第三十六話 スタートダッシュ
『レディースエーンジェントルメーン! いよいよ運動会も最終競技! チーム対抗リレーを残すだけ! 盛り上がってるか野郎ども!!』
「「「おおおおおおおぉっ!!」」」
観客席から、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
舞台は王都の外れに出来た競技場から変わり、王都の中心地区に移っている。
『では最後のルール説明をするよ~。今回は、総合ポイントの上位5チームによるチーム戦だよ~』
『チーム全員で中心地区を一周してもらいます! 区間は3つ! それぞれの区間にバトンを渡しつつ、ゴールを目指せ!』
『ちなみに今回の競技は、強化に妨害、飛行魔法でもなんでも有りだよ~』
『ただし! 戦闘は区間にバトンが渡る瞬間まで禁止です! 1チームでもバトンが渡れば、その瞬間からその区間の戦闘を許可します!』
なんという野蛮な競技であろう。
いや、最初から分かっていたことであるが、この運動会は頭のネジがぶっ飛んでいると思う。
しかも、リンシュの頭がぶっ飛んでいるから、というわけではない。歴代の運動会だって相当頭おかしい。
誰か止めろよこんな大会。命がいくつあっても足りないよ。
実際死にかけた人間、たくさん居るしね。回復魔法で回復させてるだけだからね。
ちなみにこの『チーム対抗リレー』。運動会の名称である”栄光を我が右手に”と呼ぶきっかけになった競技らしい。
なんでも、バトンを右手に持って走るからだそうだ。
……散々引っ張って置いて、そんなオチかよ!
『上位5チームの紹介だよ~。まずはぶっちぎりの第一位、中央チーム~』
観客の拍手とともに、各区間にて選手たちが手を振った。
第一区間は二人。ヒュリアン・マクダウェルとモブなんとかさん。
第二区間も二人。アックス・ル・モンドとミンティア・ルールブック。
そして第三区間、それぞれのチームで必ず参加している職員枠。最強のドS上司、リンシュ・ハーケンソードである。
次に西方本部チーム、東方本部チーム、西方支部チームの紹介が終わり、いよいよ最後の5チーム目。
我らが東部辺境、リール村支部チームである。
元々、俺とジュリアスを除けば、非常に優秀な冒険者を有するリール村。参加させた競技は、ほとんど全てにおいて、大変優秀な成績を収めている。
最終競技に食い込むことは、俺にとって計算通りと言えるだろう。
何より魅力なのが、最終競技において、上位3チームに食い込むことができれば、賞金総額が倍近くに跳ね上がる。
今の段階でも、減棒分は補填できている。しかし、今後のこともあるため、できれば貯金をしておきたい。あのドSのことだ、今後も減棒攻撃は続くことだろう。
我が第一区間はマクダウェル親子。
第二区間はメテオラとジュリアス・フロイライン。正直、ここが一番心配。
第三区間は俺。他のチームが先に到着した場合、瞬殺される可能性が否定できない。
ボンズによるチーム紹介が終わり、そろそろ競技が始まる。覚悟を決めないとなぁ。
各区画の様子は、ゴール近くに設けられた巨大スクリーンに映し出され、俺もそれを見ることが出来る。
……なんだあの超技術。あそこだけ完全に現代日本じゃないか。
『さて! 泣いても笑ってもこれが最後! 表彰台を飾るのはどのチームか!?』
『みんな~、用意は良いかな~?』
『位置について!』
『よ~い』
『ドンッ!』
魔法で打ち上げられた、スタートの合図の花火。
そしてそれと同時に、参加者たちの叫びがこだました。
「「ク」」
「「タ」」
「「バ」」
「「レ」」
「「!!」」
スタートの合図とともに、第一区画で戦争が巻き起こった。戦闘ではなく、戦争。
大規模魔法が複数炸裂し、武器同士がぶつかり合う金属音が響き渡る。
悲鳴と血しぶきが交互に撒き散らされて、その光景を見る観客たちの大歓声が巻き起こる。なんだこの世紀末、すごく怖い。
「あら? ゴルフリート、よく避けられたわね? 殺すつもりで撃ったのだけれど」
「お前のやり口なんてお見通しだよ、ヒュリアン。何年夫婦やってると思ってんだ」
第一区画でも別格の、ゴルフリートとヒュリアンが対峙する。この化物二人には、他のチームも手出ししたくないらしく、一対一の戦いになりそうだ。
