第三十一話 忍者の名前を冠する競技
パプカが参加した腕相撲は、結果としてパプカの優勝となった
彼女の錬金魔法とその結果を見た他の出場者達は早々に棄権。舞台が直った頃に残った選手はパプカ一人となっていた
そりゃ目の前で舞台を破壊した上に、対戦相手の腕をへし折った幼女がいるのだから戦意がくじけても仕方がないだろう
普段のパプカを見ていると変に錯覚してしまうが、彼女のランクはプラチナランク。超一流と呼ばれる冒険者の一角だ
ちなみにそれ以上のミスリルランク、オリハルコンランクとなるともはや人外。「あいつら人間やめてる」と呼ばれることになるので、普通の人間として最強の称号はプラチナなのである
おまけにパプカはプラチナランクの中でも上位に当たる。半分人間やめてる状態なので、ゴールドランクの冒険者など相手にもならないのだ
腕相撲が終わってしばらく
運動会は一つ目の競技とは打って変わって平和の様子を呈していた
もともと予定にあった競技が幾つか消化され、次は俺達のチームメンバーが参加する競技『障害物競走』が行われる
参加するメンバーは…………かなり不安であるがメテオラである
「なあサトー、メテオラは王都に到着しているのか? まだ一度も姿を見ていないんだが」
「到着はしているはず……というよりも、今日到着するはずなんですが……流石にちょっと心配になってきましね」
控えのテントで落ち着かない様子のジュリアスを見て不安になってきた
メテオラは馬車に揺られてやってきた俺達とは違い、独自の移動手段を持っている
そもそも本当の姿が巨大なドラゴンなのだから、陸路を行くよりも空を飛んだほうがよほど早い。だから俺達よりも後に出発しても余裕で間に合うのである
しかし彼の姿がまだ見えない。障害物競走まであとすこし。連絡する手段がないため放置せざるを得なかったが、流石にそろそろ限界だ
『緊急! 緊急! プラチナランク以上の冒険者は速やかに関係者用テントに集まってください!!』
周りを見渡してメテオラを探していると、実況席からミリカの大声がこだました
緊急と言っているのだから急ぎの用事なのだろう。うちからはパプカが招集対象となる。ゴルフリートのオッサンは……まだヒュリアンから届けられてないので放っておこう
競技中休んで二日酔いから開放されたパプカは、呼び集められた冒険者とともに説明を受ける
しばらくするとパプカがテントへと戻ってきた
「サトー、王都の東側近くで大型のドラゴンが目撃されたようなので討伐に行ってきます。他のチームからも何人か同行するようです」
「王都の近くでドラゴン? 珍しいですね」
ドラゴンの生息地は王都からかなり離れている。確か南のほうが主な生息地のはずだ
かつてパプカとオッサンのクエストに同行した際、コースケの野郎が原因で出現したはぐれドラゴンと言う例があるが、ここ王都では更に出現確率は低い
常時凄腕の兵士が警戒してる上、国に属する魔法使いたちによって強力な結界が張られているのだ
つまり、今回出現したドラゴンはそう言った要素を排除できるほど強力な種族なのだろう
しかし全国から最強格の冒険者が集まったこの時期に出現するとは、同情するほど気の毒なドラゴンである
「わかりましたパプカさん。気をつけて行ってきてください」
「と言っても戦闘に参加するのはミスリル以上の冒険者ですけどね。プラチナのわたしは偵察とサポートに送られるそうです」
ドラゴンの最低ランクはミスリルだからな。妥当な判断だろう
編成された討伐隊とともにパプカは運動場を去った。運動会が終わるまでに戻ってきてくれると良いのだが
「なんだ、何かあったのか?」
「うわっ!? メテオラさん!?」
背後から話しかけてきたのは先程話題になっていたメテオラだった
「よかった……もうすぐメテオラさんの参加競技だったんです」
「うむ、リュカンとの話が長引いてな。つい先程到着したんだ。もう少し早く着くつもりだったんだがな、許せ」
「まあ間に合ったわけですし別に…………ん? あの、先程着いたとおっしゃいましたか?」
「ああ。王都の東側に降りてしまってな。ここまでは徒歩で来た」
冷や汗が吹き出るのを感じた
ドラゴン、東側、つい先程…………思い当たるフシがありすぎる
「あの……ここまで来るのに兵士の見張りがいたはずですが」
「雲の上を飛んでいれば問題あるまい」
「結界が張ってあったはずですが……」
「蚊に刺される程度だったな。もう少し強い魔法使いを雇え」
だめだこいつ、常識という言葉が通用しない
国の兵士にはオリハルコン並の実力者だって居るし、雇われ魔法使いも同様だ。間違ってもスルーして行動できるような連中ではない
まあ国という枠組みどころか、世界を見渡しても間違いなく実力者の上位に入るであろうメテオラにとっては、全く関係のない話なのかもしれないが
「つ、次からはもう少し離れた所に降りてください」
