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第三十八話 手加減なし





最終競技であるチーム対抗リレーもいよいよ大詰め。

第一区間は死屍累々。第二区間は屍山血河。第三区間もどうなることやら。


「キャーッ! リンシュさーん!」

「声援ありがとー」


リンシュ・ハーケンソード。冒険者ギルドのサブマスターにして、俺をギルド事務職として鍛え上げた張本人。

普段の俺に対する当たり方は”酷い”の一言に尽きるが、彼女は中央のギルド職員たちからの人気は非常に高い。特に女性職員からは絶大なる支持を勝ち得ている。

彼女の本性を知らないということは幸せなのかもしれないが、知っているこちらからすれば気味が悪いにも程がある光景だ。


第三区間のスタート地点で観客相手に手を振るリンシュは、この区間の中央(セントラル)チームの代表である。

一方の辺境リール村チーム代表はこの俺。第三区間はチームリーダーである、事務職員が務めることになっているのだ。

よって、その他のチームも事務職員。普段受付に座ってふんぞり返ったデスクワーク派な人たちだ。まあそれは俺もだが、彼らの平均年齢はやや高め。年齢から来る体力を考えれば、十分勝機は見えるだろう。


加え、俺は大変強力な秘密兵器を持っている。


「おい、ちゃんと働けよ? ここでギルドの資金を確保しなきゃ、火山口に叩き込んでやるからな」

『サトー氏、拙者への対応が日に日に過激になっていくでござるな』


俺が背中に背負うのは、我がリール村所属の事務職員。エクスカリバーという武器化した転生者である。

今回、チームとしての参加登録はしていないが、武器の携帯が許可されているチーム対抗リレーにおいて、俺の所有武器として申請しておいたのだ。

あまりにウザい言動から、中央までの旅や、数日の休暇をこいつと過ごすなどたまらないと、競技寸前までリール村に残しておいて、先程メテオラに届けてもらったのである。

ウザいことは間違いないが、その能力に疑いはない。

本気ではなかったにせよ、ゴルフリート相手にエクスカリバーを持ったブロンズランクのリュカンが、いい勝負をしたのだ。

冒険者以下の能力値しか持たない俺でも、第三区間の事務職員たちを圧倒する程度まで強くなることは間違いないだろう。


「いいかエクスカリバー、余計なことは言わなくていいから、とにかく俺の身を守れ。多少周りに被害が出ても良い」

『自分本位でござるなー』


そうこうしているうちに、第二区間のトップをひた走るミントの姿が見え始めた。

息を切らせて女の子走り。お世辞にも早いとはいえないスピードだが、ぶっちぎりで第三区間へと近づいていた。


『圧倒的な差をつけて中央(セントラル)チームが第三区間へと向かっております! やはり順当に一位は彼女たちが持っていくのでしょうか!』

『ん? いや~、ミント選手の背後から誰かが猛烈な勢いで追い上げているね~』

『おっと!? アレは……ジュリアス選手!? 相当な差を開いていたはずですが、もう先頭に追いついております!』


ミントの背後に迫るのはジュリアス。ミントの脚が遅いことを差し引いても、異常なまでの猛追である。


「あら、ジュリアスさん、すごい追い上げね。感心するわ」

「アレの実力を見くびってもらっては困りますよ、サブマスター。足”だけ”は早いんですよ彼女。足”だけ”は」


ニヤリとリンシュに笑ってみせたが、彼女の笑みは崩せない。他の職員の前だというのもあるが、そもそもこの程度は予想の範疇なのだろう。

腰に下げた透明感のある剣に手をかけて、ミントのバトンを受け取る準備。


「はぁ、はぁ……サブマスター! すみません……追いつかれてしまいました!」

「気にしないでミントちゃん。後は任せてちょうだい」


余裕の表情を浮かべつつ、リンシュはミントからのバトンを受け取った。



『あ、サトー氏、頭下げるでござる』

「え……うおっ!?」



エクスカリバーの魔力によって、俺の体は地面へと伏せられた。

そしてその瞬間。俺の頭を風が横切り、俺の後方に居た他チームの選手が吹き飛んだ。



「「「ぎゃああぁっ!?」」」



…………何事?


