第三十話 最強格の幼女
『第一競技は”腕相撲”! 参加する選手は集まったかな!?』
実況席からハイテンションな声が聞こえる。あの調子で実況をしていると、運動会が終わったら喉がひどいことになるのではないだろうか
集合場所に集まったのは見るからに屈強な冒険者たち
腕が俺の胴体くらいに太い筋肉を持ち、身長はパプカ二人分。見た目だけならゴルフリートがたくさんいる感じだろうか
その殆どが前衛職。剣や槍等の近接武器を使うような脳筋集団。間違っても魔法使いなどの後衛職は居なかった…………パプカを除いて
『おっとどうしたことだ!? 参加支部に比べて参加者の人数が全然足りないぞ!?』
『第一競技はサプライズ種目だったからね~。後衛職を参加者に登録してた支部はほとんど棄権してるみたいだよ~』
『なるほど! ルール説明は今からだと言うのに、せっかちな人たちですね! というわけでルール説明をどうぞボンズさん!』
『は~い。簡単に言うと~、腕相撲のルールはそのままに、魔法の使用やスキル使用が可と言う感じです~』
「「!?」」
ボンズのルール説明に驚く支部長達。恐らく彼らは、後衛職を参加者として登録して、競技を聞いた直後棄権してしまった者たちなのだろう
ルール説明まで待たないとは愚かな。今頃うろたえても時すでに遅し。係員に棄権の取り消しを申し入れる奴らも居るが、にべもなく断られている。こういった融通がきかないのは、公務員と呼ばれる職の特徴だろうか
ちなみに、俺は腕相撲と聞かされた直後少しうろたえたものの、すぐに運動会の管理をしているのがあのドSリンシュであることを思い出して冷静になった
あの女が絡んでいるのであれば、単純な力比べをさせるはずがない。なぜなら彼女にとって、そんなものを見ても何も面白くないからだ
『ちなみに直接の攻撃、魔法での攻撃は不可です~。可能なのは筋力強化などの補助魔法、相手の動きを制限する黒魔術。その他スキルの使用のみですのであしからず~』
『つまり攻撃以外はドーピングに妨害魔法と何でもありってことで良いですか!?』
『何でもありです~』
棄権した支部長達に続き、今度は参加している屈強な冒険者たちがざわめき出した
彼らは前衛職。筋力強化などの簡単な魔法やスキルは使えども、妨害系の魔法を使えるのはほんの一握り
職業柄敵の攻撃に対する耐性などはあるかもしれないが、単騎で魔法使いの黒魔術を防ぐことが出来る者などほとんど居ないだろう
よって、彼らの不安は当然といえるだろう。凄腕の魔法使いが一人でもいれば、為す術無く敗北を喫してしまうかもしれないのだ
『はい! ボンズさんルール説明をありがとうございました!! それでは早速競技に取り掛かりましょう! まずはブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナランクの部です!』
『と言っても、どの支部でもゴールド以下の冒険者は参加させてないみたいだね~。サプライズ競技だし、みんな慎重だったのかな~』
競技開始。トーナメント形式で行われるらしく、順番に運動場の中心に設けられた腕相撲用の舞台に冒険者が集まった
やはりと言うか、魔法については素人に近い。黒魔術を使うような人間は一人もおらず、大体がスキルと初歩的な補助魔法で試合は進んでいった
「サトー、すみません。舞台までもおぶって行ってください」
「大丈夫なんですかパプカさん。魔法は使えそうですか?」
「ふっふっふ……何とかいつも使ってる魔法くらいは使えそうですよ。あの男どもをなぎ倒して差し上げましょ……おぇ」
せ、説得力ねぇ……
美少女が目の前でえずいているのはシュールな光景だが、これは果たして大丈夫なのだろうか
そうでなくともか細い腕の持ち主だ。黒魔術で相手を弱らせたとしても、丸太のように太い相手の腕を1センチでも動かせるか疑問である
まさに大人と子供ほどの差があるのだから、魔法のアドバンテージがあっても厳しいだろう
そこに加えての体調不良。この競技は諦めたほうが良いのかもしれない
『おぉーっと! 勝負があったようです! 勝者は南ギルド本部所属のルットさんです! 勝者に拍手ー!』
『おめでと~』
随分サクサクと試合が進んでいるようだった
パプカの心配をしていた間に一回戦の試合がほとんど終わってしまっているようだ。腕相撲だと一試合が長引くということもなかなかないのだろう
「あ、次がパプカさんの番らしいですね。準備はその……良いですか?」
「バッチリですよサトー……所で、とりあえず地面がどっちの方向なのかだけ教えてくれますか?」
やっぱダメかもしれない。ここまでおぶって連れてきたパプカは、立ち上がることすらままならず、威勢のよいセリフを吐きながら地面に倒れ伏している
