第三十七話 混戦
『これはもう……何というか…………駄目駄目です!』
『第一区間に走っている人が一人もいないよ~』
ヒュリアンによる特大の爆発魔法により、第一区間の走り出した人間はほぼ全滅。
今や足を引きずり、地面を這いつくばって、杖をついて嗚咽を漏らしながら歩くような奴らしかいない。ちなみに最後はパプカのことである。
もはや無傷の者はおらず、第二区間への道のりはまだ遠い。
そんな第二区間では、当分誰もやって来ないだろうと、どのチームも暇そうにあくびをかいていた。
「あわわ……メテオラ殿。パプカは大丈夫だろうか」
「パプカという娘は傷を負っていないではないか。それに、あの実力ならそう遠からずやって来るだろう。という訳で、寝る」
「はぁ? ちょっ、メテオラ殿!?」
大あくびを一つ。石畳の地面へと寝転がったメテオラは、目を瞑っていびきをたてた。
随分と平和な第二区間でも、流石に寝転ぶ人間はいない。油断しすぎと言ってしまえばそれまでだが、メテオラにはその実力があった。
だがしかし、見た目は正直宜しくない。特に、この運動会を序列争いの品評会と称するサブマスター達。その配下であるチームのメンバーには大変不評の様子だ。
「貴様! 神聖な大会でその態度は何だ!」
「そうだそうだ! 俺たちがどれほどの人間に見られていると思ってる! 同族と思われるだろ!」
冒険者たちの罵声よどこ吹く風。言葉はメテオラの右耳から入って左耳から抜けてく。ふてぶてしいほどの態度である。
「まったく、サトー君のチームは個性豊かすぎるわね」
「僕達中央チームも、負けてはいないと思いますが」
苦笑いを浮かべるアックスとミント。第二区間にすら大戦力をおける中央の層の厚さには感嘆させられるが、片方が事務職のミントなのは、心ばかりの言い訳なのかもしれない。
チーム人員のランクに制限はないが、ランクが高いほど、参加できる競技数は少ない。すなわち、低ランクの冒険者をいくらか用意しなければ、ポイント稼ぎは難しいということだ。
しかし中央チームは、その質の高さゆえ、ヒュリアンやアックスは出場した競技をほぼ完勝。あるいは好成績を収めている。それだけでぶっちぎりの一位なのだから、彼らの異常性が見て取れる。
ただ、中央なりの苦労もあるようで、余り強すぎる人間ばかりチームに入れてしまうと、序列審査に係る人間への受けが悪い。
野球で例えると、成績好調なチームが、金にあかせて強い選手を雇いまくっては、ルール上問題なくても批判が集まるだろう。そんな感じだ。
「み、ミントさん! 実はそ、お話が……」
「はい? 何でしょう、ル・モンドさん」
「あのですね……もしよろしければ、今度一緒にお茶でも……」
「……ぁああっ!!」
ドスンッ!!
アックスが何やらミントに告げようとした、まさにその瞬間。第二区間に何かが落下した。
叫び声を上げながら、何とか原型を保ちつつ地面に激突したそれは、ヒュリアンによって吹き飛ばされた、バトンを片手に持ったモブである。
「み、ミントちゃん……アックスさん。後は頼ん……だ」
そう言い残して、モブは息絶えた。いや、死んでないよ? 多分だけれど。
『なんと! これは怪我の功名! 世界の果てに吹き飛んだかと思われたモブ選手! 他の選手をぶっちぎって、第一区間の一位通過だぁ!』
誰もが予想だにしなかった結果。第一区間の有様を見てしまえば、中央チームは脱落したか、もう上位入賞は望めないと思われていただろう。
俺もその一人。ぶっちぎりで総合一位の中央チームが脱落してしまえば、俺たち辺境チームが繰り上げで入賞できる確率が高まる。
そうすれば、我がギルドの経済は安定し、俺の懐も潤うと喜んでいたのに。なんという余計なことをしてくれるのだろう。モブのくせに。
「くそっ! 中央ばかりに点を稼がせてたまるか!」
バトンが第二区間へ渡ったと同時に、この区間でも戦闘が開始された。
現在、狙われるのは一チーム。もちろん、唯一バトンを有する中央チームである。
他チームの意思が統一されて、魔法や弓矢の雨あられ。ミント達が居た地点が、瞬く間に炎と土煙に飲み込まれた。
「やったか!?」
それはやっていないフラグです。
第二区間のチーム編成は、チームの中でも中級の実力者で揃えられている。中央のように、大戦力をいくつも有しているなら話は別だが、今回の運動会で、彼らに勝る実力者など数えるほどしか居ない。
つまり、そんな中途半端な冒険者の攻撃など、ミスリルランクのアックスには全く通じない。
土埃が晴れると、幾つものクレーターや、地面に落ちた矢に囲まれた、ミントとアックスの姿があった。アックスの剣で、すべての攻撃を凌いだのだろう。やはり、ランクに見合うだけの実力はあるようだ。
「ミントさん! ここは僕におまかせください! バトンを持って先に! 我が剣に誓い、誰も貴女の後を追わせません!」
「い、良いんですか?」