「パプカ、ヒュリアンの相手は俺がする。お前はバトンを持って先にいけ」
「言われなくてもそうします。お母さん! お父さんを殺しちゃ駄目ですよ! 対人戦闘保険には加入してないんです、殺すなら加入してからにお願いします!」
「パプカ、お父さん流石に泣いちゃうぞ!」
なんで家族喧嘩やってるんだあいつら。
「ならモブ君。貴方も先に行きなさい。貴方にこの場は荷が重いわ」
「言われなくてもそうするッス。命がいくつあっても足りません」
相当な実力者であるパプカやモブでも、各チームの精鋭がドンパチやっている第一区画では、力不足が否めない。
各チーム、実力者をスタート地点で戦わせ、相方がバトンを持って先に進むという手段を取っている。その相方が消し炭になっているチームもあるが。
「思えば、全力でお前と戦うのは、随分と久しぶりな気がするな、ヒュリアン」
「いつもは貴方の浮気が原因で、一方的な折檻だものね、ゴルフリート」
二人の間に火花が飛び散った。
最強の冒険者、オリハルコンランクの二人が本気で対峙する。通常、あってはならない状況に、観客の盛り上がりは天井知らず。
バトンを持って先行するパプカ達等そっちのけで、スタート地点に視線が集まっている。
一方のパプカ達先行組。こちらはこちらで、普通のバトルを普通にこなしつつ、普通に区間を走っていた。
「フルプレートガントレット!」
「なんの! もう二度と不覚は取らん!」
パプカの攻撃を上手にいなすモブ。名前はその他大勢のくせに、その実力は本物のようだ。
おまけに前衛職の中でも正統派。筋肉モリモリのモブは、パプカの攻撃を避けると、その距離をどんどん開いていく。
「ふはははっ! 走るのは苦手のようだな? おとなしくそこらの日陰で休んでから来ると良い!」
「お、おのれ……こんな走る競技は、想定外……です。はぁはぁ」
まだ数十メートルも走っていないくせに、何が想定外だ。素の体力がなさすぎる。
杖をまさしく杖代わりにして区間を歩く。歩くなよ。走れよ。リレー競技だぞこれ。
先行組の中でも、良いスタートダッシュをきれたにも関わらず、どんどん追い抜かれてしまう。
「くそう、走る競技以外なら…………ガクッ」
『パプカ選手、区間の半ばで力尽きてしまったー!』
『これはリタイアかな~? どちらにしても、先頭グループには追いつけないかもしれないね~』
なんということだろう。実力を見越して第一区間を任せたのに、アレほど体力が無いとは思わなかった。
だが、ここで思いがけない幸運が訪れた。
「極大爆裂魔法!!」
「”気合防御”!!」
スタート地点で、超巨大な爆発が発生した。
ヒュリアンからゴルフリートへ放たれたその魔法は、ゴルフリートによるスキル”気合防御”、すなわちただの我慢にぶち当たる。
ただの我慢と言っても、ゴルフリートのジョブは狂戦士。攻撃を受ければ受けるほど、身体能力が跳ね上がる能力を持つ。
魔法を食らったそばから耐性力がついて、極限にまで鍛え上げた肉体と相まって、ヒュリアンの魔法を退けることに成功した。
そして、その余波は周囲へとそれ、先行組へと襲いかかる。
「あ」
「うぎゃぁ!?」
爆炎が先行組に直撃。ヒュリアンの味方であるはずのモブは、絶望の表情を浮かべつつ、炎に巻き込まれて吹き飛んだ。
「あちゃー」
「お前味方にも容赦ないな」
「不可抗力よ」
地面に倒れ伏していたパプカは、運良く難を逃れて無傷。その他の先行組は、モブを含めて全滅した。
「チャンスですパプカさん! 今のうちに第二区間にバトンを渡してください!」
「ふっふっふ……わたしの勇姿を特と目に焼き付けてください、サトー。いざっ……うっ!?」
しばらく地面に伏していたパプカは、体力が回復したのか、勢い良く立ち上がった。
しかし、立ち上がったのは良いものの、数歩歩かぬうちにうめき声を上げて立ち止まってしまった。
「うぶっ……おろろろろろろ!」
『うわっと!? パプカ選手ゲロった!』
えんがちょ。一応の美少女がリバースする姿に、会場全体がドン引きするのを感じた。もちろん、俺もドン引きである。
スタート地点の強者達は、未だドンパチを続けている。
先行組は爆炎に巻き込まれ、難を逃れたパプカは吐き散らかしている。
これもう……分かんないなぁ。果たして、無事ゴールできるチームは現れるのだろうか。