賞金という観点から見れば1敗であろうとも痛手だが、致命的というわけでもない。そもそも予定になかった競技だし、元から無かったと考えても問題ではないだろう
というわけでパプカに棄権を勧めてみたのだが
「我が辞書に棄権という文字は無し!」
という、なんか格好良いのか悪いのかよくわからない台詞で拒否されてしまった
仕方なく再びおぶって壇上へと連れて行く
対戦相手は他の冒険者と同じように、身長もガタイもパプカの二倍じゃ聞かないほどの屈強な男だった
『それでは一回戦最終試合! リール村辺境支部のパプカ・マクダウェルさん、対!』
『中央チーム代表~、も、モブ…………ごめんなさい読めないです~』
『えっと…………あ、これ私も読めないですね! 仕方ありませんからモブさんとお呼びします!』
「うおぃ!! ちゃんと読めよ! なんで諦めるんだそこで!! 俺の名は……」
『二人共準備はいいですか!? 試合前に補助魔法などをかけるのはOKなので今のうちに済ませておいてください!』
俺は手元にある出場選手名簿に目を通す
パプカの相手は、悪名高いリンシュ率いる中央チーム選出。ゴールドランクの冒険者、名を……も、モブ……あれ? 本当に読めない。どこの辺境地出身なんだろうか、今では使われていない古代文字で描かれた文字は俺では読むことが出来ないようだ
通称モブは抗議の声をあげて名乗ろうとするが、残念ながらミリカの大声でかき消されてしまう
「くそぅ……まあいい。パプカさんだったな。ヒュリアンさんには中央でいつもお世話になってるけど、悪いがここじゃ手加減はしてやれないぞ?」
「…………はい?」
意識が朦朧としているのか、モブの話がほとんど耳に入っていないようだった。ほとんど呆けた状態で空返事だけがモブに返っている
「ランクは俺のほうが下だがな、それは申請期間の問題であって、実力はもうプラチナなんだぜ? しかも、腕っ節だけじゃなくて俺は魔法も使えるんだ。我が両腕に宿れ力の結晶、筋力増強!」
モブが唱えた魔法によって、ほんのりと赤い光が彼の体を包み込んだ。身体能力向上の補助系魔法だ
恐らく彼は戦士系のジョブに就いているのだろう。魔法を得意としないジョブであるが、筋力増強の魔法だけは相性がよく、高位のジョブになれば必須の魔法である。それ自体は驚くほどではない
「ふっふっふ、ここからが本番だ! 速度増強!」
二つ目の魔法を重ねがけした。今度は反射神経や脚力を増強する魔法である
観客席から驚きの声とどよめきが起きる
ゴールドランクかつ戦士系のジョブ。そんな彼が魔法を重ね掛け出来るというのは賞賛に値するらしい。魔法に秀でた魔法使いでも、同時に別の魔法を使用するのは高等技術なのである
自信満々の表情で台に肘を乗せて臨戦態勢をとった
「どうだ見たか! アンタが試合中、どんな黒魔術で妨害しようが関係ない! 圧倒的速さと腕力で、一言唱える間もなくねじ伏せてやるぜ!」
「……………はい?」
本当大丈夫かあいつ。目の前の状況が理解できているのかすら定かでなく、パプカの目の焦点はブレブレだ
モブの姿すら認識出来ているのかわからない。一応もう一度声をかけてみたほうが良いだろう
「パプカさん、試合! もう始まりますよ! 補助魔法掛けなくても良いんですか!?」
「試合……ああ。わかりました……」
「ふふん。何やら体調が悪いようだが、そんなことでこの俺が手加減するとは思わないことだ! では改めて名乗らせてもらおう! 我が名はモブ……」
「フルプレートガントレット」
今にも嘔吐しそうなしなびた声で放った魔法は彼女の十八番。錬金術に属する高度な魔法で、金属甲冑の巨大な篭手を出現させる魔法である
出現した篭手は、中に人間の腕が入っているがごとく自在に動く。おまけにパプカの腕の数倍の太さであるモブの腕の、更に倍ほどの太さを持ち合わせていた
篭手は先程まで自信満々に名乗りを上げようとしたモブの腕を取り、同じく臨戦態勢を整える
目の前の光景に呆気にとられていたモブは、手を掴まれた拍子に正気に返った
「お、おいちょっと待て! 実況席! こんなの駄目だろ反則だろ!」
『有りです~』
『というわけで試合開始!!』
「ちょ、待っ……」
モブの抗議は虚しく響く…………こともなく、勢い余って体ごと回転して舞台に激突したモブの轟音でかき消されてしまった
おまけにその勢いは留まることを知らず、体は舞台を突き破って全壊させて、そのまま地面へと激突。土埃を巻き上げて地面に大きなクレーターを作った
『……しょ、勝者……リール村辺境支部代表、パプカさん……です』
まったく手加減の知らない幼女である
舞台が全壊した拍子に投げ出されたパプカは、空中で見事に一回転して背中から地面に落下
それがトドメだったのか、大勢の観客の前で激しく嘔吐してしまった
見てください皆さん。我が村の誇り高き冒険者です…………なんて言える光景ではなかった