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第三十四話 フロイライン(笑)



なんとも地味すぎる結果となってしまった二人三脚競争を終え、俺とジュリアスは天幕で作られたリンシュの仮設執務室にやってきていた。

競技のあと、リンシュ直々に呼び出しを受けたのである。


「な、なあサトー。呼び出されるなんて、私達何かやらかしたのだろうか」

「ジュリアスはともかく、俺は何もやっていないと思うんだがなぁ」

「ちょっと、今私はともかくって……」

「まああれだ、どんな理由にせよ、リンシュを相手にするんだから、最悪を想定しておくのが一番だ。どう転んでもろくな事にはならないからな」

「……苦労してるなぁ」


全くだよ。

扉を前に深呼吸を一つ。頭のなかで考えられる最悪の想定をイメージしてから、扉を4回ノックした。


「失礼致します。サトー及びジュリアス・フロイライン、只今参りました」

「どうぞ」


思いの外穏やかなリンシュの声に、少し胸をなでおろした俺とジュリアスは、扉を開けて執務室へと入った。

そこには運動会のさなかだと言うのに、書類仕事に勤しむリンシュの姿があった。さすがサブマス、こんな時にも仕事をしていないと追いつかないのだろう。


「何かご用件でしょうか、サブマスター」

「ええ、サトー君。ジュリアスさん。でもその前に……静寂(サイレンス)


リンシュが魔法を唱えた。

一定範囲の音を外に漏らさないための魔法だ。重要会議や密談に重宝され、下っ端職員や冒険者相手に使う魔法ではない。

魔力が部屋全体に行き渡り、魔法が確かに成功したことを確認すると、リンシュは態度を一変させた。

ハイヒールを脱ぎ捨てると、書類などお構いなしに机の上に足を投げる。

……その角度、スカートの中身が見えそうになるので止めてほしい。こっちが恥ずかしいわ。


「はぁー! 疲れた疲れた! サトー、お茶淹れなさい」

「俺はお茶くみじゃない」

「じゃあジュリアスでいいから早く」

「は、はい! 今すぐ!」


慌ててジュリアスが茶を淹れ始めた。茶っぱをぶちまけて辺りを汚しているので、淹れ終わるまで相当時間がかかるだろう。


「…………あれ? と言うか、ジュリアスの前なのに猫被らなくて良いのか?」


そう、リンシュは俺以外の前では猫を被りまくっている。目の前の姿が素なのだが、他の部下の前ではこうじゃない。

礼儀正しく折り目正しい。完全無欠の理想の上司を演じている。

だからこそ、リンシュという他人がいるにも関わらず、素の状態になるというのに違和感を覚えたのだ。


「大丈夫よ。ジュリアスは私の直属の部下だし、私的な付き合いもあるからね」

「えっ、そうなの?」

「ちなみに前に召喚者には監視がついてるって言ってたじゃない? ジュリアスはアンタ付きの監視役なのよ」


…………はい?


「ちょっ、ここでバラすのか!? 絶対秘密だって言っていたじゃないか、リンシュ!」

「アンタは黙ってお茶を淹れてなさい」

「うぐぅ……」


リンシュの一喝で茶を淹れに戻った。


「えっと…………悪い、ちょっと頭が追いつかないんだけど、ジュリアスが俺のなんだって?」

「召喚者に対する監視役」

「…………しかも直属の部下ってことは、ギルド職員ってことだよな?」

「ええ。一応護衛者に登録してあるわ」


本当に頭が追いつかない。

ジュリアスは護衛者資格を持っていて、なおかつ俺の監視役? 意味がわからない。


「順を追って説明しましょうか。もともとジュリアスと私は私的な付き合いがあったのだけれど、彼女が冒険者になると言い出したから、護衛者として私の部下に抜擢したの」

「ジュリアスの能力的に、色々と足りないと思うが」

「ジュリアスの能力的に、色々足りないわ。全然」

「うぉい! 二人して私をバカにするな!」


茶を淹れながら抗議の声を上げるジュリアスを無視して話を続ける。


「まあ、ちょっと口を利いて採用したってのはあるけどね。そこは今は関係ないから良いでしょ」

「職権乱用は関係なくないと思うが……」

「で、その後サトーが就職して他所へ行くことになったから、ついでにジュリアスを厄介払……異動させて、アンタの監視役にしたって訳」

「いま厄介払いって言ったな」

「言ったわ」

「濁したのにわざわざ言い直すな! 流石にそろそろ泣くぞ!」


無視して話を続ける。


「とまあそんな感じ。理解できた?」

「……つまり、ジュリアスが俺について回ってるのはそういう訳か…………あれ? でもコースケの阿呆のせいで、他の地域に行くってのは、ジュリアスの意思だったんじゃないか?」

「……たしかに、あの段階でお役御免だと私も思ってたんだ」


思いの外きれいに淹れることが出来た茶を盆に載せ、ジュリアスが会話に合流した。


「元々、サトーのことを定期報告する以外は、普通に冒険者をやって良いと言う条件だったしな。実際そうしてた」

「その結果があの相談の嵐か」

「ともかく、仕事の更新も頼まれなかったからな。サトーとはあそこで縁が切れたと思ってたんだ。けどすぐにサトーも追いついてきて…………本当になんの意味があったんだ?」

「あの時はキサラギのお馬鹿のせいで、手続きがスムーズに行ってなかったのよ」


コースケの一件の際は職員、冒険者含めて総動員だったからな。


「そもそも召喚者の監視を外すわけないじゃない。サトーには言ったけど、中央は本当にピリピリしてるんだから」


コースケが暴れるのはともかく、その他の召喚者や転生者も動きが派手だから、監視されているとかなんとか。

その説明は受けたが、だとすれば俺の監視をそこまで気合い入れてする必要もないだろうに。チートなんて欠片も持ってないし、問題だって彼らに比べればほぼ起こして無いんだぞ。


