第三十九話 そして終戦へ
『わーっはっはっは! 高いところは気持ちがいいでござるな、サトー氏!』
「たーすーけーてー!!」
助けを叫びながら、第三区画である大通りに面する、高い建物の屋根の上を駆けてゆく。
エクスカリバーの魔力によって、自分の意志とは関係なく体が動く。そりゃそっちの方が速いだろうが、恐怖心は自分で動くよりも遥かに大きい。
大通りの中心では、リンシュが俺を確認したのか、やや小走りに区間を走っていた。
「エクスカリバー! せめて地面におろせ! 怖すぎる!」
『えー……しょうがないでござるなー。こっちの方が安全だと思うでござるが……』
「よし、じゃあ低い建物を探してそこから……」
『行くでござる』
エクスカリバーは俺の言うことなど聞きもせず、俺の体を操作して、大通りへと飛び降りた。
素っ頓狂な悲鳴を上げつつ、何とか地面へと着地。体の主導権も、なんとか俺に戻っていた。
おまけに、目の前には目を点にして俺を見る、リンシュの姿があった。どうやら、屋根を走っているうちに追いつき、追い越してしまっていたようだ。
「あら、やるじゃないサトー君」
「サブマスターは油断しすぎなのでは?」
大衆の面前であるため、お互いに丁寧な敬語で話す。しかし、付き合いのながり俺とリンシュは、その短い挨拶に含まれる意味を理解していた。
「なに私の前を走ろうとしてんのよ。身の程知らずにも程が有るわね」
「余裕ぶっこいて追い抜かれる気持ちってどんな気持ち? ねぇどんな気持ち? プークスクス」
……とまあ、このような副音声でのやり取りがなされていたのである。
そして次の瞬間、問答無用で俺に斬りかかってきた。凄まじい速度で放たれた斬撃は、エクスカリバーが居なければ、確実に俺を真っ二つにぶった切っていたことだろう。
しかし、背中に背負うエクスカリバーは、リンシュと同じ転生者。チート具合で言えば、他の転生者を軽く凌駕するウザい剣。
身を一回転し、背中のエクスカリバーに直撃した斬撃は逸れて、建物のひさしを破壊した。
「おぉう……エクスカリバー、結構丈夫だな」
『拙者を物理的に盾にするのは止めてほしいでござる。怖い』
「剣のくせに攻撃にビビってどうする」
本来剣とは、相手を斬り、攻撃を受けるものだろう。本来の用途に使って何が悪い。
『あと、サトー氏。残念ながら、彼女と戦っても勝てないと思うでござる。恐らく、拙者よりもはるか格上でござるな、彼女』
「えっ、だってお前……本気じゃ無かったとしても、オッサンと真正面から戦えてたはずじゃ……」
『ゴルフリート殿と戦って、相手との実力差がおおよそ把握できるようになったでござる。リンシュ殿でござるが…………あれは詐欺でござるな』
「詐欺?」
『ミスリルなんて嘘でござる。実力的にはオリハルコン……しかも、かなり上位に当たる御仁にござるな』
オリハルコンの中の上位。俺が直接目撃したのは、オッサンとヒュリアンのみであるが、彼らはどの程度の位置にあるのだろうか。
いや、たとえ彼らがオリハルコンの中でも下位に当たるとしても、十分すぎるほどの化物だ。それと比較して、上位であると断言するのなら…………ヤバすぎる。
「覚悟は済んだかしら、サトー君?」
「じ、事務職のくせにー!!」
二度、三度と斬りつけられて、俺はもはやリンシュと戦おうなどという意思は捨て去り、逃げの一手に転じていた。
よく考えれば、本来リレー競技において、”戦う”と言う選択肢がある事自体が異常である。ゴールまで逃げ切れば、その時点で勝利となるのだから、無理して戦う必要などはない。
笑いながら攻撃を加えてくるリンシュを背後に、俺は第三区間をゴールに向かって走っていた。
「つーか! お前そんな容赦ない攻撃を加えて良いのかよ! イメージ下がるぞ!」
「ご心配ありがとう。でも、大丈夫。視覚だけだけど、広範囲に幻覚魔法をかけてるから。サトー君が吹き飛んでも、観客には自爆したようにしか見えないわ」
何も大丈夫じゃないんですが。
「ならエクスカリバー! お前のナントカって言う能力で、リンシュの本性を観客にバラせ! 幻覚魔法を解くだけでいい!」