「もちろん! そ、それで……この競技が無事に終わることが出来たなら、貴女に……お、お伝えしたいこと……」
「ありがとうございますアックスさん! 先に行ってます!」
「あ、いや、まだ言いたいことが……」
アックスの台詞を最後まで聞くこと無く、ミントはバトンを持って駆け出した。
そりゃ、あんなボソボソと言っていれば聞き取れないこともあるだろう。何か伝えたいなら、もっとハッキリ大きな声で言わないとな。
ちなみに、今の光景でお気づきの観客もいるだろうが、アックスはミントに恋心を抱いている。
完璧に一方通行なその恋は、クソ真面目なミントと、恋に臆病なアックスのお陰で進展がない。彼の苦労が忍ばれる。
「貴様! 神聖な大会で色恋沙汰とは何だ!」
「そうだそうだ! そんなイチャコラは、場所をわきまえてやれ!」
もう、大会を理由に他人批判してるだけじゃないか。批判してる側もちょっと泣きそうになってるし。モテないんだろうな、彼ら。
「や、やめろ! 私達を挟んで撃ち合うな! 助けてサトー!」
「くかーっ」
我らが第二区間、ポンコツチーム。
片や何の戦力にもならず、他チーム同士の戦いに巻き込まれないように逃げ惑うジュリアス。
片や……これも何の戦力にもならず、未だ眠りこけるメテオラ。
…………他に選択肢がなかったとは言え、これはひどい。
足は遅いが、ミントが独走状態に入った。遅れながらも、他チームの第一区間走者が、次々と第二区間へとバトンを渡す。
一方、第一区間の我らが代表、パプカはと言うと……
「ぜぇぜぇ……おぇっ! ふーっ、ふーっ……」
全身から汗を吹き出して、胃からこみ上げる吐き気を抑えつつ、息も絶え絶え、最下位をキープしていた。
彼女は攻撃を食らっても居ないし、ほとんど徒歩で、走っては居なかったはずだが…………どんだけ体力ないんだよ。
「じゅ、ジュリアス……後は頼みます……ガクッ」
「パプカー!」
ぶっちぎりの最下位で、ジュリアスにバトンを手渡したパプカは、そのまま真っ白に力尽きた。
「パプカ、君の思い、しかと受け取ったぞ! 後は安心して休んで……うわっ!?」
感傷に浸るジュリアスを他所に、他チームの冒険者が容赦なく攻撃を加えてきた。
他チームのバトンはすでに第二区間半ば。スタート地点を出発できていないのは俺達のチームだけである。
自分達の相方を守る必要の無くなった連中は、こぞってジュリアスとメテオラに狙いをつける。
「はっ! 所詮ブロンズとシルバーの冒険者! 場違いなんだよ、喰らえ!」
「わぁ!?」
ジュリアスに向けて剣を振りかぶる。ジュリアスは、ランクこそシルバーだがその実力はブロンズを下回る。
防御力は紙装甲。攻撃力は猫パンチ。ハッキリ言って話にならない。
しかし俺は心配をしていない。なぜなら、ジュリアスのそばにメテオラが居るからだ。
「何をするか馬鹿者」
「ぶごあっ!?」
メテオラのデコピンが冒険者を襲う。
デコピンは冒険者を吹き飛ばし、近くの民家の窓を突き破って半壊させた。相変わらず、一挙手一投足が凄まじい破壊力だ。
ちなみにそのメテオラは、非常に不機嫌そうな表情で他チームの冒険者を睨みつけていた。
「貴様ら、さっきからドッタンバッタン大騒ぎしよって…………眠れないだろうが!!」
メテオラさん、そう言う競技ではありません。
眠りを妨げられたことに怒りを覚えたメテオラは、口からブレスを吐き出して冒険者たちをなぎ倒した。
多分、アレでもかなり手加減をしているはずだ。でなけれ、食らった人間は影すら残らないだろうし、そもそも街を巻き込んだ大惨事に発展する。なんと恐ろしいやつだろう。
「「ぎゃぁ!?」」
「な、何者ですか君は!」
唯一ブレスから逃れたアックスは、尋常ならざるメテオラの攻撃に驚きの声を上げた。
障害物競走で、その実力を遠目で見るのではない。極近くで、自分に対してその実力を向けられた場合、抵抗できる人間など限りなく少ない。
そしてその少ない人間の中の一人、アックス・ル・モンドが近くに居たというのは、運が良いのか悪いのか。
「で、ではメテオラ殿……私は先に行くので、ここは頼む」
そそくさとジュリアスは戦線を離脱。懸命な判断である。
そして、圧倒的な水をあけられた我らがチーム。ゴルフリートのオッサンはスタート地点で、メテオラは第二区間初期地点で交戦中。パプカは死んでるのでどうでもいい。
つまり、今後を左右する人間は残り二人。俺と、ポンコツ冒険者ジュリアス・フロイラインである。
『なんと! ジュリアス選手、凄まじい勢いで他選手を追い抜いていく!!』
ミリカの実況が熱を帯び、それに呼応するように、観客の歓声がこだました。
ウチのジュリアスは、実力はポンコツだが、足”だけ”は早い。天性の盗賊適正は伊達じゃない。
加えて、最近盗賊に転職してくれたため、その足の速さ”だけ”はさらなる磨きがかかっている。ゴールドやプラチナランクの冒険者ですら、もはや彼女に追いつくことは困難だろう。
本当、足”だけ”は早くてよかったな! 足”だけ”は!