「あら、外しちゃった」


見ると、一瞬のうちに剣を抜き放ち、それを横薙ぎにしたリンシュの姿があった。

そう、リンシュ・ハーケンソードと言う女。彼女の冒険者ランクは”ミスリル”。上から二番目の化物冒険者なのである。


「お、おまっ! もうちょっと手加減しろ!」

「ちっ!…………サトー君、大丈夫? 突然の突風だったけど、怪我は無い?」

「舌打ちぃ!! 本音隠しきれてねぇよ!!」


冒険者ギルドの事務職員など、普通は戦闘能力など持っていない、名目上の冒険者だ。

にも関わらず、彼女の実力はそんじょそこらの冒険者とは比較にならない。アックスと比較しても、遜色ないどころか更に強いと言ってしまって良いだろう。

一体何の必要があってその実力を持つのか? ハッキリ言って、意味など無い。転生者である彼女は、様々な能力値が振り切っており、まさしくチートと呼ぶにふさわしい実力者なのだ。

もちろん、そんな化物相手に、一般の事務職員が対抗できるわけがない。

吹き飛ばされた他チームの職員たちは、壁に激突してピクリとも動かなくなった。


『こ、これはもう、中央(セントラル)チームと辺境チーム以外、脱落と見て良いのでしょうか?』

『流石にアレは行動不能だろうね~。ということは、後は残る二チームとの決戦ってことになるのかな~』


エクスカリバーの機転によって命拾いをした俺以外、もはやリンシュを阻むものは居ない。なんと恐ろしい女だろうか。

流石にこの光景に、ミントもやや引き気味である。


「あ、あの……サブマスター?」

「ミントちゃん、ご苦労様。ナイスガッツ!」

「は、はぁ……」


素晴らしい笑顔とサムズアップでごまかした。酷い力技を見た気がする。


「それじゃあサトー君、私は先に行ってるわね」


余裕綽々なリンシュは、徒歩でゴールへと向かった。

それと同時に、ジュリアスが第三区間のスタート地点へとやってきた。バトンさえ受け取れば後はエクスカリバーの力でなんとかなるかもしれない。

俺はジュリアスに急ぐように声をかけた。


「ジュリアスさん! 急いで下さい!」

「サトー! どうだ見直したか! これが私の本当の実力というものだ!」

「ドヤ顔は良いからちゃんと前見て! 危ない!」

「……あっ!」

「……あっ!?」


調子に乗って手をふるものだから、バトンがジュリアスの手からスっぽ抜けた。


「このポンコツー!!」

「ごめーん!!」


スっぽ抜けたバトンは空高くへと舞い上がり、通りの家の屋根へと着地した。


「どーすんだコレ! 取りに行ってる暇ないぞ!」

『ではサトー氏、少し体を借りるでござる』

「は? うおっ!?」


エクスカリバーの一声の意味を考える暇なく、俺の体はいつもなら考えなれない跳躍力で、三階建の屋根を軽々と飛び越えた。


「…………はい?」

『おお! やはりサトー氏とは相性が良いでござるな!』


『なんとサトー選手! 脅威の大跳躍ー!!』


不意の空中浮遊に吐き気を覚えつつ、何とか無事に屋根へと着地。

バクバクと跳ねる心臓を抑え、屋根の上から地上を見た。

普通の人間が行える運動性能では明らかに不可能な高さ。もちろん俺だって無理である。そんなでたらめな跳躍をたった今、自分で行ったのだというのだから驚きだ。

エクスカリバーの能力が凄いことは知っていたけど、これほどまでとは想定外。

しかし爽快感などは微塵も感じなかった。高さから来る恐怖と、普段経験しない急激な動きに頭が追いつかず、乗り物酔いのような感覚に襲われる。


「おえっぷ……お前、手加減というものをだな……」

『と言っても、あの御仁に勝つにはこのくらいは当然では?』


御仁というのは恐らくリンシュのことだろう。

確かに、あいつを相手にするのに、出し惜しみなどしている余裕など無い。先程の大跳躍でも、まだ足りない可能性すらあるのだ。

目指すは総合優勝。全力を持ってしてリンシュに挑まねば、勝利などは見えてこない。

俺はバトンを手に、屋根の上を駆け出した…………ん? 屋根の上?


『行くでござるサトー氏! 歯を食いしばって!』

「いやちょっと待って心の準備っ!?」


覚悟を決めたは良いものの、屋根の上はすごく怖い。

勝手に動く体はともかく、俺は高所恐怖症なのである。



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