「? よく分からんが分かった」
この状況じゃ討伐に向かった連中は空振りだろう。元凶はここに居るのだから
* *
討伐隊は予想通り空振りに終わり、あとを兵士たちに任せて全員が戻ってきた
安全がある程度確認されたため、中断されていた運動会が再開。参加者が一列に並んでスタートの合図を待っていた
他の参加者は年齢に関係なく体操服姿だが、メテオラはただ一人だけいつもの着物姿
「こんな恥ずかしい格好が出来るか」と言う至極まっとうな意見によるものだ。本当、なんでみんな文句言わずに着てるんだろう。おっさん連中がすね毛丸出しで走り回るのって、見てて結構キツイんだけどなぁ
障害物競走に参加できる冒険者ランクは自由。参加者同士の妨害行為が禁止されているため、低ランクの冒険者でもワンチャンスある……というのが理由だそうだ
と言っても、参加資格が自由の競技など、高ランク冒険者が中心になるに決まっている
リンシュが直前で導入した競技と違い、事前に定められていた競技のため確実性があるのも理由の一端だ
どのチームでも最低ゴールドランク。大人気なくミスリルランクの冒険者を参加させているチームもある
そんな中で我チーム代表はブロンズランク。もちろんそんな最低ランクの冒険者を参加させているのはウチだけだ
「うわ……なんて身の程知らず」
「高ランクの冒険者が足りない弱小チームなのか」
「素人同然のランクで参加させられるなんて、冒険者がかわいそうだろ」
観客も冒険者たちも言いたい放題である
確かに、事情を知らない連中からすればそう見えても仕方がない
だが、その馬鹿にされている冒険者の中身はブロンズなんてレベルじゃありません。オリハルコンでも太刀打ちできるかどうか分からない化物です
「メテオラさん手加減してくださいね! 人死は嫌ですからね!!」
「面倒くさい……」
大丈夫かあいつ
もともと運動会への参加も乗り気ではなかったのだが、クエストをまともに受けたことがないことや、エクスカリバーの貸出手続きの怠慢等を見逃す代わりに出場してもらうこととなったのだ
一応メリットとして「これから先、エクスカリバーを持ち出す際の手続きはギルド側で行います」と言う条件を出したら速攻で食いついてくれた。どんだけ仲良いの君たち
生唾を飲み込んでことの成り行きを見る。どうか死人だけは出ませんように
『ではいよいよ障害物競走……え、なんですかボンズさん……これを読め? えっと、何やら情報があるようです! 前回までの障害物競走とは趣向をかなり替えているようです! 競技前に障害物の紹介をしたいと思います!!』
障害物の紹介? 前回の運動会での障害物競走は、日本で行われている物とほとんど変わりないほのぼのとしたものだ
跳び箱や平均台。縄の下をくぐったり、観客から物を借りてくる借り物競争の要素もあったはずだ
これ以外にもあったはずだが、どれもこれも大したものではないし、新要素を加えたからと言ってわざわざ紹介するほどのことではないだろう
『今回協力していただいたのは~、中央で活躍するオリハルコン冒険者~。ヒュリアン・マクダウェルさんです~』
『みなさんこんにちわー。パプカ見てるー? お母さん張り切っちゃうわよー』
ボンズに紹介され、パプカのいるこちらのテントにブンブンと手を振るヒュリアンの姿が実況席にあった
参観日にハイテンションでやってきて子供に嫌われる親御さんのようだ。現に俺の隣では顔を真赤にして伏せるパプカの姿がある
『では御覧ください! 初代栄光を我が右手にで行われたという障害物競走! ロストテクノロジーとギルド技術班の粋を結集して作り上げたアトラクションの数々です!!』
『極大幻覚魔法! 解呪!』
ミリカが大きく腕を振って視線を誘導した先は、これから障害物競走が行われる広場。障害物の一つも用意していないことに、最初からおかしいとは思っていたが、まさに今、その理由が判明した
広場の何もない空間にヒビが入り砕け散る
そこには大量の資材が投じられたアトラクション…………わかりやすく言えばSA○UKEのような施設が姿を表した
恐らくヒュリアンの幻覚魔法でその実態を隠していたのだろう。ここまで長時間、かつ大規模施設を隠しておけるとはさすがオリハルコン。人間やめてると言われるだけのことはある
そして肝心の障害物。はっきり言って……正気の沙汰ではない
順に説明すると、巨大な鉄斧が横から襲いかかり、トゲ付き天井のプレスマシーン。魔物が放たれた池の真ん中を直進し、炎の海を渡りきる
……………なんだこの手の込んだ自殺
『蘇生班と治療班は大勢用意してあるから安心してね~』
『ちなみに私も居るから、ミンチになろうが黒焦げになろうが復活させてあげるから大丈夫!!』
「「「ふざけんな!!」」」
殺す気満々の障害物に一斉にツッコミを入れる参加者たちだった…………本当に死人が出なければ良いのだが