「文句もあるだろうけど、これはトップの指示だから。私でもどうしようもないわ」

「そういやアンタにも監視がついてるんだっけ?」

「もちろん懐柔済みだけどね」


恐ろしい女だ。


「で、これがアンタたちを呼び出した理由ね」

「……ん? ”これ”とは?」

「つまり、監視役の件。アンタ達、サブマスが三人いるってことは分かるわね?」

「そりゃまあ、流石にな」


サブマスターと呼ばれる、ギルド内で二番目に権力を持つ人間は三人いる。組織が巨大なだけに、それだけいないと仕事が回らないのだ。

一人は目の前のリンシュ・ハーケンソード。

その他に東部に一人。西部に一人いる。

それぞれがかなりの権力を有しており、常に権力争いをしているため、不仲であることはギルド職員の中では有名な話である。


「その序列争いが激化してるのよ。あまり私は興味ないけど、他人が私を顎で使えるようになるってのは気に入らないわ」


確かにそう言うタイプではないからな。


「はぁ……実は私、今の序列争いでは最下位なのよ。転生者って合法的に監視役がつけられるから、動きづら言ったらありゃしないわ」

「あ、分かった。つまりリンシュは、私たちにその序列争いを手伝えってことだな?」

「分かってないじゃないお馬鹿。何のためにアンタたちを辺境のそのまた奥に飛ばしたと思ってんのよ」


やはりあの人事はリンシュの差し金だったのか。

それについての文句は言うだけ無駄だろうから止めておこう。


「今回の運動会は、それぞれのサブマスの息の掛かったチームが沢山出場してて、ある意味その品評会みたいなものなの。サブマス本人は私以外来てないけどね」

「誰に対しての?」

「中央の重役と、王国の重鎮達ね。序列審査会はまだまだ先だけど、今から色々手回しがあるの」

「うん。だから私達がリンシュに協力すれば良いんじゃないのか?」

「アンタたちを辺境へ飛ばした理由は2つ。弱小すぎて役に立たないこと。召喚者として監視される上に、私と近すぎてあら捜しの材料にされかねないことよ」


俺がリンシュと親しいことは、一部の人間を除いて秘密である。やはり世間的に、職員と懇意にしているというのはよろしくないのだ。

ジュリアスも私的な付き合いがあるというのなら同じ理由だろう。

リンシュ自身にどれほど隙がなくとも、周りの人間も同じとは限らない。思わぬ弱点が他人から漏れてしまうこともあるだろう。

つまりリンシュは、俺たちがそう言ったマイナス要素になることを危惧しているのである。


「サトーがあと五年、就職が早ければ協力してもらったんだけどね。経験も人脈も何もかも足りないから、ハッキリ言って足手まとい」

「ってことは、運動会の最中はおとなしくしてろってことか?」

「別に全力を出してもらってかまわないわよ。中央(セントラル)チームも全力で行くから。私達とアンタたちの関係を知られないように、協力はしないことを伝えたかったの」

「そもそも協力なんてしてなかったがな」

「そう言えば、私達以外のチームは結構協力してたな。アレは派閥ごとにやっていたということなのか」


露骨に、というほどではないが、たしかに複数のチームが特定のチームを補佐するような動きがあった。

サブマスの傘下にあるチームを高順位に押し上げるためだったのだろう。なるほど合点がいった。


「でも、気にしすぎじゃないか? そもそも俺はアンタの弱みなんて知らないし、関係が知られた所でどうにも……」

「甘いわね。過去の序列審査会において、サブマスの関係者に死人が出るというのは珍しくないの。アンタはそうなりたくないでしょう?」


そんな殺伐とした行事だったのか……ギルドの闇部分を見た気がする

まあ、諸々の手配はリンシュがやってくれるようだし、俺達は普通に運動会に参加して良いそうだ。

元々俺の目的は、運動会における賞金の獲得なわけで、ことさらリンシュの一件を気にすることもないだろう。


「じゃあ、これ以上厄介な件を聞きたくないし、用事がないならそろそろ行くぞ?」

「あら、ジュリアスの本名(・・・・・・・・)の件について話そうと思っていたのだけれど、アンタが良いなら話さないでおくわ。バイバイ」

「は?」

「わーっ!! いや、なんでもない! なんでもないぞサトー! 私の名はジュリアス・フロイラインで間違いないからな!!」


急に慌てだしたジュリアスがリンシュの声を遮った。何をうろたえているのだろうか、この女は。


「そもそもお嬢さん(フロイライン)なんて名字は無理があるわよねぇ。もうちょっと他になにか……」

「わーっ! わーっ! サトー、もう行くぞ! そろそろ次の競技の時間だろう!?」


俺の背中を押し、無理やり執務室から追い出したジュリアス。それほどまでに聞かれたくないことなのだろうか。

執務室から出ると、ジュリアスはもじもじしながら俺を見る。


「…………その、プライベートなことであって、あまり聞いてほしくないんだが……」

「ん? ああ、興味ないよ。偽名だとしてもリンシュの根回しもあるんだろう? なら俺は何も聞かん」


プライベートに干渉されたくない気持ちは嫌というほど分かるし、言った通り本当に興味ない。

ジュリアスの本名がなんだろうが、過度に干渉して厄介事に巻き込まれるのはゴメンだ。この件に関して、俺は絶対に首を突っ込まない。そう、絶対にだ!

何故か不満げに頬をふくらませるジュリアスに、軽く足を蹴り上げられた。

一体何だと言うのだろうか……





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