第二百十話 深夜の動向
「…………」
「……悪かったよパプカ。なんでかお前の顔を見てると、無性に肉の字を書きたくなる習性が俺にはあるみたいだ」
「それは謝ってるんですか?」
もうすでに日付も変わった夜中。
いつまでも外に居るわけにもいかず、ひとまず近くにあるギルドの中に移動していた。
食事処であるテーブルを囲うように各々が座り、そのほとんどがパプカへと注目している。
しかめっ面のパプカはおでこを袖でゴシゴシと擦っている。あまりに強く擦るからか、おでこは赤くなり、相変わらず『肉』の文字がでかでかと自己主張していた。
「誰のせいだと思ってんですか!!」
「スマン。なんでかお前の顔を見てると、無性に肉の字を書きたくなる習性が……」
「それはさっき聞きましたよ!! ムカつきますね!!」
パプカの額に肉の字があれば、俺の頬には掌の痕が残る。
怒りのパプカによる平手打ちは、そろそろ眠たくなってきた俺の脳みそを覚醒させるだけの衝撃を持っていた。
「まったく……と言うか、とりあえず今の状況は何なんです?」
ようやく冷静になったパプカは、辺りを見渡してそう言った。
こちらとしてもパプカがなぜ気絶していたかと言う部分にも疑問符をつけたいのだが、確かに深夜の中、俺とジュリアスに加え、よそ者であるクーデリアと変質者テュランが一堂に会しているのだ。
ここは俺たちから状況を説明した方が良いだろう。
「ジュリアス様と怪盗テュランが簀巻き返し合戦を繰り広げた結果、「キリが無いので互いを手錠で繋いでおく事で手を打とう」となったそうです」
「意味不明なんですが」
俺も初耳なんだが。
「ふふふ。怪盗テュランの神技をこの身に受けることが出来て感無量だ」
「て、手を繋ぐなんて……小学生の時以来である……っ」
やっぱりこの人ジュリアスのお父さんじゃん。いつまで引っ張るんだこのネタ。
「まあ俺たちの説明はこれぐらいで良いだろう」
「よくありませんよ。何もわかっていませんし」
「正直説明を始めると朝までかかる上に、理解できるように説明できる気がしないと言うか、俺自身全然理解できていないから泥沼になるぞ」
「何があったんですか……」
本当に何があったんだろうな。俺も知りたい。
「で、パプカの話になるわけだが」
「ぎくっ」
素で「ぎくっ」って言う人初めて見た。
「どうしてギルドの前で気絶してたんだ? 営業してる時間でもないだろうに」
「えーっとそのう……実は、夜頃にふとギルドに忘れ物をしていることに気が付きまして」
「それなら別に翌日で良いのでは?」
「それはそうなんですが、ちょっとムラムラ……じゃなかった。急ぎの要件と言いますか……」
「忘れ物の話じゃなかったのか?」
「ぐぬぬ……」
畳みかけられる周りからの質問攻め。
パプカは視線を合わせないように瞳をきょろきょろと動かしながら、全身から汗を拭きだしている。
何か言いにくい事でもあるのだろうか?
「おや? そもそもギルドには鍵が掛かっていたのではないであるか? 青年がカギを開けるまで、閉まっていたのだろう?」
「ああ、それは簡単です。鍵の解除などわたしにとってはお茶の子さいさいですからね」
そこはためらわずに自白するのかよ。
「パプカの不法侵入については後日罰則を科すとして」
「し、しまったぁ!?」
「一言俺に言えば鍵ぐらい開けてやるのに、なんでわざわざ忍び込む必要があるんだ?」
「あの、えーっと……その……じ、実は通販の商品を受け取りたくて……」
ぼそりと言ったその内容に、俺たちはやはり疑問符を浮かべた。
確かに、リール村は外からの郵便物に対し、一時冒険者ギルドへ預けると言う慣習がある。
村人に必要な物資は、別口でまとめて送られてくるため、郵便を使うのが殆ど冒険者だけなのである。
そのため、一度ギルドで預かって仕分け、その後各自に配るという方法が取られているのだ。
「いや、だからそれは翌日で良いんじゃ……」
いまだに理解が及ばない俺は、先ほどと同じ発言を繰り返してしまう。
が、どうやらこの中で唯一、クーデリアだけ何かに気が付いたようであり「ああ」と言う納得したような言葉を漏らした。
「サトー様。この件につきましてはあまり深く追求しない方がよろしいかと思います」
「え、なぜ?」
「若い婦女子が、夜中に、男性に内緒で忍び込んでまで受け取りたい品……すなわちそういう事でございます」
俺は考えを巡らせる。
異性に対して殊更恥ずかしがることと言えば何だろう?
────すなわち、
「────まさかアダルトグッz」
「違いますぅぅぅぅっ!! そんな卑猥なものと一緒にしないでください!! わたしが頼んだのは健全で全年齢版のBL雑誌ですぅ!! 確かに過激すぎる描写がある奴でちょっとムラっとすることもあるかもで────あっ」
まあすなわち……そういう事であった。
「え、えっと…………確かに夜中ってムラムラするよな!」
「忘却魔法オオオオォォォォッ!!!」
俺の目の前は真っ白になった。