『拙者、長生きしたいのでお断りするでござる』
「裏切り者ぉ!」
リンシュの恐ろしさを理解しているのか、回避と防御以外ヘタレてしまったエクスカリバー。
遠目に見えたゴールが段々と近づいてくるが、とてもじゃないがリンシュの攻撃をかいくぐってたどり着ける距離ではない。かと言って、俺の攻撃力はジュリアスに毛が生えた程度。どうしようもない。
『おっと!? これはどういうことだ! 余裕な表情で駆け足のサブマスターと、何故か自分を攻撃するサトー選手がモニターに写っております! 意味不明です!』
『魔剣の暴走かな~? 扱うのは難しいらしいからね~』
リンシュの幻覚魔法は、モニターを通した映像にすら影響を及ぼしているようだった。自分を攻撃なんてするわけ無いだろうが。変態か。
「じゃあお先ね。麻痺魔法!」
「あばっ!?」
俺に向けられた指先から放たれた麻痺魔法。体の感覚を麻痺させて、まともに動かせなくなる魔法である。黒魔術の中では軽めの魔法なのは、リンシュなりの優しさなのだろうか。
手足がしびれて体がうまく動かせない。ゴールまでは後数百メートルと言ったところか。しかし、こんな状況ではその短い距離でさえ、走ることは叶わない。
実況も観客の声援も、もはや勝敗が決したとリンシュをもてはやしている。
くそう、ここで優勝すれば、同僚への借金も返せるし、向こうしばらくはリンシュの減棒を恐れる必要が無くなるのに。
リール村のギルドを建て直すことも、修理代のために貯金することだって可能だろう。
…………駄目か。このまま負けてしまっても、それなりに賞金は獲得できてるわけだし、一応元は取れただろう。リンシュという俺の中での最大の脅威を前に、よく頑張ったよ。自分を思い切り褒めてやりたい。
「…………って、諦めてたまるかぁ! 元を取ったと言っても、もやし生活はもうゴメンだ!!」
『うおっ!? 急に何でござるかサトー氏!』
「エクスカリバー! 俺の体を操作してゴールしろ! それが出来たら……ヴォルフの街に、月一で出張命令を出してやる!」
『な、何ぃ!? 本当でござるか!?』
ヴォルフの街。この世界における秋葉原。オタクたちのメッカ。
獣人に転生した日本人達によって作られたその街は、ありとあらゆるオタクグッズが揃い、その文化力はほぼ独立国家とさえ言える規模を誇っている。
もちろん、その街はエクスカリバーにとってお気に入りの街だ。
そんな街に、仕事として合法的に赴くことが出来る。もちろん給料だって発生する。
そのような好条件を前に、エクスカリバーは俺が想像していたよりも遥かに奮起した。
『さあ! 流石にもうサブマスターの行く手を遮る者は居ないでしょう!』
『辺境支部の人たちも善戦してくれたけどね~。流石にどんでん返しというのは、早々起こらないってことかな~』
すでに結果が見えた競技に、ある意味盛り上がりに欠けるゴールの手前。観客たちの拍手に答えながら、リンシュがゴールを決めようとしていた。
『おや? な、何かが土埃が巻き上げながら、猛烈にリンシュ選手に接近しております!』
その接近する”何か”とは、言うまでもなく俺……と言うより、麻痺して動かない俺の体を強制的に使役している、エクスカリバーと言うべきだろうか。
屋根の上を駆けた時よりも速く、ジュリアスの全力疾走よりもさらに速い。
エクスカリバーの能力を全開に、勢い余ってリンシュを追い抜いた。
「うわーはっはっはー! どーだ! 余裕こいてる暇無かったなぁ!」
再び背後にリンシュを追いやった俺は気分爽快。リンシュに嫌味を吐き捨てた。それでも冷静な表情をしているのは、負けを認めたくないからに違いない。ざまあみろ。
驚くべき速度はとどまることを知らず、大盛り上がりの観客の間を駆け抜けて、後はゴールテープを切るだけだ。
チーム対抗リレーを一位で通過すれば、ポイントが加算されて一気に総合第二位に躍り出る。もちろん、報奨金もかなりの額に膨らむことになる。
ああ素晴らしき報奨金。それさえあれば、俺のリール村での胃痛は多少軽減されることだろう。ギルドの建物の破壊? 幾らでもしてくれたまえ! 修繕費は報奨金から出せるのだ! わーっはっはっは!
