第百九十三話 いつもの流れ
──それは、年が明けてからしばらく経ってからの出来事。
少しばかり気温が上がって雪が解け、モンスターの動きが活発になってきたことで冒険者の仕事が増えてきた頃。
同時に冒険者ギルド。すなわち俺たちの仕事も増えてきて、パプカから貰った不吉なお守りの凶兆を忘れかけてきた頃。
「サトー……結婚してくれ」
ギルド内に特大の爆弾が投下された。
* * *
いつもと同じように仕事をしている昼下がり。冒険者たちへ仕事を割り振り、各種相談も受け付けていた昼下がり。
これまたいつものように涙交じりにジュリアスが向かい合うように相談窓口の席へと降り立った。
さらにこれまたいつものように丁寧な敬語で出迎えた俺は、「まーたいつもの愚痴だろうな」と身構えていたのだが、本日のジュリアスは一味違う。
冒険者は基本的に独身が多く、恋人さえ片手に頼らねばならぬほど切羽詰まった人種である。
そもそもの人口が少なく、冒険者の男女比率なども相まって、この場に居るほとんどの人間が恋人がいない状態。
そんな中で、容姿だけは抜群に優れているジュリアスが特定の相手に「結婚してくれ」などと言ってしまえばどうなるか。
「「「「っ!!!!!!!!?」」」」
ギルド内のすべての動きが停止した。
驚愕に彩られる表情で辺りは埋め尽くされ、その視線は全て俺とジュリアスへと突き刺さる。
唯一異なるのは当の本人。すなわち俺だが、ジュリアスの台詞を聞いた直後から真顔で虚空を眺めていた。
本来ならば汗の一つでも流しつつ、顔を真っ赤にして照れる場面であろうが、俺の心の内は風の無い湖面のごとく落ち着いている。
まーたこれだよ。というか以前パプカ相手にやったネタじゃねーか。
すなわちこれは厄介案件。
なにがしかの協力を仰がれているだけであって、実際に結婚してほしいと申し込まれているわけでは無いのである。
ここで俺が普通に照れた反応を返してしまえば「いや、そんな本気で捉えられても……その、困る」とか言われるのだろうから、ひとまずは反応を保留にしている状態だ。
が、パプカの時とは違い、周囲には俺たちの知り合いが勢ぞろい。物事の裏を知らない者達からすればこれは爆弾発言で違いない。
時が止まって数秒。冒険者たちの時間が再び動き始めた。
「サトォーっ!! お前……っ、お前ぇーー!!」
「ふざけ……ふざけるなぁ!! お前だけは俺たちの仲間だと思ってたのに!!」
「チクショウ!! やっぱりお前も召喚者だって事か! ハーレムなのか!!」
という罵声が血の涙と共に俺へと投げかけられる。
ふぅやれやれ……ここは落ち着いて対応しよう。幸いながら、こういった状況に陥るのは一度や二度ではない。この場で反論したところで、冷静にそれを聞き入れてくれる冒険者たちでは無いだろう。
「────あーっ!? あっちでミナス・ハルバンが半裸の美男美女とイチャイチャしてるぅ!?」
という、ジュリアスと冒険者たちの目線を逸らす作戦を決行。彼女たちの目線が俺の指がさした方向へと集まった。
「「半裸の美女!?」」
「「半裸の美男!?」」
「ミナス・ハルバンがバイセクシャルとは聞いたことが無いぞ! どこ情報だ!?」
当然ながら、視線の先には美女も美男もミナス・ハルバンも存在しない。
壁に掛けられた我がギルドの職員の一人。堂々とサボりながら同人誌を読むエクスカリバーの姿がそこにはあった。
『ぬっふっふ。今回の新刊はそそるでござるなぁ…………ん? 拙者に何か?』
「「「「「お前じゃねぇよ!!」」」」」
『何が!?』
理不尽なるヘイトをエクスカリバーへと集めた俺は、この隙を見計らってギルドの裏口から逃走を試みる。
これぞ我が秘儀『敵前逃亡』である。ちなみに成功したことは無い。
「サトーが逃げたぞ!!」
「追えぇぇぇっ!!」
そんな感じで追いかけっこ開始。
序盤で大きく引き離したはいいものの、現役冒険者と一般人以下の事務職員の俺では脚力に差がありすぎる。捕縛されるのは時間の問題だろうが、出来る限りの抵抗は見せたいものだ。
「いつの間にジュリアスとそんな関係になってたんだ! 聞いてねぇぞ!!」
「くそう! 俺たちと下の話をしてた時、内心でほくそ笑んでいたのかぁ!!」
「裏切者! チクショウ! 裏切者ぉっ!!」
「み、みんなは一体何の話をしてるんだ? 私とサトーが……どんな関係?」
いや、お前が投げた爆弾だろうが!!
というやり取りを走りながらしていると、さらなる要素がここに加わった。
それは通りの家屋をぶち壊しながら登場した、巨大ゴーレムに乗りながら泣きじゃくるパプカであった。
「さ、サトー!! 聞きましたよ! いつの間にジュリアスとそんな関係に……っ! この裏切者!! あなただけはわたしの仲間だと思っていたのにぃ!!」
「その台詞はさっき聞いたわ!! つーかいい加減ジュリアスはちゃんと説明しろぉ!!」