンの本を一緒に買って欲しいってことだろ?」
「おお! やはりサトーは話が早い! すまないが、パプカも一緒に頼む。購入制限がかけられていて、私一人ではどうしても冊数を確保できないんだ」
「あれか、観賞用・保存用・布教用ってやつだろ」
「うむ! それと使い潰し用と終末保存用と布教用二十冊だ!」
…………あれ? なんか異常な数字が聞こえたような気がする。
気がするっていうか、間違いなく聞こえた。それでも一応、確認作業はしておいたほうが良いだろう。
「スマン、何冊だって?」
「全部で二十五冊だな!」
俺とパプカはあんぐりと口を開けた。こいつは転売でもする気なのだろうか? 個人で所有するには、その数は異常過ぎる。
「えっと……ジュリアス? 一人でそんな数を買って、一体どうするつもりなんですか?」
「布教用と言っただろう? 日頃お世話になっている人たちに、配り歩こうと思ってるんだ。もちろんパプカにもプレゼントする予定だぞ?」
中々豪胆なことをする。自分の金を他人のために、湯水の如く使うことなど、俺なら想像すらしないこと。
まあ、好きなことって他人にも勧めたくなるものなのは分かる。でも程度ってものを彼女は知るべきだろう。何より、
「そんなに渡す友達居ないだろ」
「ぐはっ!」
ジュリアスは胸を抑えて倒れ込んでしまった。クリティカルヒットである。
「ちょ、ちょっとサトー。もっとオブラートに包んでくださいよ」
「だって二十冊だぞ? こいつに二十人も友人がいるわけ無いじゃん。知人でさえ怪しいぞ」
「それはわたしも思ってたことですが、突っ込まずに我慢してたんですよ? もうちょっと気を使ってあげてください」
「……小声で言っている所悪いが、全部聞こえているからな?」
よろめきつつ立ち上がるジュリアスは、ボディブローでも食らったようだった。
「……ある賢人は言った! 「紳士たる者、書籍は三部所持するものだ。一部を見て、一部を使い、一部は貸し出すのである」と!」
「金持ちな賢人だなぁ」
「ということはだ! それ以上の冊数を所持する私は、スーパー紳士ということだな!」
いやどうかな? 単に後先考え無い馬鹿なんじゃないか? むしろそっちの方がスーパーしっくり来るぞ。
「ちなみに、後三冊でノルマ達成なんだ。購入制限がある店を巡って、変装しては繰り返し並ぶというのは、中々の苦行だったぞ」
「別の日に買いに来れば良いだろ」
「ミナス・ハルバンだぞ! 明日では売り切れてしまうかもしれない……と言うか売り切れるぞ、絶対!」
確かに、今の長蛇の列を見てみれば、売り切れの心配というのはあるのだろう。どれだけ人気なんだよ、この作品。
「つっても、俺達だって用事があるんだから、あんまり長くは付き合ってられないぞ?」
「順番もすぐに巡ってくるだろうし、その心配はない。……しかし、酒場でもないのに二人が一緒とは珍しいな。今日はどんな用事で街に?」
「ふふん、それはですねジュリアス。デー……」
「でぇいっ!!」
「うぎゃっ!?」
デートと言う単語を放つ寸前、俺はパプカの頭を掴んでひねり、俺の方へと顔を向けさせた。
「パプカ! よりによってジュリアスに何言おうとしてんだよ! こんなやつに言ったら、リール村で無意味に変な噂が立つだろうが!」
「? サトー、噂がなんだって?」
「い、いや。何でもない気にするな。俺とパプカはその……村の連中への土産物を探しに来ただけさ。出会ったのも、たまたまだ」
「そ、そうか……所で、パプカが白目をむいて泡を吹いているんだが……大丈夫か?」
急に頭を捻ったのが悪かったのか、パプカの首は変な方向を向いていた。
彼女の首の可動域は、ここまで広くなかったはずだ。
「うわっ、しまった!? すまんパプカ! 息をしろぉ!」
『余命三日の異世界譚』同時連載中です。
書き溜めが無くなるまでは、毎週火曜、金曜、日曜日に投稿予定です。
シリアス系ですが、こちらも合わせてお楽しみください。