『あ』
「ぐえぇっ!? おろろろろろろっ!」
ゴールテープの直前。ほんの数メートル手前で、エクスカリバーが急停止。
肩からかける剣のベルトが、俺の前面へとめり込んだ。勢いが強すぎて嘔吐。パプカに続き、醜態を晒してしまった。
「な、何してんだお前!」
『サトー氏! あれを見るでござる!』
エクスカリバーの魔力によって、強制的に目線が向けられたのは、大通りの観客の向こう側。通りに面した建物のショーウィンドウ。
そこに並ぶのは、人形…………と言うより、美少女フィギュアだった。
『あ、アレこそは! ヴォルフの中でも屈指と呼ばれる人形技師! エルプス作の『魔女っ子リン☆リン』の限定フィギュアでござる! よもやヴォルフの街以外でお目にかかることがあろうとは!』
「はぁ!? なんでこんな時にそんなもん見つけるんだよ! 競技が終わった後で良いだろ!」
『駄目でござる! アレほど人気な作品、しかも限定個数五個と言う激レア! すぐに買わねば売り切れる!』
この野郎! 最後の最後でこんなアホな理由で俺を邪魔するのか! せめて一度、ゴールテープを切ってからでも良いだろ!
と言っても、俺は現在、体が麻痺して動かない。ここまで来れたのは、あくまでエクスカリバーの補助があってのことだ。
手を伸ばせば届くゴールテープを横目に、エクスカリバによってショーウィンドウへと引きずられてゆく。
そして、そんな俺を見下しながら、リンシュがニヤリと渡った。
ま、まさか……これさえも計算づくだったのか!? もしや、あそこにエクスカリバーの好きそうなフィギュアを置いたのも、こいつなのではあるまいか。
あ、あり得る。こいつならば、リンシュ・ハーケンソードと呼ばれる、人の革をかぶった悪魔なら、それさえも予想することは可能かもしれない。
「あ、あ……あぁ………あー!」
俺の悲痛な叫び声を聞きながら、リンシュは、今運動会における、最後のゴールテープを切った。
* *
「と言うわけで、皆さん大変お疲れ様でした。観客の皆々様も大いに盛り上がり、素晴らしく充実した運動会になったかと思います」
壇上の上で、リンシュが素晴らしい言葉で運動会に締めくくりの言葉を送っていた。
一方の冒険者たちは、体力をカラにして地に伏せていた。最終競技に参加した、上位五チームに至っては、殆どがすでに戦闘不能状態。ヒュリアンにメテオラ、そしてリンシュの強力な攻撃を食らって、無事な人間は一人も居ない。
おまけに、運動場はクレーターだらけで、競技に用いたアトラクション類は全滅。街中も、先頭の余波によって少なからずの被害を受けている。と言うより、未だ街中から煙が立ち込めているのだが、大丈夫なのだろうか。
本当、なんでこんな頭のイカれた競技がまかり通っているのだろう。報奨金は嬉しいが、もう少し平和な行事でも良いのではないだろうか。
「次の運動会はまた四年後。今回の運動会に習い、さらなる発展を遂げた競技が行われることでしょう。その時も、充実した運動会になるように、サブマスターとして鋭意努力したいと思います」
そんな努力はしてほしくない。恐らく、参加した冒険者たちは全員同じ気持ちだろう。
「では! 冒険者の皆様は、この会場と街中を直してから帰ってください! あ、私は仕事があるので、お先に失礼しますね」
そんな言葉を残し、リンシュはそそくさと会場を後にした。
本来なら「ふざけんな!」とツッコむところなのだろうが、体力が底をついている冒険者たちに、そのツッコミをやる気力は残っていなかった。全員、燃え尽きてやがる。
こうして、混沌たる運動会は、その幕を下ろしたのである。
…………もうゴールしてもいいよね。